ダ・カーポ

婿殿


 西の帝国では国葬が催された。
 リッチおよびグールの殲滅に加担した魔女は二十人強。
 内、待機していたグールの不意打ちで殺された魔女が五人。
 グールに殺された者はグールとなる。
 そのためビテンのフレアパールネックレスによるグールの殲滅にはこの五人も含まれる。
 高位モンスターであるリッチを相手取って戦術魔女五人を失ったのは運が良いのか悪いのか。
 最初からビテン一人に任せておけば何の問題もなく事が済んだのは事実だが、そういう性格をしていないのはクズノとて重々承知している。
 ビテンは国葬には参加しなかった。
 そもそも赤の他人が死んで悲しめる人間がいるのなら、そっちの方が珍しいだろう。
 一労働した後の(主に精神的な)疲労もあってマリンにセクハラをした。
「あう……。あうぅ……」
 とビテンに弄られて顔を真っ赤にするマリンだった。
 それがまた加虐心をそそるのだが、ある程度で止める。
 それから、
「結局……どうなったの……?」
 と問うマリンにひとくさり語って聞かせる。
 特に誇張も謙虚も無いあるがままの報告だった。
 リッチの操るグールの群勢を、五十を超えるフレアパールネックレスで滅ぼして、リッチ自身はゼロで消化。
 聞く者が聞けば度肝を抜かれる内容だが、
「そっか……」
 とマリンはいとも平然と受け止めた。
 さすがにビテンに理解のある少女だ。
 今更驚くことでもないのだろう。
「でも……五人も被害を……出したのは……痛かったね……」
「自業自得だ」
 ビテンは容赦ない。
 実質その通りではあるのだ。
 此度のグールはリッチによって有機的に組織運営されていた。
 当然伏兵の存在なぞ思案して当たり前だ。
 目の前のグールを滅ぼして、
「ハイお終い」
 と思う方が悪い。
 その点ビテンの魔術……クレアボヤンスは有益だ。
 情報は時に威力を上回る戦果を挙げる。
 今回はそれが顕著に表れた例だ。
 ビテンがいなかった場合を思うとマリンはゾッとする。
 ビテンは、
「別にそれはそれで」
 といつもの調子。
 それから二人そろって帝都魔術図書館の本の記録を記憶へと変換するために書き出している最中だった。
 カリカリ。
 今、外に出るのはビテンの望むところではない。
 であるため引き籠ってマリンと二人で紙と睨めっこ。
 ビテン自身はさほど重要視していないが、それは面の皮が厚いというだけのこと。
 大陸魔術学院生としては西の帝国に箝口令を敷く権力もない。
 また興味深げな市民たちの噂の元である口に戸を立てることも出来ない。
 どういう事かと言えば、
「潰走しはじめた魔女軍をフォローしてグールとリッチを一人で殲滅した」
 という噂が激震として帝都を覆ったのだ。
 事実ではある。
 事実ではあるが、
「だから何?」
 で済ますにはちょいとばかり威力が強すぎる。
 少なくとも魔術を知らない人間には特に。
「何でもファイヤーボールを五十も創ったって……!」
「俺は百って聞いたぞ?」
「じゃあ百五十って可能性は!?」
 そんなトントン拍子で噂は苛烈を極め、尾ひれが付きまくって、一夜でビテンは帝都民たちのアイドルとなった。
 当然ビテンは頭を痛めた。
 男でありながら魔女以上に魔術を上手く扱う存在。
 希望の的であり嫉妬の的であり困惑の的でもある。
 かといって、
「そうです。俺がやっちまいました」
 とは吹聴できる性格ではない。
 結果、関係者でありながら国葬には出ずクズノの屋敷に引き籠っているのだが。
 マリンもビテンのものぐさをよく理解しているため、ビテンが偶像化を忌み嫌うことを十分承知し帝都魔術学院に行くこともなくビテンの隣に寄り添う。
 こういうところは、
「ビテンの正妻」
 の面目躍如と言ったところだろう。
 で、二人して羽ペンで神語をカリカリ。
 そんなこんなで時間を潰していると使用人が控えめに現れて食堂に案内された。
 夕餉の時間。
 マリンのお手製ほどではないにしてもクズノの屋敷で出る料理も舌鼓を打てるビテンであるため一種の娯楽と相成っている。
 食堂に行くとクズノとライトが既に食卓に着いていた。
 クズノは学院の制服。
 ライトは黒いドレス。
 喪服なのだろう。
 国葬と云うからに貴族である二人が一日と経たず屋敷に戻ってきたことに違和感を覚えながらビテンはマリンと共に席に着く。
 食前に紅茶を飲みながら他愛ない話をしていると、ふいにライトが切り出した。
「ビテン。うちの娘をどう思います?」
「特に何も」
 このあたりが実にビテニズム。
「クズノはあなたをお婿さん候補と言っていましたね。婿殿? 婚約だけでも先に済ませてはしまいませんか?」
 ブーッとハーブティーを吹きだすクズノ。
「なんでそうなる?」
「婿殿が娘の傍に居るのが一番いいと判断した結果です」
「却下」
 紅茶を飲みながら平坦に。
「貴族になれますよ?」
「皇帝陛下にも言われたなソレ」
 さも当然と聞き流すビテンであった。

    *

「ふい」
 ビテンは一人湯船に浸かっていた。
 あの後……つまり夕餉でライトはクズノとビテンをくっつけようと躍起になっていた。
 あの手この手の懐柔策に出たが、ビテンにはマリンがいる。
 それがビテンの事実で現実だ。
「ではせめて愛人に……」
 とまで妥協を迫るライトであったが、
「娘さんには興味ないし」
 のギロチンで一刀両断。
 ビテンを、
「婿殿」
 と呼び続ける辺りにライトの執念が窺えたが、だからといって慮るビテンでもない。
 結果、けんもほろろ。
 クズノは終始赤面していた。
「何だかねぇ」
 と湯に肩までつかりながらビテンは危惧する。
 まさかライトが、
「自身がグールにならなかったのは偏にビテンのおかげだ」
 という事実を以て、
「恩返しに娘を嫁にやろう」
 と思っているなぞ察しえるものでもない。
「まぁ可愛くはあるがなぁ」
 マリニズムとはいえクズノの美貌を認めないほど審美眼がないわけでもない。
 そんなことが慕情に直結したりはしないのだが。
「恐縮ですの」
「…………」
 沈黙するビテン。
 一人で風呂を独占していたはずのところに他人の声が聞こえれば困惑もするだろう。
 それにこれが初めてというわけでもない。
 クズノがビテンと風呂を共にするのは。
「あう……」
 とマリンばりに言葉を失いオロオロするクズノであった。
「恥ずかしがるなら入ってくるなよ」
 美少女の裸体を前にしてもビテンの無遠慮は劣化しない。
「ていうかお前ビッチか?」
「そんなわけありませんの!」
「言動不一致ってこういうことな」
「うぅ……」
 羞恥に圧迫されながらも体を清潔にして湯船に浸かるクズノだった。
 当然ビテンの隣。
「何がしたいんだ……お前は?」
「問いたいことがありますの……」
「何でもござれ」
「どうやってリッチを倒しましたの?」
「ゼロで」
 身も蓋も無かった。
「でもゼロはアンチマジックマジックでしょう?」
「その効果は?」
「魔術のキャンセル」
「なら天然魔術とてキャンセル出来るだろう?」
「天然魔術?」
「ああ、そこからか」
 ビテンの生み出した概念であるため仕方ないと云えば仕方ない。
「人が扱う魔術を人為魔術。世界が扱う魔術を天然魔術。そういう風に俺は呼んでいるんだよ」
「人為魔術と天然魔術……」
「だいたい不思議に思ったことは無いか? 何処からともなく現れるモンスターや急遽として発生する神秘災害等の根源に……」
「…………」
 考えたこともないと表情で語るクズノだった。
 それが当然と受け流している項目であったのだから。
「俺はソレに天然魔術と名を与えた。つまり人ではなく世界が行使する魔術だ」
「世界が……」
「そしてモンスターも天然魔術……つまり魔術に相違ない。ならゼロに依る魔術キャンセルの適応は必然だろう?」
「じゃあ世に蔓延るモンスターは……!」
「ああ、ほとんどゼロで消失できるな」
 さも当たり前とビテンは口にした。
「維持定着時間の関係性もあって稀に効かないモンスターもいるがな」
「ゼロは防御の魔術ではないんですの?」
「対人ならそうだが対モンスターなら問答無用の威力を持つぞ」
「もしかしてビテンが戦場で訝しがっていたのって……!」
「ああ、まぁな。ゼロで補助しろなんて的外れなことを言うから『わかってないな』と思っただけだ」
「仮に……ですけど。仮にビテンに積極性を求めていたら?」
「誰一人犠牲者を出さずにリッチとグールを殲滅できたな。元がものぐさだから仮定でしかないが」
 特に積極的に行動を起こそうとも思っていなかったためビテンにしてみれば落ち着くところに落ち着いた程度の感想でしかないのも事実。
「お母様は……その……ビテンの能力を買ってますわよ?」
「婿殿呼ばわりだもんなぁ」
 ビテンとしては単なる頭痛の種だ。
「わたくしでは及ばないことは今回の一件で良く理解しましたの。それでも……それでも目は無いんですの?」
 クズノの白い瞳は恋慕の熱に浮いていた。
「ないな」
 至極あっさりとビテン。
 乙女心への不理解故容赦がなかった。
「うー……うー……!」
 唸った後、
「ビテン!」
 裸身のままビテンの腕に抱き付くクズノ。
「あなたをマリンの呪いから解いて差し上げますわ!」
「そっか」
 まったくハートが込められていなかった。
「きっと最終的にあなたはわたくしを好きになりますわ!」
「ふーん」
「その時こそ結婚してもらいますわよ!」
「頑張れ」
 まったく無味無臭に言って湯に浸かるビテンであった。

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