結局のところ、 「はぁ……」 嘆息する他ビテンにはなかった。 何のことかと言えば前日のオークションについてだ。 数万のオークション参加者からエル研究会の執事喫茶に参加できる人数は五名のみ。 いわゆる一つの殿様商売。 それ自体は特別あげつらうことでもない。 問題は、 「デミィとシトネだよなぁ」 そういうことだった。 二人そろってビテンに対するジョーカー。 マリニスト故に想うところはないが思うところはある。 ともあれ、 「台無しにするのもな」 という普段ではありえない思考をめぐらせながらビテンは執事服に着替えた。 場所はいつもビテンとマリンがイチャイチャしている原っぱ。 ビテンとカイトとユリスは執事服を身に纏う。 マリンとクズノとシダラはメイド服である。 そして正装したビテンたちの他にシトネが加わる。 上品なシルクの着物を纏っている。 「我は神の一端に触れる者。世界を調律しここに示す」 そんな呪文とともにビテンたちは四次元方向に少しだけズレた。 アナザーワールドである。 自己世界を具現化する高等魔術。 ビテンのそれは図書館。 記録したあらゆる魔術書を図書館として機能させている異界。 名を、 「飛天図書館」 と言う。 この場に立つのは七人。 執事役三人とメイド役三人と客が一人。 「それで」 とこれはユリス。 「私ことユリスと、それからカイトと、ビテンから奉仕できる人間を選べますが」 「ビテンで」 シトネがコンマ単位で即答する。 「はい。ではそのように」 スーツの胸部の部分が盛り上がっている姿で一礼すると、 「ビテン。ご主人様のご指名ですよ」 「へぇへ」 脱力しながら応えるビテン。 クズノの用意したケーキとマリンの淹れた紅茶を盆に載せてシトネの席に運ぶ。 「お待たせして申し訳ありませんご主人様。ケーキと紅茶にございます」 「うむ」 「紅茶にはミルクと砂糖をお入れできますが……」 「ありありで」 「了承しましたご主人様」 うすら寒い感覚を味わいながら、ビテンはシトネに差し出した紅茶にミルクと砂糖を入れて丁寧に細いスプーンでかき混ぜる。 それからスプーンを口にくわえてウィンク。 「おお……っ!」 とシトネがのけ反った。 「可愛いな。僕の子猫ちゃんは」 「一人で完結してろ」 さすがにこればっかりは譲歩できないビテンであった。 「おら。ミルクと砂糖を入れてやったぞ。好きに飲め」 ぶっきらぼうに言ってビテンは執事服のままシトネの座しているティーテーブルに隣り合うように座る。 「ビテン?」 「なんだ?」 甚だ非友好的なビテン。 「ケーキのあーんサービスを」 「くっ……」 ビテンにしてみれば割腹ものだ。 チラリとビテンがユリスを見やると、 「っ」 軽快なサムズアップ。 「交渉の余地なし」 そういう意味に受け取った。 そうには違いないのだ。 「ちっ」 と誰にも伝わらないように小さく舌打ち。 それからシトネを見やると、 「ではご主人様」 頬を引き攣らせながらビテンは言う。 「ケーキを食べさせてあげます」 「よきに計らえ」 首肯するシトネ。 「絶対後で殺す」 そんな意志で以てビテンはフォークでケーキを崩し、その破片を串刺しにする。 「ご主人様。あーん」 「あーん」 シトネは口をあける。 そこにケーキをねじ込むビテンであった。 「何でこんなことになったかなぁ」 そう自問自答するビテン。 「ん」 とシトネ。 「ビテンに奉仕してもらうのは格別だね。僕の子猫ちゃんにならないかい?」 これを本気で言うのである。 対してビテンも、 「謹んでごめんなさい」 中々の切り返し。 「しかしここでは君は僕の執事だろう?」 「ごっこ遊びだがな」 「仕えた代わりにご褒美をあげよう」 そう言ってシトネはビテンのおとがいに手を添える。 「お断りだ」 ビテンはいともたやすくその手を振り払った。 「反抗的な執事だ」 「それも味わい深いだろう?」 * そうしてシトネとのひと時は終わった。 次の客は、 「はぁぁ……」 ビテンを脱力させるに足る人物だった。 デミィ。 デミウルゴス教皇猊下。 桜色の瞳は、 「興味津々です」 と語っている。 「我は神の一端に触れる者。世界を調律しここに示す」 ビテンはお決まりの呪文を唱えた。 エンシェントレコードに通じて世界法則が改変される。 視界に広がるのは飛天図書館。 「ここが……」 色々とデミィにも思うところがあるらしい。 「飛天図書館……」 「そうでございます。猊下」 ビテンは慇懃に一礼した。 「それで」 とこれはユリス。 「私ことユリスと、それからカイトと、ビテンから奉仕できる人間を選べますが」 「ビテンで」 デミィは即答。 そも、そのために金銭を使ってチケットを得たのだから。 「はぁぁ……」 ビテンは嘆息してクズノの用意したケーキとマリンの淹れた紅茶をデミィにふるまった。 「どうぞ」 との言葉は奉仕精神の賜物だ。 「ビテン」 「何でっしゃろ?」 既に執事の言葉づかいではない。 が、突っ込むほどの繊細さをデミィを持ってはいなかった。 「あーん、ってして欲しいな」 「へぇへ」 ビテンはフォークでケーキを崩すと、 「はい。あーん」 とケーキの欠片をデミィの口元へ持っていく。 「あーん」 と愛らしく目を伏せてデミィも口を開ける。 ビテンはその口内にケーキをねじ込む。 咀嚼。 嚥下。 「うん。美味しいね」 「なら良かったぜ」 もはや執事としての態度ではないが、デミィに言わせれば、 「それがいい」 と云うことになる。 「紅茶にミルクを」 今更注文してくるデミィ。 「承りました。お嬢様」 慇懃に言ってミルクを紅茶に入れてかき混ぜる。 「どうぞ」 とビテンが言うと、 「ん」 と首肯し、 「……ふむ」 ミルクティーを飲む。 それからデミィは、 「ん。さすが」 と賛美した。 「淹れたのはマリンだがな」 ビテンが皮肉気なのもしょうがないといえばしょうがない。 「そうじゃなくてっ」 「そうじゃなくて?」 「ビテンが入れてくれたミルクに愛を感じるんだよ?」 「誰が入れたって同じだこんなもん」 「ビテンはわかってないね」 「何にだ?」 「愛の深さについて」 「特にそんな気は起らないがなぁ」 「ふーんだ」 プイッとデミィはそっぽを向いた。 「ビテンの鈍感」 「はいはい」 ビテン自身は鈍感などではないが、 「やれやれ」 慮ることくらいはできる。 言葉には決してしないが。 そんなこんなでビテンの仕事は終わる。 時間が来てアナザーワールドを解くビテン。 常世界に戻る七人。 ビテン、マリン、クズノ、シダラ、カイト、ユリス、デミィで七人である。 元の世界で待っていたのは嫉妬と羨望の視線。 「そんなものかね?」 とビテンは思わざるを得ない。 自身が美少年であることを自覚はしても自認はしていない。 であるからシトネとデミィの受けた歓待を想像するほかない。 もっともビテンにしてみればケーキとお茶を出しただけで済む話だが。 残る客は三人。 「あの……」 と気の弱そうな少女がチケットをユリスに差し出す。 「ふむ。次のお客さんだね。ビテン?」 「あいあい」 軽い返事で答えて、 「我は神の一端に触れる者。世界を調律しここに示す」 ビテンはアナザーワールドの呪文を唱えるのだった。 生憎とそれ以降はカイトとユリスの指名に終始してビテンの立場はなかったが。 とりあえず『やりきった感』を覚えて嘆息するビテンであった。 さもあろう。 |