ふにふに。 もにゅもにゅ。 それがうっすらと覚醒したビテンの感じた感触だった。 何か柔らかいモノを掴んでいる。 その程度の認識。 そして窓から差し込む日光に目をやられて意識を完全に覚醒させると、 「くぁwせdrftgyふじこlp!」 状況を把握してビテンは珍しく狼狽した。 自身の手が掴んでいるものの正体を知ったからだ。 柔らかいと云った印象に齟齬は無い。 ふにふにと驚愕ゆえか本能ゆえか二、三度揉むと、 「あん」 と女子が甘い喘ぎ声を上げた。 おっぱい。 ビテンの手は同じベッドで寝転んでいる金髪金眼の美少女……お姉様ことユリスの乳房を大胆に掴んでいた。 当然、柔らかくもあろう。 エル研究会の面々では珍しい巨乳の持ち主だ。 見るだけで眼福。 触るだけで畏れ多い。 まして揉むともなれば不敬にも値しかねない状況。 「起きましたねビテン」 胸を揉まれたことについて責めるわけでもなく爽やかにユリスは笑う。 「おはようございます」 「あ、ああ……おはよ」 マリン以外の女性の裸に興味のないビテンではあるのだが、起き抜けに果実に例えて相違なく有難い巨乳を揉まされれば思うところもあるのだろう。 既に手は引っ込めているが、わきわきと先の感触を確かめるように指を甘く握ったり開いたり。 「で」 六根清浄。 雑念を追い払うとビテンの無遠慮が目を覚まし、ジト目になる。 「何でお前が俺のベッドに侵入している?」 「一緒に寝たかったから……では駄目ですか?」 「とは言わんが……」 何とも返事に困る。 「先に言っとくが俺に惚れるな」 「また無茶を……」 「マリニストだからな」 「気持ちはわかりますが……」 なんともむず痒い反応のユリスだった。 「あう……ユリス……?」 そしてビテンに割り振られた寝室にヒョコッとマリンが顔を出す。 「起きた……?」 「ええ」 「おはよ……」 「はい。おはようございます」 「ビテンも……おはよ……」 「ああ、おはよ」 そんなわけで三人はユリスの宿舎で朝食をとるのだった。 作ったのはマリン。 宿舎を宛がわれた場合、使用人を雇うことも出来るらしいが、 「他人が同じ屋根の下にいるのは面倒」 とはユリスの言。 「俺は良いのか?」 とビテンが問うたが、 「他人じゃないでしょう?」 ユリスは、 「さも当然」 と最短で言い切った。 「何だかなぁ……」 と思わざるを得ない。 主にマリンの負担になるため言葉にはしないのだが。 食後のフレッシュジュースをちまちま飲みながら考え事。 「さて、ビテン」 考え事は容易く粉砕された。 「何でっしゃろ?」 「今日は日曜日です」 「そうなのか?」 ビテンは視線をマリンにやる。 コックリと首肯。 「日曜日……」 らしい。 夏季休暇を長く過ごしているものだから曜日の感覚がビテンの中では薄れていたのだ。 もっとも仮に後期授業が始まったところで色付きマントを授与され単位不問処置をとられたビテンがいちいち講義に出るわけもないのだが。 では何をするかと問われれば、 「自堕落」 とビテンは返すことだろう。 閑話休題。 「デートしませんか?」 「嫌」 即答。 この時のビテンはいっそ爽やかな笑顔だった。 何を思い煩うでもない。 そんな笑顔。 「マリンはどうします?」 「あう……。お邪魔……じゃない……?」 「というかマリンがついてきてくれないと私はビテンに袖にされるのですが」 「じゃあ……行く……」 「おい」 ドスのきいた声はビテン。 「マリンを抱きこむのは反則だろう」 「こうでもしなければビテンは動かせませんし。なんならマリンと二人だけでもいいですよ? マリンにお姉様と呼ばせてみせましょう」 「この毒婦」 「褒め言葉と受け取っておきます」 元より生徒の長。 ビテンの無遠慮に冷静に対処できる辺りは先輩としての貫録と云えた。 そんなわけで三人でデートすることになる。 * デートとは言ってもあくまで学院街に出向くだけだ。 ビテンは学ラン。 マリンとユリスはセーラー服。 学院の制服だ。 魔女は、そうでない者から畏敬の念で見られる。 当然ビテンたちも注目に値したが、 「…………はぁ」 ビテンは嘆息した。 衆人環視の視線に、だ。 一応魔女が珍しくないところではあるが、それとこれとは別問題。 ビテンは黒い瞳こそ死んでいるものの顔の印刷は大変よろしい。 美少年と言って過分ではない。 マリンとユリスは美少女だ。 マリンは幼げを残しており、ユリスは成熟した乙女の美貌を持っており、互いに正反対の美少女なのだ。 これで人目を引かないわけもない。 「あう……」 マリンが呻く。 「大丈夫……ビテン……?」 「大丈夫じゃないからキスしてくれ。そしたら元気が出る」 「ふえ……あわ……」 狼狽えるマリン。 ビテンはシニカルに笑う。 「冗談だ。可愛いなマリンは」 マリンの黒髪を優しく撫ぜるビテンだった。 「あうぅ……」 真っ赤になって萎縮。 実にマリニズム。 「私の頭も撫でてください」 ユリスが少しささくれ立った口調で言う。 「特にやる気が湧かんな」 本音全開だ。 「むぅ」 不満らしい。 当たり前だろうが。 「だいたい頭を撫でられて喜ぶタチか……お前が」 「ビテンになら……」 「あー、マリン至上主義なもんで」 「私のおっぱい揉んだくせに……」 「ベッドに入ってくるお前が悪い」 ビテンは何処までも容赦がない。 「マリンには無いモノですよ?」 勝ち誇ったように大きな胸を張るユリス。 「あう……」 スットントンの自身の胸を顧みるマリン。 「だろうな」 特に感銘を受けた様子もなくビテン。 「別に私の物になれとは言いませんから多少なりともお付き合いしませんか?」 さりげなくユリスはビテンの腕に抱き付いてくる。 「あう……」 マリンもまた反対の腕に抱き付いた。 「ユリスは離れろ。鬱陶しい」 「贔屓にすぎますよ?」 「だーかーらー」 「マリニズムですよね。はいはい」 「わかってるならマリンを刺激するな」 「わかってはいても納得は出来ないんです」 「難儀だな」 「繊細な乙女心と言ってほしいのですが」 「そんな機微を悟れる人間に見えるか?」 「いいえ」 と否定した後、ユリスはくつくつと笑った。 「なんだその笑みは?」 「ですから……だからこそ惹かれるんです」 「マゾか?」 「ニブチン」 「今更だな」 「そんなビテンも魅力的です」 そう言ってギュッとビテンの腕におっぱいを押し付けるユリスだった。 と、 「お姉様から離れろ外道!」 そんな快活な宣言と共に一人の女子が背後から飛び蹴りを放ってきた。 見事な跳躍力……そして見事な加速だった。 ビテンの後頭部に吸い込まれるように放たれたキックは、身を低くしたビテンの頭上を通り抜けて地面にスライディングした。 「何事か?」 と学院街の道行く人たちが少女に視線をやる。 黒いセーラー服の少女だった。 つまりは魔術学院の生徒……魔女の卵である。 「お姉様への不埒な行為はユリスお姉様ファンクラブ第百二号の私が許しません!」 スライディングからの立ち上がりは見事なもので、バッと立ち上がると同時にスカートをはためかせ土埃を払い、ビテンに指を突きつける少女。 「だとよ」 ビテンはユリスを見やる。 「お姉様! 目を覚ましてください! 男なんて劣等種に関わって身を堕とすなんてありえません!」 「私が好きでしていることですよ。横やりならご勘弁を」 「お姉様は騙されているだけです! 男は好きでもない女を抱けるんですから!」 「そうなんですか?」 「まぁ普通はそうだな」 一般論だがビテンは当てはまらない。 マリニズム。 「というわけでお姉様! その男の本性も暴露されたことですし私と蜜月の時を過ごしましょう?」 あまりと云えばあまりの言葉。 「頑張れ」 ビテンは端的にそう言った。 「ビ〜テ〜ン〜」 責めるような目でユリスが追及したが当然痛痒を覚えるビテンでもなかった。 |