ご主人様と呼ばないで

友情を育むという戯言、2


 スイーツ部が解散すると、俺とアキと姫々と音々は鞄を持って学校を出た。
 まずは学校の正門から二十歩もない俺達のアパートに寄る。
 俺とアキは105号室に、姫々は205号室に帰って鞄を置く。
 音々は正門の前に止まっていたロールスロイスの、その運転手に鞄を預ける。音々の実家、蕪木家は大手財閥蕪木グループの総帥を擁する超のつく富豪だ。送り迎えは当然ロールスロイス。まぁそれについては後ほど語るとしよう。
 そして手ぶらになった俺達は正門に集合した。
 俺が意見を集める。
「じゃあ、これからどこに行く?」
「私はどこでもいいよ」
 姫々が無責任なことを言った。
「私はご主人様の行くところへ」
 アキもまた無責任なことを言った。
「じゃあゲーセン!」
 快活に音々が意見した。
「じゃあゲーセンってことで」
「「「意義なーし」」」
 そういうわけで俺達はゲーセンに行くことになった。



 ゲームセンター『シャングリラ』。
 そこは雪柳学園から徒歩三十分のところにある一大ゲームセンターである。だいたい雪柳学園の生徒はここか駅から都心に向かう格好になる。それほど大きなゲームセンターということだ。
 俺達は最近のニュースや『ORENCHI GENJI』の活躍などを話しながら三十分かけてゲームセンター……シャングリラへと赴いた。
「ところで、ゲームセンターとは何でしょう?」
 そんなずれた質問をするのは当然ながらアキだ。
「もちろんゲームをするところだよ」
 答えたのは音々。だが説明が足りていない。
「そもそもゲームって知ってるか?」
 俺は根本的な質問をした。
「ゲーム……ですか……?」
 くねりと首を傾げるアキ。
「そんな根本的なところから教えなきゃいけないの……?」
 唖然とする姫々に、
「まぁ世間ずれしてるからな、アキは」
 俺はそうフォローになってないフォローをする。
「まぁ入ってみればわかるから」
 そう言って音々はアキの手を引いてゲーセンの中へと入っていった。俺と姫々も続いて入る。同時に音の洪水が俺達の聴覚をさらう。
「ひっ!」
 とっさにアキがうずくまって耳をふさいだ。この大音量にびびったらしい。
「大丈夫だよ。何も怖いことはないよ」
 姫々がアキを諭す。
「そうそう。慣れればなんてことないよ」
 音々がケラケラ笑いながらそう言う。
「そう、ですか……」
 アキがそう言って立ち上がると、そっと耳から両手を話した。それでもこの大音量が恐いのかビクビクしてる。
「怖いなら俺の腕に捕まるか?」
「は、はい。お願いしますご主人様……」
 弱々しく俺の右腕に抱きついてくるアキ。
「ああ、アキずるい! 僕も!」
 そう言って音々が左腕に抱きついてくる。
「ああっ!」
 姫々が悲鳴を上げるももう遅い。俺の腕は二本しかない。
「アキちゃんに音々ちゃん、ずるい……」
「姫々は帰りに抱かせてやるから今は諦めろ」
「じゃあ、帰りは絶対だよ?」
「ああ、約束だ」
 そう言って俺は白いふわふわのロングヘアーの超美人と黒いサラサラのロングヘアーの超美人をつれてゲーセンを徘徊することになった。ここシャングリラは二階建てのゲーセンだ。アーケードの台が主に二階。音ゲーやUFOキャッチャー、パチンコにスロットなどが一階にある仕様だ。
「日日日! 日日日! ダンス革命しようよ!」
 そう言ってダンス革命の台までグイグイと腕を引っ張る音々。ダンス革命。それは流れる音楽に合わせて前後左右のパネルを足で踏んで踊るようにコマンド入力するゲームだ。俺はダンス革命の筐体に百円玉を入れながら、
「どうせならアキにやらせろよ。これで器用だからやってりゃ慣れるだろ」
「私が……ですか? ご主人様……」
 キョトンとするアキを舞台装置に乗せる。
 黒のロングヘアーの音々。白のロングヘアーのアキ。日本人形のように顔立ち整っている音々。西洋人形のように顔立ち整っているアキ。二人は対称的で、そしてそれ故に異様に人目を引きつけた。俺と姫々はガヤガヤと騒がしくなる衆人環視に埋没しながらアキと音々のゲームプレイを見つめた。さすがにこの手のことには卓越している音々が黒いロングヘアーを振り乱しながら軽やかに踊る。ゲーム難易度はマニアック。ダンス革命では最もハードルの高いレベルだ。流れてくる大量のコマンド処理を苦も無くやり遂げ、踊り続ける音々。
「ふわ、音々ちゃんすごいね」
「オールマイティーに何でもこなせるスーパースターだからな」
 対してアキはというと、
「ほっ……よっ……はっ……と」
 マニアックやハードより下位であるノーマルのレベルを一生懸命やっていた。怒涛の洪水のように流れる音々のコマンド指示に比べれば、蛇口のひねりが中途半端で水滴がポタポタと落ちるように流れてくるコマンド指示を受けておたおたとプレイしている。そうして三曲が終わると連コインする音々。それから音々はアキを見てニッコリ笑った。
「アキ、もう一度やろ!」
「え、しかし……」
 困ったように俺の方へと視線をやるアキ。俺は胸の高さに両手を持ってくると、手の平を上にして「どうぞ」と突き出す。
「はぁ……では……」
 そう言ってもう一度ダンス革命に挑むアキ。
「お、お、おお……」
 と軽やかに驚いたのが姫々。いまだにアキの難易度はノーマルだが、しかしてゲームのコツを先のプレイで吸収したのかダンスの模様になっていた。激しく踊る音々の隣で派手ではないが綺麗に踊っている。一曲目でそれだ。二曲目はノーマルよりも少し上のハードに挑戦していた。絶妙のステップで踊り狂う音々の横でアキは着実にコマンドを入力する。たった二回目でもうコツを覚えたらしい。ハードの曲をクリアするアキ。三曲目もハードに挑戦する。なんなくこなしやがった。ゲームが終わるとアキと音々は俺のところまでテッテッと小走りに近づいてきた。
「どうだった僕の踊り……!」
「相変わらず惚れ惚れする美味さだったぞ」
 そう言って音々の頭を撫でてやる。音々は、
「えへへぇ」
 嬉しそうに笑って照れた。
「ご主人様。私はどうでした?」
「アキもよかったぞ。たった二回でハードに挑戦できるんだから大したもんだ」
 そう言ってアキの頭を撫でてやる。
 するとアキは嬉しそうに微笑んだ。
「ほんとはもうちょっとやりたかったんだけどね。あまり連コインするのもマナー違反だし……」
 後頭部を掻きながら音々。
 俺が提案する。
「じゃあ二階に上がるか?」
「さんせーい!」
 音々が言う。
「アキと姫々もそれでいいな?」
「私はご主人様の言葉に頷くだけです」
 あっさりとそう言うアキ。
 衆人環視の一部が目をむいた。なにせアルビノの美人が俺を「ご主人様」と呼んだのだ。驚くのも無理なからぬことだろう。
「私もそれでいいけど……」
 すこし不服そうにそう言う姫々。
「姫々どうした?」
「私、ゲーム苦手だからすることなくて……」
 拗ねたようにそう言う姫々。
「じゃあ後で雀鬼でも一緒にやろうな」
「……あ、うん!」
 そう言って嬉しそうに頷く姫々。
 雀鬼。その名の通り麻雀のゲームだ。オンライン対戦で全国のユーザーと対戦できる。
 お菓子作りが趣味の姫々ではあるが同時に麻雀に関しては卓越したものを持っている。姫々がゲーセンでやることといったら雀鬼にかじりつくことくらいだ。どうも格ゲーやシューティングやアクションは苦手らしい。
 俺はといえば音々に敵わない程度に格ゲーができて、姫々に敵わない程度に麻雀ができるくらいだ。
 二階に上がったらアーケードの台が所狭しと並んでいる。
 クイクイとアキが俺の袖を引っ張る。
「どした、アキ?」
「あの、ご主人様……。あの人達は何をしているのでしょうか?」
 アキの言うあの人達とはアーケードの台にかじりついている人間達だ。
「ゲームしてんだ」
「ゲームを……ですか?」
「そ」
 そうとだけ言って頷く俺。
 後は経験によってものをいわせるべきだろう。
「音々、アキを引っ張ってゲームを楽しめ。俺は姫々と雀鬼をやる」
「ええー! 僕、日日日とギャラクシーバトルやりたいのに! 姫々だけ日日日を独占なんてずるいよ!」
「ギャラクシーバトルは後で付き合ってやるから、とりあえず今は、な?」
 そう言って俺は音々の前髪をかき上げると額にキスをした。
 サッと頬を赤くする音々。
「……日日日……ずるい」
「ずるくて結構コケコッコー。とりあえずアキのことを頼んだぞ」
「あいさー」
 そう言って音々はアキを連れてシューティング系のアーケードの台が集まってるところへ引っ張っていく。
 俺はというと、
「じゃ、雀鬼しにいくか」
 姫々にそう言った。
「うん!」
 姫々は嬉しそうにうなずいた。
 一つのアーケードにかじりつくアキと音々を見ながら俺と姫々は雀鬼の台に座った。
 姫々がワンコイン入れる。
 それから登録カードを入れて対戦に入る。
「お!」
 俺は感嘆の吐息をついた。
 東一局。
 親だ。
 姫々の手はタンピン三色ドラドラを狙える手だった。
 公九牌の絡まない順子候補がいくつか見て取れた。
 ドラが頭だ。
「いきなりでかいの来たな……」
 そう呟く俺に、
「そう?」
 姫々は心外だとばかりにそう呟いた。
 一巡、二巡、三巡といいツモを引いてきて一向聴。
 リーチをすれば裏ドラも期待できる。
 と思っていたら、姫々は
「チー!」
 と言って順子候補を順子に変えた。
 しかも三色が消える形で。
 一鳴き天拝といえば聞こえはいいが、これでは三色にピンフが消えてしまう。
「なにしてんだお前!」
 驚く俺に、
「こんなところで手作りなんてしてられないよ。親なんだしガンガン行かないと」
「ガンガンってお前……」
 結局、対面の落とした牌でロンをする姫々。
 タンヤオドラドラの五千八百だ。
「跳満狙える手だったぜ?」
「あがれなきゃ意味ないよ。ゴッパもとれれば三万超えるから、後はこの点数を守るだけだよ」
「そのシビアな考え方、俺には真似できないなぁ……」
「とりあえずあがらなきゃ意味ないからね」
 結局振りこむこともなく、手堅くザンクやロクヨンを稼いで一位を取る姫々。
 俺はピウと口笛を吹いた。
「スゲー麻雀。俺には絶対無理」
「あんまり高い手を狙いすぎても破滅するからね。日日日ちゃんなんかその典型」
「良薬口に苦しだな」
 なんだかんだで半荘が終わって一時間が経っていた。
 音々とアキが俺のところに駆け寄ってきた。
「あーきらっ!」
 俺の名前を呼びながら抱きついてくる音々。
 周りから「おおっ」と嫉妬の呻きが聞こえてくる。
 まぁ男とはいえ音々は見た目純情可憐な女の子だ。
 黒いロングヘアーに雪柳学園の高等部女子制服を着ている。
 マニアにはよだれものだろう。
 その視線はわからないでもなかったがそれでもこいつは男だ。
「ご主人様……」
 アキもテトテトと俺に歩み寄ってきた。
「どうだった? ゲームの方は」
 そう聞く俺に、アキはニッコリ笑って、
「はい。とても楽しかったです。アクションゲームもシューティングゲームもクイズゲームも。音々様には感謝してもし足りません」
 そう言った。
「まぁ音々も自分がしたいだけゲームしただけだから感謝まではせんでいいと思うが……」
「そうだよアキ。単に私が面白いってゲームをアキと一緒にしただけだから」
 音々が俺に抱きついたままそう言う。
「それでも、ありがとうございます」
「にゃはは。アキにお礼を言われると照れるにゃ」
 そう言って鼻の頭を掻く音々。それから音々は俺を見上げて言った。
「日日日、ギャラクシーバトルやろ! 僕はラインハルト!」
「じゃあ俺はヤンでも使うか」
 ギャラクシーバトルは二対二の格ゲーだ。本来なら二キャラとも一人が操作するのだが、たまに俺達みたいな奴らが一人一キャラをつかってアーケードの台を交代するプレイもちょくちょく見かける。
「よろしくな音々」
「よろしく日日日!」
 そう言って俺と音々は拳をぶつけた。
 先方は俺だ。
 ヤンは言うなればベーシックなキャラで初心者向けの性能を持つ。簡単な飛び道具に対空攻撃、コンボ重視の技が二つ。そんな、どんな格ゲーにも一キャラはいそうな性能だ。
 既にギャラクシーバトルにはプレイヤーが入っている。
 俺はワンコイン入れて乱入する。
 キャラクター選択でヤンと、それからラインハルトを選ぶ。
 対戦が始まる。
 低空ダッシュからの強パン、着地キャンセルからしゃがんで弱、弱、中、強、立ち上がって強、浮いた相手を追いかけるようにジャンプキャンセル、弱、中、強、必殺技。
 いたって平凡なコンボだ。それでも相手のライフゲージの三割は削った。
 その後、行動の読みあいでダッシュ、ジャンプ、空中ダッシュ等を使って牽制、小コンボを繰り返しながら一キャラを撃破するものの、俺のヤンは相手の二キャラ目にやられた。
「ほい交代。あとは頑張れ」
「あいあいさー」
 そう言って意気揚々と台に向かう音々。
 音々の使うラインハルトは特殊キャラだ。とにかく扱いにくいことが特徴でコンボを稼ぐというより罠や遠距離攻撃でダメージを稼ぐタイプだ。
 しかして音々が使えば二十七連コンボを生み出す強キャラへと変貌する。
 一発目をあてる駆け引きも相手より音々の方が三枚ほど上手だ。
 結局一方的な試合で終わってしまう。
「にゃはは。弱いなぁ」
 そう言って笑う音々。
 そりゃお前に比べれば誰だってそうだろうよ。
 おそらく全国大会でもない限り音々にギャラクシーバトルで勝てる奴などそうはいるまい。
 と、
「ああん、誰が弱いだとてめぇ……!」
 音々の勝ち誇った声を聴いて怒りなさった相手側のチンピラさんが因縁をつけてきた。
 では皆さん、御唱和ください。
「……はぁ」

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