ダ・カーポ

学院祭一日目


 各々が準備を終えて学院祭が始まった。
 拡声器の代わりに声を広範囲に届ける魔術で学院祭開始の合図となる。
 ユリスの言葉がシメだ。
 学院祭は学院総出でのイベントであるため暇な人間は大陸四か国からも流れてくる。
 特に乙女の園ということもあって、男子の人気は異様に高い。
 ナンパも多発する。
 が、ビテンにはどうでもいいことだった。
 もとより男の身であるためナンパを受けようはずがない。
 女子から誘いは受けたが悉くつっぱねた。
 マリニスト故。
「マリンはどこか行きたいところはあるか?」
「あう……」
 頬を朱色に染めてマリンは委縮した。
 無理もない。
 ビテンと手を繋いでいるのだから。
 マリンも認識はしているもののデートである。
 学院が街まで含めていくら広いとはいえ大陸中の人間が集まるため人がごった返す。
 手を繋がなければビテンはともあれマリンは押し流されるだろう。
「この際遠慮は悪徳だぞ」
「あう……。じゃあ……甘いもの……食べたい……」
「甘味な」
 掲示板を見やりながらビテン。
 ところどころにある学生用掲示板には、学院祭に限っては出店や催し物の案内が張り紙としてされてある。
「ちょっと遠いが甘味処を出してるサークルがあるな。行ってみるか?」
「うん……」
 コクリと首肯される。
 そんなわけで二人はとあるサークルの甘味処でまったりするのだった。
 ビテンはコーヒーを、マリンはケーキと紅茶を、それぞれ楽しむ。
 衆人環視の視線はこと今回においてはあまり気にもできない。
 なんといっても乙女の園に男性がちらほら混じっているからだ。
 事情を知らない者には一男子にしか見えないのだろう。
 そういう意味ではビテンも少し気が楽だった。
 コーヒーを飲んでいると、
「美味しい……ね……」
 とケーキをフォークで崩しながらマリンが言った。
「お前が淹れたほうがン倍美味い」
 声自体は潜めているものの言っていることは容赦がない。
「あう……」
 とマリンもいつも通り委縮。
「マリンのコーヒーには愛という名の刺激物が入ってるからな」
「それは味とは……関係ないよ……?」
「悲しいことを言わないでくれ」
「むぅ……」
「いつもいつも……ありがとな」
 犬歯を見せてビテンが笑うと、
「あう……」
 とマリンは照れて見せ、
「何が……?」
 と問う。
「俺のわがままに付き合ってくれたりお世話してもらったりして、だ」
「私が……好きでしてる……ことだから……」
「俺が好きってことか?」
「あう……」
 今度は唸るようにそう呟いて、
「ビテンの……いじわる……」
 と少し拗ねた。
「ふわぁ……!」
 と感激したのはビテン。
「やっぱ可愛いな、お前」
 心底本音だ。
「ビテンの……いじわる……」
 なんて拗ねるマリンに感動さえ覚えていた。
「ビテンの周りには……もっと可愛い子が……いる……」
「そこまで手前味噌せずとも」
「違う……から……」
 言葉足らずで不器用で。
 照れ屋で奥手で人見知りで。
 そんな小動物みたいな女の子。
 その純情さが何よりビテンを惹きつける。
 マリニズムにも染まろうというものだ。
「マリンは可愛いなぁ」
「ビテンは……ひどい……」
「んなこた委細承知」
「自覚的なの……?」
「そらまぁ」
 いともたやすく、
「明瞭だろ」
 行われるえげつない行為。
「気にしたり……しないの……?」
「してどうなるもんでもないしな」
 コーヒーを飲む。
 特に溜飲することもなく。
「だいたい何でお前はそんなに否定的なんだ?」
「あう……。秘密……」
「ふーん」
 秘密と言われれば引き下がるしかない。
 少なくともビテンにとってのマリンであれば。
 隠し事の一つや二つで目くじらを立てるマリニストではビテンはない。
「この後のデートどうする?」
「で……デート……」
 赤面するマリン。
「デートだろ?」
 少なくともビテンの意識ではそうだ。
 そしてマリンの意識でもそうであった。
 ただビテンとは違い、マリンには後ろ髪引かれる思いがあるのだが。
 それはともあれ、
「お昼だから……クレープ屋……とか……」
「じゃあ決まり。そうするか」
「うん……」
 それでもビテンと一緒にいたいと云うのもマリンの偽らざる本心だった。

    *

「ビテン」
 前方から名を呼ばれた。
「ビテン」
 後方から名を呼ばれた。
 前門の虎、後門の狼。
 そんなフレーズがビテンの意識に生まれる。
 二つともが二つともに聞き覚えのある声で……何より苦手とする人種だったことが致命的だ。
 前門の虎は、
「ビ〜テ〜ン」
 と気安くビテンを呼んで抱きついてくる。
 桜色の髪に同色の瞳。
 そんな華やかな色に負けないほど顔の印刷も整っている。
 一息に言えば、
「美少女」
 と言い切れる少女。
 が、美少女だけではこの少女を語りきることが出来ない。
「デミィ……」
 とビテンが愛称を呼ぶ。
 桜色の美少女はビテンに抱きついたまま身長の差異事情によってすぐ目の前のビテンを見上げる形となる。
 そしてニコリと濁りなく微笑む。
 マリニストのビテンには影響がないが並みのボーイなら一瞬で陥落するであろう逸材だ。
 デミィ……名をデミウルゴス。
 北の神国の教皇猊下である。
 アイリツ大陸にある四か国に必然的にいる四人の神王皇帝の一人。
 大陸宗教の総本山のトップである。
「えへへ〜。ビテンだ〜」
 ビテンより頭一つ低いデミィは抱きついて自身の頬をビテンの胸板にこすり付けていた。
「あう……」
 とマリンが困ってしまう。
 ビテンに、
「自分はダメだ」
 と言っておきながら恋慕も持っているため心境複雑なのは『無遠慮の申し子』と呼ばれていないビテンにさえ察しえる。
 ので、
「離れろ」
 とビテンはデミィの頭部を掴んで引きはがす。
 事情の最悪さで云えばデミィの存在なぞ開幕パンチに相違ない。
「やぁ僕の子猫ちゃん」
 本命は遅れてやってくる。
 ビテンは振り返らずとも知っていた。
 青髪碧眼の美青年。
 名をシトネという東の皇国の王子だ。
 やんごとない身分ではあるものの、こと政治的空白地帯である大陸魔術学院では一人の人間である。
 それだけなら、
「はぁーん。そう」
 でビテンは終わらせるのだがシトネ殿下は男色家でビテンに唾をつけたがっているためビテンにとってはあまりな危険人物と言える。
「おや、デミウルゴス教皇猊下……」
「そういうそっちはシトネ殿下じゃあないか」
 どうやら前門の虎と後門の狼は知り合いらしい。
「猊下はビテンの知り合いで?」
「私はビテンの側室だよ」
「好き勝手言ってやがる……っ」
 そんなビテンの不満はスルーされた。
「殿下にいたってはビテンとどういう関係なの?」
 シトネはクシャッとビテンの黒髪を撫ぜると、
「僕の子猫ちゃんさ」
「現実を見ろ」
 そんなビテンの不満はスルーされる。
「ということは恋敵?」
「そういうことになるのかな?」
「ちょっと国境について語りあおっか」
「僕は構わないけど」
「やめい」
 ビテンは場を強引に執り成す。
「それで何の用でここに来た? 暇つぶしじゃあるまいな?」
「ビテンの執事喫茶のチケットを買うため」
「以下同文」
 予想を超えて最悪の回答だった。
 ビテンは痛むこめかみを人差し指で押さえる。
「一応金貨十五枚持ってきたけど足りるかな?」
「僕は二十枚だね」
 お布施と血税にあぐらをかく人間らしい言葉だ。
「そろそろエル研究会主催のオークションが始まっちゃう!」
「では行こうか。猊下。マリン。子猫ちゃん」
「好きにしてくれ……」
 もはやビテンの未来予想図は暗澹たるものだった。
 そんなわけで、
「金貨二十枚! 金貨二十枚! これ以上のアップはあるでしょうか!?」
 ユリスがそう声を大にしていった。
 シトネの提示価格だ。
 ボイスの魔術によって場の全員に行き届く。
 当然金貨二十枚などに超えようと思えるほど学生の金銭感覚はおかしくない。
「続いて二枚目のチケットに移りますが……」
 これも瞬殺。
「金貨十五枚! 金貨十五枚! これ以上のアップはあるでしょうか!?」
 当然デミィだ。
 少なくともデミィとシトネの相手をせねばならず憂鬱な気分を味わうビテンであった。
「世界……滅びないかねぇ」
 そんなことすら思う。
「それだけ……二人ともビテンが好き……ってことだと思うよ……?」
 マリンの慰めは慰めになっていなかった。
「心頭滅却すれば……の心地で臨むしかないな」
「そんな大げさな……」
「心底本音だ」

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