とりあえず、 「大総統と話をつけにゃ終わらない」 ということがわかったためビテンたちは王都に向かった。 と云っても馬で旅するものではない。 別にそっちの手段を選んでもよかったが北西大陸にはアイリツ大陸では過去の遺産となり果てている転送の魔術が現在進行形で理解されているらしい。 無論のこと元華国からいきなり武国の王都に出向けるわけもないが、武国の占領した国々の転送魔法陣を次から次へと伝って武国の王都に辿りつくことは出来た。 その間に波乱万丈なストーリーが展開されたかと云うとそうでもない。 ビテンたちは誠心誠意(とは若干異なるが)心を尽くして話し合い、それぞれの国を治める将軍に許可をもらって転送に次ぐ転送の結果、王都へと……という次第だった。 ちなみに大総統閣下は不審な三人組が王都を目指していることは既に聞き知っているらしい。 その程度はマイナー魔術で把握できる。 とはいえビテンたちのやることも変わりゃしないのだが。 そしてその意図が存分に大総統に伝わっている以上、歓迎される道理もない。 本来の武国……その王都に辿りついて転送法陣から召喚されたビテンたちは剣刀槍戟を突きつけられてハンズアップした。 大総統がこちらの現状を把握している以上、要件は知れ渡っているとみて相違ない。 そして実際その通りだ。 本来なら、 「即死刑」 でもおかしくないのだが、ビテンたちに突き付けられた剣刀槍戟は威圧警戒以上の意味を持っていなかった。 そもそも、 「その剣刀槍戟で自分たちを傷つけるのは不可能だ」 という思考(確信とも云う)が根幹にあるため、不敵になるのも致しかたない。 一応のところハンズアップで降参の意を示したが、 「大総統閣下とお話ししたい」 と云って三人は憚らなかった。 そしてその通りに事が進んだ。 いくつかの条件がそれを可能とした。 手錠や首輪こそされなかったものの多数の兵士に剣刀槍戟を突きつけられたまま歩くというのも居心地が悪い。 ビテンがそう言うとマリンがインフェルノを唱える。 兵士たちの武器が急激な酸化によって消し炭へと変えられる。 木で出来た握りだけでなく刀身である金属まで漏れ無くだ。 「……っ!」 さすがに兵士たちは狼狽えたが、だからといってビテンたちを害そうとする者は出なかった。 「敵」 ……には違いないのだ。 実際に兵士たちは敵意を持っている。 だがそれは害意には繋がらない。 なんやかやと理屈をつけてはビテンたちを脅しはするものの実力行使にまでは至らない。 その原因の根幹を兵士たちは理解していなかった。 ともあれ王都である。 警戒されながら大総統の座す総統府へと向かうビテンたち。 門が開けられて中に入る。 状況がそれを許した。 仮に門が開かなくとも対処のしようは幾らでもあるが。 とんとん拍子で大総統との謁見までこぎつける。 「邪魔したいのに邪魔できない」 そして、 「その根幹を疑うことが出来ない」 それが何によるかなど明白だ。 ともあれ大総統との謁見。 当然女性だ。 白い髪に白い瞳のアルビノ(というには白髪白眼の人間はありふれているのだが)の美女が武威を発しながらビテンたちを見た。 大陸で最も覇を利かせている武国の総帥だ。 女性でありながら弱みが一切見当たらず、おそらく魔術にも長けているのだろう。 その程度は読み解けた。 「レコードを使えんかな?」 とビテンは思ったが不敬に値するだろう。 だからどうだというわけでもないのだが一定の遠慮をするビテン。 無遠慮を友にするビテンではあるが今回ばかりは空気を読んだ。 特に意味はないのだが、大総統に仕える臣下や兵士たちの視線が鬱陶しいからしょうがないという因果はある。 「そちらは如何な者か?」 大総統が問う。 「北の神国の教皇でぇす」 デミィが言った。 「その臣下の枢機卿だ」 ビテンが言った。 「あう……」 マリンはいつも通りに委縮。 多分一番の常識人はマリンだろう。 「北の神国か。そういえば元華国から兵士を派遣したはずだが?」 「「全滅させました」」 ビテンとデミィが異口同音。 ビシッとマリンを指さして、 「「こいつが」」 とまた異口同音。 「あう……」 とマリンがおろおろする。 当たり前だ。 精神的に脆いマリンにとっては無茶ぶりである。 知ったこっちゃないビテンとデミィではあるが。 「ほう?」 と大総統。 「肝が据わっておるな」 「どこを……どうみたら……」 恨めし気に(しかしてビテンにしてみれば愛らしく)大総統を見やるマリン。 「気に入った」 カラカラと笑う大総統に、 「何が……?」 委縮しながら問う。 「教皇猊下ならびに枢機卿猊下が丸腰で我が国を渡ってきたのだ。その誠意に応えようというのだ」 「はあ」 とぼんやり答えるトリオ。 「アイリツ大陸は北の神国……その教皇猊下よ」 「何でがしょ?」 「我が国に帰順せよ」 「出来るなら派遣兵全滅させたりしないわよ」 尤もである。 「自治権はそなたの裁量に任す。特例として税金も免除しよう」 「それだと武国に帰順しようがしまいが関係ないじゃん」 「代わりに我が兵力を貸してやる。そちらの魔女と我が国のマジカルアバドンを併用すればアイリツ大陸を併呑することも不可能ではあるまい?」 「つまり武国に帰順する代わりにアイリツ大陸をくださると?」 「そういうことだ。政治的圧力も度外視してやる。多少の関税はつけさせてもらうがその点については後の議論としよう」 「意外と寛容なんだな」 とっさの不敬罪。 臣下たちがざわついたが、 「よい」 と大総統が収める。 「元より今は教皇猊下と私は国のトップ同士。そこに優劣はない。ましてその枢機卿猊下ともなれば単純に尊敬に値する。不敬罪は成り立たん」 鶴の一声。 不満ながら臣下は口を閉じる。 「そちらの男も肝が据わっておるな」 「単に礼儀を知らないだけさ」 もういつも通りのビテンだった。 この場の空気にも馴染んだらしい。 もとよりビテンにとって、 「遠慮する」 ということはそう長くは続かない。 エル研究会発足時のユリスとの対面を顧みてもそれは事実だ。 「面白い男だ。魔術を使えない劣等種がよくもほざく」 「ま、色々ありまして」 魔術師だと告げるのも何なので腹芸を駆使するビテンであった。 「それでデミウルゴス教皇猊下。私の提案はどうかや?」 「謹んでお断りします」 いっそ朗らかにデミィは言った。 「そうか。ここで殺されてもか?」 「やれるものならやってみろ」 明々白々な……それは挑発。 敵意が熱気を伴ってビテンとマリンとデミィに刺さる。 「あう……」 とマリンが気圧されるが、 「よしよし。大丈夫なのはわかってるだろ?」 ビテンが優しく頭を撫でて言った。 「あう……」 と一定の納得をするマリン。 「可愛い可愛い」 「あうぅぅ……」 プシューと茹だるマリンであった。 ところで謁見の間の臣下たちは敵意こそ持てども、それが害意や殺意にまでは発展しなかった。 というかそもそも色々な武国に占領された各地方を回って将軍に謁見し、転送魔法陣によってワープする権利をもぎ取り、なおかつ不遜にも大総統と顔をあわせるにいたって、『まったくの無傷でことを成し遂げる』ということが有りえないのである。 当然それによる暗殺から毒殺まで有りえない話ではない。 しかしてビテンたちにしてみれば、 「それをこそ有りえない」 と云える。 エンシェントレコードの無の章。 魔術をキャンセルするゼロ。 ゼロを範囲魔術としたゼロフィールド。 対象を無に帰すアブソリュートゼロ。 そこに加えられる四番目の魔術。 北の神国における秘中の秘……『アブソリュートフィールド』が不遜の根底にある。 神語を訳すところの『絶対領域』。 即ちアブソリュートフィールドの根幹は、 「無敵」 というレッテルに相違ない。 アブソリュートフィールドを展開しても筋力が上がるわけではない。 運動能力や思考能力が強化されるわけでもない。 まして魔術の精度や威力が上がるわけでもない。 基本的にスペックそのものは何も変わらない。 そもそもにして無敵とは何か? 圧倒的な力で蹂躙するのは最強ではあろう。 しかしてどんな英雄も時にコロッと暗殺される。 では無敵とは……アブソリュートフィールドとは……一体何か? 結論は至極簡単。 「自身に対する物理的に不利な状況の因果が発生しない」 に尽きる。 それがビテンとマリンとデミィが展開しているアブソリュートフィールドの効果。 要するに敵対するという因果そのものが発生しない。 敵を作らない。 故に『無敵』である。 デミィがお供も連れずに遊びに出掛けるのも全てこのアブソリュートフィールドの恩恵有ったらばこそだ。 デミィがアブソリュートフィールドを展開している限り誰も彼もがデミィに害を成せない。 ことほど左様に無敵の魔術であるから、 「武国数万の軍勢に対してアブソリュートフィールドを使える三名のみで武国大総統の謁見が叶った」 と、そういうわけだ。 「さて、ではこちらから問おうかな?」 「何をだ?」 「華国の領土返還。および永久的不可侵条約の提携。少なくとも大総統の命がある限りにおいて華国を認めて侵略しない。その言質が欲しいの」 「不遜なことを云うな」 「恐れ入るね」 「呑まなかった場合どうなる?」 「大総統の首を挿げ替えて同じ要求をするだけよ」 「では殺され損だな」 「ええ」 冬に入ったこの星で、春爛漫の笑顔を見せるデミィだった。 こうして大陸間戦争の決着はついた。 華国にとっては北の神国に盛大な借りを作ったのは確かだが、領土返還には大いな意義を持つ。 武国大総統の鶴の一声で華国の返還並びに不可侵条約の締結が為され、北の神国は華国に対して関税で有利となる。 一人(一国)武国が貧乏くじを引いたのだが、もとより華国は意義のある占領ではなかった。 アイリツ大陸攻略の足掛かりとして占領されたもので、それも不可能と覚れば特に領土返還に躊躇はない。 まして悟られてはいないがアブソリュートフィールドがある限りイニシアチブは北の神国にある。 原理はわからずとも北の神国に、一国に勝る一人が少なくとも三人以上いることは確定だ。 争うことこそ無意義と云える。 であれば穏便に華国の領土を返すのが武国にとって最も理に叶った選択なのは言うまでもない。 |