ご主人様と呼ばないで

七夕祭り、2


 さて、七夕祭りにおいて出来たルールを説明しよう。
 アキと姫々と音々が独立して俺と祭りを楽しむ。
 そんなルールだ。
 つまりアキ、姫々、音々を交互にとっかえひっかえして祭りでデートするのである。
 最初の相手はアキだった。
「よろしくお願いしますご主人様」
「ん」
 頷いて俺はアキの手に自身の手を絡ませる。
 いわゆる恋人つなぎという奴だ。
「あの……ご主人様……」
「なんだ?」
「私と恋人つなぎなど……」
「嫌か?」
「いえ、光栄です。しかして身に余るものです」
 謙虚にそう言うアキ。
 俺はくつくつと笑う。
「あの……何か?」
「いや、アキは可愛いなって思ってな」
「私ごときが可愛いはずがないんです。私は白貞子ですから」
「謙虚も行き過ぎれば嫌味になるぜ?」
「しかしてそれが事実です」
「そうかぁ? 顔の造形だけでいうのなら姫々よりも音々よりも花々よりも綺麗だと思うんだが。無論個性の問題もあるから一概に言えるものじゃないがな」
「私は可愛いですか?」
「初めて会った日に言ったろ? 俺の胸がドキドキするくらいにアキは魅力的な女の子だって」
「ご主人様は蓼食う虫も……ですか?」
「馬鹿言うな。俺の価値観は正常だ。姫々や音々と長い間よろしくやっていることからもそれはわかるだろう?」
「それはそうですが……」
「つまりアキ……お前は絶世の美少女だ。信じられないなら俺が証明してやるよ。だからこその恋人つなぎだ」
「私は……姫々様や音々様に敵うつもりなどありません。ただご主人様の御傍にいさせていただけるならこれ以上の幸せはございません」
「ああ、俺が誰を好きになろうとアキとずっと一緒だ。それ以上に俺がアキに惚れる可能性もあるけどな」
「戯れないでくださいまし。アキはそんな大層な存在ではありません」
「まぁその辺の認識は追々改めていこう。とりあえずはデートだ。祭りを存分に楽しまないとな」
「はい。ご主人様」
 頬を朱に染めて首肯するアキだった。
「じゃあてきとうにその辺をプラプラするか」
「了解しました」
「何か欲しいものがあるなら言えよ。買ってやるから」
「いえ、支度金は十分にご主人様のお父様に頂いております。ご主人様の財布をいためるようなことはできません」
「俺もクソ親父から金をもらってる立場だ。そういう意味じゃどっちが金出そうが同じだと思うがな」
「義理の問題です」
「可愛い女の子に貢ぐのも男の甲斐性だぜ?」
「私ごときのためにご主人様の財布を痛めるわけには……」
「だーかーらー」
 俺はうんざりとそう言って、
「お前は俺がドキドキするほどの美少女だって言ってるだろうが……!」
 荒い口調になる。
「証拠がありません」
「じゃあ証明してやるよ」
「どうやってですか」
「……っ!」
 俺は何も言わずアキの頬にキスをした。
「くぁwせdrftgyふじこlp!」
 言葉というには混沌たる驚愕の声をあげるアキ。
 俺がキスした頬の部分を手で押さえて顔を真っ赤にする。
「ごごご……ご主人様……! お戯れはそれくらいに……!」
「戯れでこんなことできるかよ。全てはアキが可愛いってことが問題なんだ」
「でもこの世に生を受けて私に愛情を注いでくれたのはご主人様しかありえません」
「父親に虐待されて同年代には虐められ……まぁ幼児体験としては十分だな」
「ですから私なんて塵芥に等しいんです」
「だったらこれからは俺に惚れろ」
「ご主人様に……惚れる……?」
「ああ、俺も顔は悪くないんだろ? 自覚は無いが……」
「はい。ご主人様は格好いいです」
「なら俺を想え。俺を慕え。俺のできる範囲でならアキを大切にしてやるから」
「…………」
「今までの過去なんて振りきってしまえ。これからは俺を想って幸せになればいい」
「努力してみます」
 まぁ落とし処としてはこんなところだろう。
「さて、何かお前の可愛いの可愛くないのなんて話だけじゃあれだから何かデートっぽいことでもするか」
「例えば何を?」
 問うアキを無視して、
「すいません。たこ焼き一つ」
 俺は大学のサークルが出している出店の一つでたこ焼きを買う。
 そしてたこ焼きにつまようじを刺して、
「ほれ、アキ、あーん」
 と俺はアキにたこ焼きの一つを差し出した。
「ご主人様……それは……」
「ほれほれ。恥ずかしがらずにあーんしろ」
「あ、あーん」
 と大きく口を開けるアキに俺はたこ焼きをねじ込む。
 咀嚼。
 嚥下。
「美味しいですね」
「そりゃよかった」
 そう言って俺もたこ焼きを食べる。
 まぁ一定の水準はクリアしている味である。
「あ、あっちでかたぬきやってるぜ。やってみないか?」
「かたぬきとはなんでしょう?」
「文字通り型を抜く遊びだ。クリアすればお金がもらえるぞ」
「はあ……」
「失敗してもお菓子として食べられるしな」
「はあ……」
「とりあえず行ってみようぜ」
 そして俺はアキの手を引っ張ってかたぬきの出店へと向かう。
 アキは俺に引っ張られるままに誘導されるのだった。

    *

 次。
 姫々の番である。
 姫々は、
「うー」
 と不機嫌そうに俺を睨んでいた。
 鳥の巣頭は相変わらず。
 しかして音々のアイデアで蝶々の髪留めをつけている。
「何を不機嫌そうにしてるんだ」
 俺がそう問うと、
「日日日ちゃん……アキちゃんと恋人つなぎしてた」
「そりゃまぁデートだしな」
「私もする!」
「いいぞ」
 あっさりと言う俺に、
「へ、いいの?」
 ポカンとする姫々。
「言い訳させてもらえれば先に言いだしたのはそっちだぞ」
「じゃあ、ん」
 と左手を差し出してくる。
 俺は、
「ふむ……」
 とまじまじと差し出された姫々の左手を見て、
「生命線も長いし良い手相じゃないか?」
 おきまりのボケをかましてみた。
「そうじゃなくて!」
「そうじゃなくて?」
「恋人つなぎ!」
「わかってるって」
 苦笑いして姫々の手に自身の手を濃密に絡ませる。
 いわゆる一つの恋人つなぎ。
「はわわ……!」
 と姫々は目に見えて狼狽えた。
「お前から恋人つなぎしたいって言ってきたんだろうが」
「それは……そうだけど……」
 しりすぼみにかすれていく姫々の声。
「でも想い人にされると感動もひとしおというか……」
 可愛いなコイツ。
 無論言葉にはしてやらないが。
「最近日日日ちゃんアキちゃんにばっかり構ってる気がするし……」
「しょうがないだろ。俺をご主人様呼ばわりだ」
「音々ちゃんは気にしてないみたいだけど……」
「お前も気にする必要はないだろう?」
「でも私……アキちゃんや音々ちゃん……花々ちゃんにも容姿の時点で勝てないし……」
「そうかぁ?」
 俺はクネリと首を傾げる。
「小動物みたいで愛らしいぞ?」
「でもそれって慕情の感覚じゃないでしょう?」
「んなこといったら何も始まらないだろう? 特に俺の場合は」
「それは……そうだけど……」
「きっといつか別の誰かを好きになってもさ。きっとアキラのことは特別なんだ」
「そうだね。アキラちゃんは……」
「だからってそれを気にしちゃ何も先に進まないだろ? だからお前はお前で俺の好感度を上げるために全力を尽くすか……あるいは他に好きな奴でも見つけろよ。うだうだしたって何の得にもならんぞ?」
「日日日ちゃんより格好いい男の子なんていないよ」
「自覚は無いがなぁ」
 ぼんやりと俺。
「鏡見て思わない? 自分の顔の造形について」
「見飽きてる」
「それはそうだろうけどね」
「アキにしろ姫々にしろ音々にしろ何で俺が良いのかわからないくらいだ。正直俺自身が一番戸惑ってる」
「ハードボイルドを目指すなら自分の格好よさをうまく利用しなきゃ始まらないよ」
「違いない」
 俺は苦笑する。
「まぁともあれ……」
 俺は姫々の握っている手を引っ張って歩き出す。
「祭りを楽しもうぜ」
「うん。そうだね。デートだもんね」
 はにかみながら姫々。
「とりあえずまだ腹が減ってるんだよな。何か食おうぜ」
「うん。じゃああそこの焼鳥屋さんなんてどう?」
「焼き鳥か。いいんじゃないか?」
 そう言い合って俺と姫々は雪柳学園大学ラグビー部が出店している焼鳥屋にて皮とズリとバラを二本ずつ買う。
 全て俺持ちだ。
 ハードボイルドたる者、美人には甲斐性を見せるものである。
 ブスは帰れ。
 というわけで紙コップに突っ込まれた焼き鳥六本を俺と姫々はお互いに食べさせあった。
 デートだなこれは。
 俺は苦笑してしまう。
「はい、日日日ちゃん……あーん」
 と焼き鳥を差し出してくる姫々。
「あーん」
 と口を開いて焼き鳥をくわえる俺。
 咀嚼。
 嚥下。
「姫々、あーん」
「あーん」
 俺は姫々に焼き鳥を食べさせてやる。
 そう言えば武術研究会で俺は一方的に「あーん」をさせられる側だったので、こっちから「あーん」をするのは珍しい。
 まぁ不快じゃないんだが。
「あ、日日日ちゃん」
「はいはい?」
「かたぬきがあるよ。懐かしい。やろうよ」
 アキとやったばかりなんだがなぁ。
 まぁ言わぬが華だろう。
 そんなこんなで俺と姫々はデートらしい付き合いをするのだった。

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