ダ・カーポ

マリンの場合


 何かがおかしい。
 マリンは最近そんな思考迷路に迷っている。
 二人部屋であるはずの寮部屋に一人で住んでいること。
 そしてそれを学院が認可していること。
「では一人暮らしなのか?」
 と自問するも他に回答は無いはずなのに首をひねってしまう。
 というのもプライベートルーム……私室が二つあって、内一つはマリンの部屋だとしても、もう片方には生活感が残されていたからだ。
 主に服や魔術書が散乱している。
 それを発見してはいるものの何があったのかわからないため手はつけていない。
 ただし大きな違和感が一つ。
 散乱していたりクローゼットにしまってある服のどれもが男物だということだ。
 下着まで徹底的に。
「男装趣味のルームメイトがいたのか?」
 と自問するもやはり首をひねるほかない。
 それにしても下着まで男物とは徹底している。
「まさか男が?」
 と思って首を振る。
 意識の雲散霧消。
 魔術を使えるのは女性に限る。
 例外は無い。
 故に魔術を使う女性を魔女と呼んでいるのだから。
『男が魔術を使うなんてありえない』
『故に男が大陸魔術学院に所属するなぞありえない』
『であるため使用されている形跡のある寮部屋の主が男であることはありえない』
 そういう結論に至る。
 だが、それにしても、
「あまりに男が使っていたような形跡が多すぎる」
 とマリンは逆説的に思わざるを得ない。
「もしかして自分は男を寮部屋に匿っていたのだろうか?」
 そんなことを思うも、記憶を探るにその様なデータは見当たらなかった。
「男……」
 ポツリと呟く。
 感慨はわかない。
 記憶もない。
 現実と脳内の擦り合わせに苦慮するマリンだった。
 そもそもマリンは処女だ。
 破廉恥なこととは縁遠い人間である。
「うーん……」
 唸る。
 と、カランカランと玄関ベルが鳴った。
 客はクズノとシダラとカイトだった。
「どうも……」
 気後れしながら三人を招き入れるとマリンは全員に紅茶をふるまった。
「ん。美味しいですわ」
「さすがっす」
「だね」
 三人ともにマリンの手捌きに敬意を込める。
「ところで」
 とこれはクズノ。
「わたくしたちはどうやって知り合ったのか覚えてらっしゃる方は?」
「あう……」
「さてっす」
「ふむ」
 マリンもシダラもカイトも心当たりは無いらしい。
「わたくしとマリンはクラスメイトですからともあれ。シダラとカイトはいったいどのように?」
「そういえば不思議っすね……」
「ふむ」
 わからないようだ。
「あう……」
 とマリンが言葉を発する。
「皆は……私のルームメイトって……覚えてる……?」
「マリンのルームメイト……ですの?」
「そういえば二人部屋なのに一人で暮らしているっすね」
「何か問題でも?」
「あう……」
 と委縮して、
「こっち……」
 とマリンは使っていない方の私室に三人を案内する。
 ざっくばらんな部屋模様において違和感を覚えたのは三人が同時だった。
「男物の服ですの」
 クズノが言う。
「マリンは男を囲っていたっすか?」
 シダラが言う。
「それはありえないだろう」
 カイトは否定した。
 しかして絶対的証拠があるのもまた事実で。
「ふむ」
 とカイトは思案する。
「マリンは処女かい?」
「あう……。うん……」
「そっか。なら男の可能性は薄いだろうね」
「男装癖とかっすか?」
「そんな趣味は……ないよ……?」
「男物の服。かといってマリンには関係なく。しかも私室を占領している……ですか」
「どこか認識のピースが欠けている印象があるね」
 カイトの言葉に、
「っすね」
 シダラも同意した。
「そのピースとやらが何かを覚えていない、と?」
 クズノの問いに、
「そういうことだろう」
 カイトは首肯する。
「僕は知らないけど仮に『人の記憶を消去する』魔術……なんてモノがあっても不思議じゃない」
「とすれば相手は魔女……つまり女ってことになりますわね」
「マリンは思い出せないっすか?」
「あう……」
 相も変わらず委縮するマリンだった。
「僕もこの部屋にお邪魔した記憶は多数ある。それなのにマリンと友誼を深めるためかと言われれば微妙にズレを感じるね」
「名も知らぬ第三者がカギを握っている……と?」
「可能性の話だよ」
 カイトは肩をすくめた。

    *

 冬期休暇も一週間が過ぎ、新年を迎えることとなった。
 マリンは心情的に家に帰るのが嫌で珍しく寮にて新年を祝った。
 枢機卿ともなれば新年は師走のように忙しく、それを嫌ったためだ。
 その辺の理解は両親にも有ったためマリンのサボりは結果的に了承された。
 一応手紙で謝罪と新年の挨拶を書いたため不義理というわけでもない。
 というわけで、
「寒いわね」
 デミィの方が学院に出向く羽目になった。
 デミィ。
 デミウルゴス教皇猊下。
 枢機卿より偉い北の神国のトップである。
 幼い頃からの付き合いで今も仲良くしてもらっている貴重な友人だ。
 マリンはホットコーヒーを二人分淹れて一つをデミィにふるまう。
「だいたい何で神国に帰ってこないの?」
「あう……」
 と委縮。
「そういうのは……嫌い……」
 枢機卿の義務と云う意味だ。
「私だって嫌いだけどね。教皇ともなるとしがらみが多くて……」
 コーヒーを飲んで温まりながらデミィはぼやく。
「それで?」
「とは……?」
「ビテンはどうしたの? どこか気まぐれに出かけた?」
「ビテン……?」
 コクリと首を傾げるマリン。
「またまた。冗談にしても酷いって。ビテンの立場無いじゃん」
「ビテンって……誰……?」
「はぁ!?」
 とぼけているわけではないマリンの言葉だが、とぼけているとしか思えないマリンの言葉であった。
「ビテンよビテン! いつも一緒にいたじゃん!」
「私と……?」
「そう!」
「ビテン……」
 記憶を掘り起こすも合致するデータは無い。
「うぅん……」
 とマリンは唸る。
「もしかしてビテンの事……忘れてるの?」
「多分……」
 と自信なさげにマリン。
「どういうことかしら?」
 デミィはしばし思案し、
「ビテンって名に心当たりは?」
「ない……ね……」
「ということは……記憶の消去か因果の散滅か。ともあれビテンが何かやらかしたわね」
 思案するデミィの独り言に、
「……?」
 マリンは首を傾げる。
「とにかく」
 デミィが言う
「マリンはビテンを魔術で具現化していたのよ!」
「人の……具現化……?」
「そうよ。データビルド……使えるでしょ? 今のマリンなら!」
「今のって……」
「自身が劣等生だったことも忘れたの?」
「それは……憶えている……けど……」
 何故そうだったかまでは思い出せない。
「そのキャパを支えるためのデータビルドよ」
「どういうこと……?」
「つまりマリンはデータビルドでビテンを具現化して、その魔術にキャパの大半を使ったから劣等生だったってこと」
「そのビテン……っていうのは……男……?」
「格好良い男子だよ」
「でも……大陸魔術学院は……女学院だよ……?」
「だから『魔術の使える男の子』を具現したんでしょ?」
「私が……?」
「あなたが」
 きっぱり言い切るデミィだった。
「ここで問題になってないってことは学院全体がビテンのことを覚えてないわね」
「私が……男の子を……魔術で……具現した……?」
「そう言ってるじゃん」
 ジト目のデミィ。
「何を今更」
 と云った様子だ。
「ビテン……」
 そう考えれば辻褄は合う。
 私室の男部屋。
 魔術を使う男子。
 その男の子との相部屋。
 全ての疑問が氷解する。
「私は……ビテンっていう男の子を……」
「そ。魔術で具現および維持してたのよ」
「でも……」
「でも?」
「どんな人……?」
「口でも言ってもしょうがないから言わない」
 至極道理だ。
「思い出す方法でも考えたら?」
「あう……」
 呻いた後、
「そうする……」
 マリンはそう言った。

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