「ご主人様、ご起床ください」 「日日日ちゃん! もう昼だよ! 起きる!」 「ん……」 俺は眠気に逆らえず呻くにとどめた。 「ご主人様、ご起床ください。このままでは予定に遅れてしまいます」 「日日日ちゃん! 今日はデートの約束でしょ!」 予定? デート? そんな言葉が思考に滲んで俺は目を覚ます。 「くあ……」 と欠伸を一つ。 俺は布団からゴロリと転がって抜け出す。 「じゃあお布団干しちゃうね」 そう言って姫々が俺の布団を没収する。 「あー……うー……」 と唸っていると、 「ご主人様? 大丈夫ですか?」 とアキが聞きようによっては失礼な疑問を発した。 「ん。だいじょうび」 目をこすりながら俺はそう答える。 「ご主人様……」 「なに?」 「昼食はデートの最初に予定されていますが朝食をお食べになっていないご主人様は何かしらお腹にモノを入れることを望んではおりませんでしょうか?」 「ん〜」 俺は頭をフラフラと振って考えて、 「ホットミルク」 と答えた。 するとアキはパッと華やいで、 「了解しました」 と言ってキッチンへと消えていく。 布団を干し終えた姫々が俺にジト目の視線を送ってくる。 「日日日ちゃん……」 「何だ?」 「ちゃんと朝起きる」 「夏休みだから別にいいだろう」 「二学期始まるとそうも言ってられなくなるよ?」 「未来については考えないようにしてるんだ」 「…………」 沈黙する姫々。 それから、 「何か食べたいものある?」 と姫々は問うた。 「それ、アキにも聞かれたな。アキに頼んだからだいじょうび」 「日日日ちゃんのお世話は私の領域なのに……」 玩具を没収されて拗ねた子供のような表情で姫々。 俺はくつくつと笑う。 「何がおかしいの!?」 「いや、まぁ、色々とな」 俺は言葉を濁す。 そして姫々の頭を撫でる。 「お前には感謝してるよ。それは間違いない」 「あう……」 それだけで姫々は真っ赤になるのだった。 よくもまぁこんな男に惚れられるものである。 呆れを通り越して感心するね。 俺はリビングに顔を出す。 同時に、 「ご主人様、ホットミルクが出来ました」 とホットミルクを差し出してくるアキ。 「ん。あんがと」 そう言ってズズズとホットミルクをすすってテレビを見る俺。 今日は晴れらしい。 まさにデート日和だろう。 三股デートとは俺も軟派になったものだ。 硬派なワイルドガイはどこに行った? ともあれ、 「…………」 垂れ流されるニュースを見ながら俺はホットミルクを飲むのだった。 そうやって胃を満たし体を温めて、 「……やれやれ」 それから俺は洗面所へと向かった。 鏡と相対して歯を磨く。 そして、 「アキ」 とアキを呼ぶ。 三秒でアキは現れた。 時々こいつのことが恐くなる。 とまれ、 「お呼びでしょうかご主人様?」 「ん。髪梳いて」 「了解しました」 そう言ってアキは俺の髪をブラシで梳いてくれる。 それがとても心地よく、 「ああ、いいなぁ」 そんなことを呟いてしまう。 「恐縮です」 とアキは言う。 それから髪を梳き終わると、部屋に戻って寝巻から外出用に服を着替える。 プリントティーシャツにジーパンに薄手のジャケット。 それから逆十字架のネックレス。 「後は財布と携帯電話と……あとは鍵さえあればいいか」 などとそれらをジーパンのポケットにいれながら、俺は一つ閃いた。 「…………」 手に持った携帯電話を開いて、とある番号を呼び出す。 数秒でそれは繋がった。 「もしもし?」 多少の口論の後、相手は提案に承諾した。 ほとんど嫌がらせだが……まぁ良いだろう。 フェア精神もハードボイルドには必要だ。 さて、では出かけるか。 俺はアキと姫々を連れて日日ノ家の玄関を通り抜けた。 * 音々との待ち合わせはとある駅の入り口だった。 ここから歩いてショッピングモール百貨繚乱に行くのが今回のプランだ。 俺とアキと姫々は待ち合わせの時間五分前に駅に着いた。 衆人環視の誰も彼もがアキを見てギョッとする。 学校制服を着た……というのも校則で休日であろうと出かけるには制服着用という項目があり、アキがそれを頑なに順守しているからだ……アルビノの美少女に「何事か」と目と心を奪われているのだろう。 まぁアキはミケランジェロでもこうはいかないというほどの美の化身である。 不世出の美少女である。 白い髪はゆるふわロング。 憂いをおびるは白い瞳。 日光を反射させ輝く白い肌。 冗談もここまでくればいっそ清々しい。 対して姫々は鳥の巣頭をヘアピンでどうにかこうにかものにして、多少化粧をしている。 着ている服は如何にもカジュアルと言った様子だ。 しかして背が低いせいか子どもの背伸びにしか見えない。 言葉にはしないがな。 まぁある意味ロリ担当だからこれはこれでよくはあるのだ。 そもそもにしてアキが異常なだけであって姫々だって十分に美少女の部類に入る。 言葉にはしないがな。 勿体ないことに姫々はそれを認識していない。 自分がアキや音々に劣っているから平凡な少女と勘違いしているのだ。 実に勿体ない。 言葉にはしないがな。 「さて……」 と呟いて改札口を通る俺。 続くアキと姫々。 そして、 「あーきらっ!」 と快活な言葉が聞こえたと思ったら音々が抱きついてきた。 音々はロングストレートの黒髪を揺らしながら俺にタックル。 俺はそれを受け止めてやる。 「えへへ……あーきらっ!」 と音々は幸せの絶頂とでも言いたげな口調でそう述べて、それから抱きついた俺の頬に頬ずりをする。 「音々ちゃん! 日日日ちゃんから離れる!」 嫉妬からかそう言う姫々に、 「やだよう」 と平然と返して音々。 それからサラリと俺と腕を組んで音々は言う。 「えへへぇ……今日が楽しみで寝れなかったよ」 「嘘つけ」 「あ、ばれた?」 「そういうおちゃめな部分は素直に可愛いな」 「え……ふえ……ふえ……?」 俺の世事に顔を真っ赤にして言葉を失う音々。 冗談を返されると思ったのだろう。 甘い甘い。 ちなみに逆の腕には姫々が腕を絡めてきた。 アキは俺の三歩後ろをついてくる。 と、 「ね〜、君たち可愛いねぇ」 「怪しいもんじゃねーよ?」 「そんな男放っておいて俺達と遊ばねぇ?」 いきなり軟派な男どもにナンパをくらった。 「「「結構です」」」 と異口同音にかしまし娘は拒否した。 しかして軽薄な男どもは諦めなかった。 どうなったかって? 言わなくてもわかるだろう。 蕪木無真流柔術のお世話になったよ。 「てめ……! このやろ……!」 と襲い掛かる男の一人の人中に一本拳を埋める音々。 「調子に乗ってんじゃ……!」 と、そこまでしか言わせず男の一人の頭部に回し蹴りをくらわせる音々。 「お姉様ーっ!」 と抱きつこうと飛び込んできた金髪碧眼の美少女の頭部に踵落としをきめる音々。 ……ん? なんか一人違わね? 金髪碧眼の美少女……稲生花々は、 「きゅう……」 と失神していた。 「あ……つい反射でやっちゃった……」 ちなみにナンパをしてきた男どもも死屍累々と倒れていた。 * そして場所は移り百貨繚乱の食事コーナーのパスタ専門レストラン。 「それで?」 ブスッと音々がパスタを食べながら俺をジト目で睨む。 「それでとは?」 俺もパスタを嚥下して問い返す。 「なんで花々がいるのさ!」 「俺が呼んだから」 「なんで呼ぶのさ!」 「まぁ花々だけ仲間外れってのも後味悪いしなぁ……」 「花々を差し置いてお姉様を先輩とデートさせるわけにはまいりません! お姉様あるところに花々あり! これは決定事項ですわ!」 「どっちにしろデートと言う名の外出なんだ。二人きりでのデートなら俺だって呼びやしねえさ」 「むぅぅ」 「それにどうせ旅行にはいくんだろ? 花々は呼ばないつもりなのか?」 「それは……どうだろう……」 困惑したように音々。 「旅行って何ですの!?」 「辞書を引け」 「誰が意味を問いました!」 「うーん? まぁ夏休みになったらに沖縄に泊まりに行こうって話が出来てんの。お前も行くだろ?」 「行きますわ!」 ズビビとパスタを食べながら花々。 「私もついていってもよろしいのでしょうか?」 不安そうにアキ。 「ん。ぜーんぜん大丈夫」 あっさりと音々。 「花々も大丈夫ですよね……お姉様?」 「…………」 「何故沈黙を!?」 「嘘嘘。いいよ。花々も一緒に行こう」 「お姉様……! やっと花々の想いに応えてくれるのですね……!」 「それとは話は違うのだけど……」 困ったようにパスタを食べる音々だった。 「お姉様と旅行……夢のようです……!」 「言っとくけど主役は日日日で他はおまけだからね?」 「いつになったらお姉様は先輩を諦めるんですかぁ!」 「諦めるつもりはないよ」 音々はあっさりと言う。 「僕は日日日のことが大好きだからね」 「むう……こうなればもう邪魔者を消すしか……」 そんなことをぶつぶつと呟く花々であった。 物騒なことを言うね……後輩……。 ま、そんなわけで俺とアキと姫々と音々と花々の五人で百貨繚乱にて遊ぶことになったのだった。 周りの視線が痛いねぇ。 |