ご主人様と呼ばないで

友情を育むという戯言、1


 季節は春。
 日付で言えば五月十日。
 俺たちは雪柳学園高等部の二年生になったばかりで、クラス替えもそこそこの日時だ。
 ま、そんなわけで誰しもが誰しもと距離を測りかねている時期だ。前年度のクラスでも仲の良かった連中はそれを財産としてつるんでいたりもする。そんな中に核爆弾が撃ち込まれた。ドカンと一発。言うまでもない。アキだ。
「…………」
「…………」
「…………」
 誰も彼もがアキを見てうずうずとしていた。
 近づきたい。しかし近づけない。触れれば崩れそうな儚さを持ったアルビノのアキはそれだけでアキゾーンとでも言うべき結界を張っていた。
 それはそれとして。
「どういうことなの日日日ちゃん……」
「どういうこと日日日……」
 俺は姫々と音々に問い詰められていた。
「どういうこと、とは?」
「「とぼけないで」」
 ハモって俺の逃げ道をふさぐ二人。
「あの法華さんが言ってた……奴隷って……どういうことなの……」
 頬を紅潮させながら姫々が聞く。
「あー……」
 俺は椅子に体重を預けながら返答に窮し、それから答えた。
「あいつは少し頭のネジがゆるい奴でな。気にしないでもらえればこれ幸いというか」
「駄目だよ日日日。だって奴隷ってことはあんなことやこんなことや……」
「ちょーちょーちょー何言ってんの音々さん」
 俺は音々の言葉の途中で口をふさいだ。クラスメイトに聞こえたらことだ。
「とにかく、あいつと俺は何でもないから」
「でも今朝のことや昨日の夕方だって……」
 そう食い下がる姫々に、
「だーかーらー、それは勘違いの産物だって言ってるだろうが」
「じゃあ普段は違うの?」
「普段もくそも昨日一緒に暮らすことになったばかりで何とも言えんってのが本音だ」
「ほら、やっぱり……」
「やっぱりじゃねーっつーの。アキに手を出す気はねえよ。俺は家政婦のようなものだと思ってるから」
「メイドプレイ……」
「ちょーちょーちょー何言ってんの音々さん」
 再び俺は音々の口をふさぐ。
 でも、と姫々が言う。
「法華さんが日日日ちゃんをご主人様って慕っているのは確かなんでしょ?」
「う……」
 反論の余地は無かった。
 と、
「ご主人様」
「はいっ!?」
 いきなり後ろからご主人様呼ばわりされて俺の心臓が飛び跳ねた。席についたまま後ろを振り返る。そこには白い少女……アキがいた。
「なんだ、アキか……」
「なんでしょうか、その反応は……」
「いや、噂をすれば影だなぁと」
 ちなみに俺の席は窓際の一番後ろ“だった”場所だ。今はそのさらに後ろにアキの席が追加されている。
「私のことを噂してくれていたんですね。嬉しいです、ご主人様」
 そう言って椿のように笑うアキ。
「うー」
「むー」
 姫々と音々はふくれっ面だ。
「こちらのお二方は……」
 といって目だけ姫々と音々を見るアキ。
「ご主人様のご学友ですか?」
「そういえば紹介してなかったな」
 そう言って俺はポンポンとちっこい姫々の鳥の巣頭を叩きながら言う。
「こっちが本妙姫々。見ての通りのちびっ子だ。趣味はお菓子作り」
「本妙様ですね」
「姫々でいいよ」
「はい、では姫々様と」
「様もいらないのに……」
 とりあえずそれらの会話を無視して、俺は絹糸のような音々の髪を撫ぜる。
「こっちが蕪木音々。女子の制服を着てはいるが男だ」
「はーい。音々ちゃんでーす」
「音々様ですね。よろしくお願いします……って、ええ!? 男性ですか!?」
「そうだよー」
 投げキッスをする音々。
「はー、世の中不思議なことばかりですねー」
 呆然とそう言うアキ。
「んで」
 俺はアキの髪を撫ぜながら言う。
「朝のホームルームで言ってたがこっちが法華アキラ。アキって呼んでやってくれ」
「……アキちゃんね」
「……アキだ」
「法華アキラです。よろしくお願いします」
 一礼するアキ。それからくねりと首を傾げる。
「ところで私の何を噂していたのでしょう?」
「お前がクラスメイトの前で爆弾発言するからそれについてだよ」
「爆弾発言……ですか……?」
「やっぱり気付いてやがらなかったか……」
「何のことでしょう?」
「お前が奴隷で俺がご主人様ってところだよ」
「当然のことを言ったまでですが」
「それが周りから見りゃ当然じゃないんだなぁ」
「そんなものですか?」
「そんなものです」
 言って溜息をつく俺。
「とりあえずアキは俺たちのグループに入れるってことで……賛成の人挙手」
 俺と音々が即刻挙手をした。姫々はしぶしぶといった様子で挙手をする。
 アキは意味が分からず首を傾げるばかりだ。
「ああ、意味がわからんかったか。そこの姫々と音々はこれからお前の友達だ」
「友、達……?」
「はーい、仲良くしてねアキ」
「よろしく、アキちゃん」
「そんな、私ごときが……友達なぞ……そんな恐れ多い……」
 あうあうと遠慮するアキを見てから、俺は、
「な? 頭のネジが何本か外れてるだろ?」
 姫々と音々にそう言った。
 うんうんと頷く姫々に音々。
 アキは首を傾げるばかりだった。



「立派な人間の友情は、温かいからといって花を増やすこともなければ、寒いからといって葉を落とすこともない。どんな時でも衰えず、順境と逆境を経験して、友情はいよいよ堅固なものになっていく」
「真の友情はゆっくり成長する植物である。友情と呼ぶにふさわしいところまで成長するには、度重なる危機にも耐え抜かねばならない」
「ま、そういうわけで……」
 俺は月見うどんをすすりながら結論付けた。
「ま、ゆっくり友達というものに慣れていけばいいと思うんだよな」
 ここは学食。時は昼休み。俺と姫々は凡人だからいいとして音々とアキは綺麗どころだから滅茶苦茶注目されている。黒の音々に白のアキ。対称的な二人の美は甲乙つけがたく……って、そんな話じゃなかったな。
「しかしご主人様、私ごときが交友関係を持つなど……三千世界が許すでしょうか?」
「許すと許さないとか言ってる時点でずれてんだよなぁ……」
 言いながら俺はうどんをすする。
「アキちゃんって変な思考してるんだね」
 姫々がそんなことを言う。ある意味失礼だぞ、おい。
「とりあえずどういうものが友達なのか教える必要があるんじゃない?」
 音々がそんなことを言う。
「しかし教えるつってもな……どうすんべ」
「僕と姫々がアキを遊びに連れていく、とか」
「ああ、なるほどね」
「そ、それは困ります音々様」
「なんで? 何か用事でもあるの?」
「私はご主人様の奴隷でありますれば、ご主人様より早く帰ってご主人様をお迎えせねばならないのです。さらに言えばご主人様が家におられる間は私もご主人様にいつでも奉仕できるように待機していなければなりません」
「うわ」
 音々が引いた。
「…………」
 俺は何も言わなかった。
「じゃあ日日日ちゃんも一緒に遊びにいけばいいんじゃないかな?」
「それだ!」
 どれだ?
「いいアイデアだよ姫々! これで公然と日日日とデートできる!」
「ライバルが多いけどね」
 姫々に音々が何かを言っている。勘弁してくれ。
「なんで俺まで? お前らかしまし娘で行けばいいじゃないか」
 まぁ一人女じゃない奴がいるけども。
「それだとアキが僕達についてこないじゃん」
「はい。ご主人様が行くところがつまりは私の行くところですので」
「あー、はいはい。じゃあ友情パワーを育むために放課後遊びに行くとしますかね」
「意義なーし!」
 パァと音々の顔が華やいだ。とても男とは思えない美笑だった。
「あ、でも私は部活が……」
 姫々が鳥の巣頭をワシャワシャと掻きながら表情を暗くした。
「あ、スイーツかっこわらい部があるのか」
「何で(笑)をつけるの?」
「ふ……(笑)」
「日日日ちゃん……馬鹿にしてる?」
「まさか(笑)」
「やっぱり馬鹿にしてるよね!?」
「してねえって。お前の作るお菓子は毎回美味しいしな」
「ふえ……そう?」
「ああ、絶品だ」
 言い切る俺に、姫々は紅潮して黙りこくってしまった。
「日日日、日日日、日日日はお菓子を作れる女子がポイント高いの?」
「まぁそうだなぁ……。女の子らしいなとは思うな」
「はぅ……」
 ますます真っ赤になる姫々。
「じゃあ今度僕も日日日のためにお菓子作ってきてあげるね」
「お前、女子じゃないだろ」
「心は乙女だよ?」
「まぁ可愛いからどうでもいいんだけどな……」
「はぅ……」
 音々まで真っ赤になって黙ってしまう。
「あの、もしかして、ですけど……」
 アキがおずおずと核心をついた。
「お二方はご主人様をお慕いになられているのですか?」
「「ちょ、直球すぎないかなぁ!?」」
 そんな姫々と音々の言葉に、
「もうしわけありません……!」
 アキはわざわざ立ち上がってペコペコと頭を下げて謝罪する。
「いや、いいから。それくらい俺も察してるから。とりあえず座れ。な?」
「はい、ご主人様」
 そう言って席につくアキ。
「それじゃ、こうするか。とりあえず姫々のスイーツ部を見学して、ついでにそれ試食して、それから皆で遊びに行くってことで」
 そう言う俺に、
「意義なーし」
 音々が諸手をあげて肯定し、
「私もそれで……」
 姫々が遠慮がちにそう言い、
「私はご主人様の言の葉に異論はありません」
 アキが最後の言葉を締めくくった。



 そして放課後。俺とアキと音々は調理実習室の隅っこであぐらをかいていた……というのは言葉のあやであって正確には用意されたパイプ椅子に座っているんだけども。
 それはそれとして。
「今日はアップルパイを作ります。作り方はいつものようにプリントアウトして配ります。材料も整えてありますので早速取り掛かってください」
 そんなスイーツ部部長の言葉に都合十人の生徒……全員女子が「イエス、マム」とは言わずに素直に「はい」と答える。チームは三つに分かれる。部長と姫々のいる三人のグループ、それから四人のグループが二つ。それぞれがプリントを見て、それからアップルパイの製作にかかった。
 姫々はリンゴを一個持つとシュルシュルと器用な包丁さばきで皮をむいていく。
「ふわ、姫々様、包丁の使い方がお上手です」
「まぁスイーツ(笑)部のホープって言われてるからなぁ……」
 俺は興味無さ気にそう呟く。
「それに料理ならお前もできるだろ? 見た感じ手慣れているのはお前も同じはずだぜ」
「お褒め頂いて感激です、ご主人様」
「あーはいはい」
 本当に感激しているらしいアキをさらりと流して俺は部活見学を続行する。
 姫々はリンゴをむき終わると一口大に切り崩す。そしてリンゴの甘煮を作る。それからシナモンパウダーを適度に入れてパイ生地で包む。あとはオーブンに入れて焼けるのを待つ。
「いい香りがしますね」
 アキがそう言う。
「焼きリンゴの匂いだね」
 音々がそう言う。
「まぁブッチョさんと姫々がいるんだ。失敗なんてありえないだろうさ」
 その後も最近のニュースの話になったりJポップの話をしたりで、井戸端会議をしているとオーブンが電子音を鳴らした。どうやらアップルパイができたようだ。姫々はオーブンから出来立てのアップルパイを取り出すとザクザクと切って、その一部を俺達窓際族のところに持ってきた。
「日日日ちゃん……! アップルパイできたよ……!」
「はいはい。えらいな姫々は」
 よしよしと姫々の鳥の巣頭を撫でると、
「えへへ〜」
 照れ隠しに笑う姫々。
 それから俺とアキと音々は姫々の持ってきたアップルパイを食べる。
「ん、美味い……」
「美味しいですよ姫々様」
「さすがに姫々だね」
 三者三様に姫々を褒める。
 ふと視線を向けるとスイーツ部の連中がこっちに注目していた。その衆目たちの目はこう言っていた。
「なんで毎度毎度くるんだ?」
「音々さんも付き合いがいい」
「あの白い子は誰?」
 総合するとそんな視線だ。
 まぁ、いいんだけどさ。
 俺はザクリとアップルパイを食べる。
「あ、日日日……」
「あ? なんだ音々?」
「パイ生地が口の周りについてる」
 そう言って音々は俺の口周りをペロリと舌で舐めた。
「「「「「キャー!」」」」」
 黄色い歓声がスイーツ部からあがる。どうせ俺と音々の絡みに興奮したのだろう。どこまでいっても腐女子の種は尽きないらしい。俺はひっそりとため息をついた。
「あのな、音々……パイ生地を口周りからとるなら直接舐める必要なんてないだろうが」
「いいじゃん。可愛い僕にご奉仕してもらえて。やったね」
 やったね、じゃねえっつーの。
「音々ちゃん……! 日日日ちゃんに何するの!」
「何って……求愛行動?」
「しちゃだめだよう……」
「何で? 早い者勝ちだよ」
「ええい。だまらっしゃいお二方」
 俺は俺を挟んで睨みあう姫々と音々に牽制する。
「おモテになるんですね、ご主人様」
 白いウェーブのかかった髪を揺らしてフフとアキが笑った。
 笑いごとでもないんだがな……。

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