「…………」 ビテンは控室でボーっとしていた。 今日は用事があった。 クズノの母親……ライトとの魔女決闘。 ビテンは魔女ではないが、それはともあれ。 「なーんでこうなるかねぇ……」 状況を皮肉る。 特に意味の無い行為だがぼやかずにはいられない。 ビテンが西の帝国に来た目的は目新しい魔術を吸収するモノだ。 そのため帝都魔術図書館とクズノの屋敷を行ったり来たりしている毎日。 まだ道半ばだがそれ故焦りもする。 何せ夏季休暇には時間制限と云うものがある。 そして西の帝国だけでなく南の王国と東の皇国も巡る予定なのだ。 ライトとの決闘なぞ正に野暮用。 そもそもにおいて魔術で戦って、 「だから何?」 としか言いようがない。 「力を振るえば誇らしい」 という観念をビテンは持っていなかった。 「どうやって穏便に負けようか」 そんな不埒なことにまで考えが及んでいる。 痛い思いはしたくないが、かといって勝つのも面倒。 そもそもにして決闘なぞをしたくない。 発生した因果に対して文句をつけるビテンだった。 やはり無為徒労だが。 逃げれば話は別だが、皇帝の御前試合にまでなっている始末だ。 アリーナには観客が満員御礼だろう。 誰もが、 「男でありながら魔術を使う者」 見たさで足を運んでいるのは百も承知。 要するに客寄せパンダ。 賭け事も行われており、しきっているのが皇帝と云う始末。 基本的にアイリツ大陸において賭け事と云えば王侯貴族かマフィアが取り仕切るモノと決まっている。 胴元が最も儲かるのだからこんなシノギを他にくれてやる意味は無い。 たまに平民が賭け事の胴元になって湾に浮かぶという案件もあったりなかったり。 ビテンの知ったことではないが。 ところでマリンはビテンの勝利に手持ちの金を全額賭けていたりする。 オッズはそこまで差がない。 というのもビテンの実力そのものは既に知れ渡っているためだ。 学院に入学してからこっち『本気を出したことは一度も無い』のだが、氷山の一角でさえ圧倒的な威力を振るう。 フレアパールネックレス然り。 ギロチン然り。 それを底と見るかどうかが評価の分かれ目だ。 重ね重ねビテンにはどうでもいいのだが。 ライトの情報も持っていないではない。 敵対者の情報は何より有益だ。 こと戦闘においては。 もっともビテンにおいては聞いても聞かなくてもやる事に変わりは無いのだが。 控室にコンコンとノックがなされた。 「どうぞ」 ビテンは招き入れる。 現れたのはクズノだった。 てっきりマリンかと思っていたビテンであったから心積もりとは多少食い違いがあったがとりたてて騒ぐことでもない。 ちなみにマリンは観客席でビテンの活躍を今か今かと待っている。 並行してハラハラもしている。 ビテンの実力を知ってはいても元がネガティブ思考者であるから安易に心配に及ぶのは必然だ。 だからこそ先日、心を砕いたのだから。 閑話休題。 「何の用だ?」 ビテンはクズノに問うた。 「あの……ですわね……」 「あいあい」 「穏便に済ませてほしいと言いました」 「そんなことをぼんやり聞いたな」 ビテンは特に感慨を抱かない。 「けれどですわ」 「何だ?」 「もし手加減が不可能だと悟ったのならそれ相応の対処を」 「殺しても?」 「構いません。少なくともお母様はその程度の気構えは持ってらっしゃるはずですわ」 「ふーん」 やはり感動することなくビテン。 「ビテンはお母様にどう対処するおつもりですの?」 「まぁてきと〜にあしらって有耶無耶にしようかと」 「出来ますの?」 「出来なかった場合はお前の許可もとったし深刻なダメージを与えるに吝かではないんだがな……」 ビテンは皮肉気に笑う。 そもそも論として雑事だ。 気に留めることでもない。 「でもお母様は優秀な魔女ですわよ?」 「一応彼我の戦力差は確認したつもりだが」 「では行使する魔術も?」 「樹の属性だろう?」 この程度は嫌でも耳に入ってくる。 特にビテンが聞き込みをしたわけでも無いのにそういった情報を得る辺り、ライトがどれほどの超越者か感じ取れると云うものである。 クズノは不安そうに場を辞した。 毒にも薬にもならないやりとりではあったが。 「ま、微妙な立場だよな」 ビテンとて察することはできる。 そこから先の感情が無いだけで。 要するにビテンはクズノの憂慮もライトの害意もまったく問題視していないのだ。 マリンが、 「ビテンに……傷ついてほしくないな……」 と言ったことだけがビテンの全てであった。 * 時間が来た。 ビテンは帝都のアリーナの決闘場に姿を現す。 ワッと歓声が沸いた。 男でありながら魔術を使うイレギュラー。 なお端正に顔が整っている美少年でもある。 アイドル的な立ち位置はしょうがないと云えばしょうがない。 元より大陸魔術学院ではファンクラブが出来ているくらいだ。 その美貌は乙女の心を侵食する。 そして男の嫉妬を煽る。 「こういうところはわかりやすく基線が張れるな」 ビテンはくっくと笑った。 アリーナの反対側からライトが出てきた。 白髪白眼の貫録ある女性。 決して若くは無いが若作りの美女。 表情には不敵が張り付いていた。 「なんだかなぁ」 とビテンはぼやく。 「実の娘の恋愛事情を危惧するにしては大掛かりだ」 と言わざるを得ない。 そんなビテンの感想は少し間違っていたが。 そして審判が声を大にして始まりを報せ、決闘が始まる。 ワッとまた観客が沸いた。 初手を打ったのはライト。 「現れよ密林」 フォレストの呪文を唱える。 呪文の通りに密林が具現化すると、その密林はアリーナの半分を侵食してライトの姿を隠した。 ビテンおよびマリンの知らない魔術である。 そして噂程度に聞いた魔術でもある。 曰く、 「ライトは樹の章を自在に扱う」 と。 「ふむ」 ビテンは特に気負うこともなく決闘場の半分を覆い尽くす密林を見て取った。 が、樹はあくまで樹だ。 ビテンのギロチンにかかれば何ほどのモノでもない。 使う気はさらさらないが。 特に発生した密林に脅威を覚えないビテンであったが、それはビテンであるからで、観客たちはその時点でライトの勝利を確信した。 「樹にて串刺せ」 そんな呪文が朗々と紡がれる。 ルートランスの呪文だ。 名の通り木の根っこを槍として相手を貫く樹属性の魔術。 威力は相応。 速度も相応。 だが、 「無に帰せ」 ビテンのゼロの魔術によって無効化されるのは必然だった。 ビテンが黒の色付きマントを授与されたことを垣間見てもそれは当たり前だ。 タコの触手の様に鋭くかつ柔軟にビテンを刺し殺そうとする根の槍は雲散する。 が、へこたれないライト。 「脈動する葉よ刃と成れ」 リーフカッターの呪文を唱える。 発生した密林の葉が刃となってビテンに襲い掛かる。 数十、数百の葉が斬撃のソレとなったがビテンにしてみれば有象無象だ。 「無に帰せ」 ゼロの魔術。 カッターとなった刃が風の前の塵の様に消え去る。 そこで漸く観客もビテンの魔術の威力に脅威を覚えた。 「無に帰せ」 たった四文字の言葉でアンチマジックマジックを実現するのだ。 当然それは構築された密林にも及ぶ。 「無に帰せ」 その言葉だけで魔術による密林は『無かったこと』にされるのだから。 アリーナに突如として現れた密林は日差しの前の残り雪のように消え去り、ライトだけが残った。 「な……!」 と驚愕するライト。 無論そんな驚愕に付き合う義理をビテンが持ち合わせているはずもない。 ゆったりと。 しかし確かな歩調でライトへと歩み寄るビテン。 「く……!」 ライトは白い瞳に焦燥を乗せて新たな魔術を試みる。 「火よ連なりて飛び焼かせ!」 フレアパールネックレスの呪文だ。 ライトの周囲に十二の炎弾が出来上がるが、 「無に帰せ」 やはりビテンのゼロの前には消失する。 既に趨勢は決していた。 対象の魔術を、 「無かった事にする」 ゼロ。 その前ではいかな魔女と言えど無力な存在に貶められる。 ついにビテンとライトの間合いが零となった。 ビテンはライトの足を引っ掛け転ばせると左手をそちらに向ける。 放つ魔術は何でもいい。 もはや抵抗の余地も無いライトにしてみれば突き出されたビテンの左手は死神の鎌に相違なかった。 「で? どうする?」 問うビテンに、 「参った」 ライトは苦渋の表情で負けを認めた。 「何より何より」 そして審判が決着を告げる。 それはビテンの評価を弥が上にも上昇させるモノだったが、 「それほどのものか?」 ビテンには理解できない事項であることもまた事実ではあった。 |