雪柳学園前の駅にて切符を購入して隣町へ。 ガタンゴトンと電車に揺られる。 そして隣町につくと大型ショッピングモールたる百貨繚乱に足を踏み入れる。 俺は見たかった映画……とは言っても不人気な映画だったのでチケットをとるのはあまりに簡単だったが……を観賞して、シネマを出る。 「フランス映画好きだったよなお前」 そう言う俺に、 「うん」 とアキラは答える。 「この後どこ行く?」 「喫茶店でいいんじゃないかな?」 「じゃあそうするか……」 アキラにそう答えて、俺は百貨繚乱を横断する。 一人でギラギラした目くばせをしながら歩く男。 一人でお洒落に身を包んで堂々と歩く女。 仲睦まじいカップル。 見るだけで笑顔になれる親子像。 ざっと検分しただけでもそんな連中が見て取れる。 俺もそんな衆人環視の一人なのだろう。 誰かにとっての誰かなんてそんなものだ。 むしろ特別だと思う方がどうかしている。 でも普通の人間達はその特別の方を重視する。 そこには俺も含まれる。 何故かって? ハードボイルドだって特別の内だからだ。 自分の矮小さにうんざりしながら百貨繚乱のなかを歩いていると、 「止めてください……!」 と、少女の声が聞こえてきた。 声のした方を見やると、 「警察を呼びますよ……!」 と少女がそんなことを言っていた。 少女の髪は金色で。 少女の瞳は青色で。 少女の肌は白色で。 西洋人形の様な雰囲気を持っていた。 「…………」 沈黙する俺。 対してその異国少女を取り囲んでいる男三人は、 「呼ぶなら呼べば?」 「ただナンパしてるだけだし」 「なぁいいじゃんよぅ。どこでも奢るって」 そんなベタな誘いをかけていた。 通過する百貨繚乱の客たちは見ないふりして通り過ぎる。 あるいは見えないふり……か。 俺とて無視を決め込みたかったが……、 「はぁ……」 男どもに絡まれてるアレ……花々なんだよな。 そう。 稲生花々だった。 音々をお姉様と呼び慕う一年生。 そして先日俺の頬をはたいた後輩。 そう言えば雪柳学園前の駅でもナンパされてたって音々が言ってたな。 今回もそのクチだろう。 「関わりたくはないんだが……」 ボソリと呟きながら俺は絡まれている花々に声をかけた。 「花々……」 花々は目を見開いて、 「日日日先輩……」 と呆然としたようにそう言った。 「「「ああ?」」」 とドスのきいた声ですごむ男達。 「「「なんだお前?」」」 と問う。 「ソイツの先輩です」 率直に俺は言った。 「勘弁してやってくれませんか……? そいつ……好き奴がいるんでナンパとか遠慮してるんですよ……」 「うるせえボケ。外野は黙ってろ」 ペッと俺の足元に唾を吐いて、 「なぁどこにでも連れていってやるからさぁ」 「俺達と遊ぼうぜ?」 「悪い話じゃねえって」 ナンパを再開する男どもだった。 「日日日先輩……助けて……」 親とはぐれた幼児のような弱々しい声で俺に助けを求める花々。 「…………」 俺はガシガシと後頭部を掻くと、 「いい加減見苦しいぞ……お前ら」 と男どもを挑発する。 「ああん?」 「なんぞ言ったかお前……?」 「何様のつもりだ?」 すごんでみせる男どもだったが、生憎そんな脅しは音々の組手の十分の一くらいの脅威でしかない。 だから俺は、 「女に断られてんのに付きまとうなんてみっともないって言ってるだけだ」 簡潔に真実をついた。 「殺されたいらしいな……」 そう言って男の一人が俺の胸ぐらを掴んだ。 「その手を離せ」 俺はそう言う。 「なんだてめえ? 何様のつもりだ? 何の道理があって俺らを侮辱する?」 「侮辱されるだけのことをしてるからだろ」 肩をすくめてみせる。 「本気で殺すぞ」 「やってみろよ」 「っ!」 男の一人が拳を振りかざした。 襲い掛かる拳を受け止めて、男の股間に膝蹴りをかます。 「……っ!」 言葉にならない悲鳴をあげて地面に這いつくばる男。 「やろ……!」 「てめ……!」 残りの二人が俺に襲い掛かる。 それも三十秒と掛からず退治してみせる俺だった。 「弱い。浅い。未熟に過ぎる。もうちょっと相手を見て喧嘩を売れよ」 うずくまる男三人にそう言って、 「大丈夫か花々?」 俺は花々に問う。 「日日日……先輩……?」 呆然としてそう呟く花々に、 「おう。日日日先輩だぞ?」 俺はそう答える。 「日日日先輩……お姉様みたいだった」 「そうか?」 「お姉様と一緒で……ナンパに困っている花々を助けてくれた……」 「偶然だ」 「前にお姉様が言ってましたね……」 「何て……?」 「僕が困っている時に王子様みたいに助けてくれるところ……とか……って」 「そんなこともあったっけか」 「現に花々が困っているところを助けてもらいました」 「別に恩を売りたいわけじゃないんだ。そこは勘違いしてくれるな」 「そうなんですか」 「ああ。じゃあな。警察が来る前にお前も逃げた方がいいぞ」 そう言って歩み去ろうとする俺に、 「待ってください!」 俺の背中にタックルをかまして抱きついてくる花々。 「なに……?」 うんざりとする俺。 「何かお礼をさせてください! それが義というものですの!」 「そんな大したことはしてねえよ」 「それでもお願いします!」 「じゃあこれから喫茶店に行くからコーヒーでも奢ってくれ」 「はいな! そうします!」 元気なこって。 * 喫茶店にて。 「こうして冷静に日日日先輩と二人きりなんて想定してませんでした」 コーヒーを飲みながらそう言う花々だった。 「まずは言わせてもらいます。助けてくださってありがとうございます」 「別に何もしてねえよ」 俺は後輩の金であるコーヒーを飲みながらそう答えた。 「先輩……アキ先輩と姫々先輩とお姉様をはべらせている極悪外道だと思っていましたけど頼もしい側面もあったんですね……」 「音々の道場の蕪木無真流柔術を収めていてね」 「お姉様と同じ流派なのですか!?」 「まぁ。アイツの足元にも及ばないがな」 「道理で……」 ふぅむと神妙に頷く花々だった。 「先輩……」 「何?」 「先輩はお姉様のこと真剣に考えたことはありますか?」 「さてね」 俺ははぐらかす。 「そういうことは意識しないんだ」 「それは残酷です」 知ってるよ。 「お姉様だってふざけるみたいに先輩に好意を伝えてますけど、きっとその裏は本音を隠したいだけなんだと思います」 それも知ってる。 「花々はお姉様が幸せになるためなら身を引く心の準備をしています」 「いやに消極的じゃないか」 「だってどうしたってお姉様は先輩が好きで、そこに花々が入り込む余地が無いように思えますから……」 「遠慮しすぎだ」 「先輩。お願いがあります」 碧眼に真剣さを乗せて花々はそう言う。 「なんでっしゃろ?」 俺は簡潔に尋ねた。 「花々の恋敵になってください」 「はぁ?」 俺は呆れとも困惑ともつかぬ声を出してしまった。 「だからお姉様について真剣に考えてください。その上で……そのために……私と恋敵になってください」 「なして?」 「正々堂々決着をつけましょう」 花々はそう言う。 「お姉様が花々を選ぶか先輩を選ぶかはわかりません」 「俺を選ぶだろ」 「でもそれでも恋敵でいてください」 「だから俺を選ぶだろ」 「お姉様について真剣に考えてくださいと言ってるんです!」 「なんでそこまで音々に執着する?」 「お姉様は花々を助けてくれた貴重な存在だからです」 「俺もお前を助けたが?」 「だからお姉様と先輩の幸せのためなら、二人がくっつくことにも納得しようと花々は言ってるんです!」 「そんなに音々に執着するかねぇ……?」 俺はコーヒーを一口。 「だってお姉様は綺麗で可愛くて格好いいんですもの!」 「それはわかるが……」 「ならば先輩もお姉様に対して実直であるべきです」 「嫌だね」 俺はコーヒーを一口。 「何故です!?」 「このぬるま湯に浸っていたいから……かな?」 「っ!」 パシンと花々が俺の頬にビンタをした。 「最低です……先輩は……!」 「知ってるよ」 俺は何事もなくコーヒーを一口。 「アキ先輩と姫々先輩とお姉様の創りだす曖昧な空間に浸っていたいなんて……ジゴロ以下です」 それがどうした? それがなんだっていうんだ? そう問う俺に、 「そんなだから先輩は色んな人に恨まれるんです……!」 「別に他人の好意を利用したからって法には触れないだろう?」 「先輩はアキ先輩にも姫々先輩にもお姉様にもそう言えるんですか……!」 「ああ、言えるぞ?」 「…………っ!」 ガチャンとコーヒーカップを鳴らす花々。 「助けてもらって感謝した花々が馬鹿でした……!」 「ああ。馬鹿だな」 俺はコーヒーを一口。 「話はそれだけか?」 「他に何を言えと!?」 「別にいいんだがな」 俺はコーヒーを飲み干す。 「先輩は最低です」 知ってる。 「先輩は最悪です」 知ってる。 「先輩は最弱です」 それは……ニュアンスこそ違うが事実だ。 「言っておきますけどね……!」 「はいはい」 「助けてもらって感謝はしてるんです……! でも花々が先輩を好きになるなんて思わないことですね!」 「期待してねえよ」 角砂糖を口に含みながら俺は言った。 「とまれ、花々が音々にご執心なのはわかったよ。それが花々自身の恋心と独立していることもな」 「ええ、お姉様が幸せになれるなら相手は花々じゃなくてもいいんです」 「でも俺は適格者じゃない」 「その通りです」 「ならここで別れよう。どうも俺はお前を苛立たせることしかできないようだ」 そう言って伝票を花々に押し付ける俺。 花々が会計して、それから俺と花々は喫茶店から出る。 そこで別れて花々に背を向けた俺に、 「さっきのことで花々が先輩を好きになるなんて思わないことですね!」 喫茶店での言葉を繰り返す花々だった。 「きっとお姉様に花々を認めさせて差し上げます! その後で先輩がお姉様を想っても後の祭りですからね!」 「それならそれで構わんよ」 俺はそうとだけ言った。 ま、いまだに呪縛から解かれていない俺に比べれば花々の方がよっぽど音々のことを想っているのだ。 なら水を差すのは野暮ってもんだ。 「…………」 俺には花々の想いは眩しすぎる。 それは羨ましいという感情の変化形なのだろう。 そんなことを考察しながら、俺はアキラとのデートを再開した。 |