ダ・カーポ

ビテン×ユリス


 とある冬の日。
 ビテンは生徒会室に呼ばれた。
 眠気覚ましにマリンの愛あるコーヒー飲んでいた最中だ。
 ボイスの魔術で、
「生徒会に来るべし」
 と言われたのだ。
 すごすごと生徒会室に赴くビテン。
 面倒という言葉を何より嫌うビテンにしてみればこれは驚異的なことである。
 ユリスの言葉でなければ応じなかっただろう。
 で、生徒会室。
「やあ。よく来てくれました」
 ユリスは歓迎した。
「生徒会で働く気はねぇぞ」
 ビテンの牽制の一言に、
「そうではありません」
 ユリスは緩やかに首を振った。
 横に、だ。
「イリーガル新聞研究会。知っていますね?」
「あー……」
 うすらぼんやりと思い出すビテン。
「そんなパパラッチの集団もいたな」
 一応記憶していたあたり奇跡と云えなくもない。
 どうでもいいことに記憶容量を割くビテンではないからこれは驚異的なことだ。
「で? それがどうした?」
「最近浮ついているらしいじゃないですか」
「そうなのか?」
 本気で、
「心当たりがない」
 とビテンは言う。
「クズノとシダラとカイトとデートしたとありましたが?」
「デートね」
 そういえば。
 それが率直なビテンの感想だった。
「で?」
 無遠慮。
「それがどうした?」
「私ともデートしてください」
「構わんが」
 即答。
 一分の躊躇もない。
「え?」
 とユリスが困惑したのも無理はない。
「いいんですか?」
「構わんぞ?」
 マリニストらしからぬ言葉。
 しかしてビテンの心中には一本の強靭な矢があり、それが折れることはない。
 その上で、
「マリン以外とデート」
 を承認したのだからユリスの驚きは当然だ。
「では本当に私と?」
「そう言っている」
「庶務」
「何でしょう?」
「ビテンにコーヒーを淹れてあげてください」
「了解しました」
 そして庶務がビテンにコーヒーを振る舞う。
「どうも」
 感謝してコーヒーを飲む。
 マリンほどのクオリティは無いにしてもそこそこ飲めはする。
 無論採点の基準にも不平等はあろうが。
「しばし待っていてください。雑務を片付けますので」
「急がなくていいぞ?」
「急ぎます」
「何ゆえ?」
「ビテンとデートですから」
「恐悦至極」
 心がこもってなかった。
 そんなことはビテンの日常茶飯事だが。
 サラサラ。
 カリカリ。
 ペンが奔る。
 ユリスは驚異的なスピードで雑務の処理を消化していった。
 ビテンにしてみれば、
「よくやるよ」
 と言った具合だが、当人が望んでやっているため口には出さない。
「…………」
 ビテンがぼーっとコーヒーを飲み、
「……っ!」
 ユリスが仕事を片付ける。
 その間にビテンが問うた。
「お前は俺に何を望んでいるんだ?」
「それを一言にまとめるのは難しいです」
「だろうな」
 その点については理解あるビテンだ。
 サラサラ。
 カリカリ。
「生徒会の仕事は楽しいか?」
 暇つぶしにビテンが試みで問う。
「ええ。学院の歯車の一つとなれるのは充実感がありますね」
 どうも型どおりの答えにビテンは思えた。
「徴兵から逃れるためだけじゃないんだな」
「まぁ第一義はそれですけどね」
 飄々とユリス。
「立派だな」
「特別なことをしているつもりはありませんが……」
「だから凄いんだよ」
 コーヒーを一口。
「誰もが出来るわけじゃない」
 ビテンは言う。
「少なくとも俺には無理だな。三日坊主になりそうだ」
 心底本音だった。

    *

「で?」
 とこれはビテン。
 どうすればいい?
 そんなことを思う。
 口にすると、
「ではケーキバイキングにでも行きませんか?」
 ユリスのそんな提案。
「コーヒーがあるなら行ってもいいが……」
「ありますよ」
「じゃあそこで」
 そうしてケーキ屋兼喫茶店の店に入る。
 ビテンはコーヒーを。
 ユリスは紅茶とケーキバイキングを。
 それぞれに頼んだ。
 むっしゃむっしゃとケーキを食べるユリスに、
「よくもまぁ」
 と呆れる他ないビテン
 ビテンにしてみればケーキバイキングなぞ拷問の様なものだが、女性にとっては天国のソレらしい。
「ま。いいんだがな」
 そんな結論。
「ビテンはコーヒーだけでいいんですか?」
「構わない」
 思うこともなく答える。
 そしてコーヒーを一口。
「ふぅん?」
 とユリスらしからぬ曖昧な反応。
 ビテンの知ったこっちゃなかったが。
「…………」
「…………」
 しばしの沈黙の後、
「ビテンに何がありました?」
 ケーキを食べながらユリスが問うた。
「何も変わったつもりはないがな」
 ビテンは表情を変えない。
「嘘」
 とユリスは断じる。
「マリン抜きでデートするなぞマリニストには有り得ません」
「おかげで二人きりだろ?」
「それはそうですけど……」
 理解と納得は別物だ。
「ビテンはマリンが好きなんですよね?」
「愛してる」
 一寸の躊躇もなくビテンは断言した。
「では私は」
「おっぱいの大きな生徒会長」
 面の皮が厚いにもほどがあった。
 だからこそのビテンだが。
「あは」
 とユリスは嬉しそうに笑う。
「ビテンも男の子ですね」
「そうじゃないと思ったのか?」
「いえいえ」
 そして豊満な乳房をティーテーブルに乗せるユリス。
「私のきょぬーを好きにしたいとは思わないのですか?」
「胸に貴賤はねえよ」
 少なくともおっぱい残念なマリンを好きでいるのだ。
 貧乳や豊乳に格差は無い。
「愛人でもいいんですけどね」
「デミィみたいなことを云うのはやめろ」
「デミウルゴス教皇猊下……ですか?」
「ああ」
 苦虫を噛み潰したような表情になるビテン。
「関係は?」
「枢機卿と教皇ってだけだ」
「マリニスト……」
「然りだな」
 コーヒーを一口。
 ユリスはもっしゃもっしゃとケーキを平らげながら問う。
「ビテンは何に追い詰められているんですか?」
「お前には関係ない」
「私が悩んでいるときにそう言ったらビテンは納得しますか?」
「嫌な奴だなお前」
「褒め言葉と受け取っておきましょう」
 ケーキをあぐり。
「ユリス。キスしないか」
 唐突なビテンの提案にユリスはケーキを喉に詰まらせ咳き込んだ。
「何と?」
「だからキスしないかって」
「キス処女なんですけど……」
「唇同士じゃない。ほっぺに一つしてくれればいい」
「まぁそれくらいなら……」
 ナプキンで唇を拭うと、ユリスはビテンの隣に座って、
「あう」
 チュッと一つ……ビテンの頬にキスをした。
「どうも」
 ビテンは労う。
 ユリスの心臓はドキドキだ。
 しかして、
「やっぱりドキドキしないな」
 それがビテンの結論だった。
 クズノ、シダラ、カイト、ユリス。
 それぞれにほっぺにキスをしてもらって得た結論は、
「やっぱりマリン以外は有りえない」
 という残酷なソレだった。
 結果論ではあるがつくづくそれでよかったのだ。
 少なくとも後顧の憂いは無くなったのだから。

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