ビテンとマリンとコーヒー。 いつものやり取りがそこにあった。 で、コーヒーを飲みながら寒さに打ち震えるビテン。 学ランの上からコートを羽織っているが寒さ自体は如何ともしがたい。 冬の到来だった。 ユリスが北の神国出張から帰ってきてエル研究会の活動は再開されたが、それはそれとして今は朝。 冷え込む時間帯であるため恒温動物であるにも関わらずビテンの動きは鈍い。 春の快活さと秋ののんべんだらりをこよなく愛するビテンにとって夏と冬は一種の試練だ。 寮部屋であるため煙突はつけられず、暖炉は存在しない。 そんなわけで、 「外に出たくない」 とビテンは駄々をこねるのだった。 「ダメ……」 とマリンにばっさり切りつけられたが。 とまれマリンの用意したホットコーヒーを飲んで体の芯から温めると、 「結局何だったんだろうな?」 ビテンは首を傾げた。 「何が……?」 とマリンも首を傾げる。 「いや。ユリスの用事」 「ああ……」 北の神国へ出張。 その目的はまだ聞いていない。 言った傍からアレだがビテン自身には興味もない。 たんなる四方山話である。 「でも……」 マリンは声を潜めた。 「戦争が嫌いなユリスが……呼び出されて応じたってことは……」 「面倒事か」 「あう……」 暗澹たる気分になったのは何もビテンだけではないらしかった。 「とりあえず今日はどうする?」 話題転換。 「ここでアレコレ言ってても始まらない」 というのがその理由。 「クズノの講義が……昼で終わるから……その後エル研究会……」 「寒いから外に出たくないんだがな」 「飛天図書館なら適温」 「まぁそうだが」 飛天図書館は外界と隔絶されているため室温は外気や季節に影響されないという利点を持つ。 「じゃあ午前はイチャつこうぜ」 「ダメ……」 「ツンデレめ」 「違う……」 「好きなのに素直になれないんだろ?」 「あう……」 ビテンはニヤニヤと笑う。 まいってしまっているマリンというのも趣があった。 もっとも虐める趣味はないため即刻換気はしたのだが。 「で」 とビテン。 「マリンとイチャつけないなら何するべきか?」 「禁忌魔術の……翻訳……」 「それは今もやってる。マリンもそうだろ?」 「そうだけど……」 とかく、 「開いた口が塞がらない」 とでもいうべきスペックの持ち主たちだった。 あれやこれやとマリンと仲良く蜜月を過ごしたいと主張するビテンに、マリンが怯みながら反論していると、カランカランと玄関ベルが鳴った。 マリンが応対する。 「はい……」 「やっほ」 「げ」 最後の言はビテンである。 「やっほ」 の声の主はマリンに抱き着いて頬に頬を当てて親愛の情を示すと、 「ビテンも久しぶり!」 気安く寮部屋に入ってきた。 桜色の髪に桜色の瞳を持った美少女。 「デミィ……」 デミィ。 真名をデミウルゴスという。 若いながら北の神国の教皇猊下。 つまり北の神国のトップであった。 ビテンとマリンは北の神国の枢機卿の家で育ったためデミィとは幼馴染……とは先述した。 ビテンはデミィが苦手だ。 エル研究会の面々は乙女心丸出しだが、デミィは俗物丸出しなのだ。 「ビテンの正妻はマリンでいいから私を愛人にして」 と正々堂々言ってくる御仁である。 アタマのズツウがイタくなるのも必然だ。 とかくビテンとマリンとに好意を示す教皇猊下であった。 ちなみに本当にデミィの言の通りになればビテンは一国を差配できるのだが、そんな欲望なぞ持ちようもない。 およそ栄誉や名誉とはかかわりのない無精者だ。 代わりとばかりにデミウルゴス教皇猊下にしゃらくさい口もきけるのだが。 「なんでお前がここに?」 根本的な疑問。 「まぁちょっと面倒事でね」 「おおよそ俺に関わりの無いことだろうな?」 「ごめん」 「マリン。逃げるぞ」 「アイリツ大陸の……どこに……?」 「むぅ」 そもそもにして一人殲滅機関ともなれば何処に行こうと大差ないと的確なツッコミがボディブローのように打ちのめす。 どうやらビテンはそういう星の下に生まれついたらしかった。 * 「うーん。美味しい!」 ケーキを食べてキャッキャとはしゃぐデミィ。 「だね……」 マリンも調子を合わせる。 「…………」 ビテンは一人コーヒーを飲んでいる。 先日カイトとのデートで来たケーキ屋の暖簾をくぐったのだ。 デミィもご満悦と云った様子であった。 このトリオにおいて圧迫感を覚えているのはビテンのみである。 マリンとデミィは互いにケーキを批評したり食べさせ合いっこしたりと楽しんでいた。 ウェイトレスの口の端が引きつっているのをビテンは見て取る。 仮に非礼があればギロチン刑もありうるのだ。 何せ相手は北の神国の教皇猊下。 「プレッシャーを感じるな」 という方が無理筋である。 幾分かしこまってウェイトレスは接客に従事する。 「モンブラン」 「ティラミス」 「太るぞ」 最後の言は当然ビテン。 無粋を友とする……らしい言だった。 「ちゃんとカロリーは計算しているから大丈夫っ」 そんな戯言は今回においては聞き流す。 「で、何したいんだお前は?」 「ビテンとデート!」 「恐悦至極」 型どおりの言葉しか紡がない。 「マリンとも遊びたかったしね」 「何時でも……歓迎……」 「でもマリンだってビテンと二人きりがいいでしょ?」 「あう……」 「うん。正妻の貫禄」 「側室を作る気はねーぞ?」 「ダメです」 「何でお前が差配する?」 「ビテンには教皇猊下代理になってもらいますから」 さらりとデミィは口にする。 「国際問題だぞオイ」 ビテンとて口の端が引くつくこともある。 コーヒーを飲んで落ち着く。 「なんだかねぇ」 「側室でいいから」 「それはそれで十三階段が近そうだが……」 ビテンは、 「苦虫を……」 な顔をする。 「だいじょぶだいじょぶ」 「その根拠は何だ?」 「私がビテンを好きだから」 「…………」 もはや理論にさえなっていなかった。 「期待した俺が馬鹿だった」 と黒い瞳で語るビテン。 元より乙女理論は筋が通らないことが多いのは実感として知っているのだが、それでも祖国のトップがこの調子……というのは疲労が倍加して不自然じゃない。 「婿候補なら幾らでも来てるんじゃないか?」 この程度の嫌味は許されるだろう。 「ま〜ね〜」 デミィはさっぱりと言った。 こういった状況では良い性格をしている。 ケーキをもしゃもしゃ。 「でも私はビテンが好きだから」 「恐悦至極」 コーヒーの苦みが状況を表しているように思える。 「マリンはどう思う?」 「あう……」 赤面。 「良いと……思うよ……?」 「だよね!」 デミィが嬉しそうに反応して、 「ツンデレめ」 ビテンが瞼を細めて皮肉った。 「3Pしようよ3P!」 「言葉に責任持っとんのかいお前は」 疲労故に呆れ果てるビテン。 「ビテンとの子供が次の教皇猊下……っ」 「お願いですから声のトーンを落としてもらえますか?」 ビテンにしてみれば割腹ものだ。 誰も介錯はしないだろうが。 こういうイケイケの性格はデミィの美点であり欠点でもある。 美少女に振り回されているという側面もないではないが。 それにしてもデミィは実直すぎた。 それを指摘したところで無意味であるからビテンはコーヒーを飲むのだが。 「嫌な予感」 と云うものをビテンは感じていた。 勘の聡さは一級品だが、背景までは掴めていない。 それも後日にはわかることなのだが。 ともあれ今はマリンとデミィと二股デートに終始する。 「ビテン。あーん」 「あーん」 燕の雛の如くケーキを食べさせられる。 それだけで、 「えへへぇ」 とデミィが幸せそうに笑うのだ。 「できればこんな日常が以後続きますように」 と空を見上げて天空の支配人にお願いする。 無理な相談ではあるのだが。 |