ダ・カーポ

皇帝陛下の誘い


 ライトは魔女だ。
 追加するならば宮廷魔女でもある。
 その実力は折り紙つき。
 森の結界で自分を防御し、なおかつ生み出した森の樹々を武器として攻撃に転じることも出来る。
 攻撃兼防御魔術。
 ビテンのような例外性を意図して無視すればあまりに効率の良い殺人魔術。
 戦闘と戦術の中間くらいの規模の魔術だが、ソレの示した価値をビテンとマリンは不可測なく理解してのけた。
 が、それはそれとして森の魔女(ライトの異名)を完封したビテンの存在感はもはや帝都の語り草だ。
 それでどうなったかというと、
「ありがたやありがたや」
「ビテン様のお通りだ!」
「握手してもらえるか?」
「私を導いてください!」
 生き仏の扱いを受けるのだった。
 最初は、
「帝都民にとっては不愉快なことだろうな」
 とビテンは嘆息していたが、蓋を開けてみれば、
「調子に乗った貴族女性の鼻っ柱をくじいたスゴい少年」
 という評価が出来上がっていた。
 基本的に男は女に引け目を感じ、平民は貴族に引け目を感じる。
 その点で言えば先日の一件は不満を持った層にとって痛快な出来事であったことだろう。
 帝都民にとってビテンとは貴族に媚を売らない実直性と男でありながら魔術を扱える希望性を併せ持つ……再度になるが生き仏である。
「どうやったら魔術を使えるようになるんだ?」
 クズノの屋敷から帝都魔術図書館に行くまでの間に十回は聞かれた。
 その七割が男だったりして。
「死んで女に生まれ変われ」
 にべもしゃしゃりも納戸口。
 話が逸れるがビテンは生まれ変わりを信じていない。
 仮に有ったとしても、人間が人間に生まれ変わることは無いと思っている。
 何故か?
 文明の発達とともに人口が増加していくからだ。
 仮に人間が人間に生まれ変わるならば、それは魂のリサイクルだ。
 一定の数しか人間は存続できず、それ以上でも以下でもなくなる。
 だからとて口に出したりはしないのだが。
 閑話休題。
「結局自分ですら何故魔術を使えるのか知らん」
 のだからアドバイスのしようもない。
 それでも男の立場にしてみれば以下略。
 で、うんざりしながら魔術図書館に踏み入る。
 図書館の魔女たちがざわめいた。
 魔術図書館であるため用があるのは女性だけ。
 それも魔女とその卵だけ。
 男一人のビテンは精神的に疲労する。
 図太さだけが取り柄だが居心地の悪さはどうしようもない。
「男のくせに女に勝る」
 を良しとしない魔女たちが睨み、
「素晴らしい魔術師だ」
 と感銘した魔女たちが崇めた。
 概ね前者と後者は七対三。
 結局この世界に生きている限り女性優位主義はしがらみとしてついてくるのだ。
「あう……」
 で、見事に何の関係も無いマリンの方が怯える始末。
「大丈夫か?」
 ビテンにしてみればそっちの方が大事だ。
「ビテンは……?」
「俺?」
「あう……。大丈夫……?」
「こういう視線には慣れてるしな」
 嘘ではない。
 というか何時も隣にいるマリンが最もソレを理解している。
「ごめんな。俺のせいでプレッシャーかけちまって」
「ううん……。それは……ビテンのせいじゃない……よ……?」
「因子の一つではある」
「そんなに……自分を……責めないで……」
 うるっとするマリンを見て、
「きゃわいいなぁもぅ!」
 ビテンはハイテンションに抱き付いた。
 猫可愛がり。
「きゃわいいなぁきゃわいいなぁ!」
「あう……。ビテン……みんな見てる……」
「見せつけてる! マリンほど可愛い乙女はいない!」
「とりあえず……今日はクズノのお母さんの……魔術を……あたってみるんでしょ……?」
「そうだったな」
 そんなわけで表題(神語だ)をライトから聞いて指定された棚から複数の魔術書を取り出して机にドサドサと置く。
 これは帝都だけでない基本則だが、魔術図書館の魔術書は基本貸出禁止だ。
 というのも基本的にエンシェントレコードの知識は黄金に勝り、それを顕著にするのが魔術書という存在だからである。
 非正規ルートに流せばこれ以上に金になる流通経路もさほど無い。
 当然、盗もうとする者も現れるが、捕まった場合の末路は口に出来ないほど残酷なものとなる。
 これについては各国ならびに大陸魔術学院が戒律を厳しく執り行っている。
 魔女にしてみれば魔術を覚えるための指南書でもあるため紛失には細心の注意を払うし、男にとって魔術図書館は無益な知識の宝庫だ。
 であるため魔術書を金に換える商売は基本的に干上がる運命にある。
 それを予測できない者がわが身を削って犯行に踏み切るのだが、ビテンにしてみれば合掌するより他にない。
 で、ビテンとマリンは、
「本当に読んでいるのか?」
 と周りが疑念を覚えるくらい半端にパラパラパラパラとページをめくっては読み終えて、次の本に取り掛かるということをしている。
 これでも立派な学術旅行。
 そのための帝都魔術図書館の利用だ。
 そんなこんなで多量の魔術書を積み上げてエンシェントレコードの章を記録していると、
「ビテン様……ですね?」
 声をかけられた。
「またか」
 と思って胡乱気に視線をやると騎士が立っていた。
 男だ。
 マントを付けている辺りに、その者の地位の高さが良くわかる。
「間に合ってます」
 ビテンは議論を封じたが、
「皇帝陛下の命にて参上しました。貴君をお連れするように、と。こちらとしても命じられている立場です故その点を酌んでくだされば幸いです」
 つまりどう言おうと皇帝陛下に謁見せねばならないらしいことを理解してビテンは嘆息した。
「一つ条件が」
「何でしょうか?」
「不敬罪だけでいいから免責してくれ」
「了承を得られるかはわかりませんが進言してみましょう」
「ビテン……」
 マリンはオロオロするばかりだ。
「とりあえずマリンをクズノの屋敷に送っていくぜ。今日はここまでだ」
 そう言ってポンとビテンはマリンの頭に手を乗せて安心させた。

    *

 皇帝陛下への謁見……といえば大変なことだがビテンにしてみれば文字通りな意味で大変だ。
 そもそも自分が何故謁見の間にいるのかさえビテンにはわかっていない。
 騎士に聞いたが教えてもらえなかった。
 マリンをクズノの屋敷に帰して(マリンのことだから魔術書の複写をしているだろうことはビテンに容易に想像がついた)帝城に招かれたビテンは謁見の間にて西の帝国の皇帝陛下を拝謁した。
 服装は黒い学ラン……つまり大陸魔術学院生としての立場アピールだ。
「よく来てくださったビテン」
 そんな皇帝の軽いジャブに、
「何の用だ? 何処までの意図がある? 何を知っていて俺を利用するつもりだ?」
 渾身のクロスカウンターをぶつけるビテンであった。
 ザッと威が増した。
「無礼者!」
 宮廷魔女と王属騎士が殺気立つ。
 しかして、
「良い。不敬罪については免責すると取り決めた。余こそが法だ。そうとりたてて騒ぐこともあるまい」
 ツルの一声。
 ビテンに対する殺気そのものは消えはしなかったが大気に撹拌して希釈されたのもまた確かだった。
 さて、
「で?」
「ふむ。いっそ清々しいな。肩のこらない会話とはこういうモノか……」
「いいからさっさと要件を言ってくれ」
「では言おう。帝国の宮廷魔術師にならぬか?」
「嫌」
 満面喜色の笑顔でビテンは断った。
 要した時間はコンマを切る。
 宮廷魔術師(本来なら宮廷魔女と云うのだがビテンに関してはイレギュラー性が強いためこう呼ばれる)ともなれば待遇としては最上級だ。
 基本的に名誉なこと。
 が、俗物を極めすぎて逆に一周してしまっているビテンには特に有難がる条件でも無かった。
「貴君の屋敷を用意しよう。徴税権も付与する。ハーレムを作りたいというのなら国中から生娘をかき集めようではないか。戦場にも特記案件でなければ派遣免除を言い渡す」
「そ」
 まったく興味を覚えないビテン。
 そもそもとして論じるに値しない。
 ビテンにとって大切な場所とは、貴族としての地位ではなく、ハーレムとしての中心でもなく、ただマリンの隣なのだ。
 今回は皇帝陛下への謁見とソレに対する不敵なビテンの言動にマリンの精神が摩耗するだろうことを察したため置いてきたが、マリニストにとってはそれこそが面白くない。
「相応の褒章も出そう。貴君には我が帝室の権威の一部となってもらえれば、それ以上を期待しない」
「それは別の人間に言ってやってくれ」
 欠伸をしながらビテンはそう言った。
 皇帝はともあれ配下たちの殺気は膨張を続けている。
 何度か皇帝がたしなめるが、ビテンが皇帝を蔑にする度に着実に膨れ上がっている。
「出来れば誰も殺さずにこの場を離れたいんだがなぁ……」
 ガシガシと頭を掻いて、
「困ってます」
 と態度で意思表示。
「貴君は北の神国出身だろう?」
「ついでに次期カーディナル候補ですぜ?」
「なんと!」
「というわけで北の神国を……というか教皇猊下を裏切れない身です故ご勘弁を」
「無論我が国に帰順してくれれば北の神国の枢機卿以上の待遇を約束しよう」
「別に興味ねぇなぁ」
 にべも無かった。
「じゃ、話は終わりだな。お疲れさん」
 ビテンはヒラヒラ手を振って謁見の間を退室しようとした。
 殺気が膨れきって破裂したのはその瞬間。
「しっ!」
 ビテンを謁見の間に通した騎士が切りかかってきた。
 だがビテンも然る者。
 振り返りもしないで素早く呪文を唱える。
「彫像と成せ」
 フリーズと呼ばれる氷の魔術。
 対象を指定して一瞬で凍らせる。
 そして今回の対象は、襲い掛かった騎士の剣を握った腕と、二人のやりとりを見ていた臣下たちの足元。
 実質的に損害を被ったのは襲い掛かった騎士だけだが、皇帝を除く全員の足元を凍らせたのは無論、
「その気になればこの場の全員を凍死させられる」
 というデモンストレーションだ。
 その意図は過不足なく全員に伝わり、足場が凍って動けなくなっている臣下たちから意識を外すと、
「では小生はこれで」
 慇懃に皇帝に一礼してから謁見の間から出ていった。
「早くマリンに会いたいな」
 結局そこに行く着く辺りビテンの小物っぷりが窺える。

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