「で? どうすんの?」 ビテンの言葉には主語がなかったがクインテットには十全に伝わった。 ビテンファンクラブ(当人の理解の外)の面々が解散した後、ビテンたちは学食に来ていた。 まったくもって珍しいのだが、集団で夕食をとりながら議論をするに便利であるのも事実で。 ビテンは海鮮丼。 マリンは小天丼。 クズノは焼きそば。 シダラは漬け丼。 カイトは海鮮丼(ビテンと同じメニューを頼んだという経緯である)。 ユリスは天ざるそば。 それぞれを食しながら意見を交わしていた。 「とりあえずお前らが負ければエル研究会は解散?」 「ダメ……」 「ダメですわ」 「ダメっすね」 「ダメだ」 「ダメです」 「そこまでダメ出しされてもなぁ」 もっしゃもっしゃと海鮮丼を頬張りながらビテンは他人事だ。 「そもそも道理にかなっていませんわ」 とクズノ。 「っすね」 とシダラ。 「僕から友人を奪おうとするなんて……っ」 とカイト。 「必然ではありますが面倒ごとには違いないんですよね」 とユリス。 「あう……」 と最後にマリンが委縮。 ビテンは湯呑の温い茶を飲みながら言った。 「殺しあうのか?」 「ありえません」 ユリスがコンマ単位で否定した。 「ゴーレム戦になるでしょうね」 「ああ、ターン制の」 「いえ、そちらでは埒が明きません」 「そんなものか?」 「そんなものです」 「じゃあ?」 「その前に」 ユリスは話を逸らす。 「マリン?」 「ふえ……」 急にふられてきょどる。 「…………」 隣に座っていたビテンが頭を撫でる。 「あうぅ……」 顔を真っ赤にして委縮。 さもあろう。 「何で……そんなこと……するの……?」 「きょどるマリンが可愛かったから」 率直。 マリニストの宿業でもある。 「んんっ!」 ユリスが威圧的に咳払い。 割合嫉妬も交じっていたがビテンには通じない。 「マリンもマグマゴーレムの魔術を扱えますか?」 「キャパさえ共有してくれるなら……」 「それについての心配ならいりません。ラインで五人のキャパを共有するつもりですから」 「ん?」 とビテン。 「代表で誰かが戦うんじゃないのか?」 「今のところ五対五のゴーレム防衛線を想定しています」 「何ゆえ?」 「キャパ共有の手段があるのならマリンとクズノが連携できますから」 「ああ、なるほど」 ビテンは納得した。 「「「「?」」」」 マリンとクズノとシダラとカイトは理解していなかった。 「マリンは他にどんなゴーレムを造れますか?」 「属性別なら……あらかた……」 「では五対五のゴーレム防衛線で」 湯呑をトンとテーブルに置く。 「ディフェンスはマリン。全員とキャパ共有して強力なゴーレムを造ってください。ついでに防御の魔術も付与できれば幸いですね」 「あう……」 「オフェンスはクズノ。ゼロの魔術で相手側のゴーレムを無力化してください」 「ですか」 得心いったとクズノ。 「当方は?」 「僕は?」 シダラとカイトが首を傾げる。 ユリスは淡々と言った。 「私たちはゴーレムが造れませんから遊撃ですね。攻撃と防御の双方を支援します」 「うっす」 「了解したよ」 「相手側にゼロを使える魔女もいることを前提として動きましょう」 「だったらダーカーなんて使ってみればいいんじゃないか?」 的確なビテンのアドバイス。 「使える人は?」 「…………」 マリンとシダラとカイトが挙手した。 「ですか。ではそちらは任せます。元より遊撃ですし」 そうして夕食を取りながら作戦を煮詰めていると、 「ども!」 と第三者の声が溌剌と響いた。 「?」 「あう……」 「でしょうね」 「パパラッチっすか」 「やぶ蚊だね」 「仕方なくはあるのですが……」 「まぁそう言わず」 声をかけてきたのは女生徒。 腕章をしている。 その腕章には、 「イリーガル新聞研究会」 と書かれていた。 毎度お馴染みハルビナである。 「ビテンファンクラブとビテンハーレムとで決闘をするとのことですが?」 「事実ですわ」 クズノが不敵に答える。 ビテンにしてみれば不本意極まりない。 元よりマリニズムに染まったマリニストだ。 マリン以外に愛を注ぐ必要もないためハーレムを形成しているという自覚があまりない。 全く無いというほど鈍感でもないが。 一応のところカルテットから愛を囁かれたのも事実として受け止めてもいるのだ。 対処はしてないが。 「ビテンとしてはどんな気持ちでしょう?」 「好きにしてくれと云った様子だな」 温い茶を飲みながらビテンはさも、 「気にしておりません」 と態度で語っていた。 湯呑を傾ける。 「ビテンファンクラブは一大勢力の一角となっていますが?」 「知るか」 「ビテンを想っている女子たちに何か一言を」 「諦めろ」 「辛辣ですね……」 「特に謙虚になる事項でもないしな」 これを本気で言うマリニスト。 ここまで来れば病気の一種かもしれなかった。 「これ以上は不毛だ」 と思い知ったのだろう。 ハルビナはビテンハーレムに意識をやった。 「マリンはビテンをどう定義しています?」 「大切な……人……」 「ふむふむ。クズノは?」 「婿候補ですわ」 「ふむふむ。シダラは?」 「光っすかねぇ」 「ふむふむ。カイトは?」 「親友だよ」 「ふむふむ。ユリス会長は?」 「想い人です」 「ふむふむ。なるほど」 メモにペンを奔らせて筆記し、そして問うた。 「ならビテンファンクラブの気持ちもわかりますよね?」 「あう……」 「それは」 「まぁっす」 「そうだね」 「必然です」 「わかっていてハーレムを維持しているんですか?」 「特に後ろめたいことをしているわけでもありませんから」 淡々とユリスが答えた。 ほかのメンツも、 「うんうん」 としきりに頷いた。 「独占禁止法って知ってます?」 「とは言いますが独占しているという事実は那辺に?」 根本的なことをユリスが問うた。 特に深く考えず、 「ハーレムがビテンを縛り付けている」 と先入観を持っていたため、 「あ、え、うー、と」 ハルビナの方が狼狽えた。 「いつも一緒にいるじゃないですか」 「私の生徒会の都合で活動できない日も結構ありますよ?」 「わたくしの講義の都合もありますし」 クズノとユリスが事実を突きつける。 「あう……」 マリンが委縮。 ことマリンだけはビテンといつも一緒にいるため反論の術がなかった。 そんなマリンの心象を汲み取って、 「気にするな」 優しくマリンの頭を撫でてやる。 マリンの瞳がトロンと融ける。 ポーッとするマリンを見て破顔するビテン。 マリニズムマリニズム。 「聞けばエル研究会の新規入会を悉く袖にしているとか」 「図書館荒らされるわけにもいかんしな」 これはビテン。 「図書館?」 聞き返すハルビナにビテンはそれ以上言葉を紡がない。 「だいたいビテンが好きなら告白すればいいんです。あるいはお近づきになる努力をすべきです。それらについて私たちが邪魔をしたという事実はありますか?」 「それは……そうでしょうが……」 基本的にビテンは女学院に一人男子であり、なお美少年でもあるため人気が高く、それ故にファンクラブまである。 告白された回数は数えるのも馬鹿らしい。 が、ビテンハーレムがそれを邪魔したという事実はない。 「邪魔するまでもない」 が正確か。 ビテンの心に根差したマリニズムは重度かつ深刻であり、たびたび女子の告白を袖にしているため邪魔する必要もないのだ。 なおビテンにとってビテンを特別扱いしないエル研究会の面々は貴重だ。 ビテンファンクラブの様にビテンを神格化して偶像化する方がビテンにとっては不愉快と云える。 「それならば此度の決闘は……」 「ああ」 ビテンはあっさりと言った。 「茶番だな」 「あう……」 あまりの申し訳のなさに委縮するマリンであった。 |