ダ・カーポ

異国文化


 馬で四日。
 元華国の王都についた。
 市場は展開こそされているものの活気がない。
 しょうがない理由はある。
 基本的に領土制圧をした場合、
「国家そのものを存続させて政府本営を帰順させるか」
「こちら(この場合は武国)から政治屋を送り込んで圧政を強いるか」
 この二つに一つだ。
 そして武国は後者を取った。
 長い目で見れば実は前者の方が国家としての運営自体は有益だ。
 こことは違う異世界においてもソレは証明されている。
 しかし武国は軍国主義者が政を取り仕切っており半永久的な支配と領土拡張を目指しているため、そういうスピードを取るのなら後者が圧倒的に話が早いのもまた事実。
 当然中心となるのは武国であるため、北西大陸の武国及び属国は武国に近いほど富が集まり、離れるほど餓える者が増える。
 要するに大名行列の原理だ。
 遠くの属国が金と力を持てば反逆(レコンキスタ)に奔るかもしれないと武国の中心は思わざるを得ない。
 であるため枕を高くして寝るには武国から遠い地ほど重税がかけられるのだ。
 そんなわけで元華国領が重税の対象に苦しんでおり華やかなりしとならないのには以上の理由が挙げられる。
 そもそもにして餓えさせすぎても「窮鼠猫を噛む」になってしまうため、真綿で首を絞めつま先立ちでようやっと息が出来るくらいの処遇でちょうどいいのはビテンとて理解はしている。
 そんなことを云えばどこの国だって同じなのだが。
 さて、
「将軍に会う前に茶にしよう」
 とビテンが言って、
「賛成」
 とマリンとデミィが首肯した。
 とりあえず目についた喫茶店に入ると、
「お帰りなさいませご主人様!」
 メイド服に身を包んだ美少女の給仕が溌剌な声で歓迎してきた。
「?」
 ビテンおよびマリンおよびデミィは首を傾げるほかない。
「ご主人様及びお嬢様三名ごあんなーい!」
 やはり首を傾げる他ない。
 ともあれ案内された席に着き、お品書きを見ると、
「愛情たっぷりオムライス」
「お兄ちゃん専用カレー」
「マナの樹液のジュース」
 等々正気を疑うメニュー名が並んでいた。
「ご帰宅ありがとうございますご主人様、お嬢様! なにか呼び方にオーダーは有りますか?」
「呼び方?」
「私どものお客様に対する呼び方です。例えば男の方ならご主人様からお兄ちゃん、パパから旦那様まで色々と取り揃えておりますが」
「風俗?」
「メイド喫茶です!」
「メイド……喫茶……?」
「こういったサービスは初めてですか?」
「ああ、はい。田舎の出ですので」
 いつもの無遠慮かつズケズケとしたものの言い方がビテンには出来ない。
 場の空気に圧倒されて自身が正気か疑うレベルだ。
「メイド喫茶と云うものはですね――割愛――というサービスです」
「なるほど。ではお兄ちゃんで」
「わかりましたにゃんお兄ちゃん。何でも妹にお願いしてね?」
「とりあえずコーヒー」
「私は……紅茶で……」
「私も紅茶」
「了解しましたお嬢様がた。それでは誠意を込めて準備させてもらいます」
 そしてウェイトレスは去っていった。
「…………」
「…………」
 マリンとデミィはビテンにジト目を送った。
「なんだよ?」
「妹萌え?」
「なんだよ。悪いのか?」
 心底不思議そうにビテンは言う。
「妹を持っていない男性にとって妹と云う概念は信仰に値する」
 これが本音だからタチが悪い。
「私も……お兄ちゃんって……呼んだ方が……良いの……?」
「いやぁ……さすがに……」
「あう……」
「それにしてもメイド喫茶……ね。風俗ほどいやらしくないしサービス業としては一定の理屈があるじゃん。帰ったら神都にも開かせましょう」
「異国文化に触れる良い機会だったな」
「ただしお兄ちゃんは無しで」
「何でだ!?」
「ビテンがデレデレして良いのは私とマリンだけだから」
「妹愛は恋慕の感情じゃないぞ。あえて云うのなら自然の雄大さに感激することと同義だ」
「違うわよ」
「あう……」
 ウェイトレスが聞き間違いかととれるような媚び媚びの言葉と共にコーヒーと紅茶を差し出す。
「お兄ちゃん? ミルクと砂糖は入れるかにゃん? 入れるなら私が混ぜ混ぜしてあげるにゃよ?」
「有難い申し出だがブラックでいい」
「お嬢様がたはどういたしましょう? ミルクと砂糖をこちらで混ぜ混ぜできますが」
「キャラ変わってんぞ」
 とツッコむのが野暮なことは初めてのメイド喫茶でも把握できるビテンだった。
「遠慮します……」
「私も」
「ではまた何かありましたら遠慮なくお命じください。お兄ちゃん、待ってるにゃん」
 そう言ってウェイトレスは下がった。
「ビテン?」
「なんだ?」
「後で国政会議ね」
「そんなに妹萌えは禁則か?」
「当たり前じゃん」
 当たり前らしかった。

    *

 ともあれ一般より五割増しなコーヒー紅茶代を支払ってメイド喫茶を出ると、ビテンたちは王城へと向かった。
「高いな」
 城壁が、である。
 周りには兵士がうろついている。
 ちなみに市場は既に背景としても映っていない。
 剣や斧が金銭取引を台無しにするため出来るだけ軍力の中枢から市場が身を避けるのは自明の理だ。
 温和な国なら有りえない情景だが、軍事侵略を常とする国ならば端に行くほどこうなる。
 というのもおそらく元華国の王城に居座って支配している武国の将軍は出世を絶たれた島流しなのだろう。
「華国の統治権をやるから頑張ってね」
 との御触れに従って華国を侵略統治している次第であることはビテンたちにも容易に想像がついた。
 一国の王にはなれるわけだが大陸の半島国家となれば辺境も辺境。
 大陸中央でブイブイいわせている武国にしてみれば窓際族もいいところだ。
 心中察するにやぶさかではないが、ビテンたちにしてみればさらに追い打ちをかける……というか死体に鞭打つ行為であるのもまた事実。
「南無」
 王城に向かって一拍するとビテンは拝んだ。
「で、どうするの?」
 と尋ねたデミィであるが、あくまでこれは様式美。
「正面突破」
 さも平然とビテンは言い、マリンにお願いした。
「よろしく」
 ビテンとマリンはアイリツ大陸を船で出る前から既にラインの魔術でキャパ共有を行っている。
 であるためマリンも現時点においてキャパを多有していることに他ならない。
「我が目は万里を睥睨す。大火の地獄よ。救い無きことを世に現せ」
 それはクレアボヤンスの魔術と南の王国の禁忌魔術……インフェルノ。
 クレアボヤンスの説明は割愛。
 インフェルノは範囲魔術であるがために、指定した範囲の物質を強制的に酸化させて劣化を促す魔術。
 当然大量虐殺に使われるための禁忌魔術ではあるがマリンは人を殺さなかった。
 正確には殺せなかったのだがそれはともあれ今回の対象は城壁と兵士の装備一覧である。
 兵士たちは何が起こったのかわからなかっただろう。
 いきなり自分たちが装備している武器や防具が塵と消えて、同じ状況が城壁にも発生したのだから。
「さて、行くか」
 特に気負いもなくビテンはマリンとデミィを引き連れて城壁のなくなった元華国の王城へと侵入を果たした。
 当然兵士たちが見守るはずもないが、
「止まれ!」
 と警告こそするものの止めるには至らない。
 これには理由があるが割愛。
「よ、将軍」
 ビテンたちはいともあっさりと将軍の座る王座……その設えてある謁見の間に辿り着いた。
 あたりには敵意満面の臣下たち。
 ビテンたちは囲まれていたが飄々としていた。
 マリンだけは、
「あう……」
 と気圧されていたが黒い瞳には余裕を隠せてはいない。
 城壁と兵力を奪い、なおかつ敵の懐に跳び込んだにしてはビテンとマリンとデミィのトリオには屈託や遠慮がない。
「……何の用だ?」
 渋い顔で問う元華国領……その統治者の問いに、
「武国巡礼の旅人です」
 たわけたことを平然と口にするビテン。
 あながち嘘でもない辺りタチが悪いとしか言いようがない。
「とりあえず武国領となったこの地を華国に返還してもらいたい」
「冗談を言うな」
「心底本気だがなぁ」
 ぼんやりとビテン。
 今にも殺さんばかりの視線を兵士や臣下や将軍が突き刺してくるがビテンたちに怯えはない。
 そもそもにして許可もなく無傷で謁見にたどり着き、なお挑発してさえ誰もビテンたちに危害を加えない……ということに不思議がる人間はいなかった。
「あんたたちが華国を占領したせいでこっちで華国の亡命政府を造ってタダ飯食わせてるんだから。ちったぁ常識も備えなさいよ」
 デミィは肩をすくめる。
「馬鹿かお前らは?」
 というニュアンスを隠そうともしていない。
「武国は大陸を掌握する。その提案は呑めない」
「死んでもか?」
「私に傷一つつければお前たちの命はそれまでだぞ」
「多分こっちが勝つと思うがなぁ」
「その自信の根拠は何だ?」
「だって派遣されたマジカルアバドンを殲滅したのは俺らだし。ついでにここの城壁と兵士の装備を劣化させたのも俺たち。後者についてはあくまで穏便な話し合いのためにそうしただけであって人体に影響を及ぼすことも出来るぞ?」
 前者もそうだがな、と嘯く。
「呪文を紡ぎ終える前に殺される……とは思わないんだな……」
「まぁな。で……華国に統治権を返せ。あるいは死ぬか?」
「先にも言ったように武国は大陸を併呑する意思を持つ。私如きの権限でとやかく言えはしない。領地の返還を望むなら大総統閣下に具申してもらわねば」
「窓際族め」
「否定はしない」
 目を細めながら将軍。
 将軍は将軍で苦労人らしかった。
「武国の王都に渡りをつけてくれ」
「無理だ」
「じゃあここで死ぬか?」
「それは困る」
 将軍は嘆息した。
 結局結論は決まり切っているのだった。
 南無。

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