とある日のとある寮部屋。 「あうあうあ〜」 ビテンはマリンべったりだった。 形而上的な意味で、だが。 ホットはちみつレモンのお湯割りを飲んで心も体もぽかぽか。 「マリンは良いお嫁さんになるな」 「あう……」 同じくはちみつレモンを飲みながらマリンが赤面。 「マリンはさ……俺に世界を広げるように言うじゃないか」 「だね……」 「お前はそうしないのか?」 「あう……」 「まぁ大陸魔術学院は女学院だから俺以外に男がいないってのも痛くはあるがな」 「そゆこと……」 「ちなみに俺はマリンを愛してるぞ?」 「私も……ビテンが好き……」 「相思相愛だな」 「あう……」 ビテンはダイニングテーブルに肘をついて顎を支え、じとっとマリンを見つめる。 「あう……」 「あうう……」 「あううぅ……」 どんどん赤みが増していくマリンの美貌にSっ気を覚えながらビテンは苦笑した。 「愛い奴愛い奴」 「ビテンは……反則……」 「誰のせいだ誰の」 「そうだけど……」 不毛なやり取りだった。 「私の想いは……勘定に入れなくて……いいから……」 「入れてねえよ」 「え……?」 「だから入れてない」 「勘定に?」 「勘定に」 「でもビテンは……」 「俺がマリンに惚れているのは俺の都合だ。別にマリンが俺の事を好きだからリアクションを返している……なんてわけもない」 「あう……」 はちみつレモンを一口。 「マリンはいじらしいな」 ビテンは苦笑してしまう。 マリンの一挙手一投足がビテンの恋慕をくすぐる。 それを無自覚にやっているものだからなおタチが悪い。 それほど悪感情ではなく、あくまで良い意味でタチが悪いのだが。 「どうしたものかね」 と思いながらビテンは、はちみつレモンを一口。 と、ドタドタと乱暴に廊下を走る音が聞こえてきた。 そしてビテンとマリンの寮部屋の玄関ベルがカランカランと鳴る。 「はいな……はいはい……」 玄関対応は概ねにおいてマリンの仕事だ。 というか寮部屋においてビテンのする仕事はないのだが。 上げ膳据え膳に罪悪感を覚えない辺りはビテニズム全開だった。 それに付き合うマリンも大概だが。 それはともあれ、 「クズノとデートしたって本当っすか!?」 客はどうやらシダラだった様子。 ビテンははちみつレモンを飲みながらシダラの言及を聞く。 「しかもマリン抜きで二人きりデート!」 「何か。問題でも?」 「当方ともデートしてくださいっす」 「まぁ構わんがね」 「ではそういうことで! 十二時に正門前集合ってことでいいっすね! 一緒にランチとりましょうっす!」 「はぁ」 「コーディネートにも気合を入れなば!」 ドタドタとシダラの足音が遠ざかる。 「手間が省けたな」 ボソリとビテンが言った。 聞き逃すマリンでもない。 開け放たれた玄関のドアを閉めて、 「何が……?」 と問う。 「どうせ向こうが言わなくてもこっちから誘うつもりだったんだよ」 「それは……」 「それは?」 「クズノの時……みたいに……?」 「正解」 皮肉気に笑う。 くつくつと。 「何か意味があるの……?」 「進行形としては有るが結果としては無いな」 「……?」 クネリ、と愛らしく首を傾げるマリンだった。 が、ビテンはそれ以上何を説明するわけでもなく、 「はちみつレモンのおかわり」 とカップを差し出した。 再度淹れるマリン。 ぽかぽか体内から温めながらビテンは言う。 「多少なりとも確認は必要だしな」 「何の……?」 「ひ・み・つ」 綺麗にウィンクする。 実は練習が必要なスキルだ。 「シダラと……二人きりデート……?」 「嫉妬するかい?」 「あう……」 「嫉妬してくれると嬉しいな」 「あう……」 「ま、そう簡単に折り合いがついても有難味も無いしな」 「あう……」 一事が万事そういうことだった。 * というわけでシダラとデート。 赤い髪は炎を連想させる。 赤い瞳はルビーを想起させる。 纏う服はトレンチコートにデニム。 シダラのひょうきんさとは似合わないが、燃えるような赤い髪とはワイルドさで共通している。 「とりあえず昼食にしようかと思ってますけど大丈夫っすか?」 「ああ」 「リクエストは?」 「無いな」 「ちなみに聞くのが遅いっすけど昼食まだとってませんっすよね?」 「さすがにな」 苦笑して吐息をつくビテン。 「よかったっす。じゃあピッツェリアに行きましょうっす。寒いんすからアツアツのマルゲリータとか良いと思うっすよ?」 「ああ。いいんじゃないか」 そんなこんなでピッツェリア。 窯にもっとも近い席を陣取って二人はピッツァを注文する。 「と・こ・ろ・で」 これはシダラ。 「なんでクズノと二人きりデートしたっすか?」 「やむにやまれぬ事情があって」 他に言い様がない。 「その事情を聞きたいんすけど」 「黙秘権」 「そっすか」 意外とすんなり身を引いた。 「で、対抗してデートに誘ったのか?」 「マリンには勝てないっすけど他の女の子たちには勝ちたいっすから。ま、当方ひょうきん族なんでビテンの点数は低いでしょうっすけどね」 「お前が言うと皮肉だぞ」 「そっすか?」 自覚は無いらしい。 「エル研究会の面々といると自然と目が肥えるが、お前は十二分に美少女に分類される」 「照れくさいっすね」 「事実だ」 「にゃはは。当方美少女っすか」 「可愛いぞ?」 「嬉しいっすねぇ」 にゃはは。 またそう笑う。 「逆に聞くがな」 「何でっしゃろ?」 「お前は俺のどこが好きなんだ?」 「優しいところっす」 「クズノにもそれ言われたな……」 「事実っす」 「何を以て?」 「何ってマリニズムでありながら排他的じゃない時点で人格者って感じっすけど」 「そんなこと……?」 「そんなことって……。十分だと思うっすけど……」 「それだけで俺を好きになれるのか?」 「もう一つ。無いでは無いっすけど」 「言ってみろ」 「ジュウナとの仲を取り持ってくだすったっす」 「ああ」 なるほど。 そう納得するビテン。 「そういえばそんなこともしたな」 「はいっす」 「その後の関係は?」 「良好っすよ? 腹に何抱えてるかまでは読めないっすけど」 「だよなぁ」 正直なところ、 「余計なお節介」 や、 「友誼に威力交渉はどうなんだ?」 という懸念もあるのだ。 他人事とはいえ相手がシダラならば心配くらいはする。 そうこう話しているうちにピッツァが焼けて運ばれてくる。 「…………」 「…………」 黙々と食べる二人。 ピッツァの食事は時間との戦いだ。 冷える前に食べきってしまう必要があった。 そのためにはどちらかと云えば小さいピッツァの方が都合が良かったりする。 そして昼食を終えると市場を回って甘味を食し、喫茶店に入る。 ビテンはコーヒーを、シダラは紅茶を、それぞれ頼んで嗜む。 提案は唐突だった。 「なぁ。キスしてくれないか」 シダラが飲んでいた紅茶を噴き出した。 大仰に咳き込んで聞き返す。 「なんですって?」 「だからキス」 「当方キス処女なんすけど……」 「ああ、唇じゃない。ほっぺにお願い。俺も唇にキスするのはマリンにだけだ」 「いいんすか? 本当にしちゃうっすよ?」 「どうぞ」 「では」 チュッと一つ。 「やってから言うのもなんすけど……何の意味が?」 「まぁ色々と」 ぼんやり誤魔化すビテンだった。 「やっぱりドキドキしないな」 そんな台無しな感想を持つビテンは最悪だったろう。 |