ご主人様と呼ばないで

武術研究会、3


「ああ、紹介しないとね。日日日……こちら……」
 とブロンドの美少女を示して、
「稲生花々だよ」
 音々はそう言った。
 改めて俺は金髪碧眼の美少女……稲生花々を観察する。
 花々は整った顔立ちですっきりとした目鼻立ちの美少女だった。
 幾分か小柄でスタイルは姫々と似たり寄ったりというところだろう。
「お姉様ぁ……うへへぇ……」
 とタックルの後に音々に抱きつく花々は気持ちの悪い声を出しながら音々の制服に頬を擦り付けていた。
「ちょっと離れてよ花々……」
 グイと押しやって引っ付く花々を無理矢理引きはがす音々。
「あん……! お姉様は酷ですわ」
 残念そうにそう言う花々に、
「もう七回目だけど僕には好きな人がいるから……」
 そう断る音々だった。
「誰ですの!? 花々のお姉様を奪おうとする不逞の輩は!?」
「目の前にいるよ」
 そう言って俺を指差す音々。
 金髪碧眼の美少女……もとい花々は俺を見ると目じりを吊り上げた。
「あなたですの! 日日ノ日日日というのは!」
「はぁ。俺だが?」
 花々はヒシッと音々に抱きついて、
「言っておきますけど……!」
 と断りを入れ、
「お姉様は花々のモノです! あなたの出る幕はないと思ってください!」
 そんなことを宣言した。
「…………」
 俺は慎重に言葉を選んで、
「なぁ音々……」
 音々に問うた。
「何? 日日日……」
「お姉様って……お前、そんな趣味があったのか?」
「それは誤解だよぅ」
 何が誤解だってんだ?
「これは成り行きによるもので……」
 そう言い訳する音々だった。
「どんな成り行き?」
「雪柳学園前の駅あるでしょ?」
「あるな」
「そこで花々をちょっとだけ助けただけだよ?」
 そう言う音々に、
「ちょっとだなんて……! お姉様がいなければ今の花々は成り立ちませんわ!」
 反論する花々。
「どういうこと?」
 と俺は問う。
 音々はしぶしぶと言った様子で語りだした。
「花々が雪柳学園前の駅でタチの悪い男達にナンパされていて……」
「ふむふむ」
「それを助けただけだよ?」
「それが何でお姉様になる?」
 そんな俺の疑問に、
「暴漢をやっつけて去ろうとした僕に花々が言ったんだ……」
 音々が答え、
「あなたは何者ですかって……」
 花々が言葉を引き継いだ。
 そして花々は頬を赤らめて言う。
「それに対してお姉様は『お姉様とでも言うべきかな?』って言ってくださったのですわ」
「それが間違いの元だったんだよね……」
 うんざりと音々は嘆息した。
「つまり暴漢から花々を救って……その代償として花々のお姉様になったってことか?」
「そういうことだね」
 頷く音々。
「決め台詞を気取って言ってみたんだけど本当にそう呼ばれたのは僕としても不本意な結果としか言い様がないね」
「なぁるほど」
 俺が虐められている音々を助けて音々に気に入られたように、音々もまた花々を助けて気に入られたのだろう。
「ま、別にいいんだがな……」
 俺は肩をすくめた。
 対して音々はこんこんと説得するように花々に言を向ける。
「いい花々……? 僕は日日日が好きだから花々の想いには応えられない。もう何度も言ったようにね」
 そんな音々の言に「納得いかない」と表情で現し、
「日日ノ日日日!」
 と俺の名を呼ぶ花々だった。
「何でがしょ?」
「あなたとお姉様は相思相愛なのですの!?」
 そんな馬鹿げた質問に、
「そうだよー」
 と音々が肯定して、
「んなわけねえ」
 と俺が否定した。
「どっちですの!?」
「一方的に惚れられているだけだ」
 身も蓋もなく断言する俺に、
「そんなはっきり否定しなくても……」
 不満そうな音々。
「ではお姉様と日日ノ日日日はお付き合いされているわけではないのですね!?」
「その通り」
 コクリと頷いてやる。
「お姉様……」
「何?」
「こんな男は放っておいて花々と蜜月を営みましょう?」
「でも僕は日日日が好きだから……」
「お姉様は男ではないですか」
「愛に性別は関係ないよ?」
「それほどまでに日日ノ日日日を愛している……と」
「ま〜ね〜」
 ケロッとそう言う音々だった。
 そこに躊躇いは一分もない。
 愛の告白ではあるが、それを受ける気は俺には無い。
 閑話休題。
「それで花々……」
「日日ノ日日日如きに名を呼び捨てられる道理はありませんわ!」
「お前も俺のことは日日日と呼べ。それで花々……」
「だからそんな道理はないと……!」
「ともあれ花々……」
「……なんですの?」
 諦めたように応じる花々。
「俺のつくる同好会のメンバーになる気はないか?」
「断固としてあり得ませんわ」
「音々も所属するぞ?」
「…………」
 三秒だけ沈黙して、
「どういうことです?」
 と花々は催促してきた。
「お前、法華アキラは知ってるか?」
「ええ、学校中の話題ですわね。日日日先輩の奴隷だとか何とか……。花々のクラスにもファンクラブの部員がいるほどですわ」
「まぁそれについては不本意だが否定できないな。とまれ……俺と幼馴染と音々と法華アキラとで同好会をつくろうかと思ってんだ。そこに加わる気はないか?」
「何をする同好会ですの?」
「まぁのんべんだらりとするだけの同好会だ。最近学食で幼馴染と音々と法華アキラをはべらせているのが辛くてな。昼休みに過ごせる場所を探してたんだ」
「で、同好会をつくって部室……ならぬ会室を確保しそこで昼休みを過ごそう……と……」
「そゆこと」
 頷いてやる。
「昼休み限定だが音々と一緒にいられるぞ? 好条件だと思うがな……」
「むぅ……」
 と唸った後、花々は、
「いいでしょう。日日日先輩の口車に乗ってあげますわ」
 そう言ってくれた。
「よし。これで五人揃った。後は申請するだけだな」
「お姉様……これからよろしくお願いしますわ!」
 活き活きとそう言う花々に、
「うん……まぁ……ね……」
 歯切れ悪くそう返す音々だった。
 その後はとんとん拍子だ。
 姫々と音々が書類を揃えて提出。
 俺達は武術研究会という名目のもとに、部室棟の一室を借りることが出来た。

    *

「ご主人様、あーん」
 アキが炊き込み御飯を箸でつまんで俺の口元に差し出す。
「あーん。んぐ。むぅ……」
 その炊き込み御飯を受け入れ、咀嚼、嚥下する俺だった。
「ど、どうでしょう?」
「朝も言ったが美味しいな」
 ちなみにアキが俺の部屋に引っ越してきてから家事全般はアキと姫々が行なっている。
 姫々は元々俺の部屋の家事全般を担当しているのだが、それを横からトンビに掻っ攫われる格好となったのだ。
 俺の世話をするという役目をアキと姫々が争ったことさえある。
 無論、俺の鶴の一声で妥協案がとられたわけだが。
「日日日ちゃん、あーん」
 姫々が卵焼きを箸でつまんで俺の口元に差し出す。
「あーん。んぐ。むぅ……」
 その卵焼きを受け入れ、咀嚼、嚥下する俺だった。
「美味しい?」
「うむ。俺好み」
 そう評すると、
「そうかな? えへへぇ……」
 はにかんでアザレアのように笑う姫々。
 幼馴染ということも手伝って俺と姫々は長く一緒に過ごしていた。
 母親のいない父子家庭において姫々は俺の母さんの代わりまで代役したこともある。
 掃除とか洗濯とか一緒にお風呂とか……な。
 なもんだから俺にとっての家庭の味とは姫々の作る味だ。
 それが俺に対する慕情故だと気付いたのは中学生の頃。
 まぁともあれ、
「褒めて遣わす」
 そう言って姫々の鳥の巣頭をクシャクシャと撫でてやると、
「えへへぇ……」
 と笑う姫々だった。
「日日日、あーん」
 今度は音々がフォアグラのソテーを箸でつまんで俺の口元に差し出す。
「あーん。んぐ。むぅ……」
 そのソテーを受け入れ、咀嚼、嚥下する俺………………ではなく花々だった。
 花々はソテーを嚥下した後、
「美味しいですわ……お姉様……」
 そう評した。
「なんで花々が食べるのさー! 僕は日日日に食べさせたかったのに!」
「日日日先輩のことは諦めてくださいって何度も言ってるじゃないですの。お姉様の『あーん』は今後花々が応対しますわ!」
「てい……!」
 音々は花々の碧眼に箸を刺し込むという罰を下した。
「目が……目がぁ……!」
 両目を押さえて床を転がる花々。
 ……まぁ今のは花々が悪い。
 改めて、
「日日日、あーん」
 音々がフォアグラのソテーを箸でつまんで俺の口元に差し出す。
「あーん。んぐ。むぅ……」
 そのソテーを受け入れ、咀嚼、嚥下する俺だった。
「どう!? どう!?」
「うむ。美味い。さすがは日本におけるフランス料理の最高峰……仏屋の弁当。ある意味で一番のアドバンテージだな」
「僕と結婚すると毎日がこうなるよ?」
「それは何度も聞いた」
 うんざりとして俺は両手を挙げた。
 『それ以上話を発展させるな』というポーズだ。
「ご主人様……あーん」
「日日日ちゃん……あーん」
「日日日……あーん」
「お姉様……あーん」
 アキと姫々と音々が俺に、花々が音々に箸でつまんだ料理を差し出してくる。
 俺と音々はそれを受け入れる。
「どうですかお姉様……花々の料理は!?」
「うーん。まぁまぁ」
「まぁまぁですの……」
 ショボンとする花々。
「音々は舌が肥えてるからなぁ」
 ケラケラと笑う俺。
「そもそも仏屋のフランス料理弁当と競い合うのが間違っていると思うよ?」
 冷静に指摘する音々。
「いつかお姉様に百点と言ってもらえるまで頑張る所存です……!」
「そ。がんばれー」
「愛がこもってませんわ!」
「こめてないからねぇ」
 音々はさっぱりとしたものだった。
「お姉様はそんなに花々のことに興味ゼロですかぁ……」
 そんな花々の悲哀の呟きに、
「だって僕は日日日に夢中だもん」
 キッパリとそう返す音々。
「いいんですよぅ。日日日先輩にふられたところに付け込んで取り入っちゃいますから」
「あ、それいいな」
 肯定する俺に、
「駄目だよぅ日日日……。日日日は僕のモノ!」
 そう宣言する音々に、
「違うよぅ音々ちゃん……。日日日ちゃんは私のモノ!」
 姫々が反抗するように姫々。
「…………」
 一人静かにアキだけが弁当を食べていた。
「アキは主張しないのか?」
 そう問う俺に、
「ご主人様が誰と結ばれようとご主人様の奴隷である私に何を言う権利もございません。私はただご主人様に仕えるのみです」
 さっぱりとアキ。
「あっそ……」
 うんざりと俺は言った。
「日日日先輩が法華先輩を奴隷にしているって本当だったのですね……」
 花々が悍ましげなモノでも見るかのように俺を見た。
「俺は認めてないがなぁ……」
 言い訳する俺。
「私はご主人様の奴隷ですよ?」
 撤回するアキ。
「この辺りが噛みあわないなぁ……アキとは……」
「ご主人様に仕えるのが私の使命でありますれば」
「まぁ恋でもすれば変わるだろ。もうちょっと視野を広くすればアキも俺にこだわる必要がない事を知れると思うんだが」
「ご主人様以外のことに私は興味がありません」
 アキは揺るがぬ在り様だった。
 そんなこんなでアキと姫々と音々の弁当を食べながら、俺は昼休みを過ごした。
 と、そこに、
「たのもー!」
 と部室の外から声が聞こえ、ダンダンと乱暴なノックがされた。
 ちなみに部室の鍵は内側からかけられているので開けることはできない。
「花々……」
 と俺が言う。
「はいはい」
 と俺の言いたいことを察した花々が部室の鍵を開ける。
 同時に、
「「「「「うおおおおおおっ!」」」」」
 と大量の人の群れが押し寄せてきた。
 動揺する俺と姫々と音々と花々を前に、
「「「「「入部を希望する!」」」」」
 と入部届を持って高らかに宣言する人の群れ。
「…………」
 俺は眉間を押さえて呟いた。
「なるほど……。まぁこうなるわな」
 つまりアキと音々のファンが武術研究会に入会を希望したわけだ。
 予想できなかったのはこちらの不手際である。
「ご主人様……お茶をどうぞ」
 どこまでも平常心のアキは俺に紅茶をさしだしてきた。
「ありがと」
 水筒のコップを受けながら謝辞を述べる俺。
 それにしても……どうしたものかな……これは……。
 姫々と花々は呆然とするばかりだ。
 アキは平常通り。
 一人……音々だけが思案するような表情をして、そして言った。
「じゃ入部試験をしようか」
 そう宣言した。
「「「「「入部試験?」」」」」
 戸惑う俺と入部希望者に、
「うん。武術研究会だからソレに則したテストがいいよね。僕と組手をして勝った人だけが入部できるってのはどう?」
「「「「「やる! やります!」」」」」
 光明が見えたと喜ぶ入部希望者の数々。
「えげつね〜」
 音々の実力を知っている俺はそう呟く他なかった。

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