ダ・カーポ

ビッグクランチ


「どうぞ。粗茶ですが」
 生徒会の庶務がビテンたちに茶をふるまった。
 最近はいつもの原っぱを利用することが少なくなってきている。
 今日も生徒会室にして茶をしばいている顛末だ。
 天気は雪。
 無精のビテンにしてみれば厄介この上ない空模様だ。
 とはいえ冬に突入してからはベッドと風呂とを行き来していたので晴れであろうと、
「寒いものは寒い」
 のだし、
「外に出たくない」
 が真剣なビテンの意見だった。
 出不精ここに極まれりだがマリンが何とかなだめすかして外出したという経緯。
 で、ただで茶が飲めて飛天図書館を展開するに都合がいいからと生徒会室でダラダラ。
 当然アナザーワールドは展開していない。
 クズノが講義に出ておりこの場にいないためだ。
 その他のメンツは生徒会室の客席について茶をしばく。
「申し訳ないっす」
 シダラが庶務に感謝した。
「美味しいね」
 カイトは素直に賛辞した。
「ええ、生徒会自慢の給仕です」
 ユリスは我がことの様に誇らしげ。
「そんな。まだまだです」
 庶務は謙遜する。
「…………」
「…………」
 ビテンとマリンは黙した。
 口を開けば辛い評価が出るためだ。
 ビテンの場合はマリニズムなのだが、マリンにしてみればカップを温めてもいなければ沸騰したすぐの湯を直接使っているところがマイナスポイント。
 もっとも茶葉の扱いは繊細であるから、黙して美味しいと賛同する。
 ユリスはいつもの如く高く積み上げられた書類をこなしていた。
 サラサラ。
 カリカリ。
 そして時にペタン。
 判だ。
「ご苦労様だな」
 ビテンはシニカルに笑った。
 紅茶を飲みながら。
「まぁ戦争に行くよりは大分マシですし」
 ユリスの口調も皮肉気だ。
 北の神国の国境を定義する魔女。
 金髪金眼で圧倒的カリスマを持つお姉様。
「だからって会長にまでなる必要はないと思うがな」
「いいんですよ」
 ユリスは上品に微笑んだ。
「私はこの学院が好きですから」
 ビテンにはわからない領域だ。
「…………」
 紅茶を飲む。
 サラサラ。
 カリカリ。
 書類の消化。
 もあるが魔術の造詣を深める光景でもある。
 シダラとカイトだ。
 堕天翻訳の最中である。
 シダラがインフェルノ。
 カイトがコキュートス。
 それぞれの出身国の禁忌魔術である。
 そしてマリン曰く、
「それを……十全に扱う……キャパを持ってる……よ……?」
 とのこと。
 そら恐ろしいが納得もする。
 マリンにあれだけの規模のコキュートスを実現させる一事だけでも認めるにやぶさかではなかった。
 ビテンとマリンはある程度の目途がついているため茶を飲んでダラダラしているだけだった。
 ドタドタ。
 バン!
「失礼しますわ!」
 駆け足から乱暴に引き戸を開けてクズノ登場。
 白い瞳がビテンを捉える。
「よ」
 とジャブを放つビテン。
「講義は終わったのか?」
「あと一つ残ってますわ」
「お前も律儀だね」
 クズノはゼロの魔術を覚えたため色付き候補だ。
 というかユリスのゴリ推しで確定事項だが。
 本来なら講義に出る必要はないのだが後期の終業式でマントを貰うまではサボるつもりはないらしい。
「休憩か?」
「いえ、ビテンに提案がありまして」
「聞くだけなら聞いてやろう」
「次の魔術実践講義で威力を振るってほしいとのことですの」
「めんどい」
「そう言うと思いましたわ」
 さすがに付き合いもそこそこではビテンのものぐさを理解するに足る。
「生徒のモチベーションを上げるために実戦派の魔術を見せてほしいんですの」
「めんどい」
「マリンもビテンの格好いいところ見たいですわよね?」
「あ……うん……」
「毎度思っていたがマリンをクッション代わりにするのはやめろ」
「でも……見たい……かも……」
「しょうがねぇなぁ」
 チョロいビテンだった。
 実にビテニズム。
「で? 何すればいいんだ?」
「ええとですね……」

    *

 そんなわけで魔術実践講義に出ることになるビテンだった。
「なんかなぁ」
 ぼんやりと、
「うまく言いくるめられた気がするな」
 そんな愚痴。
 ビテンを射んとするならするならばまずマリンを。
 わかってて付き合うのだからビテンも大概だが。
 講義に出ている生徒たちのビテンを見る感情は様々だ。
「やっぱり格好いい……」
「女の敵」
「私も指導してもらえないかしら?」
「プリンスとお姉様も何であんな奴に……」
 等々。
 学院に入学してからこっち散々慣れた感情図だ。
 気にするビテンでもないが。
 ちなみにユリスを除くエル研究会の面々はアリーナの観客席で見学していた。
 講師が点呼を取って講義が始まる。
 魔術実践と云うことでゴーレムの破壊が今回の議題だ。
 生徒たち(必然だが上級生が多い。新入生は神語文字の理解から入るのが常道であるからだ)は各々の魔術でゴーレムを破壊していく。
 ある者はファイヤーボール。
 ある者はアイスバレット。
 ある者はカマイタチ。
 多彩な魔術が見れた。
 この光景は珍しい。
 魔女にも魔術特性と呼ばれる才能がある。
 火の属性に長けた者。
 水の属性に長けた者。
 風の属性に長けた者。
 土の属性に長けた者。
 まだまだ属性はあるが、ともあれそれらの属性ごとにクラスを振り分けられる方が正しい授業風景だ。
「では何ゆえ今回は?」
 というと、講師へのアピールである。
 魔女は神語を理解し魔術を覚えると研究室への所属権利が得られる。
 研究室にも講師や環境によって善し悪しがあり、今回の講師の持つ研究室は人気を集めるソレだ。
 そのため講師のゴーレムを魔術で鮮やかに破壊してのけることで自身の優秀さを講師にアピールして研究室所属への足掛かりと画策する者も多い。
 当然ビテンは例外だが。
 そもそも、
「研究室に所属」
 ではなく、
「研究室を開け」
 と常々言われているビテンである。
 今更講師にアピールする気もない。
 とはいえ無駄と云うわけでもない。
 クズノが言った通り強力な魔術は生徒を奮起させる。
 ビテンがそれに当てはまるかと云えばややも微妙なラインではあるが。
「次は生徒ビテンですか」
 チラリと講師の瞳に剣呑さが透けて見えたが、ビテンは気づいてなお無視した。
「特に何と思われても……なぁ?」
 とはビテンの後日談。
 ともあれ講義である。
 講師はメタルゴーレムの呪文を唱えた。
 金属で出来た巨大なゴーレムが三体現れる。
 造りだされるが正確か。
 講師並びに生徒はアリーナの隅まで退避した。
 凶悪なメタルゴーレムに巻き込まれないためだ。
 が、それ故に他者を巻き込むことなくビテンは魔術を行使できた。
「終末の火よ。その終わりは必然なれば皆々加速し死に狂え」
 呪文自体はいっそ淡々と。
 特に熱も込めずに呟いた。
 が、効果は劇的だった。
 三体のメタルゴーレムが人の視覚の中でぐにゃりと歪む。
 例えは正確ではないが、
「スプーンの先に見る自画像」
 の様に……とでも云えばいいのだろうか。
 が、それも一瞬の事。
 次の瞬間には三体のメタルゴーレムは圧縮されてこの世から消え失せた。
 東の皇国の禁忌魔術。
 ビッグクランチ。
 指定した範囲の空間を圧縮することで対象を無に帰す攻性魔術の極致。
 あまりといえばあまりな結果に反論できる人間はいなかった。
 おそらくわざとであろう講師のメタルゴーレム三体の創造もビテンを追い詰めるためのものだったはずだ。
 その悉く上を行ったため講義の参加者も見学者も閉口する他なかった。
 一人マリンがパチパチと拍手している。
 それがビテンにとっての一番の精神的栄養剤だ。
 この魔術については激震を伴って学院中に広まった。
「教えろ」
 と言ってくる生徒多数。
 時に講師や教授まで頭を下げにくる始末だった。
 全てお断りしたが。
 ことマリンと自身の魔術以外の事に関してはものぐさリミッター全開なビテンである。
 むしろ懇切丁寧にビッグクランチの翻訳を指導しようものなら槍が降ってもおかしくはない事態だ。
 そんなわけで講師の顔に泥を塗って平然とするビテン。
 講師は自身のゴーレムが鎧袖一触に無に帰されたことに対して不当な激怒を覚えていたがビテンにケンカを売るほど馬鹿でもない。
 ビテンもビテンで、
「別に陰口くらいは見逃すし、憎まれても害的行為を実行しないなら別に嫌われてもかまわんね」
 と淡泊だった。
 ただ……これでまたビテンファンクラブの発言がいやますことについては嘆息せざるを得なかった。

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