学院の昼休み。 ビテンたちは案の定いつもの原っぱで昼食をとっていた。 今日の担当はマリンである。 とは言ってもサンドイッチなのだが。 それでも誰とは言わないがマリニストにとっては黄金にも勝る価値がある。 質素だが丁寧に。 かつ愛情を込めて。 そんなサンドイッチにビテンは舌鼓を打つ。 「マリンは俺の良いお嫁さんになるな」 「あう……」 照れ照れ。 そんな羞恥すら愛らしい。 そんなこんなで昼食を終えると、お茶の時間となった。 「我は神の一端に触れる者。世界を調律しここに示す」 アナザーワールドの呪文。 ビテンたちは飛天図書館に転移した。 「マリン〜。コ〜ヒ〜」 「はいな……」 いつものやりとり。 もはや夫婦漫才の域にある。 「あう……。クズノと……カイトは……?」 「いただきますわ」 「お願いするよ」 「うん……」 首肯してマリンはコーヒーを淹れる。 ちなみにエル研究会メンバー……セクステットの内シダラとユリスはこの場にいない。 ユリスは北の神国から呼び出されて出張中。 シダラここ最近姿を見なかった。 マリンの淹れてくれたコーヒーを飲みながら会話思案する。 「シダラは何をしているのでしょう?」 「風邪でもひいたんじゃね?」 「見舞いに行った方がいいのかな?」 「あう……」 一応義理というものがある。 ビテンなどは、 「しがらみだ」 と切って捨てるだろうが、マリンが心を痛めていることに関してのみ意識が向く。 「見舞いねぇ」 コーヒーを飲みながらぼんやりとビテン。 「風邪と決まったわけでもないでしょうに」 「でも何かしらあったのは事実だと思うのだがね。シダラはビテンにお熱だ。それをほっぽりだしてまで……とは考えにくい」 「さすが」 嫌味のスパイスの効いたビテンの一言。 残念ながらカイトには通じなかったが。 コーヒーを飲む。 「まぁ寮は相部屋だしルームメイトがどうにかするだろ」 「でも明日……日曜日はシダラとデートですわよね?」 「俺としてはマリンとデートの予定なんだが」 「あう……」 プシュー。 「シダラは?」 「付き添い」 全く容赦がなかった。 仮に当人が目の前にいてもそう言ったことだろう。 それくらいはある程度の付き合いでクズノとカイトにもわかられている。 マリンは元から知っている。 無遠慮。 無粋。 ものぐさ。 ビテンにおける三種の神器だ。 さて、 「コーヒーお代わり」 「はいな……」 またしてもマリンをあごで使う。 それに対して嬉しそうなマリンだから救いようがない。 ある種のウィンウィンな関係だ。 形而上的な損益ではあるが。 「しっかし……」 とこれはクズノ。 「改めて見ると有り得ませんわねビテンは」 「何が?」 「記憶の蔵書量が、ですわ」 いつもはエル研究会の活動で意識を向けることがなかった……というと言い過ぎではあるのだが、ともあれあえて触れる話題でもなかった。 最初の頃こそ驚いていたもののエル研究会の活動によってビテンとマリンを除くカルテットは、 「こんなもの」 という意識にすり替わっていた。 であるためゆったりと飛天図書館でくつろぐと、その魔術図書館の異様性は嫌でも際立つものだ。 「どんな頭してるんですの?」 「目の前に陳列されてるだろーが」 ビテンの言うことももっともである。 「こうなると抜け駆けしたくなりますわね」 カルテットだけでエル研究会を、と言っているのだ。 ビテンにしてみれば、 「していなかったのか」 という思念での感想。 マリンは、 「あう……」 と委縮。 二人そろって規格外の情報量を持つ上級および特級に分類される魔術の翻訳を脳内で完結させているのだ。 抜け駆けというならこれ以上はないだろう。 「案外シダラも抜け駆けしていたりしてな」 「あ〜……」 「たしかに」 「あう……」 その通りだった。 * で、次の日。 日曜日。 ビテンは十二時までぐっすり快眠を貪って、すっきりと起きる。 マリンには、 「昼まで起こすな」 と云い含めてあったのでこのような形と相成った。 それから昼食……グラノーラをバリボリ食べながら言う。 「今日はデートだな」 「あう……」 照れ照れ。 「シダラも……気にしないと……ダメだよ……?」 「マリンはそれでいいのか?」 「あう……」 「こんな消極的なツンデレは珍しいな」 わかっていたことではあるが。 ガリガリとグラノーラをかみ砕いて昼食を終える。 「とりあえずシダラんとこに顔を出さにゃな」 そういうことだった。 テキパキと準備をして、 「シ〜ダ〜ラ〜。あっそびっましょっ」 シダラの寮部屋の門を叩いた。 カチャリと扉が開けられる。 どんよりとしたオーラを纏ったシダラが現れた。 「当方に何用っすか?」 「デートの約束忘れたのか?」 「あ」 忘れていたらしい。 「ちょっと待っていてほしいっす!」 バタンと扉が閉められる。 十分後。 ジャケットにジーパン姿のシダラが現れた。 炎の様に赤い髪とルビーの様に鮮烈な瞳。 服装と相まってワイルドな感じが出ていた。 「おまたっす」 「別に無理せんでもいいんだが」 「ビテンとのデートで無理するなは無茶ぶりっすよ?」 「さいでっか」 特に感銘も受けずサラリと流す。 「あう……。同感……」 「光栄だ」 特に感銘を受けて嬉しがる。 実にマリニズム。 「なんで当方の時は素っ気ないのにマリンの時は嬉しそうなんすか……」 「可愛いから」 さも当たり前とビテン。 「当方だって少しは自負があるっすけど」 「ああ。美少女だ」 特に遠慮も恐縮もなく認める。 こういう時は例外で無遠慮も有利に働く。 だから何だというわけでもないが。 「二人は昼食済ませたっすか?」 「ああ」 「うん……」 「当方まだなんすよね。喫茶店に行きませんっすか? 昼食をとれるような喫茶店……」 「賛成」 「賛成……」 満場一致で方針が決まった。 学院街に出向くビテンたち。 オムライスが美味しいことで有名なとある喫茶店に入り、ビテンはコーヒーを、マリンは紅茶を、シダラはオムライスとコーヒーを頼んだ。 「ところで」 とこれはビテン。 「ここ最近見なかったが何してたんだ?」 「見かけなかったっすか?」 「自覚が無いのかよ……」 「言われてみれば……ずっと机にかじりついていたっすねぇ……。だいたいどれくらい当方を見てなかったっすか?」 「三、四日ってところだな」 「ありゃ。そんなに」 「で、先の質問に戻るが何してたんだ」 「エル研究会の一人活動」 「成果は?」 「メギドフレイムの修了」 「ほう?」 ビテンが目を細めた。 「あう……」 マリンは狼狽えていた。 「翻訳および記憶まであとちょっととなると止めるに止められず。いやはは。申し訳ないっす」 「構わんよ。元よりエル研究会が活動凍結中だから自身だけで魔術の研鑽を積むのは自然な成り行きだ。いっそあのままデートの約束を反故に出来たんじゃないかと思うと多少悔やまれるがな」 「失礼すぎっす!」 「今頃気づいたのか?」 まったく悪びれた様子もない。 実にビテニズム。 「強力だろう?」 「ええ。当方の手には余るっす」 メギドフレイムの件である。 「お前が使うべきだと判断したときに使えばそれでいいさ。魔術自体に罪はない。行使する者にこそ責任が発生する……なんてな」 「ビテンが……それを言う……?」 マリンも中々に辛辣だ。 義務と責任と努力をこよなく憎むビテンの口から責任なんて言葉が出た時点でうさんくささ百パーセントである。 ウェイトレスに差し出されたオムライスをがつがつ食べながらシダラが今日の予定について聞く。 「どこか行きたいところあるっすか?」 「マリンと一緒ならどこでもいいぞ」 「ビテンと一緒なら……どこでも……」 考えうる限り最低の答えだった。 シダラがジト目にもなろうと云うものだ。 あまりの疎外感を覚えるシダラではあったが、当人らが天然で言っていることを重々承知しているためツッコミは野暮……というより事実確認以上のものとならないことを理解はしていた。 「じゃあ劇場に行きましょうっす。『ろみじゅりっ!』って悲恋劇が噂になっているそうで」 そういうことになるのだった。 |