北の神国(というかデミィ)の出資によって会社が興った。 「萌え萌え会社」 冗談ではなく本気でそんな名前だ。 デミィが実験的に興した会社で、メイド喫茶の運営を主とする。 その第一号店は政治的空白地帯……つまり大陸魔術学院に置かれた。 結果だけを語れば大成功だった。 今までなかったロープレにして愛らしい女性の奉仕による喫茶店。 学院街ではちょっとした噂だ。 特に学院街の商人たちは入り浸りと云った様子であった。 早速二号店も作られた。 こちらは執事喫茶。 これも異国文化の一つ。 イケメンが接客してくれる喫茶店だ。 ホストクラブと違い酒も無いし値段も良心的であるし、あくまで喫茶店の領域をはみ出なかったが、これがまた学院生に受けた。 ビテンを除けば大陸魔術学院は女学院である。 需要ドンピシャだった。 そんなわけで萌え萌え会社は潤沢な資本金に売り上げを重ねて次々と出店していった。 それは同時に競合の発生を意味する。 意を得たりと西の帝国、南の王国、東の皇国それぞれがまたメイド喫茶を出店する運びとなった。 結果起こったのがメイド喫茶同士による戦国時代である。 ある店はメイド喫茶と執事喫茶のごった煮を展開。 ある店はロールプレイング(この場合剣士や魔女やお姫様と云った役柄を客の方で体験する)を主とする喫茶店の展開。 ある店は同性愛者向けの……しかしてライトなサービスの喫茶店の展開。 世はまさにメイド喫茶戦国時代。 結局どんな世界であろうとメイドはグローバルに評価されるということらしい。 「まぁやるとは言っていたしな」 と呟いたのはビテン。 「あう……」 とマリン。 「とりあえず北の神国に還元するか」 ということで萌え萌え会社のメイド喫茶にて茶を飲む二人だった。 ビテンはコーヒーのブラックを。 マリンは紅茶のダージリンを。 それぞれ飲みながら周囲を見やる。 学院街で働く男性諸氏がよく集まっていた。 この店は萌え萌え会社が最初に立ち上げたメイド喫茶である。 「原点にして頂点」 と大陸で呼ばれるメイド喫茶である。 一番初めに興されたということでブランド的な価値がついていた。 値段はそこそこ。 愛らしい(あくまで平均基準で、ではあるが)メイドたちが東奔西走していた。 無論マリニズムに染まっているビテンには十把一絡げだが。 マリンの零度の視線を嫌うためにウェイトレスに「お兄ちゃん」と呼ばせることも自粛していた。 「でも……すごい反響……」 マリンは茫然として言った。 然りである。 そういう意味ではビテンとマリンとデミィの武国巡礼の旅も捨てたものではなかったということだ。 華国はいまだ武国領だ。 というのも一日二日でホイホイと国を返還できるわけもない。 統治権を擦り合わせて自然な形で華国の復興がなるには時間を必要とする。 「でも……」 とマリン。 「面白かったね?」 「まぁな」 少なくとも脅威を感じない限りにおいて武国は興味深い国ではあった。 ビテンはコーヒーを飲む。 と、そこに、 「ビテン様でしょうか?」 店員がおずおずと尋ねた。 愛らしいメイドさんだ。 ビテンにとっては六十六点と辛い評価ではあったが。 「ですけど?」 ビテンは気後れしない。 パァッとメイドさんは華やいだ。 「お願いがあります」 「言ってみろ」 「バイトしませんか?」 「バイト?」 「はい」 うなずくメイドさん。 「特に金には困ってないが……」 「助けると思って」 「んなこと言われてもなぁ」 困惑するビテンに、 「ビテン……」 とマリン。 期待の眼差しがそこにあった。 「話を……聞くべき……」 「お前は他人事だろうからいいだろうがな」 と云いたいビテンではあった。 実際には言わないが。 「で、どうしろと?」 「執事役をお願いしたいです」 「ここ、メイド喫茶じゃないか?」 至極論理的な思考ではあれど無意味に過ぎるのもまた事実。 「ビテンの……執事……!」 マリンは頬を赤らめた。 プシュー。 プスプス。 茹で上がる。 「はいそこ期待しない」 「あう……」 「ダメでしょうか?」 「あう……」 マリンの期待大の表情を見せられれば決したも同然だ。 * 「お嬢様。こちらのコーヒーにミルクと砂糖は如何しましょう?」 「ありありでお願いします……!」 学院の女生徒は頬を赤らめて初々しく答えた。 「では失礼して」 砂糖とミルクをコーヒーに入れると銀のスプーンでかき混ぜる。 ニコリと笑って、 「ではごゆっくり」 踵を返すビテン。 ポーッと赤面したままその背中を見つめ続ける女生徒。 ビテンは厨房に入ると、 「辛すぎる」 がっつりと脱力した。 結果論を云えばメイド喫茶萌えにゃんのバイトはビテンには辛すぎた。 ビテンは人目を惹く美少年だ。 学院にファンクラブまで出来る始末。 それほど顔立ちが整っている。 本人には半信半疑だが。 そんなビテンであるから今日一日限定執事ということで女性の客が大賑わい。 ついにはデミィまでくる始末。 というかデミィの学院視察に合わせたイベントだった。 やいのやいのとメイドたちが忙しく働きまわるのを睥睨しながら、 「よくやるよ」 と皮肉気な賛辞を贈る。 「教皇猊下ご案内ー!」 メイドの一人がそんな声を上げる。 「とうとう来たか」 ダンテの彫像の真似をするビテンだった。 「ビテン。接客接客」 マスターが背中を押すが、 「他の奴にやらせてやれ」 ビテンはうんざりと言った。 少なくとも、 「デミィを相手取る面倒くささ」 はビテンとマリンだけがよく知っていることだ。 が、マスターには逆らえず、 「お帰りなさいませお嬢様。執事が注文承ります」 デミィに白けた笑顔で接客する。 うすら寒いことは百も承知。 季節の気温とは関係なく。 「ふわ……!」 と擦れている筈のデミィが恥じ入る乙女のように赤面した。 「ズルい」 「何が?」 「そういうところが」 「自覚はないがなぁ」 ビテンはあろうことかデミィの席の対面に座って肘をつく。 「早く注文なさってくださいなお嬢様?」 執事にあるまじき戯言を云った。 「じゃあケーキと紅茶。紅茶はアールグレイで」 「承りましたお嬢様。ちょいちょい」 注目していた衆人環視の……その内のウェイトレスの一人を手招きで呼んで、 「ケーキとアールグレイ。注文が入った」 ぶっきらぼうに告げる。 「ついでに俺にコーヒーを。領収書は一緒で計算して良いから」 「……っ!」 コクコクと頷いてメイドさんは厨房に消えた。 「悪」 「知っとるわ」 デミィの皮肉も何のその。 「マリンは?」 「厨房でバイト中。こういう雑技はお手の物だな」 「まぁビテン一人に働かせてまったりするマリンなんて考えられないけど」 「だな」 苦笑しあう。 「そういやあっちは進んでいるのか?」 「どっちよ?」 「華国返還」 「ま、ね」 デミィは頷いた。 「一応華国返還の言質は取ったのは知っての通り」 ウェイトレスがケーキと紅茶とコーヒーを持ってくる。 それらを味わいながらデミィは続けた。 「ちゃんと華国復興に対して借金は貸し付けたからこちらが有利な立場なのは明白ね」 「やのつく商売だな」 ビテンとしても苦笑せざるを得ない。 自国で金属の取れない国は外貨に頼るほかない。 そして北の神国と華国とは海を挟んで隣国の関係だ。 借金の有る無しになれば、それはもう北の神国側に有利な条件だろう。 あくまで実現しない話だが、 「何も言わずに借金全額返せ」 と云われれば華国が破たんするのは目に見えている。 そうなるように首輪をつけているのがデミィの嫌らしさだ。 一応のところ武国との折り合いはつけたが、首輪の持ち主が武国から神国に変わっただけである。 そういう意味では大陸間戦争と呼ばれているあの事項で一番得したのは神国だろう。 大陸への足掛かり。 武国の懐深くまで侵入する肝っ玉。 絶対領域。 これらがある限り神国は神国で有り続けるだろう。 「ところで砂糖とミルクの混ぜ混ぜはしてくれないの?」 「今それを云うか?」 ごもっとも。 「執事としての仕事をしてよ」 「メイドさんに頼め」 「ビテンにしてほしいの」 「承りましたお嬢様」 ニコリと営業スマイル。 背筋がうすら寒いのは今更だ。 |