ダ・カーポ

ビテン×クズノ


「クズノ」
「何ですの?」
「デートしないか?」
 クズノは飲んでいた紅茶を噴き出した。
 ちなみに場所はビテンとマリンの寮部屋。
 時間は昼を越えたあたり。
 寒さは惑星と太陽の関係上致し方ないが、一応これでも一般平均よりは暖かい日だった。
 マリンの用意した食事をビテンとマリンとクズノとで食べ終え食後の茶を嗜んでいるところにこのサプライズ。
 クズノが紅茶を噴き出したのも決してクズノだけのせいじゃないだろう。
「あ……あう……あうあうあ……」
 クズノは白い顔を真っ赤に染めてマリンよろしくな狼狽えをしてみせた。
「デート……ですの?」
「デートですの」
 ほんわかまったりビテンは繰り返す。
 赤面するあたりクズノも擦れてはいないらしい。
 当たり前だが。
 想い人にデートを申し込まれれば誰だって焦るだろう。
 おそらくだがビテンとてマリンに、
「あう……。ビテン……デートしない……?」
 などと言われたら飲んでいるコーヒーを噴き出す自信がある。
「どういう経緯ですの?」
 警戒のようにも聞こえる。
 まぁこれも必然。
 ビテンの意図が那辺にあるのか?
 それがわからなければ疑いもしようと云うものだ。
「別に難しい話じゃないんだがな」
 鼻先を掻くビテン。
「純粋に分かり合えたらいいなぁ……なんて」
「分かり合う……」
「そ。デートの本質なんてそんなもんだろ?」
「否定はできませんが……」
 ううむ。
 腕を組んでクズノは唸る。
「あう……。ビテン……」
 何ぞやと聞きたいのであろうが、
「愛してるぞ?」
「あう……」
 それだけでマリンは封殺された。
「夕食はクズノととるから自身の分だけ用意しとけ。一応遅くならないうちに帰るつもりだが、こればっかりは状況によるしな」
「え?」
 とクズノ。
「マリンとはデートしませんの?」
「ああ」
「と、いうことは……わたくしとビテンで……」
「ああ」
 無遠慮を友とするビテンが気後れする道理もなかったが。
「ではデート用に着替えてまいりますわ! しばしお待ちを!」
 そう言ってクズノは転げるようにビテンとマリンの寮部屋を飛び出した。
「そこまで張り切らんでもいいと思うんだが……」
 開けっ放しの寮部屋の玄関に向かってポツリと呟く。
「あう……。それは無理……」
 マリンが反論した。
「何ゆえ?」
「女の子は……好きな男の子に……良く見られたいもの……」
「まぁ理屈はわかるが」
 理解できるかは別問題。
「なんで……いきなり……?」
「何がだ」
「クズノと……デート……」
「マリンの言う通り世界を広げてみようかなって」
「あう……」
 複雑な心境なのだろう。
 その言葉自体はマリンは何度も口にした。
 マリニストのビテンには通じないが、通じないなら通じないで安堵している自分がいたこともまた事実だった。
 少なくともビテンがマリンの理想の男の子である以上、恋慕の感情をもたないのは嘘である。
 同時に殺人者の自分がビテンと並び立つことを潔しとしない面も確かに存在する。
 この二律背反に苦しむが故にマリンなのだが。
 今ではビテンもよくわかっている。
「いいだろ? デートくらい」
「あう……」
 これ以上ないほどのビテニズムだった。
「可愛いな」
 くっくとビテンはシニカルに笑う。
「クズノが……?」
「いいやマリンが」
「あう……」
「ま、別ににゃんにゃんするわけじゃないんだ」
「そうなの……?」
「初めてはマリンのために保管してるぞ?」
「あう……」
 赤面。
「愛い奴愛い奴」
 ビテンはマリンの頭を撫でた。
「でもクズノも……可愛いよ……?」
「知ってる」
 白い髪はシルクのようで。
 白い瞳は真珠のようで。
 プライドの高さは即ち幼稚の証で、そんなところも加点対象。
 元より友誼を結ぶ前は敵対的な関係だったのだから。
 決闘を経て友人へ。
 夏季休暇では想いを打ち明けられた。
 マリニストとしては、
「だから何だ」
 だが、
「都合上しょうがないよな」
 というのが此度のデートの根幹だ。

    *

 クズノはフリフリのゴスロリドレスで現れた。
 ビテンは真っ黒な学ラン。
 そして二人で学院街に出掛けた。
 適当に市場を見て回り、時に喫茶店でお茶をしたりして時間を潰す。
 クズノは、
「幸せだ」
 と笑った。
 ビテンも、
「悪くないな」
 と苦笑した。
 デートの間は野暮は言いっこなしだったが、少し早めの夕餉にということでレストランに入ってからクズノが尋ねた。
「何がありましたの?」
「主語を明確に」
「ビテンがマリンも連れずにわたくしをデートに誘うなんて」
「んー。何というべきか……」
 言葉選びに困るビテンだった。
 事情の根幹を話すわけにもいかず、
「お前は俺とデート出来てどうだった?」
 話をそらした。
「それはもう光栄ですわ」
「ならよかったよ」
 苦笑する。
「ビテンは何を頼みます?」
「サーロインステーキ」
「わたくしは女性用のコース料理でいいですわね」
「この女性優位主義もどうにかならんかね」
「そういえばこのレストランですわね」
「何がだ?」
「前にビテンとマリンと一緒に入ったレストラン。ビテンが女性客にお冷をぶちまけられた場所」
「そんなこともあったな」
 今ではありえないが。
 ビテンの実力は既に数多が知るところだ。
「クズノはさ……」
「なんですの?」
「なんで俺が好きなんだ?」
「優秀であるからですわ」
「優秀か?」
「自覚ありませんの?」
「無いと言ったら嫌味になるんだろうな」
「然りですわ」
 クズノは躊躇しない。
「何も優秀なのは魔術が達者と云うだけではありませんわよ? ビテンのお顔は印刷がよろしくて見惚れてしまいますわ」
「そっちも否定できんな」
「それになんだかんだで優しいですしね」
「そうかぁ?」
 ビテンに心当たりはない。
「マリン以外に優しくした覚えはないが」
 実にマリニズム。
「そう言うと思いましたわ」
 把握されているらしかった。
「それなのにお前は俺を諦めないのか?」
「ええ」
「辛くないか?」
「辛いに決まっているでしょう?」
「だよなぁ」
 至極道理だ。
「見切りをつけるって発想はないのか?」
「そんな簡単に割り切ることが出来たなら乙女心がエンターテイメント足りえるわけもないでしょう?」
「ごもっとも」
 嘆息。
 そして運ばれてきた料理に手を出す二人。
 他愛ない会話をして食事を終えると、二人は外に出た。
 季節が季節のため日が暮れる時間も早い。
 ビテンは、
「光あれ」
 とライティングの呪文を唱えた。
 ウィルオウィスプのような光源がビテンと相対座標でふわふわ浮かぶ。
「楽しい時間はあっという間ですわね」
「楽しめたか?」
「ビテンが隣にいれば場所はあまり関係ありませんが」
「そういってやるな」
 ビテンは困ったように鼻先を掻く。
「デートのお膳立てを整えているのは学院街の市場だろ?」
「まぁそうですけど……」
 学院寮まで歩く。
 途中、
「ああ。今思い出した」
 とばかりにこんなことを言った。
「クズノ?」
「何ですの?」
「キスしてくれないか?」
「は……?」
 さすがにポカンとするクズノ。
 全てを理解してボッと赤面する。
 が、ビテンが先に牽制した。
「キスと云ってもほっぺにだぞ?」
「それはそれで……。唇よりはマシではありますが……」
「遠慮せずにしちゃってください」
「あ……う……」
 と悩んで、意を決した後、クズノはビテンの頬にキスをした。
 チュッと一つ。
「何の意味があるんですの?」
「単なるテスト。それ以上は黙秘権を行使する」
 ビテンは冷静に、
「やっぱりドキドキしないな」
 などと辛口の評価をしていた。

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