ダ・カーポ

代理決闘


 時は朝。
 場所はビテンとマリンの寮部屋。
 その寝室。
「ビテン……起きて……」
 マリンが寝こけているビテンを何とか起こそうと委縮ながら奮起していた。
「まだ寝るぅ」
 ビテンはこんな様子。
「今日は……決闘日和だよ……」
 そんなことを言うマリン。
 時間の流れは流れに流れて今日は救春保護会議との決闘の日。
 今の調子で寝続ければ遅刻間違いなし。
「……決闘」
「決闘……」
「サボる」
 さも平然とビテンは言った。
 ギュッと体を丸めて、睡魔に身を寄せ、
「改めて日取りを決めるよう言っといて」
 厚顔極まりないことを述べ奉る。
「ダメだよぅ……」
「じゃあ不戦敗ってことで」
「エル研究会は……どうするの……?」
「俺とマリンだけの非公式サークルにする」
「そんなこと……言うなら……ビテンのこと……嫌いになるから……」
「それは困る」
 ガバッとビテンは起き上がった。
 結局のところビテンにとっての泣き所がマリンだというだけだろう。
 とりあえず決闘に臨むにも腹をくちくせねばならないということで朝食とあいなる。
 厚切りベーコンサンドに塩のスープ。
 ついでにコーヒー。
 それらを食べながらビテンは、
「何でこんなことになったかねぇ」
 うんざりしたように(というかうんざりして)そう言った。
「まぁ……」
 とこれはマリン。
「カイトと……ユリスは……人気だから……」
「マリンには敵わないがな」
「あう……。また……そういうことを……」
「本心だ」
「だから……ダメなの……」
「何ゆえ?」
「な……なんとなく……」
 この手の話題になるとマリンは言葉を濁す。
「とにかく……」
 と話題修正。
「カイトや……ユリスは……大切な友達だから……失いたくない……」
「そりゃ負けられんなぁ」
「そうだよ……」
 ベーコンサンドをアグリ。
「カイトも……ユリスも……ビテンが好き……」
「マリンもな」
「あう……」
「ちなみに俺はマリンが好きだ」
「あう……。ダメ……」
「だから何で」
「何ででも……」
「ツンデレ?」
「違う……」
「じゃあ何?」
「私なんかより……ビテンには……有用な人が……いっぱいいる……」
「記憶にないなぁ」
「ビテンは……私に囚われすぎ……」
「マリニストなもので」
 忌憚のない意見に、
「あう……」
 頬を桜色に染めるマリンであった。
 くっくとビテンが笑う。
「やっぱ可愛いわ、お前」
「あう……」
 結局そこに行きつくのだが。
「勝算……あるの……?」
「何とかなるんじゃないか」
 ビテンの言葉はいっそ投げやりだった。
 元より負ける気はさらさらないが。
「マリン。コーヒー」
「はいな……」
 しばしティータイム。
 時は朝だと先述した。
 問題なくビテンが起きたため決闘までコーヒーを飲みながら英気を養う。
 特に話題は一貫しない。
 決闘から今日の天気まで話題は様々だ。
 ある程度太陽が昇るとビテンとマリンはティータイムを打ち切ってそれぞれ学ランとセーラー服……つまり学院の制服に着替えた。
「負けちゃ……ダメだよ……」
 マリンが言う。
「負けるかよ」
 ビテンが言う。
「一つ我が儘言っていいか?」
「私に……出来ることなら……」
「抱かせてほしい」
「ふわ……あう……!」
 一瞬で茹だるマリンだった。
「あー、言葉を間違えた。抱きしめてもいいかって言いたかったんだが」
「抱きしめる……だけ……?」
「だけだ」
「なんで?」
「元気が出そうだから。負けるわけにはいかないんだろう?」
「あう……」
 プシューと頭の天辺から湯気を立ち上らせながら、
「じゃあ……いいよ……?」
 おずおずという。
「じゃあ遠慮なく」
 そしてビテンはマリンの体を包むように抱きしめた。
「華奢で細っこくてひんやりしてて抱き心地が良いな」
「あう……」
 マリンの顔はもう真っ赤である。
 しばし抱き抱かれて時間が過ぎる。
 そして、
「うん。元気出た」
 ビテンはそう言うと、抱擁を解すのだった。

    *

 決闘のルールはゴーレム代理戦。
 要するに互いにゴーレムを造ってゴーレム同士で闘わせて勝敗を決める。
 ただしゴーレムは決闘開始前に一度造ってしまえば試合中に補充は出来ない。
 なお特別ルールとしてエル研究会側はビテン一人だが、救春保護会議側はゴーレムの魔術を使える魔女ならば何人でも参加可能。
 以上。
 ゴーレム戦やゴーレム防衛戦と違って完全に決闘をゴーレムに仮託するため如何に強力なゴーレムを造れるかがキーポイントとなる。
 また決闘開始前にゴーレムを造ればそれまでなのでキャパも全開まで引き出すのが常道だ。
 決闘用のアリーナ。
 ビテンが決闘場に姿を現すとどっと衆人環視がどよめいた。
 救春保護会議側はすでにスタンバっている。
 会議側の魔女は十四人。
 元よりゴーレムを造る魔術はマイナーだ。
「いちいちゴーレムを造って敵を撲殺するくらいならファイヤーボールで爆殺する方が簡素で便利であるから」
 というのがその理由。
 魔術特性の関係もあるため稀に俗にいう、
「ゴーレム魔女」
 なんてスラングもある通りゴーレム造形に特化した魔女もいるにはいる。
 ともあれ、ゴーレムの魔術を扱えるのが会議側に十四人もいたのはビテンにとっては少しばかり予想外ではあった。
 負ける気はさっぱりしないが。
「何が悲しくてこんなことしてるんだろうな?」
 なんて根本的な疑問を自らに課しながらぼーっと空を見る。
 審判がボイスの魔術でアリーナ全体に声を届けた。
「決闘者はゴーレムの製造を始めよ」
「へぇへ」
 とビテン。
 誰にも聞こえない声量だ。
 会議側は各々、
「土にて托卵せよ」
 と土のゴーレムを造り出す。
 その数三十を超えた。
 が、ビテンはそれを見て、
「まぁそんなもんだよな」
 と数の暴力を言葉で鎧袖一触にした。
 土のゴーレムの軍隊は脅威と云えば脅威ではあろうがビテンにしてみれば烏合の衆だ。
「これならば本気を出すまでもない」
 そう結論付ける。
「生徒ビテン。ゴーレムの製造を」
「あいあい」
 頷いて、
「火にて托卵せよ」
 マグマゴーレムの呪文を唱える。
 熱力学第一法則が破られる。
 土が、風が、水分が、大気が、ジュワッと蒸発する。
 虚空からマグマが現れて人型を成した。
 マグマゴーレム。
 言の葉の通りにマグマでゴーレムを造る魔術を指す。
 辺りが熱気で溢れかえる。
「GUAAAAAAAAAAA!」
 マグマゴーレムが吠える。
 その全長は五メートルを超える。
 マグマの熱気と高い全長は神話に出てくる炎の悪魔を想起させるに十分だった。
「じゃ、始めるか」
 ビテンが言う。
 そして、
「決闘……始め!」
 審判が明朗な声で決闘の開始を合図した。
 始まった瞬間に終わった。
 ビテンの造りだしたマグマゴーレムは圧倒的な熱量と質量で敵方のゴーレムを蹂躙した。
 灰は灰に。
 塵は塵に。
 マグマゴーレムの圧倒的熱量を前に、土でできたゴーレムなぞ何ほどもない。
 ただ消し炭となって塵へと帰るだけだ。
 ジュウと熱気が大気を燃やしてマグマゴーレムは土のゴーレムの蹂躙を終える。
 次に目を付けたのは魔女たちだ。
 そちらに襲い掛かろうとするマグマゴーレムをビテンは涼やかな瞳で見ていた。
 特に止める意思もないらしい。
「決着! 決着だ! 生徒ビテン! ゴーレムの維持を止めよ!」
「へぇへ」
 パチンと指を鳴らしてマグマゴーレムの維持を取りやめるビテンだった。
 圧勝。
 他に形容すべき言葉がない。
 マグマゴーレムの熱気に中てられたのだろう。
 会議側の魔女たちはガクガクブルブルと恐怖に縛り付けられていた。
「勝者、ビテン!」
 審判が決する。
 ワッとアリーナのギャラリーたちがどよめいた。
 多数に勝る一人。
 そを体現したのだから当然と言えば当然。
 ましてそれが魔術師ともなれば。
 歓迎と反意が半々。
 だがビテンの能力を否定する人間は、女性優位主義をこじらせて目と耳を塞いだ者以外にはいなかった。
 そんなわけで決着。
 ビテンにしてみればこうなる。
「そこまでのもんか?」

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