機動戦士Dガンダム

白鯨計画


 同盟歴四十五年。
 量子スーパーコンピュータ《HAL》を用いた理想的共産主義を掲げる『地球同盟』と、民主主義の復古を声高に叫ぶ『自由会議』との戦争が始まって二十年が経っていた。
 俗に《EF戦争》と呼ばれるこの戦争は当初こそ地球上で行われていたが、度を過ぎた破壊行為を是としなかった地球同盟と自由会議の協定によって地球上での戦争行為を永久放棄することになった。
 地球同盟と自由会議は冷戦状態に突入し、そして戦争の舞台は宇宙へと移る。
 コロニー間における地球同盟と自由会議の代理戦争が行なわれることになったのだ。
 宙域を支配することは、その宙域を仰ぐ地上を制覇することに等しい。
 そういった諸々の事情が重なって、地球同盟派のコロニーと自由会議派のコロニーは地球の代理戦争を請け負うことになったのだった。
 地球は一切傷つけず……代えのきくコロニー間どうしの争いはミノフスキー物理学の恩恵によってモビルスーツどうしの争いとなった。
 地球からの支援のもと長き戦争にコロニーは疲弊し、しかして地球同盟と自由会議の冷戦故に止めることのできない泥沼の……無限地獄のような戦争と相成っていた。

 そして現在。
 自由会議派の軍需コロニーにて《白鯨計画》と呼ばれるプロジェクトが進行していた。

    *

 わしことスコルは代理的にDガンダムのコクピットに収まっていた。
 本来ならマーニ中尉が乗らなければならないのだが今日はタイミング悪く休暇中である。
 無論のこと呼び出せば駆けつけるだろうがプフースも使わない完全なDガンダム独立での運用試験である。
 開発側でテストをするという流れになってもおかしくはなかったし異論もなかった。
 そういうわけでモビルスーツ戦闘の一線を退いて開発側へと移った五十歳のジジイ……わしことスコル少佐がDガンダムを動かすことになった。
 三十歳から徴兵されて幾度となくモビルスーツ戦闘をこなし、気付けば五十である。
 幸運か実力か……そうこうして泥沼のEF戦争を生き延び、今は白鯨計画の開発部門に身を置いている。
 開発部門の中で飛びぬけてモビルスーツ戦闘に長けたわしだからこそ信頼を勝ち得て出来るテストだ。
 なにせこの二十年で落としたモビルスーツならびにモビルアーマーは六十機を超える。
 計算すれば一年で三機なのだがそこはそれ……死ぬのが恐くて逃げ回ることも多々あったのである。
 戦場で生き延びるのは強者と臆病者という典型例がわしだ。
 そんなこんなでEF戦争を生き延びて、モビルスーツを落とすたびに勲章をもらって、気付けば地球同盟派の人間の血に染まった手で少佐の地位を掴んでいた。
 閑話休題。
 さて……。
 白鯨計画について、だ。
 それは劣勢に追いやられている自由会議派の、その軍需コロニー……つまりこの場所である……で自由会議とアヴァランチグループが共同で行なっている秘密プロジェクトだ。
 白鯨計画で開発されているのは大きく分けて二つ。
 一つは宇宙戦艦。
 一つはモビルスーツである。
 宇宙戦艦の方は正式名称を《ダークリーモービーディック》と呼び、白く塗装された奇抜な戦艦である。
 が、ダークリーモービーディックなどという長ったらしい名前は嫌われており、白鯨と俗称されているのが現状だ。
 メイトリクスと呼ばれる巨大サイコミュ管理室を持ち、ニュータイプがメイトリクスに入ってサイコミュを起動……白鯨に搭載されているプフースの搭載および、その一部であるライトニングファンネルやミラーファンネルを操ることが出来る。
 このメイトリクスに入るニュータイプはアクアマリンの長髪の美少女で、名をノルンという。
 美少女なのは間違いないのだが寡黙で無表情……わしとしてはお近づきになりたくない部類の人種だ。
 ニュータイプは人間としてどこかずれているという典型例かもしれない。
 無論白鯨計画の中枢をなすニュータイプであるから無下にも出来ないのだが。
 開発のもう一つたるモビルスーツの方はわしが今乗っているDガンダムである。
 正式名称は《ガーディアン・オブ・ダークリーモービーディック》という。
 《白鯨の守護者》の名を持つ白鯨護衛に特化したモビルスーツだ。
 Guardian・of・Darkly・Moby・Dick。
 《Gu》ardia《n》・of・《Da》rkly・《M》oby・《D》ick。
 《Gundamd》。
 《ガンダムd》。
 通称《Dガンダム》である。
 ちなみにDガンダムのコクピットは複座式だ。
 操縦を担当するコクピットとプフースを扱うためのニュータイプ専用のコクピットが存在する。
 わしが安置している本来の操縦コクピットに乗るのはマーニ中尉。
 金色の短髪を持つ精悍な青年だ。
 ニュータイプでこそないものの戦闘における勘の良さはニュータイプにすら劣らないモビルスーツ操者である。
 そしてプフース運用コクピットに座るのはソール少尉だ。
 燃えるような朱い髪を持ったはつらつな若年女性で、ノルンに勝るとも劣らないニュータイプの素質を持っている。
 なによりこの二人……つまりマーニ中尉とソール少尉は恋人同士で息ピッタリ。
 プフースをソール少尉が行ない、戦術をマーニ中尉が行なう。
 その連携は既に芸術の域にある。
 五十で独身のわしには眩しすぎる二人だ。
 そんな複座式のDガンダムの最大の能力は白鯨とのフレキシブルな連携を可能とするプフースにある。
 プフース。
 英語に直すのなら《PFWS》と書く。
 サイコフレームウェポンシリーズ……略してプフースである。
 これらはサイコフレームで出来た兵器であり、いつもは白鯨に搭載されているがDガンダムに乗ったニュータイプの精神に感応して自在に白鯨とDガンダムの間を行き来する。
 そのどれもが一級の破壊力を持つ。
 格闘、射撃、防御のための兵装を自在に白鯨から引き出して発揮する。
 フルアーマー化をしなくても様々な兵装を効率よく装備して運用できるのである。
 白鯨とDガンダムの連携……即ち戦艦とモビルスーツの連携を可能とするシステム。
 それがプフースである。
 無論のことプフースを運用するためには白鯨とDガンダムの両方にニュータイプを乗せなければならないのだが……。
 とまれ、わしはDガンダムのコクピットからOSを微調整して、
「システムD……問題なし」
 と開発班へ報告した。
「了解。スコル少佐……宇宙空間における機動データの採取を行なってください」
「了解」
 わしはそう答えてDガンダムを動かし白鯨のカタパルトに設置する。
「RXD−000……発進」
「Dガンダム……発進」
 そしてわしの動かすDガンダムは白鯨のカタパルトから発進してコロニーを飛びだした。

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