ダ・カーポ

いつも通りの日々


 学院祭も終わり、まったりとした時間が流れる。
 ビテンは学院の原っぱで寝転んでいた。
 残暑の続く毎日だが、刻一刻と秋風は涼しくなっていく。
 それを身に受けながらビテンは青空を見ていた。
 隣に寝転んでいるのはマリン。
 ビテンの正妻たる少女だ。
 黒髪黒眼はビテンと同じだが、こちらは覇気がなくおとなしめ。
 もとより、
「他人が怖い」
 と言ってはばからないマリンである。
 例外はビテンとデミィくらいのものだろう。
 最近においてはビテンハーレムの面々も徐々にではあるが慣れてきている。
 ともあれ今は二人きり。
「なぁ」
 とビテンが問うた。
「えっちぃことしねぇ?」
 ありえないことを。
「ふえ……! あう……」
 一瞬で茹だるマリン。
 プシューと頭部の天辺から湯気が立ち上った。
 そんなマリンを見てくっくと笑う。
「ビテンは……意地悪……」
 なお赤面しながらジト目のマリンに、
「本気だがなぁ」
 ぼんやりとビテン。
「余計ダメ……」
 さもあらん。
「だいたい……ビテンには……他に相応しい人が……いる……」
「いるか?」
 これを素で言うのである。
 マリニストの鏡だった。
 今のところこの世界にマリニストはビテン一人だが。
「クズノとか……」
「はぁ」
「シダラとか……」
「ほぅ」
「カイトとか……」
「へぇ」
「ユリスとか……」
「ふむ」
「皆に『好き』って……言われたんでしょ……?」
「だぁな」
「なら向き合わなきゃ……」
「一応返事はしたぞ?」
「そう……なの……?」
「ああ」
「どうせ……マリニズムだとか……」
「だな」
「ダメ……」
「何が?」
「ビテンは私に……囚われちゃダメ……」
「と言われてもな」
 ビテンは困ったように鼻先を掻いた。
「マリンは俺のこと嫌いか?」
「あう……」
「好きか?」
「あう……」
「どうでもいい存在か?」
「そうじゃ……ないけど……」
 ビテンは青空を見ながら嘆息した。
「なんで伝わんないかなぁ」
「だって……私なんて……可愛くないでしょ……?」
「それについての議論は終えてる」
「おっぱい無いし……」
「特に俺は気にしないなぁ」
 事実であった。
 豊満ボディを持っているユリスの裸体を見て飄々としていたビテンである。
 胸の優劣。
 あるいは胸の貴賤。
 そんなことを信奉する人間ではない。
 ストイックともまた違う。
 全く違うとも言い切れはしないのだが。
 あえて言うのなら、
「マリンの胸なら何でもいい」
 が正確か。
 実にマリニズム。
「あう……」
 自身のまな板をペタペタと触って自己嫌悪。
「俺が大きくしてやろうか?」
「どうやって……?」
「揉むと大きくなるらしいぞ?」
「小っちゃくなるって……意見も聞くけど……」
「デメリットを計算に入れるほどの胸か?」
「あう……」
 トリプルAランクのマリンには返す言葉がなかった。
 と、そこに、
「やっぱりここですのね」
 他者の言葉が介入してくる。
 白髪白眼の美少女……クズノだ。
「何か用か?」
「講義に出てほしいんですの」
「単位不問処置だしなぁ」
「いえ、マーケティング的な意味合いで」
「どゆことよ?」
「発破をかける……といえばわかるかしら?」
「別にお前でもいいだろ」
「まだゼロを覚えていませんの!」
「そっちの事情に俺を巻き込む意味がわからん」
「あう……。ビテンの格好良いところ……見たいな……」
「やりましょう」
 実にマリニズム。

    *

 そんなわけで久方ぶりに魔術実践の講義に出るビテンであった。
 乙女たちが集まる此処ではビテンは一人だけ男のアウェー。
 衆人環視の視線に込められているのは敵意と嫉妬と羨望と恋慕の四種類。
 それぞれ等価にブレンドされている。
 それに怯むことのないビテンは面の皮が厚いのだろうが。
 とまれ、
「なんか言い様に操られている気分だ」
 口にはせねども不満は心に根差す。
 かといってマリンの期待を裏切ることも出来ないビテンではあるのだが。
 そんなこんなで講義が進む。
 ちなみに参加しているのはほとんどが上級生だ。
 クズノのような例外を除き、神語に理解ある新入生は少ない。
 ビテンとマリンも例外だ。
 先述したように多数の神語文字を網羅しているのだから当たり前だが。
「攻性魔術の実践」
 それが此度の講義内容だった。
 魔術は戦力。
 ビテンは、
「ああ? んなわけあるか」
 と言うが、それは紛れもない事実。
 そのため魔女は、
「より強力な魔術を!」
 を標榜とする。
 ましてエンシェントレコードは攻性魔術のオンパレードだ。
 まるで、
「人類の戦争に加担するため」
 と言わんばかりに。
 当然ビテンも攻性魔術は数限りなく習得している。
 それが如何な意味を持つかは知ったことではないが。
 そんなわけで、
「今日はゴーレムの撃破を講義とする」
 講師はそう言った。
「以前にも似たような講義を受けたな」
 とビテンはぼんやりと過去を俯瞰する。
 とはいえ、
「よろしくお願いしますわビテン」
「頑張って……ビテン……」
 クズノとマリンにそう言われては断ることも出来ず。
「やれやれ」
 ビテンは頭部を掻いた。
 そして誰にも聞こえないように呪文を唱える。
「我と汝が重なれ」
 ラインと呼ばれる魔術だ。
 肉体接触や精神接触や記号接触と違い、魔術による接触によってマジックキャパシティを共有する魔術である。
 ビテン十八番のマイナー魔術。
 そもそも、
「キャパを共有するくらいなら自分で完結するのが必定だ」
 というのが魔女の意見である。
 特にそれを悪いと云うわけではないが、ビテンとマリンにとっては重要な意味を持つ。
「では生徒ビテン」
 講師がビテンを名指しした。
 それだけでもう嫌な予感だが、
「ゴーレムの対処方法を示してください」
 嫌な予感は嫌な現実を引っ張ってくる。
「土にて托卵せよ」
 アリーナに土より出来たゴーレムたちが現れる。
「それらを撃破せよ」
 とのお達しだ。
 ビテンは少し悩んだ後、
「火よ連なりて飛び焼かせ」
 フレアパールネックレスの魔術を起動させた。
 ゴーレムは五体。
 対してビテンが生み出した火球も五つ。
 それらは撃ち漏らしもなく五体のゴーレムを粉砕してのけた。
「おお」
 と周囲がどよめく。
 少なくとも戦術級に値する魔術を使ったのだ。
 その功績は確かなものだろう。
「では次にマリン」
 と講師はマリンを指名した。
 こうなることがわかっていたためビテンはラインの魔術を使ったのだが。
「土にて托卵せよ」
 講師はゴーレムの魔術を扱う。
 現れ出でたゴーレムは十体。
「なるほどね」
 とビテンは納得した。
 要するに一種の儀式だ。
 マリンを貶めるための。
「ビテン……物騒なこと……考えちゃ……ダメだよ……?」
 先手を打たれる。
「あいあい」
 ビテンはハンズアップ。
 そしてマリンは、
「我が眼前の敵を氷にて穿つ」
 アイスランチャーの魔術を行使した。
 氷の散弾が多方向にばら撒かれる。
 氷の散弾銃。
 そして氷の弾丸によって十体のゴーレムは被弾し、撃ち崩され、土へと戻っていった。
「ふむ」
 とクズノが納得する。
「あう……」
 マリンは講義に出ている生徒たちの衆人環視に耐えられず、ビテンの背中に隠れた。
「ダメ……だった……?」
 怯えた小動物のような声でマリンが尋ねるが、
「上出来だ」
 ビテンは褒め称えクシャッとマリンの黒髪を撫ぜた。
「あう……」
 マリンは委縮するばかりだ。

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