ダ・カーポ

秋と冬の間


「へくちっ!」
 マリンが可愛らしくくしゃみをした。
 ハンカチを差し出すビテン。
 とは言ってもマリンがビテンのために用意したハンカチであるのだから様にはならないが。
「寒いか?」
「平気……」
「そろそろ冬か」
 どたばたと忙しい秋を乗り越えて、季節は冬を迎えようとしていた。
 昼間は秋の服装でもあまり問題はないが、夜は意外な寒さに驚く。
 そんな季節。
 秋と冬の中間点だった。
 ビテンとマリンは学院街に出向いた。
 今日は日曜。
 デートである。
 冬物の服を選んで、帰りに買っていくものを見繕った後、喫茶店に入って一服していた。
 ビテンはコーヒー。
 マリンは紅茶。
 それらを飲みながらのんべんだらり。
「あう……」
 とマリン。
「どうした?」
 とビテン。
「今日は……エル研究会……開かなくて……」
「よかったの」
 ビテンがマリンの言葉を塗りつぶした。
「たまには想い人とデートするくらいいいだろ?」
「お……想い人……」
「愛してるぞ?」
「あう……」
 プシューとマリンの頭の上から湯気が立ち昇る。
「ビテンは……ズルい……」
「知ってる」
 平坦な声。
 特に反論する気もないらしい。
 面の皮の厚さは一級品だ。
「そういう……ところも……」
「だから知ってる」
 ビテンは平然とコーヒーを飲んだ。
「ビテンは……本当に……私が好きなの……?」
「愛してる」
 やはり平坦な声。
 が、ことマリンにおいては、
「あう……」
 心に染みる声だった。
 ビテンの言葉に嘘偽りが無いことをマリンは重々承知している。
 プシュー。
「でも……私……おっぱい……無いよ……?」
「特に気にしないなぁ」
 ぼんやりとビテン。
 心底本音だ。
「今すぐ抱いてもいいくらいだ」
「だ……抱くって……」
「セックス」
「い……言わなくていい……!」
「言わんと伝わらん」
「ビテンの……エッチ……」
「ぞくぞくするな」
 ニヒルに笑いながらビテンは言った。
「私以外にも……良い人いるよ……?」
「カルテットか?」
「あう……」
 マリンは一瞬怯んだ。
 むしろビテンが怯ませた。
「クズノねぇ」
「精一杯……矜持を……張っているところが……高ポイント……」
「シダラねぇ」
「悪意に……善意で返す……できた女の子……」
「カイトねぇ」
「友達を……大切に思える……純粋な人……」
「ユリスねぇ」
「おっぱい……大きいし……派手だし……華やか……」
「マリンねぇ」
「何も……ない……」
「んなことねぇよ」
「それは……私が決める……」
「いいや。俺が決める」
「何で……?」
「俺の想いは俺のモノ」
「あう……」
 プシュー。
「ビテンの……価値観が……わからない……」
 嘘だ。
 マリンには十全に理解できる範疇である。
「まぁ素が可愛いよな」
「ふえ……」
「想いも純情だし」
「ふえ……」
「小動物的で庇護欲をかき立てるし」
「ふえ……」
「何より瞳が綺麗だよな。物理的にも精神的にも」
「ふえ……」
「俺の心を捕らえて離さない」
「そんな……つもりは……ないけど……」
「ていうかな」
「何……?」
「仮にだが。もし俺が他の女にうつつを抜かしたら、お前どうやってパーソナルフィールドを張るんだ?」
 マリンが物理的かつ精神的にビテンの背後に隠れているのは現実だ。
「ビテン無しで人と交流できるのか?」
 と問われて返す言葉をマリンは持っていない。
「あう……」
「俺の視線を気にする前に自分の視線を気にしろよ」
「あう……」
「俺はいつでもウェルカムだからな?」
「ビテンの……エッチ……」
「しょうがないだろ。男の宿命だ」
 平然と言ってビテンはコーヒーを飲む。
 そこに、
「仲が良いんですね」
 ビテンでもマリンでもない第三者の声が聞こえてきた。
「ふえ……」
 と遠慮がちに驚くという難しい綱渡りをするマリン。
「…………」
 ビテンは既にして認識していた。
「相席しても?」
「俺とマリンはデート中なんだがな」
「知ってますよ」
 怯まない第三者。
「どうぞ……」
 マリンが席をすすめる。
「ありがとうございます」
 マリンの好意に謝意を示した。
「何か用か?」
「そう邪険にしないでください」
 第三者……ユリスが言った。
「しばし場を離れるのでビテンの顔を見ておきたくて」
 タユンと豊満な胸がティーテーブルに乗せられる。
「デートを邪魔してまでか?」
「はい」
 どうやらビテンほどではないにしろユリスも良い性格をしておいでらしい。
 普段が謙虚な分、それはビテンには意外に映った。
「どっか行くのか?」
「北の神国に帰ります。一時的にですが」
「国境紛争に参加しないために生徒会長になったんじゃなかったか?」
「国境紛争程度ならいいんですが……」
 苦虫を噛み潰した……などと形容できそうなユリスの表情だった。
「何か危惧することでも?」
「教皇庁に呼ばれたんですよ」
「?」
「……?」
 ビテンとマリンにはわからない情報だった。
「何か意図しての事か?」
「ええ」
 ユリスの嘆息。
 そして紅茶を注文してウェイトレスを下がらせる。
「三か月ほど前……ちょっと動きがありまして」
「特にアイリツ大陸でそんな大きなうねりがあったか?」
 首を傾げるビテン。
 さもあろう。
 そんな動きがあればアイリツ大陸中心に設置された学院にはすぐに噂として広まる。
 ビテンが疑問視するのもしょうがない
「杞憂ならば……いいのですけどね」
 ユリスは憂いの表情を見せた。
 普段の生徒会長としての凛とした姿はそこにはない。
「お姉様」
 と慕われる貴意有る表情でもない。
 あえて言うのならば、
「疲労」
 が一番当てはまっているだろう。
「デミィが何かケチつけようと?」
「そういえば教皇猊下とビテンたちは親しいんでしたね」
「不承不承だがな」
 神をも恐れぬビテンの言だった。
 ユリスはクスリと笑う。
「ビテンらしいです」
「デミィに……何か言われたら……すぐ私たちに……言ってね……?」
「マリンも優しいですね」
「だって……友達だし……」
「ええ。太陽の如しですね」
 ユリスはまた微笑する。
「拒否権はないのか?」
「あったら行使していますよ」
「生徒会長に物騒な話を押し付けるのもどうかと思うがな」
「まぁ此度に関しては心情的にも拒否できないんですけど」
「はぐらかすね」
「それが性分なもので」
 飄々とユリス。
 苦笑と苦笑いの中間のような笑みを見せる。
「じゃあしばらくエル研究会は開けないな」
「別に開いてもいいですよ?」
「まぁ問題はなかろうが一応形式があるしな」
「ありがとうございます」
「何に対してだ?」
「私の事を慮ってくれて……でしょうか?」
 ウェイトレスの持ってきた紅茶を飲んでユリスは言った。
「そんなつもりはないがなぁ」
 ぼんやりとビテン。
 マリンがビテンのわき腹をつねる。
 表情に出すビテンでもないが。
「そんなわけで私がいないからと言って公序良俗に反することはダメですよ?」
「マリンにも?」
「それは例外です」
「あう……」
 プシュー。
 茹だるマリン。
「まぁマリンはツンデレだから」
「否定はしませんが」
「そんなこと……ないよ……?」
「ほらな?」
「ですね」
「あう……」
 マリンには不服極まりなかった。

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