「なんだかすまないね」 東の皇国。 その皇都。 その市場。 その一角にあるカフェのテラス席で茶をしばいているとカイトが謝ってきた。 「何が?」 問うまでもなく明確だが様式美も必要だ。 「お母様は過保護でね」 「俺は悪い虫ってわけだ」 「ごめんなさい」 「特に気にしてねぇよ」 事実だ。 「それでも」 「止めてくれ。背筋がうすら寒くなる」 「悪い異性に引っかからない様にって大陸魔術学院を進めてくれたんだけどね」 「別の方向で意味なかったがな」 「……まぁね」 プリンス。 ボーイッシュな美少女カイトのアイドル性は一つの勢力でもある。 憧れる女子多数。 なんとも因果なことではあった。 で、消去法で友人たり得たのがエル研究会の面々であることは皮肉なのか何なのか。 「一応聞くがお前のお母様は魔女なんだよな?」 「だね。軍属魔女で宮廷魔女。ついでに貴族のおまけ付き」 「道理で攻撃的な思考をするわけだ」 「どゆこと?」 「ちょっと理解が及ばないなってな」 「ビテンにとって魔術とは?」 「一種の交渉材料」 苦も無く言ってのける。 「話し合いの根源にしてはエンシェントレコードの記録はあまりに攻撃的すぎる気もするけどね」 「否定はしない」 基本的にエンシェントレコードがもたらす結果は全てではないが戦闘行為に直結している。 であるため国力イコール武力の図式であるこの時代では欠かせない技術だ。 ビテンにしてみれば、 「職業軍人には分かり難い価値観かもしらんがな」 と嘯ける内容でもある。 元よりマリンいる限りビテンは魔術で人を殺せない。 なればこそ魔術の運用について客観的な視点を持ちうる。 「なんだかなぁ」 コーヒーを飲む。 「ああ、無常」 と云った心地だ。 もとより不精癖が強いだけに。 「さて、これから」 何処に行こうとビテンが言いかけた時、 「お兄さん。ちょいとお時間宜しいですか?」 不躾な声が聞こえてきた。 チラとそっちに視線をやる。 サマースーツを着た大人の女性がメモ帳片手にビテンを見やっていた。 年齢的にはカイトの母親たるカナキと同じかもうちょっと……と云ったところだ。 「何でっしゃろ?」 「ええと」 とここで恐縮して、 「申し訳ありませんカイト様。畏れ多いことながら時間の都合はよろしいでしょうか?」 一応のところ貴族のご機嫌を取ったりする。 「構わないよ。それから偉いのは僕じゃなくてお母様だから恐縮することもないしね」 「ご冗談を。それでは……ビテンでよかったでしょうか?」 「ああ。そういうそっちは?」 「ありゃ。申し遅れました。壁新聞社の一社員で……」 女性社員は自己紹介する。 名刺なんかもらったりして。 「私は大通り壁新聞の記者で『アイツが噂の』というコーナーを担当しております。今ホットな話題の人物にインタビューしてまわる者ですね」 「はあ」 特にビテンの気を惹くような発言ではなかった。 「来週のネタは今週の内に。というわけで今一番ホットな人物たるビテンに声をおかけしたというわけです。男でありながら魔術を扱い、しかも非凡なモノだとか。西の帝国の軍隊を押し戻したのもビテンの魔術と聞きました。すごいですね」 「記者も大変だな」 「ズバリ聞きます。最大でどれくらい強力な魔術を使えますか?」 「知らん」 「そう言わず」 「いや、本気で知らん」 「ええと。限界とか何か無いんですか?」 「まぁ色々と制約くらってるからあまり甚大な被害が出る魔術は使わないようにしている。結果として俺自身把握していない」 「それはそれは」 ペンでメモ帳に記していく。 「ビテンは男でありながら魔術を使う自分をどのように定義していますか?」 「ん〜……因果な奴だな程度?」 「此度ビテンを巡って魔女同士が決闘をするそうですがこれについてのコメントを」 「頑張れ」 「中にはカイト様との御関係を気にする噂まで流れておりますが?」 「友情万歳」 「ガセネタと?」 「ああ」 「女性の下着の色は何色が最も興奮しますか?」 「なぁマリン」 「何……?」 「殺っていい?」 「あう……。駄目……」 「今まで抱いた女性の数を教えてください」 「なぁカイト。皇都でこいつらは何時もこんなノリ?」 「まぁ概ね……ね。ちなみに先週はシトネ王子殿下の色事情だったかな?」 「よく首刎ねられないな」 「皇室も呆れて一線引いているんだよ。ほとんど悟りを開いた境地だね」 「呆れは無気力の友だしな」 「ビテンもね……」 「辛い評価だなマイプリンセス」 「ま……ね……」 「シトネ王子殿下はソレで良いのか?」 「良いとも」 ビテンの疑問に答えたのはマリンでもカイトでも記者でもなかった。 青髪碧眼の美青年だ。 白いシルクの着物を纏っている。 高貴な出なのはそれだけで知れた。 「やあカイト。いい天気だね」 「殿下。御供もつけずに……」 それだけで悟れると云うものだ。 「パパラッチさん? この場は譲ってもらえるかな?」 「はい。これにて失礼します王子殿下……」 「ありがとう。貸しだと思ってくれていい」 「畏れ多くございます。それでは」 そしてそそくさと記者は去っていった。 「可哀想に」 言葉にこそしないビテンではあるが。 「席を一つ貰っても?」 「殿下を撥ねつける者なぞ皇国には存在しませんよ」 「感謝を」 そう言って皇国の王子……シトネは席の一つに。 ガチガチに緊張しているウェイトレスに紅茶を頼んで、 「君たちも好きに頼むといい。この場は奢らせてもらうよ」 「じゃあコーヒー」 ビテンはシトネ王子殿下を前にしても平常運転。 「あう……」 マリンは毎度の如く萎縮しているが、これは恐縮ではなく人見知りしているだけで、内面で不敬を働いていても結果論として幸いしていた。 「では僕は紅茶を」 カイトは概ね自然体ではあるが姿勢からだらけが無くなっている。 暑い盛り。 アイスコーヒーをビテンが、アイスティーを他三人が、それぞれ楽しんでいる。 「一応理解はしているけれど問わせてもらっていいかい?」 綺麗な姿勢で茶を飲みながらシトネが言う。 碧眼の視線はビテンを捉えていた。 「どうぞ」 畏敬に関係の無いビテンらしく端的に。 「君がビテン。男でありながら魔術を使う唯一のイレギュラー」 「だな」 「何でも火の章を扱うことに長けるとか」 「お好きに」 元がフレアパールネックレスの使い手として広まった噂だ。 勘違いも甚だしいが訂正する労力はビテンには無かった。 「何でもその戦力はあまりに甚大だと」 「さほどでもねえよ」 「謙虚なのかな?」 「はあ?」 目を細めて、 「何を言ってるんだコイツは」 と黒い瞳孔で語る。 「いいね。その不敵さ。君がその……『アイツが噂の魔術師か』ってところかな?」 「まぁ違いはないが」 「意思の強い瞳は宝石の様だ」 「意志薄弱人類代表だぞ?」 「顔の造りも丁寧だね。学院でもモテるだろう?」 「男慣れしてない奴らが幻想を抱くだけだ」 「何も思わないのかな?」 「マリニスト故」 「ん?」 「惚れてる女の子が一人いるから他の女に興味が湧かないと云った」 「あう……」 マリンが照れ照れ。 カイトもくっくと笑っている。 「良いね。君は実に良い」 「恐縮だ」 「僕の物になりたまえ」 飲んでいたコーヒーを全力で噴き出すビテンだった。 一応、人のいない角度を計算して、だが。 「カイト。此奴何言ってんの?」 「シトネ殿下は男色家なんだよ」 「先週の『アイツが噂の』のシトネ殿下の色事情って……」 「うん。まぁ」 そういうことだった。 「俺を中心に半径五メートル圏内に入るな」 「つれないな」 「俺を巻き込まない範囲では好きにしろよ」 「そういう人間をこそメロメロにさせてみたいんだ」 「五十年後にもう一回言ってくれ」 「無論僕の物になればあらゆる快悦愉悦を約束しよう。幾らでも贅沢させてあげるよ。ビテン……君はただ僕の可愛がりに反応すればいい」 「だから好きな奴がいるんだ。そうでなくとも男色に走るかっ」 「僕に愛されたいって想っている子猫ちゃんは多いよ? その中でも厳選しているんだから僕の指名は光栄なことだと思うがね」 「残念だったな」 蟻走感を覚えながら表面的には冷静にビテンは皮肉った。 「噂の君は高嶺の花、か」 「噂については話半分に聞いておけ」 「君ほどの魔術の使い手ならば恋慕の関係じゃなくとも手元に置いておきたいものだけど」 「デミウルゴス教皇猊下に仕える身であるが故」 「超嘘つき……」 マリンのツッコミは容赦なかった。 「そうだ。今日は僕の家に泊まらないかい?」 「全力で遠慮する」 「味見するだけだって」 「それ以上こっちに近づくな」 左手を突き出して牽制する。 シトネはそんなビテンの唇にピンと伸ばした人差し指の先を当てて、それからその指を自分の唇に当てた。 間接キスだった。 「殺すっ」 「駄目……」 「というか不敬罪がバンバン積み重なっていってるんだけどその辺どうなんだい?」 東の皇国の貴族であるカイトには悪夢のようなやりとりだろう。 「ま、焦って良い結果の出る恋は無し。ビテンを口説くのは時間をかけよう。そうそう。カイト、ビテン、後日の決闘は楽しみにしているよ。特にビテン。男の魔術と云うものを是非見せつけてくれ」 チュッとビテンに投げキッスをして顔をしかめさせ、それに苦笑した後に領収書を握ると、シトネは会計をしてその場を離れた。 「嵐が去った」 ビテンにしては珍しく、全身全霊で戦慄していた。 さもあろうが。 |