ご主人様と呼ばないで

武術研究会、2


 同好会の設立に伴う規定は六十六パーセントクリアしていた。
 なるたけ生産的な部活アピールはしたし書類も揃えた。
 ちなみに同好会である限り部費の分配はされないが顧問の教師は必要ない。
 ただ……、
「足りねぇ……」
「足りない……」
「足りないねぇ……」
 それが問題だった。
 何がって?
 人数です。
 同好会を設立させるためには五人以上の人間が必要だった。
 俺とアキと姫々と音々で四人。
 どうしても後一人足りない。
 ちなみに今は放課後。
 俺とアキの部屋のダイニングに俺と姫々と音々が集まって文殊の知恵を捻りだそうとしているところだ。
「後一人……誰を誘う?」
 根本的なことを問う俺に、
「私の友達は……気まずいかな……」
 姫々が提案兼却下を行なった。
「まぁ最終案はそれということで」
 どうしてももう一人が見つからなかったらそうしてもらおう。
 ちなみに俺にはアキと姫々と音々くらいしか親しい人間はいない。
 …………。
 まぁそれはいいんだ。
 俺は尖ったロンリーウルフだから。
 ついでに今キッチンに立って俺らの夕餉を準備しているアキも除外だ。
 部屋でも学校でも俺に尽くすことばかりで俺ら以外の交友関係はまるでない。
 あえて言うのなら稀に告白してきた人間を玉砕してきた分だけコミュニティはあるのだろうがそんな奴らを武術研究会に入れるわけにもいくまい。
 なにせ作ろうとしているのは部活動とは名ばかりの大奥である。
 まぁ色々つっこみどころはあろうがそこはグッと我慢してくれ。
 後は……、
「…………」
「…………」
 俺と姫々の視線に
「……え? ……僕?」
 キョトンとする音々。
 他に誰がいる?
「僕も基本的には日日日達としかいないからなぁ……他に親しい人間といったら……うーん……」
 音々はプスプスと頭から煙を吹きだす。
 いや、そこまで悩まんでも……。
 とは言っても何かいい案があるならこれに勝るは無い。
 音々の悩む姿を見ながらアキの淹れた紅茶を飲む俺。
「あー、一人だけ候補はいるね」
「マジで?」
「うん……多分……気は乗らないけど……」
「男?」
「女の子だよー」
「学年は?」
「一年生」
「ということは広義的には俺がアキや姫々や音々とイチャイチャしてても問題ない人間か?」
「ある部分においては……ね」
「ある部分?」
「すっごく僕を溺愛しているから僕と日日日がイチャイチャしていたら嫉妬するだろうけどそれ以外のことには興味を持たないはずだよ」
「お前……女にも人気あるもんな」
「顔が中性的な人って総じて美人って誰かが言ってたなぁ」
 ポケーッとそう呟きながら紅茶を一口。
「とまれ、ソイツを当たってみるか。駄目だったら最終案として姫々のスイーツ部の部員の一人から名前だけ借りるってことで」
「んー、日日日に色目を使わないかつ男じゃないから文句は無いんだけど……」
 渋る音々。
「嫌なら最終案になるぞ?」
「いやじゃないけど……もう今年度に入って既に六回ふってるんだよねぇ……」
「は?」
「だから四月の入学式から数えて六回告白されて六回袖にしてるの」
 あら素敵。
「音々スキーだな」
「まぁ好意自体はありがたいんだけどね……」
 ポリポリと頬を掻く音々だった。
「ちなみに顔は?」
「可愛いよ。美少女」
「なら問題ないな。そいつにコンタクトとってみよう」
「うーん。僕には好きな人がいるって言ってるから日日日を仮想敵にしている可能性もあるんだよねぇ」
「まぁ惚れられるよりは扱いやすくていいだろ」
「聞き捨てならないなぁ」
 ムッとして言う音々に、
「聞き捨てならないよ……」
 ムッとして言う姫々。
「えーと、それじゃその美少女……名前は何だ?」
「花々。稲生花々」
「その稲生花々にコンタクトを取って、勧誘するってことでいいか?」
「私はいいよ〜」
「僕も……まぁ……構わないけど……」
「なら決まりだ。いや〜良かった。これで嫉妬の視線のレーザービームに晒されなくて済むな」
「案件はお決まりになりましたでしょうか?」
 キッチンから料理を持ってきたアキがそんな言葉で介入してきた。
 その両手が抱えているのはざる蕎麦。
 父親というアホウが送ってきた蕎麦粉を使ってアキが打った蕎麦だ。
 一から蕎麦を打てるなんて……アキのポテンシャルが恐い。
 とまれ、
「決まったよ。音々の知り合いを当たってみるつもりだ」
「音々様は可愛らしくも社交的でいらっしゃりますからね。さぞかし交友関係が広いと存じ上げます」
「言うほど広くはないよ」
 肩をすくめる音々。
「僕は日日日一筋だから他の人間には興味無いんだ」
「それは……わかりますけど……」
 わかるんかい。
「お前らなぁ……そういう話は俺のいないところでやってくれ」
 不機嫌そうに見せる俺に、
「日日日ちゃん嬉しそう」
 姫々がそう指摘する。
「そんにゃことはにゃいぞ?」
「かんでるし……」
 むぅ。
「ともあれ飯だ飯。音々も食ってくだろ?」
「うん!」
 快活に頷く音々。
「出汁はこちらに」
 とアキが透明なガラスの受け皿に出汁を注いで四人分を配る。
 そして、
「「「「いただきます」」」」
 と俺達は合掌した。
 盛ってある蕎麦に各々が手をつける。
「ふわ……美味しい……」
「香り高いね……」
 一口で蕎麦の味を見切った姫々と音々がそう評する。
「恐縮です」
 とアキは一礼した。
「料理が上手だとは思っていたけど……蕎麦まで自分で打てるなんて……アキちゃん……すごい素材だね……」
「料理なら姫々様もお上手でいらっしゃいます」
「私はこんな本格的なものは出来ないよ」
「アキのポテンシャルって洒落にならないレベルだよね。美人で胸が大きくて料理が上手くて……そのまま嫁に行けそうなレベル」
「私は嫁ぐつもりはありませんが……」
「まぁわかってはいるけどさ……勿体ないなぁ……」
 蕎麦をすすりながら音々がそんなことを言う。
「ご主人様に尽くすために私は存在します故」
「日日日はどう思う?」
「うーん?」
 同じく蕎麦をすすりながら俺は首を傾げた。
「まぁ……アキがそれでいいんならとりあえずはいいんじゃないか? 俺としては俺なんかに構ってないで社交的になってほしいがな」
「私は迷惑でしょうか?」
「そんなことはない。ただ誰かに尽くすことを本懐にするのは危ういってだけだ。お前だって楽しい事やしたい事があるだろ?」
「私はご主人様に仕えられることが光栄なことです」
「まぁ今はそれでいいよ。文句はない」
 ズルズルと蕎麦をすすりながら俺だった。

    *

 さて……。
 次の日。
 俺と音々は一年生のクラスに向かっていた。
 音々の言う稲生花々を勧誘するためだ。
「稲生花々が美少女ってことは特A級の美人が四人も武術研究会に集まることになるな」
「僕も入ってるんだ……」
「当たり前だろう。言っとくがお前の美貌はアキに勝るとも劣らんぞ」
「…………まぁいいけど」
「なんだ。歯切れの悪い返しだな」
「何でもないよ。それよりそんなに僕を評価してくれるなら僕と結婚してくれる?」
「それとこれとは話が別だな」
「むぅ……」
「俺は硬派だから誰かに靡くことはありえない」
「とかいってアキには色々と困らせられてるんでしょ?」
「しょうがねえだろ……。拒否すると泣きやがるんだから。女の涙は関東軍くらい扱い難いんだよ」
「僕だって日日日と一緒にお風呂に入りたい。一緒に寝たい」
「アキに背中を流してもらってたのは五月だけだ。それ以降はアキも俺の命令に従って不干渉だ。それに一緒に寝るくらいならいつでもしてやる。今度泊まりに来いよ。三人で川の字になって寝れるぞ?」
「日日日と、二人で、寝たいの!」
 馬鹿なことを言う音々の口を俺は塞ぐ。
「あのな。学校でアホなことほざくな。俺の見識が疑われるだろうが」
 音々は俺から距離をとり、塞がれた口を解放すると、
「日日日が格好良すぎるのがいけないんだよ……」
 アホなことをほざいた。
「それなら俺じゃなくても格好良い男を捕まえればいいだろうが。蕪木財閥の御曹司なんだから誰でも釣れるだろうよ」
「でもあの時男の子達に虐められていた僕を助けてくれたのは日日日だけだった」
「インプリンティングだぜ、それは……」
「わかってる。そんなことは僕だってわかってる」
 音々は噛みしめるように言葉を紡ぐ。
「でもね。日日日の方こそわかってないよ。虐められていた僕がどれだけ絶望的だったか。異端であることがどれだけの孤独だったか。そしてその中で僕を助けてくれた日日ノ日日日がどれだけ眩く映ったか」
「わからんでもないがな」
「嘘」
「嘘じゃねえよ」
 俺は後頭部をガシガシと掻く。
「俺も虐められている時期があったし……」
「そうなの?」
「そうなの」
「日日日を虐めた奴が……いるの?」
「まぁ色々あってな」
「その人たちのプロフィールを開示して」
「い……や……だ……」
「なんでさ!?」
「どうせお前のことだから復讐でもしようとか考えてるんだろ?」
「当たり前だよ! 僕の日日日を虐めたんだよ!?」
「それについては俺の自業自得だから別に構わんぜ。もっと言ってしまえば……蕪木音々……お前は関係ない」
「むう」
 むう、じゃねえよ……まったく。
 そんなこんなで俺と音々は一年生のクラスのある一階へと下りた。
「こっち」
 と音々が俺の袖を引っ張って歩く。
 ついたのは一年生のとあるクラス。
 音々は稲生花々のいるクラスの前の……廊下に立っている女子の一人に声をかけた。
「蕪木……先輩……!」
 その女子は音々のことを知っていたらしい。
 目を見開いて驚いた。
「あー……稲生花々さんを呼んでくれる?」
 そうお願いする音々に、
「はい。少し待っててください……!」
 音々に対して感激の言を現して、女子は稲生花々のクラスへと入っていった。
 俺は言った。
「なんかお前……尊敬されてたな……」
「うん。まぁ……上級生、同級生、下級生を問わず僕は有名だから。良くも悪くも」
「そうなのか?」
「まぁ男なのに女子制服を着ている時点でアレなんだけど……さらに人目を引く容姿だからね……」
 自分で言うな、とは言わなかった。
 たしかに音々はそれだけの美貌だ。
「一年生や二年生や三年生に告白されたことは多々あるよ。僕は全校に知られてるんだ。まぁもっとも……」
 音々は吐息を一つついて言葉を続ける。
「アキもまた全校に知れ渡っているけどね」
「あー、アイツの場合純粋に可愛いからな」
「む。何それ。不穏な言葉……」
「他意はねえよ。事実を述べただけだ」
「でも……そうだよね……。アキは可愛いよね……」
「抜群にな」
「…………」
「…………」
 妙な雰囲気が俺と音々を包んだ。
 そして、
「お姉様ー!」
 と叫んだとある生徒が音々にタックルを仕掛けてきた。
 無論、蕪木無真流柔術免許皆伝の音々はそんな攻撃で倒れることはなかったが。
 音々にタックルを敢行したとある生徒……女生徒は、
「お姉様お姉様お姉様ー! やっと花々の想いを受け止めてくださるのですね!」
 そんな妄言を垂れ流した。
 髪はブロンドのセミロング。
 後ろ髪は纏めておさげにしている。
 瞳は碧眼。
 そいつは英国淑女のような日本人離れした雰囲気を漂わせる女生徒だった。
 ていうかブロンドの髪って……。
 どう見ても外国人のソレに、
「元気そうで何よりだよ……花々……」
 音々は困ったような表情でそんなことを言った。
 …………。
「……って……え?」
 俺はポカンとする。
「ああ、紹介しないとね。日日日……こちら……」
 とブロンドの美少女を示して、
「稲生花々だよ」
 音々はそう言った。

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