結局のところ、 「私にはビテンが必要ですので」 と云う言葉で女生徒を撃沈させるユリス。 それから市場や露天商をひやかして時間を潰す。 食事処で昼食をとった後、午後は夕餉の仕入れに精を出す。 そしてユリスの宿舎に戻るビテンたちであった。 今日の夕餉は白米と魚の干物と味噌汁。 御近所の大陸の輸入品だが誉められたものである。 ビテンがコーヒーを飲んでいる間にマリンとユリスが共同で用意した夕餉だ。 隙のない夕食だった。 「ところで」 とこれは夕食を終えて食後の茶を飲みながらビテン。 「お前のファンクラブはいつもあんな感じか?」 「熱烈であることは認めますが……」 「ふむ?」 「あそこまでは珍しいですね」 等しく茶を飲むユリスがそう言った。 「あう……」 とマリンは平常運転。 「俺が刺激していると?」 「ではありますが主体権は私にありますし気にすることでもないかと」 「とは……言われても……な……」 苦笑して茶を飲む。 「その内刺されかねん」 「リザレクション持ちの魔女を配備しましょう」 「お前が遠のけば済む話だろう?」 「むぅ」 睨んでくるユリス。 「冗談だよ」 ビテンはハンズアップ。 降参の意思表示だ。 「しかしな」 と言う。 「お前のファンクラブはたしかに在るわけで」 「そうですけど……」 「なら立ち位置を把握することも必要じゃないか?」 「私は邪魔ですか?」 ユリスは飼い主に見限られた忠犬のような瞳をしていた。 毅然とした、 「お姉様」 と奉られているユリスの姿はそこには無い。 さもあらん。 ユリスとて乙女だ。 惚れた男にけんもほろろにされれば不安を抱えて違いない。 さて、 「一応言っとくが」 ビテンは茶を飲みながら目を閉じた。 ユリスの視線から逃れるためだ。 「俺はマリニストだ」 「知っています」 ユリスが即答して、 「あう……」 マリンが狼狽える。 「基本的に俺が愛情を注げるのはマリンだけだ」 「知っています」 ユリスが即答して、 「あう……」 マリンが赤面する。 「そこまでわかってなお俺に心を仮託するのか?」 「ええ」 いっそ気負いなくユリスは頷いた。 「そんなあなただからこそ愛してやまない」 「?」 ビテンは瞳を開けると首をクネリ。 「前後が繋がってないぞ?」 「繋がっていますよ」 ユリスは苦笑した。 「つまりビテンの愛を勝ち取ったものは幸せになれるってことですよ」 「良かったなマリン」 「あう……」 マリニズムをこじらせたビテンと萎縮するマリン。 「本当にビテンはマリンに入れ込んでますね」 「まぁな」 しかして、 「あう……。駄目……」 マリンは反抗した。 「何がだ?」 「何がでしょう?」 ビテンとユリスは首を傾げるばかりだ。 「ビテンは……私に構ってばっかりじゃ……駄目……」 「俺はお前に惚れてるんだ」 「私なんて……」 「なんて?」 「ペチャパイだし……可愛くないし……マジックキャパシティも残念だし……」 「それはお前が原因の報いか?」 「そうじゃ……ないけど……」 「なら気にすることはあるまい。だいたいマリンを以て可愛くないなんて云ったらそこら中醜女だらけの世界になっちまうぞ」 「あう……」 言葉を失うマリンだった。 「そもそもマリンが可愛くなければビテンが惚れるはずもないでしょう?」 ユリスもまたフォローする。 「可愛い……?」 「抜群に」 「嫉妬するほど」 「あう……」 照れ照れ。 そういうところがビテンの恋心を刺激するのだが当人に自覚は無い。 だからビテンは言うのだ。 「可愛いなぁ」 クシャッとマリンの頭を撫でながら。 * 食後の茶の時間が終わるとビテンは一番風呂に入っていた。 全身を洗った後、湯船に浸かる。 「ふい」 憂世の垢を落とす。 まさにその通りの心地だ。 温泉の恵みとはいえ、ここまでゆったりと入れる風呂は学院でも宿舎くらいだ。 「あーあ」 ビテンは面倒くさげに吐息をついた。 衣擦れの音がしたのだ。 脱衣所から。 マリン……であるはずもない。 あの純情を固めて造ったバージンに、 「ビテンと一緒にお風呂っ」 なんて度胸は無い。 それをビテンは誰より知っていた。 そしてその純情さに惚れているのだから。 そもそもにして何時惚れたのかもわからないほど業の深い感情だ。 アイデンティティが確立された時には既にマリンに心を仮託していた。 意識の上で過去を遡っていると、カラリと浴場の戸が開いた。 案の定入ってきたのはユリスだった。 チラリとそっちに視線をやる。 あまりに大きな乳房。 それに見合わぬモデル体型。 背中からお尻にかけての曲線は芸術的で。 美の女神も裸足で逃げ出す裸体だった。 チラリと見たビテンではあったが、 「…………」 特に感想を言うでもなく視線を逸らした。 ゆったりと湯につかる。 「そこまで無視されるといっそ清々しいですね」 ユリスは苦笑い。 視線を逸らしたビテンには通じないが。 「何だかな」 とビテンは思う。 さほど自分を評価しない人間だ。 元より、 「ものぐさ」 「無遠慮」 「残酷」 を友とする。 そんな自分に惚れる女性の頭を疑うほどだ。 唯一の例外がマリンである。 であるためこんな状況が出来たのだが。 「感想の一つくらい言っても……」 「出ていけ」 「それは感想じゃないです」 「さいか」 どこまでも飄々と。 ユリスは全身を清めるとビテンの隣に入浴した。 先のデートの時のようにビテンの腕に抱き付く。 ムニュッと大きな乳房を押し付けられて、それでもビテンは平然としていた。 朝の反応とは大違いだが、本来こちらがビテンの地だ。 「何も思ってはくれないのですね」 「んなことはないが……」 「ここでは二人きりですし周りの目も気にせず交流できますよ?」 「じゃあ聞くがな」 「はいはい」 「どうしてゼロフィールドを覚えようとする?」 ビテンにはソレが不思議でしょうがなかった。 ゼロフィールド。 北の神国にて封印されている禁忌魔術の一つだ。 「…………」 ユリスは沈黙した。 「アレがどういう意味を持つのかわからんわけでもあるまい?」 さらにビテンは言葉を被せる。 「どうも色っぽい話ではないな」 と自覚しながら。 「だからこそ意味があるとは思いませんか?」 「まぁ対抗魔術の究極だしな」 それもまた一つの真理だ。 「ビテンは北西大陸の事情を鑑みたことはありますか?」 「特に気にしてないが……」 「私はそれを懸念しています」 「?」 首をクネリ。 「どういうことだ?」 「心配が過ぎるというならそれでもいいのですけどね」 「うん?」 やはりビテンには理解不能だった。 ユリスは説明の義理をあえて省いているようだったが。 「ビテンは魔術を熟知していますよね」 「まぁな」 「それこそミスターマジカルライブラリとでも云うべき存在です」 「俺の二つ名の一つに入れておいてくれ」 「おかげで私はゼロフィールドに出会えた」 「もう遡行翻訳は終わってるんだろう?」 「ええ。後は独自翻訳だけです」 「何をそんなに焦るんだ?」 「時が来たなら教えますよ」 そう言って苦笑いをするユリスだった。 ムニュッと大きなおっぱいがビテンの二の腕に押し付けられる。 「…………」 反応しないビテンではあるが。 「まさかゲイってことは無いですよね?」 「まさかだな。マリニストと云ったろう」 「むぅ……」 巨乳の誘いにも乗ってこないビテンを歯がゆく思うのは乙女の特権だった。 |