ご主人様と呼ばないで

武術研究会、1


「はあ……」
 俺は溜め息をついた。
「ご主人様……不調ですか……?」
「日日日ちゃん……何か悩んでる?」
「日日日……なんかテンション高くないね?」
 アキに姫々に音々が俺にそう言ってくる。
 俺はというと、
「…………」
 無言でカモ蕎麦をすするのみだ。
「ご主人様……もし具合が悪いのでしたら保健室に……」
 とアキが言う。
「日日日ちゃん……悩みがあるなら聞くよ?」
 と姫々が言う。
「日日日……僕にも打ち明けられないこと?」
 と音々が言う。
「まぁ……」
 俺は滔々と語る。
「お前らには語るまでもないことだ……」
 それは真実だ。
 正直なところこいつらに相談することが無益だ。
「そんなことを仰らず……」
「そうだよ……」
「話してみて、日日日……」
 かしまし娘ども……一人女じゃないが……はそう言う。
「別に……何でもない」
 俺は言葉を濁す。
 ここは雪柳学園高等部の学食だ。
 ガラス張りの壁に天井が外の雰囲気を取り込む粋な作りである。
 そして何より開放的で広い。
 雪柳学園高等部の学食は高等部の生徒を全員入れてもなお余りあるほどのスペースを誇るのだった。
 それはつまり、雪柳学園高等部の生徒が昼休みに集まるということでもある。
 学食で済まそうとする者はもちろん……それ以外にもパン食や弁当を持ってきている生徒達までこの学食で昼食を取ろうとしているのだ。
 そんな衆人環視の中で、
「はあ……」
 俺は溜め息をつかざるをえなかった。
「やはり変ですよご主人様……」
 アキがそう言う。
「変だよ日日日ちゃん……」
 姫々がそう言う。
「変だね日日日……」
 音々がそう言う。
 あのな……。
 誰のせいだと思ってる?
 言葉にならない不満を嘆息で補う俺。
 学食には人、人、人。
 その人間達が……衆人環視が……俺を敵意の視線で射抜いていた。
 もし人間の目からレーザーやビームが出るのなら俺はとっくに殺されているだろう。
 それほどの敵意が衆人環視の視線に込められていた。
 要するに……だ。
「何でしょう、ご主人様……?」
 俺の視線を受けて狼狽えるアキに、
「何だろ、日日日ちゃん……?」
 俺の視線を受けて狼狽える姫々に、
「なんでしょ……日日日……?」
 俺の視線を受けて狼狽える音々。
 要するに、アルビノ故に白い髪と白い瞳を持ち尚豊満なボディを持つアキに、鳥の巣頭が愛嬌になっているロリ担当の可愛らしいチビっ子の姫々に、黒いロングストレートの髪を持つ大和撫子改め男の娘たる音々の三人をはべらせている俺に対するやっかみの視線が居心地が悪いったらありゃしないということである。
 それをかしまし娘に述べると、
「ふえ、私はそんな嫉妬を買うほど可愛くはありません……」
 アキが見当違いの言葉を吐いた。
「そんなことないよう。アキちゃんは可愛いよ?」
「うん。アキはもっと自信を持つべきだね」
 フォローする姫々と音々。
 ちなみにそんな話はしていない。
「それを言っちゃうと私なんかチンクシャだし背は低いし……」
 自虐するのは姫々。
「それこそ愛玩的な可愛らしさを持つ姫々様の魅力です」
「うん。需要あるよ。姫々はコロコロと可愛らしい」
 フォローするアキと音々。
 うん。
 でもな。
 そんな話もしていない。
「だいたいそんなこと言いだしたら僕なんて女の子じゃないし……」
 自嘲するは音々。
「そんな……! 音々様の完成された美は何者をも凌駕していますよ……!」
「そうだよう。白のアキちゃんに黒の音々ちゃんの双璧だよ」
 フォローするアキと姫々。
 だーかーらー……そんな話してないって……!
「では何の話を?」
 わからないとアキ。
「だからさ。お前ら三人を俺がはべらせているせいでやっかみの視線が痛いんだよ。特にアキが来てから、それが顕著だ」
「私がご主人様の足を引っ張っているのですか」
「ある意味では」
 嘘をついてもしょうがないので正直に言う。
「ふえ……」
 泣きそうになるアキに、
「でもな……」
 俺は言葉を突き刺す。
「それは決して悪い事じゃないんだ」
「悪い……ことじゃ……ない……?」
「言ったろ? アキは魅力的な女の子だって……。俺はお前にドキドキしてるって……」
「ふえ……ご主人様……」
「だからお前は俺の隣にいていい」
「…………」
「ただ蠅が煩わしいって話さ」
「でも……それが……私のせいなのでしょう……?」
「だからなんでそう卑屈なんだよ。もっと気楽に構えろ。世界は辛い事だけじゃないぞ……? ま、お前には念仏も同義だろうが……」
「ふえ……」
「ずるいアキちゃん……」
「うん。アキはずるい」
「私だって日日日ちゃんに可愛いって言われたいのに……」
「僕だって日日日に可愛いって言われたいのに……」
「ふえ……それは……」
 アキにはどうしようもないことだったろう。
 だから俺は、
「よしよし」
 と姫々と音々の頭を撫でた。
「えへへぇ……」
「えへへ……」
 それだけではにかむ姫々と音々。
 ……お手軽な奴ら。
 見ると上目づかいでアキが俺を見ていた。
 それは自己主張を厳重に禁じているアキなりの願望の発露だ。
 だから俺はそれを察してやらねばならない。
「アキもよしよし」
 とアキの頭も撫でた。
「ふえ……ありがとうございますご主人様……」
 別にこれくらいなんでもねえよ。
 そう言うと、アキは優しい夜空のように、
「それでも……ありがとうございます……」
 ふんわりと笑うのだった。
 その笑顔があまりに完成されすぎていて、
「っ!」
 俺は絶句する。
 頬が熱い。
 赤面しているのだろうか。
 しているのだろうな。
「むう……日日日ちゃん……!」
「がる……日日日……!」
「なんだよ?」
「デレデレしないの」
「鼻の下伸びてる」
「そりゃしかたねえだろ……。俺だって男だ。可愛い奴に笑いかけられたらどうにかくらいなるさ……」
「むう……」
「がる……」
 威嚇する姫々と音々。
「ていうかだいぶ話逸れたな」
「そう言えば何を言いたかったの日日日ちゃん?」
 話を盛大に逸らしたお前らにそれを言う資格があるのか……と問いたいが……詮無い事でもある。
「要するに、だ。同好会を作らないか?」
「同好会……?」
「そ」
 カモ蕎麦をすすりながら俺は頷く。
「なんで同好会なんて……」
 と、これは音々。
「お前らみたいな美少女を公然とはべらせてるとやっかみの視線が面倒だ。だから部室を借りて、学内にいる間はそこに集まる……ってことしたら周囲の視線を気にしなくて済むだろう……?」
「それは……」
「まぁ……」
「そうだけど……」
 納得と不納得を混在させてかしまし娘。
「で……」
 と俺は話を進める。
「部室を借りられたならお前らの手作り弁当を俺が堂々と食べることが出来るってわけだ。こんな学食に頼らなくてもな」
「でも日日日ちゃん……」
「なんだ姫々」
「三人分のお弁当なんて食べれるの?」
「アキと姫々と音々で一・三人分の弁当を作ればいいだろ?」
「なるほど……」
 得心がいったと姫々。
「じゃあ誰も見てない部室なら……あーん……とかできるの?」
 とこれは音々。
「当然」
 頷く俺。
「それは魅力的だね……」
 閑話休題。
「というわけで、だ」
 俺は話を進める。
「同好会を作ろうと思うんだが……」
「私はご主人様に賛成です……」
「私も賛成っ」
「僕も僕も!」
 さて……。
「で、だ。問題はどんな同好会にするかだが……何か腹案のある奴」
「はいっ!」
 と音々が挙手した。
 促す俺。
「ゲーム研究会!」
「却下確実だな」
「じゃあ現代視覚……」
「それ以上は問題になるから止めろ」
「むぅ……」
 むぅ……じゃねえよ。
「はい」
 と次の挙手したのは姫々。
 促す俺。
「お菓子同好会」
 なんじゃそりゃ?
「お菓子を食べながらまったりする同好会だよぅ」
「学校に菓子を持ち込むのは禁止されてるぞ」
「ほら。私スイーツ部の部員でしょ? 放課後ならお菓子を調達できるよ?」
「放課後なら部屋が校門から歩いて四十秒なんだから部室に入り浸る必要ないだろ」
「むぅ……」
「まぁ姫々の提案は良い線をいったとは思う。出来るだけ楽そうな同好会になればそれがいいんだが……」
「では……」
 と次に口を開いたのはアキだった。
「武術研究会などどうでしょう?」
「武術……?」
「はい」
 コックリと頷くアキ。
「ご主人様と音々様は武術が達者でいらっしゃいます。なれば武術研究会と言う名目で同好会を申請するのも悪くはないかと」
「…………」
「…………」
「…………」
「部室に格闘技関連の雑誌を少しだけ並べて後は放置……ということでいいのではないかと……」
「ふむ……」
 悪くない。
 むしろ俺や音々にしてみればこれ以上ない言い訳となるだろう。
 そんな俺の考えを読んだわけではなかろうが、
「それいいねぇアキ!」
 破顔して音々が賛同した。
「武術研究会……たしかに学内活動的な雰囲気を感じるネーミング……」
 姫々もまた追従する。
「あれ? 全員賛同?」
 問う俺に、
「僕は良いと思うよ?」
 音々が肯定し、
「私も良いと思う……」
 姫々が肯定し、
「私などの意見でいいのでしょうか……?」
 アキが狼狽え、
「じゃ、それで決まりってことで」
 賛成三、棄権一で武術研究会の設立が決定した。

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