ダ・カーポ

巡り巡って


 ビテンと会議の決闘が終わってつつがなく日常が戻ってきた。
 で、全員の都合がついたので今日もエル研究会は活動をするのだった。
「マリン〜。コ〜ヒ〜」
「うん……」
 そんないつものやりとり。
 そこに今日は茶々が入った。
「ビテンの分は僕が淹れたい!」
 カイトである。
 相も変わらず友誼と恋慕の境目がよくわからない御仁だ。
「これこれ。お呼びでないぞ」
 ビテンが牽制するも、
「じゃあ……よろしくお願いします……」
 マリンはあっさり下った。
「マ〜リ〜ン〜?」
「だって……」
「だって?」
「たまには……いいかなって……」
「俺はマリンの愛糖こもったコーヒーが飲みたいぞ」
「大丈夫だ」
 カイトは自信満々だ。
「僕の友情パワーをいっぱい入れてあげようじゃないか。友情とは太陽だ。何より大切にされるべき概念だと僕は思うね」
「好きにしろよ」
 もはやツッコむのも面倒くさくなったらしい。
 それがビテンの結論だった。
「皆々様方は?」
 カイトが聞く。
「ではわたくしにも」
「当方にもっす」
「お願いできますか?」
「うんうん。友達って素晴らしいね」
 満足げに頷いてカイトはコーヒーを淹れる。
 全員にコーヒーが行き届き、
「どうでしょ?」
 カイトがおずおず問うと、
「まぁ美味い」
「あう……。美味しい……よ……?」
「以下同文」
「以下同文っす」
「以下同文です」
「ふわぁ。えへへぇ」
 頬を桜色に染めて照れ照れ。
 プリンスと呼ばれるカイトにしては珍しく可愛らしい仕草だ。
 いや、本来はこちらが素なのだろう。
 ビテンにはそう思えた。
「プリンス」
「カイト様」
 そう呼ばれ続けてきたカイトである。
 エル研究会の面々を除いて、女学院である大陸魔術学院で友誼を深めると相手が春の道を踏み外すこと多数。
 そういう意味ではここは居心地がよかろう。
 飛天図書館は。
 なんとなくそんなことを思いながら禁忌魔術の翻訳をしていると、
「終わりましたわーっ!」
 バサッと机に置いていた紙の束を空中に放り出し散布させ、クズノがそう叫んだ。
 よほど喜ばしいことらしい。
「どうしたんだい?」
 問うたのはカイト。
「ゼロの魔術を修了しましたわ!」
 ガッツポーズとともにクズノは宣言する。
 ちなみに頭上に舞った紙束がクズノのどや顔を変な風にシャットアウトしたため、あまり決まりはしなかった。
「大変だったろ?」
 ビテンが聞くと、
「何度諦めようと思ったか知りませんわ」
 本音を吐露するクズノ。
「難しいのかい?」
 カイトはビテンに視線をやった。
「一般的にはな」
 ビテンはそっけなく言ってコーヒーを飲む。
「翻訳技術および記憶容量は上級魔術とどっこいだ」
「ふーん」
 さらりとカイトは流したが、一般的にはただ事ではない。
 神語文字の種類の豊富さ及び変換翻訳の水準は並大抵ではありえない。
 さらにその翻訳が叶っても今度は人語に訳された膨大な量の詩を記憶せねばならないのだ。
 強力ではあるが難易度の関係……あるいは、
「より強力な攻性魔術を」
 をスローガンとする魔女たちの風潮によってあまり日の目を見ない魔術でもある。
 とはいえ維持定着時間が単位時間という破格のスペックを持っているため、ゼロ一つ覚えただけで勲章もの。
 実際にビテンとマリンもゼロの魔術でもって色付きマントをもらったため、クズノも後期の終業式と同時に色付きとなるだろう。
 こと魔術戦においては圧倒的なアドバンテージが得られる魔術でもあるからだ。
「アンチマジックの到達点の一つ」
 とも言われる。
 もっともユリスの覚えたゼロフィールドが、
「アンチマジックの極致」
 と捉えられているため、一歩遅れている感は否めないが。
 それでもステータスとしては十分である。
「これで色付きになれますわ!」
 クズノは嬉しそうだった。
 なんとなれば自身一人が色付きでないのだ。
 講義で離れられないためエル研究会の活動を阻害している一要因でもあった。
 特にビテンたちは気にしていなかったが、当人は一人心苦しくも思ったろう。
 なんとなく察するエル研究会の面々。
「ではクズノを色付きに推薦しますがよろしいでしょうか?」
 そんな生徒会長ユリスの言葉に、
「ぜひお願いしますわ!」
 クズノはふんすと無い胸を張った。

    *

 時間が来てエル研究会はここまでと相成った。
 ビテンがアナザーワールドを解く。
 全員が常世界に戻されると、いつもの芝生の原っぱに身体が安置される。
 だいたい此処を起点にビテンはアナザーワールドを展開する。
 雨の日や都合によっては生徒会室で展開することもあるが。
 ともあれ常世界に戻ってくると、
「…………」
 エル研究会の面々が言葉を失った。
 デジャビュ。
 つい最近の事だ。
 同じことが起こったのは。
「何か?」
 と問えば、
「この状況が」
 と返す他ない。
 救春保護会議。
 カイトとユリスを慕う女生徒集団がビテンにケチをつけた時と状況がかぶっていた。
 要するに大量の女子が周りを囲んでいたのだ。
「またか」
 と思ったのはビテンだけではなかったろう。
 特に憎まれ役を買うのはビテンにとっては苦痛ではない。
 無遠慮。
 面の皮の厚さ。
 ともに一級品だ。
 であるため今回もその類かと思ったが違った。
 大量の女生徒たちはビテンに険のある視線をやってはいなかった。
 代わりとばかりにビテン以外の面々が視線に刺されていた。
「あう……」
 とマリンが怯える。
「…………」
 ビテンは何も言わずにマリンの手を握った。
 マリンを想えばこそだ。
 そして女子の一人が朗々と声を張り上げる。
「ボイスの魔術だろう」
 それくらいはビテンたちにもわかった。
「我々はビテンファンクラブの有志である!」
「「「「「有志である!」」」」」
「マリン!」
「あう……」
「クズノ!」
「何ですの?」
「シダラ!」
「はあ……」
「カイト!」
「やれやれ」
「ユリス会長!」
「うーん……」
「即刻にビテンの支配を止めよ!」
 それが言いたかったらしい。
 ビテンとしては、
「何だかなぁ」
 と云った様子だが、
「来るべきものが来た」
 というのがビテン以外のエル研究会の総意だった。
 カイトとユリスと同等。
 あるいはそれ以上にビテンには女学院で注目を集めている。
 男一人。
 女性でもないのに魔術を使う。
 そんなイレギュラー性がビテンにはあった。
 まして学院は若い女生徒が大半だ。
 唯一触れられる異性に恋しても無理はないだろう。
 ビテンが美少年というのもこの際見逃せない要因だろう。
 ビテンファンクラブ。
 ビテンに恋する集まりであった。
「あう……」
 と狼狽えるマリンに、
「大丈夫」
 とビテンはギュッと握った手の圧力を強めた。
「あう……」
 今度は別の意味で委縮する。
 ビテン以外には察せられないが。
「それで? 要件は?」
 率先して言ったのはユリス。
「我々ビテンファンクラブはエル研究会に決闘を申し込む!」
 あながち予想と外れていない言質だった。
「我々はぁ!」
「「「「「我々はぁ!」」」」」
「ビテンの開放を求めて!」
「「「「「求めて!」」」」」
「対等に決闘に臨む次第である!」
「「「「「である!」」」」」
 そういうことなのだった。
「では決闘のルールはこちらで決めさせていただきますがよろしいでしょうね?」
「うむ!」
 豪快に頷くビテンファンクラブ。
「その自信が何処から来るのか?」
 聡いビテンには意味不明だ。
 こちらのメンツは一人として凡庸がいない。
 マリンとてキャパ共有さえ行えば立派な戦力となろう。
 その上でケンカを売ってくる現状に首を傾げざるを得ない。
「では後日決闘のルールは公布します」
 ユリスは揺るがない。
「というわけで解散」
 パンと一拍。
 ビテンファンクラブは険のある視線や言葉を残しながら解散した。
「さて」
 これもユリス。
「どうしたものでしょうね?」
 どうしたものだろうか?

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