ダ・カーポ

南の王国の禁忌魔術


「マリン〜。コーヒー」
「はいはい……」
 飛天図書館でのこと。
 ビテンは毎度毎度の注文をした。
 答えるマリンも大概だが。
 その間にも二人の脳はフル回転している。
 原因は西の帝国の禁忌魔術。
 本来なら複写してから翻訳するのが常道なのだが、少なくとも現時点において白紙の書が手元にないため、記録を記憶に置き換えて脳内で翻訳するより他にない。
 無論、大陸魔術学院は白紙の書をいくらでも供給してくれるが、今ビテンたちがいるのは学院ではなかった。
 南の王国。
 その王都。
 当然転送魔術の恩恵だ。
 とりあえず帝王とアポを取っている最中であるため今は飛天図書館に引きこもっていると、そういうわけである。
 南の王国には借りがある。
 西の帝国の侵攻をくい止めたという借り。
 その信賞において禁忌魔術の魔術書の閲覧権を獲得したのだった。
 それ故にそちらについてはさほど心配していない。
 問題は、
「何でお前まで?」
「やはは。当方邪魔っすか?」
「とは言わんが……」
 ビテンとマリンの他にシダラまでついてきている始末であった。
 元よりシダラは色付きだ。
 当然単位不問処置。
 それはビテンとマリンも同じだが。
 そしてシダラはメギドフレイムの翻訳に精を出していた。
 北の神国の禁忌魔術だが特にビテンが渋ることもない。
 というか無遠慮だ。
 であるためシダラは着々とメギドフレイムを習得し続けているのだった。
「マリン!」
「なぁに……?」
「当方にもコーヒーっす!」
「うん……」
 マリンは献身的な子羊だった。
 コーヒーメーカーを動かしてコーヒーを淹れる。
 そして、
「どうぞ……」
 とシダラにふるまう。
「うん。美味しいっす。さすがマリン」
「あう……」
 照れ照れ。
「言っとくがお前は王城には入れんぞ?」
「知ってるっす」
「なら何でついてきた?」
「ふむ」
 コーヒーを飲み、翻訳を進めながらシダラは言葉を選ぶ。
「当方色付きっす」
「知ってる」
「っすから教会とマリアに顔を出すのも必要かと」
「つまりこっちの目的とは違うと?」
「そういうことっすね」
「ならいいがな」
 ビテンが飄々と言って、
「あう……」
 マリンが委縮する。
 いつものことである。
「ところでビテン」
「なんだ?」
「ここの翻訳についてなんすけど……」
 そう言ってメギドフレイムの翻訳状況を指し示す。
「ああ、ギド、レラク、アフ、ソドム、ゲン、シャウ……な」
「ビテンはなんて訳したっすか?」
「天に栄光あれ、だな」
「ふぅむ……」
 しっくりこないらしい。
 当たり前だ。
 神語から人語に訳すのは十人十色千変万化の差別がある。
 ビテンの翻訳がシダラに受け入れられないというのはある種当然のことだ。
「……まぁ頑張れや」
 ビテンはポンポンとシダラの肩を叩いた。
 そして、
「……ふむ」
 マリンの淹れたコーヒーを飲む。
「やっぱマリンのが一番だな」
 愉悦満面にビテンがそう言うと、
「あう……」
 と頬を染めるマリン。
 ともあれメギドフレイムの翻訳を進めるシダラ。
 コーヒーを飲んで一服するビテン。
 コーヒーのおかわりを頼まれてせっせと淹れるマリン。
 そんな構図が出来上がっていた。
 サラサラ。
 カリカリ。
 そんなペンの走る音と、
「ん……」
 ホットコーヒーをすする音だけが響く。
「ビテン……?」
「何でっしゃろ?」
「そろそろじゃないかな?」
「さいか」
 特に気負うこともなくビテン。
「アナザーワールドを解くぞ?」
「大丈夫……」
「うっす」
 そして三人は現実世界に舞い戻った。

    *

「久方ぶりよの」
 南の王国。
 その帝王はビテンに尊敬の眼差しを向けていた。
 さもありなん。
 人一人が軍隊を超える戦力となることを証明した魔女……魔術師であるのだから。
 ここは王城。
 その謁見の間。
 数段高みにいた帝王ではあるが、
「ビテンにおいては例外だ」
 と精神的には自身を下に見ている。
 それでも、
「高みにいることに違いないだろうが」
 とビテンは思うが一応のところ自身を自身で黙殺した。
「借りの返済をさせてもらいに来たぞ」
 南の王国の帝王に無遠慮な口をきくビテン。
「あう……」
 とマリンが委縮する。
 謁見の間の護衛たちが殺気立ったためだ。
 無論気にするビテンではないが、
「マリンを怯えさせるな」
 そう云う。
「西の帝国でも似たようなことを言ったな」
 などと思いつつ。
「ふむ……」
 と帝王。
 それから、
「ビテン。お主……」
「却下」
 にべもない
「まだ何も言うてはおらぬのだが……」
「王国に帰順しろ……だろ?」
「むぅ」
「却下だ」
 ビテンは不遜そのもので言ってのけた。
「それより話を進めるぞ」
 どこまでも無遠慮。
「南の王国の禁忌魔術の閲覧」
「むぅ」
「許可してくれるな?」
「一度きりだぞ?」
「だろうな」
 特に気負う何物もない。
 少なくともビテンにとっては。
 マリンは、
「あう……」
 と気負っているが。
 それを自覚して、なお他者のせいにするのがビテンである。
「ちょっと殺気を抑えてくれ」
 謁見の間の護衛や宰相にそう云う。
「うちのマリンが怯えてる」
「むぅ」
 帝王が困って、
「この程度は見逃してやれ」
 と令を発す。
「王室の権威と度量を損ねる」
 とまで言われて肯定しない護衛はいなかった。
「ではついてまいれ」
 そう言って帝王は王国の封印倉庫へと向かう。
 後に続くビテンとマリン。
 帝王の認識でのみ開く魔術錠を解いて、
「ここが禁忌魔術の封印場所だ」
 帝王はそう言った。
 狭く暗い部屋であったが、ビテンはライティングの魔術で明るさを手に入れた。
 それから禁忌魔術の魔術書を手に取る。
 背表紙の神語文字を読む。
「インフェルノ……か」
「こっちは……パラリシス……だね……」
 一瞬で翻訳するビテンとマリン。
 それからまたパラパラとページを瞬間的にめくって次の本へと向かう二人。
 南の王国の禁忌魔術。
 その魔術書。
 そを一瞬で読み解いているかの様にパラパラとページをめくるだけ。
 二人はそうやって禁忌魔術を記録するのだった。
 この辺りは西の帝国と同じ状況だ。
 ビテンとマリンがインフェルノとパラリシスを記録する光景は他者から見れば、
「ふざけているのか?」
 ともとれるやり方だ。
 当人らに自覚はないが。
「ねぇ……」
 とこれはマリン。
「なんだ?」
「インフェルノは……ともかく……」
「ともかく?」
「パラリシスは……有益な……気がする……」
「だな」
 ビテンも否定はできなかった。
 翻訳というには遠い位置にいるが、
「なんとなくそうである」
 ことは翻訳能力の一端で読み取れる。
 二人そろって禁忌魔術の魔術書をパタンと閉じる。
「もういいのか?」
 帝王がそう問うてきたが、
「大丈夫」
「うん……」
 特に誇るでもなく、
「当然だ」
 という気概で頷くビテンとマリン。
「そうであるか……」
 帝王は引き気味だった。
 さもあろう。
 王国の秘中の秘である禁忌魔術が数分で読み取られたというのだから。

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