武国との戦争は悪い意味で尾ひれがついて大陸魔術学院に広まった。 ことビテンの封殺魔術とマリンの凍結魔術が喝采を以て受け入れられた。 そのせいで北の神国の一部の港が使用不可となってしまったが、 「武国に蹂躙されるよりマシだ」 ということで決着。 一応デミィは仕事のなくなった漁師に一定の補償金を賜すことで解決したらしい。 で、 「マリン〜。コ〜ヒ〜」 「はいな……」 衆人環視の視線を除けばいつも通りの毎日が戻ってきたといっていい。 ビテンは愛に甘いブラックコーヒーを飲みながら寮部屋でダラダラしていた。 綿入りの屋内限定ジャケット(要するにどてら)を羽織って寒さから必死に身を守った。 季節は冬。 一年の終わりはもう近づいていた。 「お昼は……何を食べたい……?」 「マリン」 「聞いた私が……馬鹿だった……」 「ちょっとしたジョークだろ」 「ちなみに……肯定したら……?」 「なし崩し」 「ほらぁ……」 「愛してる。好きだぞ。マリン」 「あう……」 委縮。 わかってやってるビテンも大概だが。 「暖をとる魔術ってないのか?」 「聞いたこと……ないね……」 涼をとる魔術はある。 ウィンドと呼ばれる風を起こす魔術だ。 特に敵を吹っ飛ばすわけでも切り刻むわけでもない風を起こすだけの初級魔術ではあるが夏には欠かせない魔術でもある。 閑話休題。 カランカランとベルが鳴った。 「はーい……」 マリンが玄関対応をする。 招かれたのは一人の(女学院であるため当たり前だが)女子。 そこそこ顔の印刷もよろしいが、ビテンにとっては評価項目に値しない。 そも、 「黒髪黒眼の絶世の美少女マリン」 「白髪白眼の極限の美少女クズノ」 「赤髪赤眼の空前の美少女シダラ」 「青髪碧眼の絶後の美少女カイト」 「金髪金眼の不世出の美少女ユリス」 の美少女スーパー戦隊を組めそうな乙女たちと親しくしている。 今更女子の美醜に興味はなかった。 「どうぞ……」 とマリンがコーヒーをふるまう。 「ありがとうございます」 礼を言ってコーヒーに口をつける。 ビテンとマリンと女子とでダイニングのテーブルを囲む。 ビテンは瞳を閉じてコーヒーの甘さだけに意識を向けていた。 それは女子に対する明確な差別なのだが、そんな腹芸が通じるほど一般的に女子は聡くない。 というよりエル研究会の面々が聡すぎるだけの事なのだが。 「ビテン」 女子が切り出す。 「なんでやしょ?」 ビテンは相変わらず目を閉じたままだ。 「私を弟子に……!」 「嫌」 即答だった。 快刀乱麻。 一刀両断。 けんもほろろ。 一分の躊躇もない。 「何でですか?」 「めんどい」 ただ、それだけ。 「ふふっ……」 マリンが嫌味なく笑った。 無色透明の微笑。 ビテンが悪い意味でブレないのは当たり前だが、それに対する安心感故の笑みだった。 幼馴染特有のシンパシィ。 こればっかりはエル研究会の面々でさえ無理な話だ。 であれば対面している女子が理解できるはずもなかった。 「何か対価が必要ですか?」 「いらない」 ただ、それだけ。 ようやっと眼を開けるとマリンに視線をやって、 「コーヒーお代わり」 と言って、 「はいな……」 とマリンがキッチンに消えた後、 「あう」 マリンのような声を出しながら(当然ビテンは委縮しているわけもないのだが)クテッとダイニングテーブルに頭部をくっつけた。 要するにだらけたのだ。 「報酬なら支払います。これでも私の家はそこそこ裕福な貴族です」 「これでも俺は北の神国の枢機卿だ。金なんぞお布施って形で幾らでも入ってくる。しかもお布施には税金かからんぞ?」 「では体……とか」 「興味ないとは言わんが間に合ってるしなぁ」 少なくともエル研究会の面々は土下座すれば一発やらせてくれそうな雰囲気がある。 それを、 「ふしだらだ」 などと思いはしないが。 「魅力的な異性に惹かれるのは人の業」 というわけでビテンは色欲を否定はしない。 単に、 「童貞はマリンに捧げる」 といつもの病気を発症させてるだけである。 実にマリニズム。 「というわけで帰れ」 クテッと机に突っ伏してだらけたままビテンは簡素に言った。 「納得できません」 「納得させるつもりもないからな」 このビテンの厚顔さは付き合いが長くないと戸惑う他にない。 「私の何がダメなんですか?」 「鬱陶しい」 実にビテニズム。 「何か気に障ることをしましたか?」 「いいや?」 そこは違うとビテンは言う。 「では何故?」 「十二人目」 ボソリと。 「は?」 ポカンとする女子に、 「もしかしてそんな嘆願をしてきた人間が自分だけだとか思ってるのか?」 「違うの?」 「お前で十二人目だ」 「はい……。コーヒー……」 途中でマリンが話の腰を折る。 ビテンは突っ伏していた上半身を起こしてコーヒーカップを手に取ると、愛糖の入ったブラックを飲む。 「ん。美味い」 「恐悦至極……」 マリンが照れる。 「やっぱマリンは可愛いなぁ可愛いなぁ可愛いなぁ」 天然で言えるあたりがビテンのすごいところだろう。 「あの……。私は?」 「普通」 ただ、それだけ。 「…………」 責めるような視線を向けられたがその程度でビテンの面の皮を撃ち抜けるはずもなく。 「用件は済んだな。帰れ」 まったく取り合わずに容赦なく言ってのけた。 「あう……」 とマリン。 ビテンの素っ気なさに連帯責任を感じていた。 ビテンは、 「杞憂だ」 というが、そう割り切れる人間でないのは当人以上によく知る項目だ。 「少しくらい……アドバイスして……あげても……」 「意味ないからしない」 「あう……」 委縮するマリン。 ただしビテンの暴言に……ではない。 むしろビテンに一定の理があるからだ。 仮に他者があーしろこーしろと口にして魔術が覚えられるなら世話はないのである。 大陸魔術学院はアイリツ大陸の魔術を(一部を除き)網羅している。 こんな寮部屋まで来て御託を並べるより図書館にこもって堕天翻訳に精を出した方がよほど有意義だ。 と以上の事を皮肉たっぷりに改ざんされて言われれば女子としてはスゴスゴ帰るしかなくなる。 「気に病まないで……ください……」 マリンがそう言って送り出す。 「……っ!」 女子は恨めし気にマリンを睨んだ後、何も言わずに去っていった。 「恨まれたかな……?」 と訝しむ。 正解である。 基本的に『とある事実』からマリンが主でビテンが従なのだが、周りの女生徒たちはビテンが主でマリンが従と考えることが多い。 「マリンは豊富な魔術への造詣を持っている」 と、 「マリンはビテンといつも一緒にいる」 が合わされば、 「マリンだけがビテンに直接指導してもらっているから魔術への造詣が深い」 という三段論法が成り立つ。 学院の生徒らにして見ればあまりに恵まれた環境に見えるのだろう。 恨まれてやむなし。 ましてビテンが美少年と云うのも嫉妬に拍車をかけていた。 ビテンファンクラブにしてみれば許せない所業だろう。 だからどうしたというわけでもないのだが。 ビテンもその程度の悪意は悟れるが、 「見当違いにいちいち付き合っていられるか」 とマリンにぼやいたことがあった。 本気でそう思っているらしい。 実にビテニズム。 こういうところで一分もブレないのは良いことか悪いことか。 その是非は人によって変わってくるだろうが。 そんなことより、 「寒い」 ビテンには冬の気温こそ問題だった。 「何か燃やすものないか?」 「寮は……キッチン以外……火気厳禁……」 「じゃあ原っぱで焚火とか」 「多分……それも禁止……」 「だよなぁ」 ズズとマリンのコーヒーを味わうビテン。 マリンが昼食を作り、それを二人で食べ終わって食後のティータイムに入ると、またカランカランと玄関ベルが鳴った。 「またか」 これで十三人目。 「いい加減無理だとわかれ」 と云いたいが、それが通じないのも若さで。 結局先ほどのやり取りを繰り返す羽目になる。 |