「ビテン! 起きなさいな!」 クズノの屋敷。 その宛がわれた寝室でマリンともども寝ているビテンをクズノが叩き起こした。 が、先に起きたのはマリンの方だった。 「あう……何……?」 眠たげに両目をくしくし。 ビテンが見ていれば破顔していただろう。 愛らしい仕草であった。 ビテンはまだ寝ている。 「起きなさいなビテン!」 再度活を入れるクズノに、 「うるせえな……。殺すぞ……」 明確な殺意を以てしぶしぶ起きる。 時間は草木も眠る丑三つ時。 真夜中である。 先に目を覚ましたマリンがポツリとつぶやく。 「光あれ」 ライティングの呪文だ。 光球を生み出して明かりを焚く。 初級も初級の魔術である。 魔女を目指さない女性であっても使える者がいるほどだ。 覚えるべき章の長さは少しばかり長い一節程度。 最低限の神語翻訳能力は必要となるが、先述した様に一般的な女性でも扱える初歩魔術である。 で、その明かりの中で三人はすれ違っていた。 「出ますわよ! 準備なさい!」 「何の話……?」 「おやすみ〜」 「おっきろ馬鹿ビテン!」 「だから何の話……?」 「マリン。寝ようぜ」 「重大な危機ですの!」 「そうなの……?」 「マリンを抱っこして寝たい」 そんなわけで話は一向に進まなかった。 ビテンはマリニズムと過剰睡眠欲をこじらせてやる気を起こしていなかった。 マリンは二人の間の潤滑油として機能しようとしたが悉く失敗。 クズノはとにかく起きろの一点張り。 粘り勝ったのはクズノ。 結局クズノがビテンを寝かせる気が無いことを察せざるを得ず、しぶしぶ二次対応として要件を聞く。 「何だってんだ一体……」 「皇帝陛下による緊急招集ですわ! ビテン! あなたも参加なさい!」 「また貴族がどうのって話か? お前から断るって言っといてくれ」 「あなたも魔術を修める身なら魔女の招集の意図がわからないでもないでしょう!?」 「面倒事は嫌いなんだよ」 ものぐさ太郎なビテン。 「学院の生徒ならば人々のためにその技術を使うべきでしょう!?」 「そんな奉仕精神を俺が持っていると思えるか?」 あまりにあまりな言い方だったがビテンが言うと説得力を持つのが不思議だ。 基本的に自分とマリンに益することにしかビテンは熱量を使わない。 仮にハルマゲドンが起こっても自分とマリンが生き残るなら他の人類は、 「知ったことか」 の一言に尽きる。 そしてそれは散々ビテンに付き合っていたクズノにも理解できることだ。 ただし引くに引けない状況なのだ。 「皇帝陛下の勅命ですわ!」 「俺は帝国の魔女じゃねーし」 「学院生は政治的中立! 公私を分けて行動なさいな!」 「だから帝国にとっての火中の栗拾いをする必要のない立場だろ?」 あーいえばこーゆう。 右を向けと言われれば左を向く。 再度になるがクズノはそんなビテンの精神を十全に理解しているのだ。 ので、 「マリン!」 矛先を変えた。 「何かな……?」 「ビテンを説得なさい!」 「ちょ!? それは卑怯じゃね!?」 さすがに看過できないビテン。 が、趨勢はここに決した。 「ビテン……」 「マリンの言葉でも……嫌だ……ぞ……?」 語気が弱くなる辺りビテンの精神骨子をよく表している。 「クズノに力を……貸してあげて……」 「ええー……」 困惑ではあるが否定の言葉が出ないだけでもマリニストの因果が透けて見える。 「クズノは……ビテンの力を……必要としている……」 「何かと便利だからな」 「友達を助けるのも……魔術の内……」 「そうは言うがな」 「なら代わりに……私が……行く……」 「わかったよ。行けばいいんだろ行けば」 両手を挙げて降参の意思表示。 少なくともクズノの登場は厄介事に相違なく、ビテンの力を借りたいというあたりに物騒な空気を纏っている。 マリンは学識には優秀だが実践においては非才の身だ。 関わらせるわけにはいかないのがマリン的ファシストの宿命と言える。 「皇帝陛下が俺に用なんか?」 「あなたに……というより帝都の魔女全般にですわね」 クズノは説得が上手くいったことを覚って頷く。 「嫌な予感しかしないんだが」 「生憎ね。わたくしも同じですわ」 「あう……。ビテンなら……大丈夫……」 「信頼は有難いがなぁ」 どうしたものかと頭をガシガシ。 「とにかくとっとと着替えないさいな。すぐにでも出ますわよ」 「私も行った方が……いいのかな……?」 「いえ。マリンは留守番していてくださいな。使用人には不自由させないよう言っておきますから」 「ならいっか……」 そういうことになったのだった。 * 帝城の門前に真夜中でありながら魔女たちが集まっていた。 概算で二十人程度であろうか。 ビテンとクズノとライトもここに加わっている。 時間が時間なためライティングの魔術がそこかしこに焚かれていた。 「控えおろう!」 豪奢な衣服を着た魔女が声を大にして言った。 「おそらく宮廷魔女なのだろう」 というビテンの推測は正しい。 宮廷魔女にして皇帝の懐刀と呼ばれる西の帝国に名を轟かせる猛者である。 北の神国出身のビテンには(というかものぐさ不精のビテンであるため自分とマリンにしか興味が向かないというのが最大の理由だが)特に耳に届いていない存在でもある。 結果、 「偉そうな奴」 としか感想をもらせない。 ポツリとつぶやくとクズノに肘鉄で掣肘されたが。 「皆の者! 我らが皇帝陛下勅命の招集によく応じてくれた! この一事を以て貴君らの陛下に対する忠誠の盤石さが読み取れよう! 帝国万歳!」 自身に酔っているのか。 あるいは使命に酔っているのか。 どちらともつかない宮廷魔女の言葉であったが、 「じゃあ帝国子飼いの魔女じゃない自分は帰っていいか?」 とはとても言い辛かった。 言ってもいいのだが、マリンの事情(というより心情)を考慮して押し黙ることを自身に課す。 「ここから馬で二日の農村にリッチが現れた! 報告によればリッチは農村を壊滅させ、その村人たちの生気を吸ってグールの軍団を組織しているらしい! 規模が肥大化する前にこれを直撃し事を治めよと皇帝陛下の勅命が下った! 既に皇帝陛下は特殊魔術殲滅行使案件に署名捺印された! 故に魔女軍を組織して事に当たる! 心せよ!」 「はっ!」 ビテン以外の魔女が一様に足並みそろえて武威を露わにする。 ビテンは気疲れでこめかみを押さえていた。 リッチ。 この世界に時折現れる害的魔術存在……つまり奇跡の一滴である。 アイリツ大陸ではモンスターと呼ばれ恐れられている。 アイリツ大陸では山賊が業務として成立しないことは先述したが、自然と湧き出るモンスターの類がいるため旅路は決して安全というわけではない。 傭兵ギルド等に商人が護衛を頼み金銭取引が絶えないのはモンスターの存在に依存するのだ。 わかりやすい所ではゴブリンやヴァンパイアやトロールがあげられるだろう。 人に忌み嫌われる天然魔術による世界キャパに維持された存在である。 リッチはその中でも厄介な部類だ。 少なくともビテンが気疲れする程度には。 皮と肉を持たず骨だけで構成された体はスケルトンと同じだが、ある程度のクオリアを持っているため存在としては基本的に隔絶される。 骨だらけの外見に魔女の好みそうなローブを纏い、強力な魔術を行使する知能を持った高等モンスター。 その食事は人の生気であり、リッチに生気を吸われて死んだ人間はグールとなってリッチの操る戦力として取り込まれる。 魔術を使うモンスターである以上、人間側としても魔女を投入するほか対処方法がなく、であるため皇帝陛下の特殊魔術殲滅行使案件への捺印は至極道理だ。 「マリンを連れてこないで本当に良かった」 ビテンはしみじみと思った。 で、 「足はどうするのか?」 とビテンが思っていると、十台ばかりの車が用意された。 龍車だ。 ロードランナーと呼ばれるドラゴンの亜種にて車体を引っ張る馬車の上位互換。 リッチの現れた農村まで馬で二日と宮廷魔女が言っていたから、実質一日未満で着くだろう。 それほどロードランナーの足は速い。 その分乗り心地は最悪だが、この際四の五の言っていられないのも事実としてある。 魔女たちはぞろぞろ龍車に乗り込んだ。 「リッチ……ねぇ?」 ビテンは不満げだ。 実を言うとビテンがリッチと敵対するのはこれが初めてではない。 学院生である前からエンシェントレコードを網羅しているビテンは当然幼いながらに北の神国の貴重な戦力であった。 枢機卿継承者としての貫録も猫被り程度には持ち合わせている。 北の神国にモンスターが発生すれば場合によっては処理を頼まれることもあったのだ。 リッチは魔術を使う。 それも生半なソレではない。 中級から上級の魔術だ。 既に語り尽くしたフレアパールネックレス程度は平然と使ってくる。 魔女が軍隊を成して攻め入るのは良いが、 「はたしてどれだけのものやら」 と思わずにはいられない。 ましてリッチだけではない。 リッチに使役されるグールの大群も相手にせねばならないのだ。 ビテンにしてみれば茶番の一言だが平均的な魔女にはちと荷が重い。 もっとも太陽が暖かいのも花がほころぶのも全てはマリンのおかげと言ってはばからないマリニストにしてみれば西の帝国の魔女が幾ら犠牲になろうと知ったことではないのだが。 ぶっちゃけた話ではあるが今回の作戦……自分だけが生き残れば上々とさえビテンは思っている。 西の帝国は北の神国と国境紛争をしているため魔女……つまり国家兵力を削ぐことに対して興味がないわけでもないのだ。 無論、口にはしないが。 「行きますわよビテン」 クズノがビテンの肩を叩いて催促する。 「へぇへ」 ビテンは面倒くさげに頷く。 そして龍車に乗った。 目指すはリッチの城。 高等魔術を扱うリッチと、その配下となったグールの群れに辟易しながらビテンは龍車の揺れに身を任せた。 「なんだかなぁ」 気だるげな……それがビテンの心底からの本音だった。 |