昼食が終わった後、 「で、どこ行く?」 と俺が問うたのは音々。 「うーん」 音々は口元に人差し指をついて、 「本当はね……日日日と二人きりで来るつもりだったからショーツとかネグリジェを選んでほしかったんだけど」 二人きりで来なくて正解だったらしい。 この幸運に感謝しきりである。 「アキに姫々に花々がくっついてるからねぇ……」 「映画館にでも入るか? あるいはお前の好きなゲームセンターコーナーって手もあるな……」 「映画館は日日日と二人きりの時にロマンス映画を見たいな。ゲーセンもいいけどそれより沖縄にいくんだから水着を買おうよ。百貨繚乱には水着売り場もあったはずだし今日の内に買っちゃお?」 「水着……ね」 俺は去年のでもいいが女子は毎年買い替えるのが常なのだろう。 「水着……」 と狼狽えたのはアキ。 「水着かぁ」 と期待を胸に姫々。 「お姉様を悩殺……」 と煩悩のはざまで花々。 というわけで水着売り場に俺たちは足を運んだ。 「一口に水着と言っても……」 俺はうんざりとする。 「色々あるもんだなぁ」 色とりどり。 形とりどり。 デザインとりどり。 「ご主人様……」 とアキがクイクイと俺の袖を引っ張る。 目に見えて狼狽えていた。 どうせまたこんなところに来るのが初めてなのだろう。 「何か不安かアキ?」 「あの……水着……私も買わなければならないのでしょうか?」 「水着持ってないだろ?」 「学校指定のモノは持っていますが……」 「旅行にスクール水着は……な」 「しかし……」 「どうせ音々のカードで買うんだから気にせず好きなの選べよ」 「ご主人様も一緒に選んでくださりませんか……」 「そりゃ別に構わんが」 そう言うとアキはパアッと表情を華やかせた。 「お前胸デカいからワンピースよりツーピースの方がいいだろ」 そう言って俺は花柄のビキニを渡してみた。 「これがいいのですか?」 「んなもん着てみなきゃわからんだろ。ほら、試着室があるからそこで着替えてこい」 そう言って俺はアキの背中を押した。 「えと、その、ここでご主人様にお披露目を?」 「俺が見て似合っているか判断するから」 俺はアキを試着室へと押し込んでサッとカーテンをかけた。 アキが着替えるのを待っていると、 「あーきらっ!」 といつもの調子で音々の声が聞こえてきた。 音々は普段着のままだった。 「お前は水着選ばなくていいのか?」 俺がそう問うと、 「僕は男性用の水着を使うから」 あっさりと音々。 そういえばコイツ……学校の授業でも男用の水着を着てたな。 「女子用の水着に興味はないのか男の娘?」 「興味無いわけじゃないけど僕は胸が無いからね」 「?」 「ワンピースの水着なら股間が見苦しくなるし……ツーピースならパレオで股間は隠せるけどトップスが残念なことになるし……」 「なるほどね」 「やっぱり女の子の水着の方がそそる?」 「相対的にはな」 残酷と知りつつ俺はそう言った。 「うーん。豊胸手術でもしようかなぁ」 自身の絶壁を見てそう言う音々。 「止めろ。男の娘は男であることにコンプレックスを感じるところに趣があるんだ。女体を手に入れたらそれはもう男の娘とは言えない」 「女の子になりたいって思う僕こそ可愛いの?」 「そういうことだ」 「…………」 無言で、しかし至福の表情で、音々は俺に抱きついてきた。 そんなこんなで音々とじゃれ合っていると、 「ご主人様……着替え終わりました」 試着室からアキの声が聞こえてきた。 カーテンを開けると、そこには髪も瞳も肌も真っ白い美少女が花柄ビキニにパレオをつけて豊満な体を引き締めた映像があった。 「ふわぁ……」 と開いた口がふさがらないと言った様子の音々。 「うん。いいんじゃねえの」 俺は心からそう言った。 アキはしきりに赤面して、 「恐縮です」 と恥じらった。 うーん……マーベラス。 「お姉様ぁ」 と花々の声が聞こえてくる。 「はーい」 と音々は俺から離れて花々のもとに向かった。 「日日日ちゃん」 と俺も姫々に呼ばれる。 姫々もまた試着室で俺を待っていた。 そしてシャッとカーテンが開かれる。 タイプデザインのされた明るい色のワンピースを纏った姫々がそこにいた。 「どう……かな……?」 「可愛いぞ」 「本当?」 別に嘘でも構わんがな。 「そっかぁ……。可愛いんだ……。えへへ……」 気恥ずかしげに姫々はそう笑うのだった。 可愛いじゃないかコイツ。 言葉にはしないがな。 そんなこんなでアキと姫々と花々はそれぞれ水着を買うのだった。 支払ったのは音々だがな。 * それから水着を買い終わり、音々の提案によって蕪木ビルに行くことになった。 足? リムジンだったよ。 電車という選択肢は音々には無いらしい。 そして蕪木ビルの五十階のぬいぐるみに囲まれたファンシーな部屋で俺たちは四方山話に時間を費やした。 そして太陽が西に沈む。 今日の出張サービスはしゃぶしゃぶだった。 値段を聞いたら心停止しそうになる霜降り肉によるしゃぶしゃぶだ。 「ふお〜」 と驚いたのは花々である。 音々が蕪木財閥の御曹司なのは知っていただろうが、高級しゃぶしゃぶを前にしてはその現実の再確認をせねばならなかったのだろう。 アキも、 「いいのでしょうか……。こんなものを御馳走していただいて……」 と罪悪感に苛まれている。 俺と姫々は勝手知ったる蕪木ビルと云うことで臆せず高級牛肉を遠慮せずに食べだした。 「ん。美味」 と俺が言う。 「本当に美味しいね」 と姫々が言う。 「こんな……こんな……」 とアキが驚愕する。 「肉が口の中で溶けちゃいました……」 花々もまた信じられないと驚愕する。 「美味しいでしょ? 大正屋のしゃぶしゃぶ……」 音々が勝ち誇ったようにそう言う。 「ああ、美味い」 「本当に美味しい」 「貴重な体験をありがとうございます」 「お姉様は規格外です」 そんな賛辞を俺たちは送った。 「あーきらっ!」 と俺の隣に座っていた音々が自身の肩を俺の肩にぶつけてくる。 「何だ?」 「僕と結婚すれば毎日こんな生活だよ?」 「らしいぜ花々」 「花々はそんなくだらない基準でお姉様を好きになったわけじゃありません」 「くだらない……かなぁ?」 音々は悲しげにそう呟く。 「まだまだ花々は音々のことがわかってないな」 「なんでそんなことが先輩に言えるのですの!?」 「なんでって言われてもな」 ポリポリと俺は頬を掻く。 音々はアキと姫々と違って男だ。 自身が群を抜いた美貌を持っていることは自覚している。 自身が綺麗な人間であることは自覚している。 ただどれだけ可愛くても音々は男なのだ。 そこに負い目を持っている。 だからそれを何かで補うしかないのだ。 俺の気を引くために。 それが財力であり権力なのだ。 胸が無い。 女性器も無い。 セックスは出来るが子供は産めない。 だから音々がアキや姫々に勝るのは財閥としての力のみだ。 俺に玩具を与えて、 「いいでしょ?」 としか言えないのだ。 もし俺が女だったら……あるいは音々が女だったら……もっと事態は簡単に済んだだろう。 でもそうはいかない。 音々は男で、俺も男だ。 俺と音々が付き合うということは非生産的なのだ。 それを承知で音々は俺に言い寄っているのである。 それがどれほど辛いことか。 花々にはまだわからないのだろう。 とまれ、 「美味いなぁコレ。ありがとな音々」 俺は音々を肯定して音々の頭をクシャクシャと撫でた。 「えへへぇ……」 と赤面して嬉しがる音々。 可愛い可愛い。 と、そこに、 「音々!」 と蕪木おじさんが現れた。 そして視線を俺へとやる。 「日日日くんも久しぶりかな?」 「この前の柔術の訓練後に会ったでしょう?」 「ははは。そうだったね」 快活に笑う蕪木おじさん。 「お姉様の……お父様……!?」 驚愕に目を見開くは花々。 「ん? 初めて見る顔だね。音々の友達かな?」 「お姉様をお慕いする花々と申します」 「おやおや。これは新たなライバルの出現だ」 「いや、ライバルじゃないから」 俺が訂正をする。 「そうかぁ……。まだ決心がつかないんだね日日日くん」 蕪木おじさんは霜降り肉をしゃぶしゃぶしながら残念そうに言う。 さりげに夕食に参加していることにはツッコミは入れまい。 自身の息子をどこの馬の骨とも知れない男のところに嫁入りさせようとすることにもツッコミはすまい。 ただ、 「本当にそれでいいんですか」 そんな俺の言葉に、 「無論。大事なのは音々の気持ちだよ。性別なんて些細なことだ」 しゃぶしゃぶをゴマダレで食べながら蕪木おじさんはそう返すのだった。 「ほら、家族公認だよ? 今すぐにでも籍を入れよう日日日?」 「十八歳に成るまで待て」 そうとだけ返す俺だった。 いや……まぁ……そういう問題でもなさそうだが……。 |