ご主人様と呼ばないで

ラブレターはそのままで、2


 そして岩男の告白劇と気絶を経て俺達は昇降口に行った。
「ご主人様……本当に大丈夫なんですか?」
 アキが顔を渋面にしてそう聞いてくる。
「大丈夫だ。それよりせっかくの美貌が台無しだぞ」
 そう言うとアキは赤面した。
「ふえ……美貌だなんて……」
 照れてるアキは大層可愛かった。
 ゆるふわウェーブの白い長髪を弄りながらアキが照れる。
 昇降口で内履きをはきながら姫々が言う。
「そこで謙虚になると嫌味になるよアキちゃん」
「ふえ……そんなつもりでは……」
 困ったようにそう言うアキちゃん。
「俺の心配なら後でいくらでもしてくれ。それよりお前も早く上履きに履き替えろ」
「あ、はい……ご主人様……」
 言われて自身の靴箱を開けるアキ。
 そしてピクリと固まる。
「アキ……どうした?」
 そう聞く俺に、
「あの、ご主人様……」
 上履きと一緒に“それを”取り出すアキ。
「これは何でしょう?」
 そう言って首を傾げる。
「うわ……」
「はわ……」
「ありゃ……」
 順に俺、姫々、音々の感動詞だ。
 アキが手に持っているのは手紙の入った封筒だった。
 靴箱に入っていたレターって……。



 そして一時限目から四時限目までを終えて昼休み。
 俺達は学食に来ていた。
 俺とアキと姫々と音々で学食の一角を占拠する。
 当然議題は朝のレターのことだ。
「ええと……今日の放課後……体育館裏で待ってます……とのことです」
「これってアレだよな」
「アレだね」
「アレだ」
 一人「わからない」と首を傾げるアキ。
「なんなのでしょう……いったい……」
「本当にわからないの? アキちゃん……」
 オムライスを食べながら姫々が呆れたように言った。
「要するに体育館裏に行ってこの人に会えばいいというミッションでしょうか?」
「ミッションって……」
 うどんをすすりながら音々が呆れたように言った。
「違うのですか?」
「別に違いはしないが認識に大いにずれはあるな」
 カツ丼をかきこみながら俺が言う。
「ご主人様にはこれが何かわかるのですか?」
「俺だけじゃなくて姫々にも音々にもわかってると思うんだが……」
「まぁ……ね……」
「そりゃね……」
 三つの心を一つにして俺達はそう言った。
「それで……これは何でしょう?」
「「「ラブレター」」」
 三つの言葉を一つにして俺達はそう言った。
「ラブレター……ですか!?」
 アキは顔を真っ赤にして狼狽えた。
「ていうか……」
「他に考えられることなんて……」
「ないと思うんだけど……」
 順番に言う俺と姫々と音々。
「ラブレターっていうとアレですよね……?」
 赤面したまま白い髪を弄りながらアキは言う。
「想い人に恋心を伝えるための懸想文……」
「まぁ正確には告白する場所を指定した文書であるからラブレターとはまた違うが……それでもそう呼んでいい物質ではあるな」
「何で私のところにこんなものが……」
「本気でわからんの?」
「もしかして別の人の靴箱と間違えて入れてしまったのでしょうか?」
 うーん。
 考えがずれてるなぁ。
 らしいっちゃらしいんだが。
「前にも言ったろ。アキ……お前は可愛すぎるんだよ。当然こんなこともある。まぁある種のイベント程度に思っていればいい」
「私、可愛い……ですか……?」
「それはもう」
「はあ……」
 納得いかなげに首を傾げるアキ。
「前の学校ではこんなことなかったの?」
 ある意味当然の疑問を口にする音々。
「……ありませんでした」
 俯くアキ。
 慌てる音々。
「はれ……? 僕、変なこと聞いた?」
「いえ、音々様は悪くありません……」
 俯いたままそう答えるアキ。
「お前くらい可愛ければ男子なんて向こうから寄ってきそうなもんだが……」
 カツ丼をかきこみながら俺が言う。
「私、前の学校では……その……虐められていたもので……」
「「「…………」」」
 一気に沈黙する俺と姫々と音々。
「前の学校では髪を切らないようご主……父に言いつけられていて。それで私は髪で顔を隠していましたから“白貞子”と呼ばれていました」
 白貞子……ね……。
 髪が白いから“白貞子”か。
「ごめん……辛いこと……聞いちゃったね……」
 音々が謝る。
 しかし俯いたままアキは否定するように首を横に振った。
「そんな! 音々様が謝ることではありません。これは偏に私の問題ですから」
「でも……」
「大丈夫です。気になさらないでください」
「ところで……」
 そこで俺が口を挟む。
「じゃあ何でこっちに来たときには前髪を切ったんだ?」
「それは……ご主人様のお父様がこちらに来る前に美容室へと連れていってくださって……今に至るというわけです。私はこんな顔を晒したくはありませんでしたがご主人様のお父様はこちらの方が可愛いからと言って聞かず……」
 困ったようにそう言うアキに、
「ま、実際可愛いしな」
 俺がそう言った。
「ふえ……可愛くなど……ありません……」
「前にも言ったろ? お前は可愛いんだって。魅力的なんだって」
「そんなことありません……」
「でも事実ラブレターは来ただろ?」
「それは……」
「アキはもうちょっと自分に自信を持つことが必要だな。自信とは心が確信できる希望と信頼を持って偉大なる栄誉ある道に乗り出す感情である……なんて言葉もある」
「自信……ですか……」
「そう。自信だ」
「今はまだ持てそうもありません……」
「それもわかってる。ゆっくりでいいんだ。その内わかってくるから」
「わかるって……何がでしょう……?」
「お前がとびっきりに可愛いってことをだよ」
 そう言った瞬間……テーブルの下で、俺の脛が蹴られ、俺の爪先が踏まれた。
「痛……っ!」
 見ればフグのように姫々と音々が頬を膨らませている。
「日日日ちゃんデレデレしすぎ」
 すまし顔でオムライスを食べる姫々。
「日日日の馬ー鹿!」
 ツンとした顔でうどんをすする音々。
 お前ら……嫉妬ならもっと可愛くしろよ……。
 足を押さえながら俺は苦しむ。
「大丈夫ですかご主人様……!」
 心配げに俺の足を診るアキに、
「いや、いいから。それ以上煽るな」
「煽るって……何をでしょう?」
「とにかく大丈夫だから。とりあえず飯を食おうそうしよう」
「はあ……」
 またもや納得いかなげにそう首を傾げるアキだった。



 そして五限目と六限目を終えて放課後。
 運命の時は来た。
「ご主人様、お荷物を……」
「お持ちしなくていいって何度も言ってるだろ。俺はお前のご主人様じゃないんだから」
「はあ……」
 悲しげな顔をするも泣きまではしなかった。
 だいぶ慣れてきたと見える。
 俺に拒絶されることに。
 しぶしぶといった様子で差し出した手を引っ込めると、アキは話題を変えた。
「ご主人様……」
「なんでがしょ?」
「今日の夕食にリクエストはございますか?」
「いや、ないな」
「ではパスタでよろしいでしょうか?」
「ああ、いいぜ」
「あの……それで……」
「なんだ?」
「お買い物に……また……付き合って……もらっても……よろしいでしょうか……?」
 顔を赤くしてそう聞いてくるアキは大層可愛かった。
「ああ、そんなこと。いいぜ」
 俺が頷くとアキはホッとしたように息をつく。
「申し訳ありません。ご主人様につきあわせてしまって……」
「気にすんな。俺もお前といるのは嫌いじゃない」
「は……う……」
 言葉を失うアキ。
 その顔は真っ赤になっていた。
 ……照れすぎだろ。
 と、
「あーきらっ♪」
 とボーイソプラノの声が聞こえてきた。
 音々か、と思った瞬間、想像通りの蕪木音々が長い黒髪を振り乱しながら俺に抱きついてきた。
「日日日、日日日、僕と一緒に帰ろ♪」
 そう言って俺の胸板に頬を擦り付けてくる音々。
 俺は音々の額を掴んで、グググと引き離した。
「あん、なにするの日日日」
「周りの目が痛い」
「そんなの気にしなくていいよ」
 そうもいくか。
 白いふわふわのロングヘアーの美少女アキに「ご主人様」と慕われ、くわえて対称的な黒いストレートのロングヘアーの男の娘音々にじゃれつかれている。
 男子どもの嫉妬を煽るには十分だ。
 俺はそんな針の視線を受け止めながら辟易していた。
「だいたい帰るっつっても、お前校門に置いてあるロールスロイスで帰るだけだろ」
「何度も同じこと言わせないでよ。それだけのことが僕には嬉しいの」
「まぁいいけどな。そうだ。アキと一緒に買い物に行くんだがお前も来るか?」
「買い物!? 行く行く!」
「いいよな、アキ?」
「ええ、構いませんよ。音々様も一緒に買い物してくれるなんて感動です」
「大げさだよアキは。僕達友達なんだからさ」
「友達……そうですね」
 その言葉を噛みしめるように言うアキ。
 どうやら友達と言う存在がアキにはよほど重要なことらしい。
 よほど人間関係に恵まれなかったのだろう。
「可愛いなぁアキは」
 そう言って俺から離れてアキに抱きつく音々。
 ううん。
 こうやって白と黒の対称的な美貌の二人がじゃれあってると絵になるなぁ。
 そう思ったのは俺だけじゃないらしく、
「おお……!」
「百合だ……!」
「馬鹿。音々ちゃんは男だ……!」
「さらにけしからん……!」
「美少女と男の娘の組み合わせ……!」
「ありだな……!」
 などとクラスの男子どもが呟いている。
 まぁたしかに目の保養になるのは否定できない。
「それでさ。今日の日日ノさんの夕食は何するの?」
 音々がそう聞いてくる。
「パスタだそうだ」
 俺が言う。
「パスタ!? 僕、大好き!」
 音々がアキに頬ずりしながらそう言う。
「では音々様も食されますか? パスタならばいくらでも作れますし」
「いいの!?」
「私は構いませんけれど……ご主人様はどうでしょう」
「ああ、構わないんじゃないか?」
「ありがと! 日日日もアキも大好き!」
 そう言って、
「うわ」
「はえ」
 音々は右腕に俺を、左腕にアキを、それぞれ抱いてにっこりと笑った。
 そこに、
「……日日日ちゃん」
 第三者の声がかかった。
 見れば姫々がジト目で俺達を見ていた。
「なんだ? お前も混ざりたいのか?」
「そうじゃないけど……それにこの後部活あるし」
「スイーツ部か」
「そ」
「なら早く行けよ」
「その前に一つ」
「なんだ?」
「可愛い子に迫られてデレデレしないの」
「しょうがない。これは男の性だ」
「音々ちゃんも日日日ちゃんに抱きつかないで!」
「いいじゃん別に。姫々が気にすることじゃないよ」
「気にするよ!」
「ふっふーん? 嫉妬?」
「う……」
 あからさまに狼狽える姫々。
「なら姫々も日日日に抱きつけばいいじゃん」
「そ、そんなこと……!」
「僕は日日日にキスもできるよ。うーん……」
「やめなさい?」
 そう冷静に言って俺は音々の唇を押さえる。
「むぅ。日日日の意地悪」
「姫々への挑発のためだけにキスされてたまるか」
「じゃあ純粋に日日日にキスしたいならいいの?」
「だーめ」
「むぅ……」
 不満げに唸る音々。
 勘弁してくれ。
 そんな好意なんて俺が一番苦手なの知ってるだろ?
「それではご主人様、音々様、お買い物に行きましょう?」
「「「…………」」」
 俺と姫々と音々はいっせいに黙った。
 キョトンとするアキ。
「どうかされましたか?」
「もしかしてアキ……忘れてるのか?」
 そんな俺の言葉に、
「何をでしょう?」
 本音でそう言うアキだった。

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