ご主人様と呼ばないで

友情を育むという戯言、3


「誰が弱いだとてめぇ……!」
 軽薄な服を着たチンピラさんが格ゲーで負けたことで因縁をつけてきた。
 無論、それは、
「弱い」
 と相手を断じた音々にも責任の一端はある。
 が、
「事実を事実の通りに言っただけだよ〜」
 そう言って音々は漆黒のロングヘアーを手で梳くと、ベーとチンピラに舌を出した。
「調子に乗ってくれるじゃないかお嬢ちゃん……痛い目見ないと気が済まないらしいな……!」
 こめかみの血管をひくひくとさせながらチンピラさん。
「弱いのは事実だもんね。悔しかったら勝ってみろ〜♪」
 俺はペシと音々の頭をはたいた。
「そこまでにしておけ。このチンピラAさんが怒ってらっしゃるじゃあないか」
「誰がチンピラAだ!」
「では十把一絡げさんってことで」
「なめてんじゃねぇぞ!」
 そう言ってチンピラさんは俺めがけて殴ってきた。
 その拳を同じく拳の一本拳で迎え撃つ。
 カウンター気味に拳と拳がぶつかり合い、
「痛っ……!」
 ひるむチンピラさん。
「暴力はよくないっすよ」
 そう言う俺の後ろで、
「そうだそうだ。やるならギャラクシーバトルで勝ってみろ〜」
 音々が挑発する。
「殺す!」
 そう言って今度はハイキックをかましてくるチンピラさん。
 俺は余裕綽々でそれを防ぐ。
 今度はストレートが来た。
 打ち払う。
「〜〜〜〜〜っ!」
 チンピラさんはがむしゃらに攻撃を仕掛けてくるが俺はそれを綺麗に全て防いだ。
 大きく息をして攻撃の一つもあたらない状況に戸惑うチンピラさんの、その腹部を指差して俺は言った。
「腹……」
 直後、俺はチンピラさんの腹部を蹴った。
「が……はぁ!」
 呻くチンピラさん。
 俺は今度は顔を指した。
「顔……」
 直後、俺のハイキックがチンピラさんの頭部をまともにとらえた。
「胸……」
 胸を指差し、正拳突きをかます俺。
 これは防がれた。
「……っ!」
 チンピラさんも気付いたようだ。
 俺が打撃をくわえるポイントを事前に指示していると。
「顎……」
 俺の右フックはとっさに顎をブロックしたチンピラさんによって防がれる。
「股間……」
 両手で股間をガードするチンピラさん。
「目……」
 片手で股間を、片手で両目を覆うチンピラ。
「みぞおち……」
 腹部を両腕で覆うチンピラさん。
 クスクスクス。衆人環視が笑っていた。
 さもあろう。
 途中から俺は体の箇所を指示するだけで攻撃は一切行なっていない。
 周りにしてみれば俺の言葉に無様に翻弄されているチンピラさんが見て取れるだろう。
 それに気づいたチンピラさんが憤怒に顔を真っ赤にして俺に襲い掛かってきた。
 が、決定打は一発も入らなかった。
 全て打ち払ったからだ。
 唯一ローキックだけは見逃したが、足を振動させるくらいの効果しかなかった。
 相手は素人だ。
 しかし、一人の目にはそうは映らなかったらしく、
「ご主人様!」
 アキが衆人環視から飛び出してきて俺に抱きついてきた。
 白い瞳孔が開いている。
 アキは心配げに俺を見つめて言った。
「ご主人様……御御足の方は……!」
「大丈夫だよ。大げさにすることじゃない」
 アキは俺を庇うように抱きしめて、チンピラさんに言った。
「もうやめてください。ご主人様を傷つけるのは……」
「ご主人様……?」
 あまりの非日常な言葉にポカンとするチンピラさん。
 と、ここで警備員が登場。
 突発的ないざこざはなし崩しになった。



 あらかたゲームセンターを徘徊し終えて、帰り道。
「あの……本当に本当に本当に大丈夫なんでしょうか?」
「ああ……本当に本当に本当に本当に大丈夫だ」
「なら、いいのですけど……」
 それでも心配そうに俺に寄り添うアキ。
 ちなみに約束通り姫々が俺の腕に抱きついていた。
「えへへぇ」
 とニヤニヤしてる。
 毎度思うがこんなことが本当に嬉しいのだろうか?
 好きという感情は難しい。
「それにしてもあのチンピラ傑作だったね〜。警備員に引っ張られていって」
 あははと笑う音々をキッと睨み、
「冗談ごとではありません!」
 アキがピシャリとそう言った。
「うぇ? アキ怒ってるの?」
「だって音々様の軽率な行動によってご主人様が危険にさらされたんですよ!?」
「大丈夫だよ。日日日が駄目だった場合僕が出たから」
「いや、それは止めてくれ」
 そう俺は言った。
「どういうことですか?」
 そう聞くアキに俺は蕪木音々という存在を教えてやった。
「こいつ柔術の達人なんだ。しかも免許皆伝」
「…………」
 黙るアキ。
「しかも超実戦派。金的、目潰し、人中打ち、肋骨開放骨折、何でもござれだ」
「だからあんな奴に絡まれても何の問題もないんだよ」
 そう言って「にゃはは」と笑う音々。
 アキは少し思案するように表情を曇らせた後、
「それでもご主人様を危険な状況に追いやるのは看過できません」
 きっぱりとそう言った。
「うん。それはごめん」
 あっさりと謝る音々。
「それより夕食どうする? 僕はスパイクナルドバーガーに行きたいな」
「パックは……まだアキには早すぎるだろ」
 音々の提案を却下する俺。
「ご主人様……」
「はい、なんでがしょ」
「スパイクナルドバーガーとは何でしょう?」
「ほら、これだ、な?」
 そう言って音々を見る俺に、
「……だぁね」
 音々も呆れた顔で言った。
「あの、どういうことでしょう?」
 意味がわからないと言いたげなアキに、
「なぁアキ、ハンバーガーって知ってるか?」
「いえ、存じませんが……」
 ですよねー。
「じゃあそこらのファミレスでも入るか。それなら初心者にも優しいだろ」
「うん。それいいね。僕ドリンクバーの割引券持ってるよ。ちょうど四人分!」
「金持ちの癖に変なところせこいなお前……」
「別に金持ちは関係ないよ」
「そりゃそうか」
「あの、ご主人様……」
「ファミレスってのはファミリーレストランの略で食事をするところだ」
 アキの疑問を先回りして答える。
「れ、レストランですか!?」
 驚くアキ。
「何か不都合あるか?」
「私、ドレスの用意などありませんが。それにご主人様もスーツではありませんし……」
「ああ、ファミリーレストランは私服でいいんだよ。気楽に入れるレストランだ」
「そう……なんですか……?」
「そうだよ〜」
 アキの疑問に頷く音々。
 ちなみに姫々はといえば鳥の巣頭を俺の肩に傾けて、俺の腕に抱きつく行為に没頭していた。
 やれやれ。



「四名様ご案内ー」
 そう言ってファミレスのウェイトレスのお姉さんが俺達を迎え入れてくれた。
 俺達は角の席をとった。俺とアキが椅子に、姫々と音々がソファに、それぞれ対面する形で座っている。
 俺と音々はメニュー表を取って広げる。
「あの、ご主人様」
「このメニュー表から食べたいレシピを選ぶんだ」
 アキの疑問に先回りして答える。
「はあ……」
 そう言ってアキはメニュー表を見る。
「何頼んでもいいぞ。今日は俺のおごりだ」
「マジで〜!」
 目を輝かせる音々に、
「阿呆。アキだけだ」
 ばっさりと俺。
「いえ、そんな、ご主人様にお金を出させるわけには……!」
「お前に与えられてる金も元を辿れば俺の両親の金だろう? なら関係ないって」
「そんなものでしょうか?」
「そんなものだ」
 そう言って俺はメニュー表をパラリとめくる。
「アキ、なにか食べたいのあったか?」
「はぁ……あの……パフェというのを食べてみたいです」
 目をキラキラさせながらそう言うアキ。
 パフェというものに何かしら信仰心を持っているようだ。
 俺は言う。
「それはデザートだ。夕食も兼ねてるからメインディッシュも決めてくれ」
「ではご主人様と同じもので」
「よし、こっちは決まったぞソファ組」
 俺は姫々と音々に声をかけた。
「もうちょっと待って日日日ちゃん」
「僕はもう決まったけどね」
 メニュー表と睨めっこする姫々に、涼しげに答える音々。
 俺と音々が『ORENCHI GENJI』の今後の方針について話していると、
「うん。決まったよ日日日ちゃん」
 姫々がそう言った。
 音々が呼び出しボタンを押す。
 そそくさとウェイトレスが現れてメニューを聞いてくる。
 俺とアキは鶏天定食。姫々はマルゲリータ。音々は明太パスタだ。
 それからアキと姫々と音々がパフェを頼んで、全員がドリンクバーを頼んだ。
 いそいそとウェイトレスが退場する。
「じゃ、ドリンク取りにいこうよ、日日日ちゃん」
「そうだな」
 言って俺と姫々が立ち上がる。
「音々ちゃん、何か飲みたいのある?」
 聞く姫々に、
「じゃあコーラで」
 そう答える音々。
 俺がアキに聞く。
「何か飲みたいのあるか?」
「いえ、ご主人様に作業をさせるわけにはまいりません。私がとってきます!」
 そう言って立ち上がるアキ。
「まぁ取ってきてくれるのは嬉しいんだがお前ドリンクバーのシステム知ってるのか?」
「…………」
 沈黙するアキ。
「大丈夫だよ日日日ちゃん。私が教えるから」
「そうだな。姫々、教えてやってくれ」
「うん……!」
 頷いて、アキをドリンクバーコーナーまで誘導する姫々。
 音々がくつくつと笑う。
「アキを見てると微笑ましくなるね」
「まぁあんなんだからな」
 俺も苦笑する。
「ところで日日日……」
「なんだ?」
「アキと一緒に寝てるの?」
「まぁ……な……」
「そっか……」
「そうだ……」
 しばしの沈黙。後にプクーッとハリセンボンみたいに膨れる音々。
「ずっるーい」
「そう言われてもな。既にうちの馬鹿親父がダブルベッドを部屋に運び込んだ後だしな」
「何も起きないの?」
「向こうは起こそうとしてるみたいだけどな。今のところ俺が牽制してるから」
「いいなぁ……アキ……」
 テーブルに肘をついてそう愚痴る音々。
「いいもんか。こっちは風呂場にまで入られて困ってるところだ」
「そんなことまでされてるの!?」
「ご主人様の背中を流すのが奴隷の義務なんだとさ」
「僕も日日日の背中流したい」
「まぁお前にならいいかな……」
「へ、それって……?」
「お前は男だからな」
「…………」
 沈黙する音々。
 見ればプクーッと音々は膨れていた。
「何か言ったか? 俺……」
「ふんだ! 日日日の唐変木!」
「…………」
 今度は俺が沈黙。
 気まずい空気が流れたところに、
「はい、音々ちゃん。コーラ」
 と姫々が現れた。
 そしてそれから
「ご主人様、コーヒーです」
 アキが現れた。
「……ありがと姫々」
「いえいえ」
「ありがとなアキ」
「望外の喜びです。ご主人様」
 そう言ってそれからアキは席につきながら言った。
「それよりご主人様!」
「……なに?」
「どりんくばあというのを頼めばあそこの……」
 と言ってドリンクバーコーナーを指し示すアキ。
「ドリンクが飲み放題だそうですよ!」
 いちいち驚くこっちゃないと思うんだが。



「ただいま」
「お帰りなさいませご主人様」
 俺と姫々と音々が雪柳学園の正門の前で談話しているところで、一足先にアパートへと戻ったアキがメイド服を着て、アパートに戻った俺を出迎えた。
「昨日も思ったが何でメイド服?」
「これがご主人様にお仕えするための正装ですから。なんとはなれば裸エプロンでもハイレグでも……」
「……メイド服でいいです」
 それ以上俺はつっこまなかった。
「お風呂が沸いていますが、すぐに入られますか?」
「そうだな。そうしよう」
 そう言ってベッドルームに行って学校制服を脱ぐ俺。
 アキはそんな脱ぎ捨てた俺の制服を丁寧に拾い上げる。
 おれは下着とパジャマとを持って風呂場へと向かう。
 俺の脱いだ制服をハンガーにかけて、それからテコテコと風呂場についてくるアキ。
 俺はアキに聞いた。
「今日は楽しかったかアキ?」
「はい! 姫々様も音々様も優しくしてくださってとても嬉しかったです!」
 そう言ってニッコリと笑うアキ。
 その笑顔は、真摯なものに思えた。
 過去にトラウマを抱えている人間にとっての安らぎに思えた。
 まぁアキにとってのそれは俺などとは比較にならない心の傷ではあるが。
「自分にとって大切なことは他人が自分のことをどう考えているかということではなく自分が彼らのことをどう考えているかということだ」
「なんですか? その御言葉は……」
「とある人間の格言だ。どうだった? 俺と姫々と音々と……友達と遊んだ感想は?」
「はい! とっても面白かったです」
 そう言ってアキは向日葵のように笑った。

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