ダ・カーポ

星からの手紙


 ビテンを思い出したエル研究会の面々。
 マリン、クズノ、シダラ、カイト、ユリス。
 このクインテットは魔術の準備をしていた。
 マリンが大きな布に魔法陣を縫っていた。
 魔術における下拵えのようなものだ。
 こうすることでエンシェントレコードへの没入感を深めることが出来る。
 他の面々も魔術的因子を集めてまわっている。
「もう一度ビテンに会いたい」
 その一心で。
「思い出せばビテンには恥ずかしいところまで見られましたしね」
「え? クズノもそうっすか?」
「ということはシダラも?」
「うっす」
 器用に頷く。
「まったくビテンときたら……」
 クズノはビテンに不満を持っているらしかった。
 マリンの足を引っ張りたくない。
 マリンの自罰感情を消し去りたい。
 その思いで消えたことを、
「勝手だ」
 と断じるのは容易かった。
「せめて自分には相談してほしかった」
 と。
 それはシダラも同じだ。
 自身の翻訳しているメギドフレイムの著者がビテンである。
 つまり恩義を感じているのだ。
 そうでなくとも親しい仲だ。
「一言くらいあってもいいっすよね」
 と思わずにはいられない。
「だいたい勝手っす」
 シダラは言う。
「マリンの気持ちを慮っての事でしょうけど……当方たちの思い出まで消すことは無いっすよね」
 そういうことだった。
 カイトは苦笑する。
「まあ、だからこそビテンなんだけど」
 と。
 あらかたわかってはいたのだ。
 ビテンがどういう人物か。
 マリン至上主義者。
 即ちマリニズム。
 そしてマリニスト。
 マリンを第一に考え、その通りに行動する。
 それがビテンのゲッシュだと。
「業が深い」
 と言わざるを得ないが、
「だからこそ」
 でもあるのだ。
 それでもビテンはカイトにとって初めての友達。
 そして忘却した後でさえ、マリンとクズノとシダラとユリスと云う友達を残してくれたのだ。
 感謝こそあれ否定はできない。
 だが、そのお礼を言うべき人間がいないことは腹に据えかねる。
 だからこそビテンには戻ってきてほしかった。
 ビテンのためにお弁当を作りたい。
 そして感謝されたい。
 友誼と恋慕のとっちらかっているカイトではあるが感情そのものは真摯である。
 だからこそビテンを想うのだが。
 ユリスは北の神国出身だ。
 そしてビテンはそこの枢機卿でもある。
 これはマリンに聞いたことだが、
「私より……ビテンの方が……向いている……」
 とのこと。
 枢機卿を受け継ぐ人間として、だ。
 元より崇められて喜ぶタチではマリンは無い。
 ビテンの背中に隠れておどおどしている性分だ。
 であればユリスとしてもビテンには戻ってきてほしい。
 実質的に北の神国のためではない。
 エル研究会のため。
 マリンのため。
 そして何より自分のため。
 この星に記録された英知は万能だ。
 ユリスにその辺りの認識はないが、エンシェントレコードが如何なモノかを物語る一端でもある。
 ともあれ、
「このままで済ませられると思ったら大間違いだ」
 とユリスはビテンに言ってやりたかった。
 情熱の方向性はともかく。
 それでも、
「ビテンに会いたい」
 という気持ちはビテンハーレムでも決して劣っていない。
 真摯ともまた違うがマグマのような熱量をビテンの偶像に向けるのだ。
 事実としてそのように動いている。
 何よりマリンである。
 たしかにマリンは罪を犯した。
 一生かけても償いきれない罪だ。
 今自分がいるのは全てビテンのおかげでもある。
 魔術の才を投げ出して、ビテンに全てを仮託した。
 そして失った理想をビテンに押し付けた。
「ビテンは人を殺しちゃいけない」
 自分勝手にもそう思った。
 ビテンはその通りに動き、真実を知った後はマリンのためを思って身を引いた。
 それが正しいのか間違っているのかはこの際些事だ。
 ただ、もう一度ビテンに会いたい。
 その情熱だけは些かも崩れない。
 ビテンを再度具現化したら謝ろう。
 そしてまた一緒に生きていこう。
 そう心に誓う。
 マリンにとってビテンは太陽だ。
 星の恵み……スターズティアーと云う。
 であればこそ五芒星の魔法陣を布に刺繍して準備を着々と進めるのだから。

    *

 冬のとある日。
 記憶を取り戻した面々はいつもの原っぱに集まった。
 マリンが大きな布を敷いた。
 五芒星の魔法陣が刺繍されている布だ。
「何事か?」
 と周りの生徒や講師たちは困惑する。
 通りすがりに胡乱気に見やって、興味を失い通り過ぎる。
 そんな衆人環視をものともせずにビテンを除くエル研究会の面々は精神を集中かつ統一した。
「ビテン」
 そを取り戻すために。
 神語と五芒星を刺繍された布の……その五芒星の頂点にクインテットは立つ。
 そして五人は手を繋いで肉体的キャパ共有を行うのだった。
 聡いマリンは感じていた。
 底深い能力を持つ自分たちのキャパの総量を。
 マリン自身。
 クズノ。
 シダラ
 カイト。
 ユリス。
 誰しもが天才鬼才の領域にいるキャパの持ち主だ。
 であればこそ、
「ビテンの危惧」
 を感じさせない魔術行使が実現できる。
 すっと目を閉じる。
 全員が。
 クズノとシダラとカイトとユリスは結果的にマリンに全てを預けた。
 そしてその意を受け取って、
「ありがとう……」
 マリンは感謝の念を呟く。
 接続するエンシェントレコード。
 神代の時代に決定づけられた物事の単純化。
 であるが故に『星の雫』が意味を成す。
 キャパの共有。
 そしてマリンはデータビルドと呼ばれる魔術の呪文を唱える。
「その魂を喚起する」
 自然と。
「その魂を励起する」
 厳かに。
「ビテンよ在れ」
 自らの感情によって唄う。
 魂の章の特級魔術。
 星の雫の具現化。
 データビルド……即ち情報構築の魔術は支障なく行使された。
 五芒星の頂点に立っている五人の少女が手を繋いでいる。
 その中心に、
「あー……」
 黒髪黒眼のウニ頭な美少年が具現化された。
「あら?」
 と少年は自己同一性を疑う。
「なんで意識があるんだ?」
 と。
 その答えは目の前にあった。
 以前にもデータビルドを行使した魔女……即ちマリンが。
 聡いビテンにはそれが察しえたが、同時に憤慨もする。
「俺はマリンの足を引っ張りたくなくて消えたんだがなぁ……」
 後頭部をガシガシと掻いて困ったように言う。
「それは……大丈夫……」
「何を以て?」
「此度は……私一人じゃ……ないから……」
「そうですわ」
「そうっすね」
「そうなんだよ」
「そうなんです」
 クズノとシダラとカイトとユリスがフォローする。
「私たち……五人の……キャパを共有して……ビテンを具現化した……」
「あー……」
 ビテンは嘆息。
 言いたいことは理解したらしい。
 即ち、
「五人が等分にキャパを割いて俺を具現化させているからマリンの割くキャパが五分の一で済んでるってことか?」
「正解……」
 そういうことだった。
 ビテンはマリン以外の面々に言う。
「お前らはそれでいいのか?」
「ビテンが好きですから」
「好意的っすからね」
「親友だ」
「心から愛しています」
 それぞれ後悔は無いようだった。
「なんだかなぁ。自分が馬鹿みたいだ」
 いつも通りの無遠慮なビテンの物言いに少女たちはそれとなく安心する。
「ああ。ビテンが帰ってきた」
 と。
 ものぐさで無遠慮でしがらみと義務と責任と努力が嫌いで、それ故に不遜な態度をとるツンデレたる男の子。
 まさしくビテニズムの象徴たる人物像だった。
「お帰り……ビテン……」
「お帰りなさいませ」
「お帰りっす」
「お帰りだね」
「お帰りなさい」
 五人の不世出の美少女に迎えられて、気恥ずかしさを隠すためにそっぽを向くビテン。
 だが、その心意気まで否定の出来ようはずもない。
「ただいま」
 そしてまたビテンと云う名の旋律は演奏を再開する。



Fin

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