ダ・カーポ

セクステットデート


「マ〜リ〜ン〜」
「あう……。コーヒー……?」
 朝食兼昼食後。
 そんなやりとり。
 今日は日曜日のため学院は休みである。
 朝食と昼食が兼任したのは単にビテンが昼まで寝こけていたからに他ならない。
 で、
「それもある」
 というわけで食後のコーヒータイム。
「甘いな」
 ちなみに無糖。
「恐縮だよ……」
 頬を桜色に染めながらマリン。
 実にマリニズム。
 さて、
「今日は晴れだな」
「晴れ……だね……」
「日曜だな」
「日曜……だね……」
「デートしようぜ」
「あう……」
 オーバーヒート。
 プシューとマリンの頭の天辺から湯気が立ち上った。
「あう……」
「嫌か?」
「嫌じゃ……ないけど……」
「じゃあ決まり!」
 ニカッと笑うビテン。
 ビテンにしては珍しい喜色満面の笑顔だった。
 苦笑での微笑でも嘲笑でもない純粋な笑顔は年相応の少年めいた印象を受ける。
 元がすれているため少年と呼ぶには精神が摩耗しているビテンではあるが、ことマリン事ともなればやはりマリニストとして喜ばしい限りなのだろう。
 マリンにしか見せないビテンの一面であった。
「どこ行く?」
 飲み干したコーヒーカップをくるくる回しながらビテンが提議する。
「あう……じゃあ学院街……」
「妥当な落としどころだな」
 そういうことになった。
 そんなわけで秋風涼しい小春日和。
 ビテンとマリンの二人きりデートが、

 カランカラン

 始まらなかった。
「はい……」
 とマリンが玄関対応。
 カランは玄関ベルの音だ。
 そしてマリンが扉を開くと、四人の美少女が立っていた。
 白と赤と青と金の少女だ。
 順番にクズノ、シダラ、カイト、ユリスと相成る。
「今日は……エル研究会は……お休みだよ……?」
 昨日の時点でビテンがそう宣言した。
 それが多分、今日マリンをデートに誘うための布石なのだとさっき知ったマリンではあるのだが。
「そうじゃありませんわ」
「うっす」
「だね」
「それはわかっています」
 カルテットははきはき答えた。
「あう……」
 と呻いた後、
「とりあえず……」
 と気後れながら頭を回転させて、
「ここでは……なんだから……入りますか……」
「お邪魔しまわすわ」
「邪魔するっす」
「僕も」
「ええ」
 そんなわけで決して広くない寮部屋に六人がひしめいた。
 元が二人部屋だ。
 狭いのは当然。
 テーブルを囲むことも出来ないため、茶も出せない。
 そしてビテンは、
「…………」
 口をへの字に歪めるのだった。
 こういうことには聡い。
 自身の恋慕を完璧に把握しているため乙女心にも多少の理解はある。
 認めるかどうかは別問題だが。
 マリンも、
「あう……」
 と言っているあたり場の空気は読めているのだろう。
 それがちょっとだけビテンには不満だった。
 マリニストの宿業だ。
「で、何の用?」
 まこと空々しい言葉であったが、皮肉で言ったいるため仕方ない。
 が、それが通用しないのもまた乙女心で。
「わたくしとデートしませんこと?」
「当方とデートしましょうっす」
「僕と遊びに行かない?」
「ついででいいですので私の同行も許可してもらえれば、と」
 そんなカルテットの言葉に、
「やっぱりか」
 と、むしろ納得するビテンであった。
「断る」
「いいよ……」
 ビテンとマリンで正反対の意見が出た。
「正気か?」
 そこまで言うこともなかろうがビテンの本音でもある。
「ビテンは……原理主義に……偏りすぎ……。もっと世界を……広げて……」
「ええ〜……」
 嫌そうな表情を隠そうともしない。
「今日は……皆でデート……いいでしょ……?」
「僕ともデートしてくれるのかい?」
 これはカイト。
 元より友誼と恋慕がとっちらかっている御仁だ。
 ビテンと遊ぶことをデートと受け取らない辺りは、
「さすが」
 としか言いようがなかった。

    *

 結局ご本尊の言葉には勝てなかった。
「ビテン! クレープを食べませんこと?」
「当方は服を見たいっすね」
「ビテンはどこか行きたいところはないのかい?」
「秋物のファッションが安くなる頃合いですか」
 そんなカルテットがはしゃいでビテンを引っ掻き回す。
「好きにしろよ」
 ビテンとしては疲労以外の何物でもない。
 第二思考で記録を記憶に変換しながら、第一思考では現実に対処していた。
「あう……」
 と元より騒ぐということに慣れていないマリンが委縮していることこそがビテンにとっては不満の種だ。
 とかく自身がイニシアチブを取ることに対して消極的なマリンである。
 カルテットと一緒になれば意見を出せなくなるのは当然で、だからこそビテンにとってカルテットは邪魔以外の何物でもないのだが。
 なお学院街に出たことで人目を引いた。
 ビテンもマリンもカルテットも絶世と言って言いすぎることのない美少女。
 目を引かないわけもない。
 男女問わず劣情を催さざるを得ない軍団だが、少なくとも誰一人も欠けずに魔術に精通している集団でもある。
 ナンパは受けなかった。
 というより生き仏の様に手を合わせる人間まで出る始末だ。
 ことビテンとカイトとユリスは学院および学院街で圧倒的な知名度を誇る。
 そうであるため衆人環視の視線はセクステットに対する羨望と憧憬……それからビテンへの嫉妬で構成されていた。
 気にするセクステットでもないのだが。
 この場合は空気が読めないのではなく読まないが正しい。
「わかってはいるが知ったこっちゃない」
 そんな理屈で完結する作用だ。
「あう……」
 一人マリンを除いて。
 であるからビテンはマリンと手を繋いでいた。
 そうしなければならない。
 マリニズムの業であり、マリンを慕う者としての矜持でもある。
 何よりマリンとだけ手を繋ぐことで、特別性をアピールできる。
 本来カルテットはおまけなのだ。
 露天商、セレクトショップ、ランジェリーショップ、市場、劇場。
 色々と回って遊びつくした後、ビテンたちは喫茶店に入った。
 秋の夜長というわけでもないが、昼間の時間は確実に夏より短くなっている。
 結果を語れば日が暮れかけていた。
 セクステットの話題は夕餉についてだ。
「レストランで食事をとりましょう?」
 クズノが提案する。
「まぁ今から夕餉の準備というのもっす」
 シダラが同意した。
「僕で良ければ作るけど? 友達のために」
 カイトは空気が読めていない。
「一緒に外食するのは確かにありですね」
 ユリスも異論は無いようだった。
 ビテンは不機嫌にコーヒーを飲む。
 ちらと隣のマリンを見れば、
「あう……」
 と口を閉ざしている。
 こうなるからマリニストとしてはマリンと二人きりの方がよかったのだ。
 今更だが。
「ビテンはどう思いますの?」
 クズノの提議。
「まぁいいんじゃないか」
 ぶっきらぼうに答える。
「しかしお前らは良いとして俺は男なんだがな」
 魔女が国力に直結するこの世界では女性優位主義が蔓延している。
 実際クズノと一緒に前回レストランへと赴いた際は女性優位主義者に絡まれた。
 その辺の理解はどうするのか。
 それがビテンの懸案事項。
「あう……」
 マリンもそこを心配しているらしかった。
「大丈夫でしょう」
 これはユリス。
「状況は揃っていますし」
「何を以て?」
「一人殲滅機関にケンカを売る女性はいないかなぁと」
 嫌な二つ名が出てきた。
「それにプリンスカイトと私がいますから牽制にもなりますし」
「マリンはどう思う?」
「いいんじゃ……ないかな……?」
「そ」
「完全に納得したわけではないが場の雰囲気を壊すのも忍びない」
 そんなマリンの心境を余さず理解するビテンであった。
 こうなるともう反対は出来ない。
「マリンの手料理じゃないことは残念だがまぁたまにはいいか」
 落としどころとしてはそんなものだろう。
「決まりですわね」
「ではどこにするっすか?」
「僕はベルリンが好みかな」
「私は皆さんの舌に合わせますね」
 カルテットがレストランを何処にするかで姦しく議論を重ねた。
「あう……」
 置いてけぼりのマリン。
 そんなマリンの手を握って、
「大丈夫」
 ビテンは安心させるように微笑んだ。

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