ご主人様と呼ばないで

七夕祭り、1


「ささの葉サラサラ♪ のきばにゆれる♪」
 今日は七月七日。
 七夕である。
 俺にしてみればだからなんだって感想しか湧いてこないんだが、それを大切にしている奴もいるみたいで……。
「お星さまキラキラ♪ 金銀砂子♪」
 ルンルン気分で歌っているのは音々だ。
 時間は夕方。
 場所は蕪木ビル。
 その五十階。
 つまり音々のフロアである。
 音々は艶やかな黒髪をポニーテールにして使用人によって浴衣に着替えさせられている最中だった。
 俺はといえば夏らしくティーシャツにジャケットにジーンズ。
 何処にでもいるありふれた格好だ。
 で、音々の着つけが終わるのを待っている。
 音々の部屋の本棚から『ハイペリオン』を取り出して読んでいるところだ。
 そうこうしている内に時は過ぎ、
「あーきらっ! お待たせ!」
 快活な声が聞こえたと思ったら、
「おうふ」
 浴衣姿で俺にダイブしてくる音々だった。
 ちなみに俺が腰かけていたのは音々のベッドである。
 もつれる形で俺と音々はベッドに転がった。
「えへへぇ。あーきらっ」
 と幸せそうに俺の胸板に頬ずりする音々。
 俺はクシャクシャと音々の頭を撫ぜる。
「どう? どう? 僕の浴衣姿……!」
「おう。可愛いぞ」
「ホント!? えへへぇ」
 音々はこの世の幸せの福音の如く破顔するのだった。
「ねえねえ日日日!」
「なんだ?」
「抱きたくなってくる?」
「阿呆」
 デコピンをかます俺。
「いたっ」
 目をつむる音々。
 と、
「「あーっ!」」
 可愛らしい声が二重に響いた。
 そっちに目をやれば浴衣姿のアキと姫々と花々がいた。
 その内姫々と花々は俺と音々を指差して驚愕の表情をしていた。
「なにしてるの日日日ちゃん!」
「不潔ですお姉様!」
 そんな抗議が届く。
 さて、どうしたものか。
「ふむ……」
 と悩んでいると、
「日日日ちゃんから離れて音々ちゃん!」
「お姉様から離れなさい先輩!」
 そんな命令が飛んでくる。
 やれやれと首を振って、
「ほら。離れろ音々」
 俺はそう言った。
 俺をベッドに押し倒している音々は、
「え〜。もうちょっと……」
 と駄々をこねる。
「駄目だ」
 バッサリと切り捨てる俺。
「ちぇ。いいもん。僕の番が来たらいっぱい甘やかしてもらうから」
 そう負け惜しみを言って音々は俺から離れた。
 俺はわざとらしくパンパンと音々の触れた部分をはたいて、それから浴衣姿の四人の美少女……一人違うが……を見る。
 アキはアジサイの模様をあしらった浴衣を着ていた。
 浴衣は白い瞳に白い肌にウェーブのかかった白い長髪のアルビノであるアキを存分に際立たせていた。
 多少胸の辺りが苦しそうだが豊満な体を持つことに対する税金だと思えばいいだろう。
 姫々は鳥の模様をあしらった浴衣を着ていた。
 茶髪の鳥の巣頭は相変わらず。
 小動物のようなコロコロとした可愛らしさが浴衣によって引き立てられていた。
 音々はさっき見た通り蛇の目蝶の浴衣だ。
 いつもの長い黒髪はポニーテールで、快活なイメージを損なってはいない。
 なにより当たり前だが胸がないため浴衣によって際立つスレンダーな体のラインは見事という他なかった。
 そして最後の花々はアサガオの模様をあしらった浴衣である。
 金髪碧眼に浴衣は似合わないと思っていたが中々どうしてよく似合っていた。
 元が可愛いからだろう。
「…………」
 俺は無言で立ち上がる。
 ここ……つまり蕪木ビルの五十階に俺とアキと姫々と音々と花々が浴衣姿で集まったのは言うでもない。
 祭りがあるからだ。
 雪柳学園大学の七夕祭である。
 周辺の商店街をも巻き込んだ祭りで、雪柳学園に通う者なら知っていて当然の祭りである。
 で、そんな祭りに武術研究会で行こうと俺が言い出したら、
「私はご主人様についていきます」
「うんうん! 行こうよ日日日ちゃん!」
「日日日……ナイスアイデア!」
「先輩の提案ということを除けば悪くありませんね」
 と皆から快諾を得られた。
 そして、七月七日の今日。
 七夕。
 浴衣を持っていないアキと姫々と花々に音々が浴衣を無償貸与するために蕪木ビルに来ているのだった。
 俺を除く全員が浴衣を着て、しかもそれぞれが特徴的な美少女なのだ。
 アルビノのアキに小動物の姫々に男の娘の音々に金髪碧眼の花々。
 加えて俺。
 この五人で雪柳学園大学の七夕祭に行くことになったのだった。
 無論、蕪木ビルから雪柳学園までは少し距離がある。
 ロールスロイスの出番だろうと言った俺に、
「五人も乗れないよ。リムジンを出そ」
 と音々が返した。
「…………」
 沈黙する俺。
 何処まで規格外なんだ蕪木グループは。

    *

 そして俺たちはリムジンによって雪柳学園近くの駅におろされた。
 さて、じゃあ歩くか。
 そう俺が思っているところに、
「日日日ちゃん」
「うへへ、あーきらっ」
 姫々と音々が俺の腕に抱きついてきた。
 アキは俺の三歩後ろを淡々とついてくる。
 俺は、
「ちょ、離れろお前ら」
 姫々と音々をうざがる。
「そうです! 離れてくださいお姉様!」
 花々も俺に従順する。
「だーめ。日日日ちゃんは私と仲睦まじくするの」
「日日日は僕のお婿さんだからね」
 そう言ってさらにギュッと強く俺の腕を抱きしめる姫々と音々だった。
 俺はうんざりとした。
「重い」
「愛の重さだよ」
「まったくまったく」
 姫々と音々に懲りる様子は無かった。
「まぁいいか」
 俺は姫々と音々をはべらせて雪柳学園大学へと向かうのだった。
「先輩! お姉様から離れなさい!」
 ムキーッと悔しがる花々の碧眼には憎しみの色が映り込んでいた。
「言って聞く奴らじゃねえだろ」
 嘆息とともにそう言う俺に、
「それでも納得いきません!」
 花々は駄々をこねるのだった。
「まぁまぁ。花々なんて放っておいて僕とのデートに集中してよ日日日」
 残酷な言葉を吐く音々。
「っ!」
 俺はそんな音々の腕を振り払い、
「阿呆」
 と言って音々の額にデコピンをする。
 痛がる音々。
「何するのさ?」
「俺を優先することに意を挟む余地は無いがそれでも親しい者には礼儀を見せろ」
「だって花々は僕の恋路を邪魔する輩だよ」
「ならお前も俺の恋路を邪魔する輩だな」
「え……?」
 ポカンとする音々。
「日日日ちゃん……」
 姫々が悲しそうな顔をする。
「日日日……もしかして……」
 そんな音々の言葉の続きを、
「好きな人がいるんですか!?」
 花々が引き継いだ。
「まぁ好きというか好きだった奴がいるな」
 飄々と俺は答える。
「…………」
 姫々は悲しげな顔のままだ。
「過去形なんだ」
 そう確認する音々に、
「ああ、もう死んでるし」
 あっさりと答える俺。
「じゃあ関係ないね」
 あっさりと答える音々。
 やっぱりこいつも……駄目か。
 そんな俺の選定はともかく、
「何はともあれ離れろ。鬱陶しい」
 俺は忠告する。
「いいじゃん日日日ちゃん」
「いいでしょ日日日」
 姫々と音々は離れる気はなさそうだった。
「お姉様から離れなさい先輩!」
 そんな花々の癇癪に、
「ああ言ってるぞ音々」
 皮肉気に気持ちを汲む俺。
「いいのいいの。花々には好きに言わせておけば」
 あっさりと音々は言う。
「と、言うことらしいぞ? 花々……」
 どうにかしてくれと目で問う俺に、
「先輩にお姉様は不適格です! 即刻縁を切りなさい!」
 応える花々。
 しかして、
「俺に言うな」
 それだけを簡潔に言う俺。
「そうだよ。花々こそ僕と縁を切ったら?」
 音々は相変わらず容赦がない。
「お姉様は花々の全てです!」
 癇癪を起こす花々に、
「あっそ」
 音々はさっぱりとしたものだった。
 そんなこんなで姫々と音々を引き連れて、アキを背後に置き、癇癪を起こす花々をスルーして、周りの注目を集めながら雪柳学園大学に向かっているところに、
「俺達に付き合わねぇ? なんでもおごっちゃうよ?」
「そっちも三人でこっちも三人。釣り合いがとれると思わねぇ?」
「損はさせないからさぁ」
 そんな下衆の声が聞こえてきた。
 そっちを見て……俺はハッとした。
 三人の男……大学生だろう……が三人の美少女をナンパしているところだった。
 白い髪の甚平を着て男装している美少女に、浴衣を着た黒い長髪の音々にも似た……しかしてそれ以上に完成されている美少女に、金髪碧眼の幼い雰囲気を持つ美少女だ。
 ナンパする大学生に三人の美少女は拒絶の意志を示していた。
 それでも絡もうとする大学生が強硬な手段に出ようとして、俺がそれを仲裁しようとした瞬間、ツンツンパーマの可憐で精悍なお姉さん系の美少女が三人の美少女を庇うように立ちふさがった。
 それから先は語るまでもなかった。
 精悍な美少女が三人の大学生を相手にきったはったをして沈黙せしめた。
「ああいう輩もいるんですね」
 花々がそう呟く。
「ま、お祭りだから浮かれる気持ちはわからないでもないけどね」
 俺はそう答える。
「それにしてもすごくクオリティの高いかしまし娘だったね」
 音々が驚いたように言う。
「まったくだ」
「日日日ちゃん? まさかあの三人の美少女に心奪われたとか言わないよね?」
 姫々が睨んでそう言ってくる。
「いや、まぁ三人とも美少女ではあったけど俺にはアキに姫々に音々がいるからなぁ」
 言って何だが言い訳の様だ。
「ならいいんですけど……」
 不満げな姫々に、
「やっぱり僕のこと意識してくれてる!?」
 嬉しそうな音々に、
「ご主人様……嬉しいです」
 アキが感動して、
「だからお姉様から離れなさい先輩!」
 花々が反発するのだった。
 衆人環視はそんな俺らを不機嫌な目で見るのだった。
 まぁいいんだけどな。

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