ダ・カーポ

カイト事情


「はい。ビテン。あーん」
「あーん」
 毎度ながらカイトに餌付けされているビテンであった。
 従事を取られた形になるがマリン自体はニコニコしていた。
 ある日の昼食。
 ユリスを除くエル研究会がいつもの原っぱで仲を深めていた。
 道行く女生徒たちは胡乱と嫉妬と羨望と憎悪と他幾つかの感情でその光景を見ていたが、反思想の代表と決闘して我を通した分だけビテンたちに有利な状況であると言える。
 ぶっちゃけた話ビテンがいつものメンツとイチャついているということなのだが。
 ビテンがマリニストであることを最も憂えているのがマリンであるため、他の女の子(というか学院の生徒にはビテン以外女子しかいないのだが)と仲良くする光景は微笑みを誘うのだろう。
 内心嫉妬してはいもするが、この二律背反はマリンにとって長い付き合いである。
 今更と云えば今更。
 だからとて割り切ったり出来ないこともまた事実。
 そう簡単に割り切れる問題ならば今頃マリンはビテンにとっての恋人か他人となっていただろう。
 付かず離れず。
 逃げ水にも例えられる関係がビテンとマリンである。
 ちなみにこの苦悩そのものはビテンにも一定の理解があるが、
「相思相愛だから何時かは」
 と結果を軽んじてるあたり、実にビテニズム。
 ともあれ、
「ビテン。あーん」
「あーん」
 やっぱりカイトに餌付けされるビテンであった。
 今日は雑穀米のおにぎりとフルーツサラダ。
 後は水筒に冷えたスープ。
 以上。
「愛妻弁当」
 とクズノとシダラが危惧するが、当人にとっては大真面目に友誼を深める手段としか捉えられていない。
 カイトを見て、
「へぇ」
 としか感想を持たないからこそカイトはビテンを気に入ったのだから。
 腹八分ほど食事を胃に押し込んだところで食後の冷スープを飲む。
 野菜出汁のソレだ。
 碧眼が覗き込むように光る。
「美味しいかい?」
「美味い」
 言ってスープを飲む。
「そうならば嬉しいね。えへへ」
 心底幸せそうに笑うカイトだった。
「…………」
 ビテンはだんまりとしてスープを飲むに終始する。
 カイトの気持ちが何処にあるのかわからないためだ。
 マリニストとしてはどちらでも構わないのだが、マリンの機嫌を窺うという意味では大層な危機ともとれる。
 マリンはニコニコ。
「…………」
 魚の小骨を気にする程度くらいにはビテンとて気にする。
 かといって改めるかというとそうでもないが。
 特に嫉妬という感情は(マリン限定で)愛らしいものだ。
 嫌われない程度ならば、という条件付きだが。
「ビテン。ビテン」
「なんだ?」
 カイトの言葉にそっけなく。
「学院街に新しいケーキ屋さんが出来たんだ。一緒に行かないかい?」
「マリンが行くなら行く」
「マリン?」
「あう……。大丈夫……」
「そうかい。良かったよ。では今日のシェスタにでもすぐに行こう」
「了解」
「わかったよ……」
 ビテンとマリンが二人揃って頷く。
「ビテン」
「ビテン」
「却下。先送りにしてくれ」
 クズノとシダラの言葉を断ち切るビテン。
「まだ何も言ってませんわ」
「そうっす」
「どうせ俺とデートしたいんだろ?」
 遠慮の欠片もない不遜な物言いだった。
 虚しいことに事実だが。
「むぅ」
「あうっす」
「日を改めてな?」
「じゃあ今度の日曜日!」
「当方も後日絶対っす!」
「相承ったよ」
「言ってて何ですけど本当に良いんですの?」
 クズノはちらりとマリンを見やる。
 マリンには通じなかったがビテンには通じた。
「そっちについての心配は杞憂だな」
「そうなんですの?」
「どうにもならん状況なのは見て取れるだろ?」
「不本意ですわ」
「とは言われてもなぁ」
 ビテンのマリニズムは今に始まったことじゃない。
「何のお話……?」
 やっぱりマリンはわかっていなかった。
「マリンを一番愛してるぜってお話」
「あう……」
 プシューと茹だる平常運転のマリンだった。
「ビテンのマリニズムは……どうにかならないの……?」
「なるなら苦労はせんが」
 元より、
「お前が言うな」
 と反論すべき事項だ。
 認識しているのはマリンだけで、そのマリンが口を閉ざしているため誰もツッコミは出来ないわけだが。

    *

 そんなわけで、
「ユリスの居ぬ間に」
 と相成った。
 ビテン(マリン付き)がクズノとシダラとカイトとデートするという企画だ。
 二週間ほどユリスは帰ってこないらしく、その間はエル研究会の活動は凍結される。
 代わりとばかりに花の乙女は想い人に、
「仲睦まじくしましょう」
 と寄り添うわけだった。
 そんなこんなで最初はカイト。
 夕方の寒さ対策だろう薄手のジャケットに秋らしい服装を組み合わせていた。
「じゃ、行こっか」
 そう言ってビテンの左手を自身の右手で握る。
 ちなみにビテンの右手はマリンの左手と握られている。
 三者三様に魅力的な印刷であるため……なお有名人でもあるため……学院街の注目を集める。
 学生服を着ていなくとも学院生だとわかるため市場での融通は利いた。
 新しくできたケーキ屋もビテンたちに請求書を出すことはしなかった。
「ん〜。美味しい」
「美味しい……ね……」
 カイトとマリンは舌鼓を打っている。
 ビテンは一人コーヒーを飲んでいた。
 特にケーキが食べられないわけではない。
 甘味はビテンにとっても誘惑される物だ。
 単に、
「今日は気が乗らない」
 というだけである。
「一応周りに合わせて自身も注文だけはする」
 などという空気の読み方をビテンはしない。
 無遠慮とものぐさの連合軍はこういった場合自ら不利の墓穴を掘る。
「…………」
 特に気にするビテンでもないが。
「本当にビテンはいいのかい?」
 カイトが、
「美味しいのに……」
 と思案気に。
「アレなら気が乗った時にまた連れてきてくれ。そしたら共有できるだろうよ」
「あはは。照れるね」
 くっくとカイトが笑う。
「あう……」
 とマリンが言葉に詰まる。
 ビテンが、
「また今度も来よう」
 と言ったことが全員に十二分に伝わったためだ。
「ではまた今度。絶対だよ?」
「ああ。絶対だ」
 コーヒーを飲む。
 他愛のない話をしながらケーキを貪りコーヒーや紅茶を飲む三人。
 話のタネは尽きなかったが時間制限というものがある。
 日が暮れた。
 秋も深まり冬の気温が覗く。
 ケーキ屋を出ると、
「どうせだから今日の夕餉は外食にしない?」
 カイトがそんな提案。
「マリン次第」
「よかです……」
「良いってよ。やったな」
 抑揚のない声で祝福するビテン。
「じゃあレストランに入ろう。今日は奢らせてもらうよ」
 星三つのところに躊躇いなく入るトリオ。
 客席に案内され、お冷を渡されると、ウェイトレスを下がらせる。
 客は他にもいた。
 その全員が女性だ。
 夕餉の時間であるため客の入りが良いのは当然だが、格式高い店にビテン一人男であるということは人目を惹く。
 良い意味で。
 あるいは悪い意味でも。
 以前にクズノとレストランに入ったときには女性優位主義者の一人に因縁をつけられたが、此度はそんなことにはならなかった。
 何故か?
 話は簡単で、ビテンが強力な魔術を扱えることが周知の事実となったからだ。
 これで、
「命を懸けてケンカを売ろう」
 という猛者は現れない。
 ましてマリンとカイトも優秀な魔女だ。
 三人そろえば三本の矢どころではない。
 政治レベルの戦力と相成る。
 主にビテンのせいで。
 とまれ、三人は無難にコース料理を頼んで会話を弾ませた。
「この前のアルカヘストのことなんだがね……」
「何か?」
 東の皇国。
 そに伝わる禁忌魔術だ。
 水氷に特化した魔術特性のカイトが覚えるに最適な魔術である。
 なおカイトが皇国の出ということもある。
「三十ページ第五行三節の部分なんだが」
「あー、そこね。たしかに翻訳にはちと面倒だな」
 あれやこれやと魔術の造詣を深めていく。
 それは魔女の業ともいえた。
 あれこれ議論を交わしながらコース料理を堪能する。
「マリンはどう訳したんだい?」
「あう……」
 お冷を飲んで一息つくと、
「我水成……。ただの水成……。損益腕手に等しく……」
 彼是。
「なるほどね。だとすると僕の場合は……」
 彼此。
 そんなこんなでビテンとの一時を過ごすカイトであった。

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