「ご主人様……」 アキの声がする。 「ご主人様……ご起床ください」 アキの声がする。 「日日日ちゃん! 起きる!」 姫々の声も聞こえた。 バシバシと布団を叩かれた。 眠い……。 寝かせてくれ。 そう言う俺に、 「もうお昼だよ! 疾く起きる!」 容赦ない声がかけられる。 「休みなんだからいいだろ別に……」 ううんと唸る俺。 「だーめ! そうやって自堕落な生活してると夏休みが終わった後が大変だよ!」 「小姑め」 「なんでもいいから早く起きる!」 バサリと薄手のタオルケットをはがされて俺は覚醒させられた。 * 七夕祭りも終わり期末考査も終わり雪柳学園高等部は夏休みに入った。 俺は雪柳学園まで徒歩一分弱のフラワーハイツから日日ノの家へと居住区を移していた。 里帰りという奴だ。 父親は出稼ぎ故に家にはいない。 必然家のことはアキと姫々がすることになる。 それにしても、 「夏休みなんだから早寝遅起きくらい許してくれてもいいだろう?」 そう思わざるを得ない俺だった。 俺の家は平凡な一戸建てで大して特徴を持っていない。 ザ・一般家庭だ。 母親はいないが。 だが代わりとばかりに姫々がうちの面倒を見てくれる。 それに今はアキもいる。 この二人に任せておけば万事大丈夫なのである。 俺はクーラーのきいたリビングで素麺を食べていた。 「うーん」 ザ・夏である。 砂糖の入った麦茶を飲んで口直しをした後、 「…………」 無言で素麺をすする俺。 「日日日ちゃん……目は覚めた?」 「んー。もうちょっと」 「午後からは宿題片付けるからね。わかってる? その辺」 「お前らが頑張れ。俺はコピーする」 「だぁめ! ちゃんと自分で解かないと!」 「別に落第生じゃないんだからいいだろ」 ズビビと素麺をすする俺。 「普通に授業聞いてりゃある程度の点数とれるんだから、わざわざ宿題を消費する理由がわからんぜ……」 ズビビと素麺をすする俺。 「そう言えばご主人様はそこそこいい点数を取っていらっしゃいましたね」 「アキや音々には叶わんがな」 「ふえ……そんなことありません」 狼狽えたようにアキ。 その白い髪が揺れる。 その白い瞳が揺れる。 「ともかく」 と姫々が閑話休題。 「宿題やるの! 異論は認めないよ!」 「へーいへいへいへーいへい」 そう言って俺はズビビと素麺をすすった。 * 俺の家の近くに姫々の家はある。 俺と姫々は御近所さんである。 故に俺と姫々は幼馴染だ。 そしてアキは五月から俺の家に籍を置いている存在である。 この三人で過ごすのが夏休みの定番となっていた。 音々の蕪木ビルも近くにあるので音々もたまに顔を出すが……概ね俺とアキと姫々の三人と捉えていいだろう。 「さて……」 俺は嘆息した。 「どうしたもんかなぁ……」 「何がでしょうご主人様?」 愚直なアキがそう尋ねてくる。 「クーラーの効いた部屋で眠気もあるのに何で俺は宿題をやっているのだろう?」 そんな俺の禅問答に、 「それが学生の役目だから」 姫々がバッサリと切って捨てた。 茶髪の鳥の巣頭が不機嫌に揺れる。 「ああー……やる気出ねぇ。アキ……姫々……」 「何でしょうご主人様?」 「なぁに日日日ちゃん」 「後はよろしく」 「駄目に決まってるでしょ日日日ちゃん!」 激昂する姫々だった。 「問題はわかるんだが如何せんやる気が追い付かない。ていうかわかっているっていう思考があるだけ余計に宿題が馬鹿らしく思えてくる」 「ではご主人様。後ほど私がご主人様に代わり宿題を成し遂げます」 「お、それでこそアキ。俺のメイドさん」 「アキちゃん……日日日ちゃんを甘やかさないの」 ジト目の姫々だった。 「しかしてご主人様の要望を叶えるのも奴隷の務めですので……」 「アキちゃんはそれでいいのかもしれないけど……日日日ちゃんのことを考えるなら厳しく当たらないと駄目だよ」 姫々……余計なことを。 「やれやれ。やればいいんだろうやれば」 そう言って俺は勉強に相対した。 「ここの接点tが……」 「倒置法が……」 とかなんとか言いながら俺とアキと姫々は宿題を片付けていった。 まぁこの調子ならお盆までには間に合うだろう。 そんなことを思いながら俺は勉強にうちこんだ。 ……やれやれだ。 * そして夕方。 「ご主人様、夕食にご希望などありますでしょうか?」 「ん〜?」 俺はSF本を読みながら気だるげに思考する。 「飯は炊いてるのか?」 「いえ。希望がありますならば炊きますが……」 「なら麺類だな。かまあげうどんとかどうだ? クーラーがんがんに効かせて熱いうどんを食う。ちょっと幸せな気持ち」 「ふふ……はいな。了解しましたご主人様」 そう言ってアキはキッチンに引っ込んだ。 「…………」 「…………」 しばし沈黙。 ちなみにここはリビング。 俺と姫々は好き好きに行動していた。 まぁ行動もくそも俺が本を読んで姫々がテレビを見ているだけなのだが。 「…………」 「…………」 また沈黙。 後に、 「なぁ姫々……」 と俺は姫々に声をかける。 「なぁに日日日ちゃん?」 「お前は夕食の手伝いはせんのか?」 「うどんくらいならアキちゃんに任せても大丈夫でしょ?」 そらまぁそうだが。 「それにアキちゃんのご飯は美味しいしね」 そらまぁそうだが。 「なら大丈夫でしょ。あんなにいい子……他にいないよ」 「?」 「美少女だし胸大きいし従順だし……私が欲しいモノいっぱいもってる……」 「嫉妬か?」 「せざるを得ないよ」 然り。 姫々にしてみればアキは眩い存在なのだろう。 実際アキは女の子として出来過ぎている。 一人の男にけなげに尽くし、美少女で、スタイルもよく、性格も奥手ながらに優しく、無敵艦隊だ。 でもな、 「姫々、お前も可愛いぞ?」 俺は鳥の巣頭をクシャクシャ撫でる。 「じゃあ私のこと好き?」 「ライク」 「むぅ」 お前は俺の事情くらい知ってるだろうが。 そう言うと、 「日日日ちゃんに今一番必要なのは忘却だね」 姫々はそう答えるのだった。 んなこたーわかっとる。 やれやれ。 俺がまた読書を再開しようとしたところで、ピンポーンと玄関ベルが鳴った。 「客か?」 「客だね」 視線を交わす俺と姫々。 アキがキッチンから出てきて、 「はいはいはーい」 と景気よく応対した。 それからアキと客が聞き取れない声で何かを言い合い、 「ではどうぞ」 とアキの声が聞こえてきた。 どうやらアキの知り合いらしい。 そしてアキが遠慮なく家に上げたということは、 「あーきらっ!」 こういうことである。 大和撫子かと錯覚しそうになる男の娘……蕪木音々が姿を現して、そして俺に抱きついてきた。 「音々様の分のお茶を急ぎご用意します。しばしお待ちください」 そう言ってアキはキッチンに引っ込んだ。 そして忘れたとばかりにキッチンから声が飛んでくる。 「ご主人様もお茶を飲まれますか?」 俺は空になった湯呑みに目をやって、 「ああ」 と頷く。 さて、 「何の用だ?」 と俺は急なお客……音々に声をかけた。 「日日日日日日日日日!」 「なんだなんだなんだ?」 「明日僕とデートしない?」 「そりゃ構わんが……」 俺がそう言うと、 「ずるい! 私もするよ!」 姫々が食いついてきた。 「横からしゃしゃり出てこないでよ。僕が日日日と交渉中なの」 「だいたい音々ちゃんには花々ちゃんがいるじゃない!」 「僕は日日日が好きなの!」 「わたしだって日日日ちゃんが好きだよ!」 「フシャーッ!」 「フシュルルルー!」 互いに威嚇する姫々と音々。 「大変ですねご主人様」 ニコニコ笑いながらアキがお茶を持ってきてふるまってくれた。 「なんならお前も一緒にデートするか?」 茶を飲みながら俺がそう言うと、 「私が恐れ多くもご主人様とですか?」 「恐れ多くはねえよ。ただ相互理解も必要だろうって話さ」 「日日日! 僕とだけデートするよね!?」 「日日日ちゃん! 音々ちゃんの言葉なんかに乗らないよね!?」 あ〜、うるせえ。 「全員でデートすりゃいいだろ。三股デートだ」 「ううん……日日日がそう言うのなら……」 「むぅ……日日日ちゃんがそう言うのなら……」 「私なんかが良いんでしょうか……」 「相も変わらずアキはずれてるな」 苦笑して俺は茶を飲むのだった。 香り高いお茶を楽しみながら俺は読書に戻る。 「音々様……」 「なぁにアキ?」 「今日の夕食はうどんなのですが食べていかれますか?」 「うん! 食べる食べる!」 そうして俺とアキと姫々と音々は同じテーブルを囲むのだった。 |