「くあ……うみゅう……」 ビテンは昼に起きた。 朝もマリンに起こされたが朝食をとってまた寒さ対策にベッドに潜っているうちに寝てしまったのだ。 元より単位不問処置の対象ではあるが。 どてらを羽織ってのそのそとダイニングに顔を出す。 「マリン〜」 「はいな……」 名前を呼ばれるだけでマリンは察した。 コーヒーを淹れるためにキッチンに消える。 ビテンは手をこすって摩擦熱で温まっていたが冬の寒さの前には焼け石に水だ。 そしてマリンがホットコーヒーを差し出すと、 「あんがとな」 とマリンにしか見せない少年めいた笑顔で感謝を口にする。 基本的にこの笑顔を見れるのはマリンだけ。 例外を上げるならデミィも、ではあるが。 昼食はパスタサラダだった。 それを、 「うまうま」 と食べて消化。 食後の茶の時間にコーヒーを飲んで温まりながらビテンは突っ込んだ。 「どうしてだ?」 と。 「っ……?」 当然マリンには意味不明だ。 クネリ、と可愛らしく首を傾げる。 心温まるビテンではあったが慕情とは別に口が動いた。 「なんで三人を殺した?」 「あう……」 それだけで察しえる。 時系列的には昨日になるが、マリンはビテンたちと切り離されて人のいないアリーナ裏に連れていかれ暴行を受けた。 それを遠見の魔術で認識したビテンが殺そうとしたのを止めて、(この表現は正確ではないが)自分自身で殺した。 といっても死体も残さず塵へと化したためマリンが法で裁かれることはない。 目撃者がビテンのみであり、なおそのビテンも心情的状況的にマリン寄りであるためかしまし娘は行方不明と相成った。 もともと魔女の魔窟だ。 失踪から廃人化から自主退学まで色々と問題のある側面も無きにしも非ず。 疑問なのは、 「何故ビテンが人を殺すのがタブーで、そのタブー……ゲッシュを掛けたマリンが殺人を肯定するのか?」 である。 「あう……」 と怯んだ後、 「私なら……大丈夫だから……」 意味不明な回答をよこした。 聡いビテンでも意味の空白まで補完することは出来ない。 「俺も大丈夫だぞ?」 「ビテンは……人を殺しちゃ……ダメ……」 「自分を振り返ってなおそう言うのか?」 「………………だって……」 「だって?」 「あう……」 「何だよ?」 「ビテンは……私の理想……だから……」 「俺の理想はマリンだ」 「あう……」 「そういう話じゃないけどな。何で俺が殺人を犯しちゃ駄目でマリンなら是なんだ?」 「私の手は……既に血に濡れている……」 「まぁコキュートスでマジカルアバドン全滅させたしな」 「それは結果だけど……原点じゃない……」 「?」 ますます意味不明だった。 「私には子供の頃にアリスって友達がいた」 「俺は知らんなぁ」 「あう……。ビテンと……出会う前……」 「ほう?」 「私の家は……知ってるでしょう……?」 「当たり前だ。飯食わせてもらってるんだから」 ビテンとマリンの家は北の神国の枢機卿の血筋だ。 アイリツ大陸の宗教は一神教で基本的に宗教内での立場は血統によって決まる。 教皇の子が教皇に。 枢機卿の子が枢機卿に。 司祭の子が司祭に。 信者の子が信者に。 「善行を施すほど来世では良き立場に恵まれる」 という辺りはとある別世界と同様だ。 そしてマリンとビテンは枢機卿の家にて育ったためどちらかが枢機卿にならざるを得ない。 ビテンは養子であるため、そしてまたこの世界は女性優位主義と云う凝り固まった通念があるため、順当に行けばマリンが枢機卿だ。 実際養子でないマリンが女性でもあり魔女でもあるのだから明快な理由を持つ。 が、当の本人は臆病で人見知りで小動物的性格をしているため信仰心に篤くはあるが枢機卿の器ではない。 代役としてビテンが次期枢機卿候補となっている。 これらの事情は今更だが。 「私には……友達が少なかった……」 「あー」 それはわかっちゃうビテン。 そもそもにしてマリンは、 「他人が怖い」 がモットーだ。 「それでアリスがどうしたって?」 「私は……デミィとアリスとしか……友達がいなかった……」 「ふむ」 「アリスは……平民の出だけど……信仰に篤くて……毎日私の家が管理する……教会に来てて礼拝していた……」 「良い子だな」 「うん……」 「それで?」 「デミィと私は……信心深いアリスと……友達になった……。今ならわかるけど……きっとアリスの親も……次期教皇と……次期枢機卿とに……仲が深まればいいって……打算もあったかも……」 特に珍しい話でもない。 西の帝国や南の王国、東の皇国にとっての貴族が北の神国にとっての枢機卿や司祭と相成る。 が、マリンの次の言葉には度肝を抜かれた。 「その子を……私が殺した……」 「…………」 コーヒーカップを持ち上げようとしたビテンの手が止まる。 まじまじとビテンがマリンの黒い瞳に同色の視線を投げかけると、マリンはコックリと深く頷いた。 「初めての……殺人だった……」 「殺したのか?」 「うん……」 「なんでまた?」 「ただの……癇癪……」 「癇癪って……」 「一緒に遊んでて……途中でズルしたのしないのってケンカになって……頭が沸騰したら……とっさに……」 「どうやって?」 「魔術で」 「…………」 わからない話ではない。 マリンの魔術に対する造詣はビテンをも凌駕する。 キャパこそ残念だがエンシェントレコードへの理解ならおそらく大陸でも指折り数えられる対象だろう。 が、それでは矛盾をきたす。 「お前の残念なキャパでどうやって人を殺すほどの魔術が使える?」 それが最優先の疑問だ。 マリンのキャパの残念さは毎度共有しているビテンがよく知っている。 初級魔術でも必死に。 下級魔術のフレイムでさえ(相性もあるが)ゴーレムを滅ぼせない程度だ。 「あう……」 とマリンは追い詰められたように……というか事実追い詰められてしきりに困惑閉口する他なかった。 「次期枢機卿が人を殺してよく無事だったな。お前」 「逆……」 「逆?」 「枢機卿……だから……」 「ああ」 わからないでもない。 マリンは枢機卿の血統。 しかも時系列的に次期教皇であったデミィと仲が良い。 未来的には指折り数えられる枢機卿の中でも筆頭と目されて不思議ではない逸材だ。 「キャパさえ十全なら」 とPSが付くが。 そんな枢機卿候補に対して平民を殺したところで罪には問われることはない。 つまり権利の不平等さが起こした結論だったのだろう。 一信者でしかないアリスの親がいくら訴えても相手は枢機卿。 声高に叫んでも効果がないのはビテンとて読み取れる。 「で? 話半分だな。キャパ残念なお前がどうやって致命的な魔術を扱える?」 「昔は……それだけのキャパを……持ってたから……」 「そうなのか?」 「うん……」 ちなみにキャパ……マジックキャパシティは魔術を使うにあたって占有される女性だけに備わったメモリ概念だ。 これが大きければ大きいほど強力な魔術や多彩な魔術を扱える、となっている。 そしてこれは先天的なものであるため後天的にキャパが増えたり減ったりはしない。 つまり『人を殺せる程度にはキャパを持っているはずのマリンが今現在においては所有していない』という矛盾が生じる。 見えてくるものがあった。 キャパが後天的に減ることはない。 しかしてマリンのキャパは今現在残念だ。 つまり……、 「今のお前は……『何かしらの魔術を使い続けているってこと』なのか?」 「正解……」 マリンはコックリ頷いてコーヒーを飲んだ。 魔術がキャパを占有する以上……魔術を打ち切らない限りにおいて魔術はキャパを占有し続ける。 そしてマリンの膨大なキャパを何がしかの魔術で占有し続けているが故にマリンのキャパが残り少ないと考えれば辻褄は合うのだ。 「ビテンは……何で自分が男なのに……魔術を使える……なんて思うの……?」 「考えたこともあるが今は放置している疑問だな」 解剖すればわかるかもしれないが無論のこと一人の人間としてそんな状況は死んでも御免だった。 「例えば……一人の男の子を造る魔術が……あったとするよ……?」 「唐突だな」 「その魔術を使って理想の男の子を魔術で造るとする」 「…………」 「かっこいい男の子……。優秀な男の子……。優しい男の子……。そして……魔術を扱える男の子……。私の……理想の男の子……」 「まさか……っ!」 「うん……」 コックリとマリンは頷いた。 最悪の結論がビテンに突き付けられる。 「ビテンは……私が魔術で造った……私の理想の男の子……。人一人を造るなんて……神の御業だから……維持定着時間は……人の寿命を超える……。だから……膨大なキャパ占有を対価に……維持し続けて……その結果が……ビテンと私の関係……」 「つまり俺は……」 「魔術製の……人間だね……」 カチンとカップと受け皿がぶつかり合って歌った。 「私は……二度と癇癪で殺人を犯さないために……キャパを封印する他なかった……。そして自身のキャパ封印に……もっとも適した魔術が……北の神国の禁忌中の禁忌である……人を造りだす魔術……。そして私は……自身のソレを……残念なキャパにするとともに……私の理想の男の子を造った……」 「…………」 「だから……ビテンには殺人を……犯してほしくない……。人を殺すのは……私だけでいい……。私の……罪悪に対する……贖罪が……ビテンなんだから……」 「…………」 精神を落ち着けるためにコーヒーを飲むビテンであったが味なぞわかりはしなかった。 |