ダ・カーポ

クズノの御家


 ビテンとマリンはクズノに連れられて西の帝国の帝都へと。
 移動方法は魔術。
 ワープと呼ばれる転送魔術だ。
 あがって久しい魔法陣を使ったワープ……つまり超光速航法である。
 ビテンとマリンとクズノは荷物ごと一瞬で西の帝国へと移動したのだ。
 馬なら二週間はかかる距離を気楽に転送できる辺り魔術の利便性が垣間見える。
 転送魔法陣は大陸に全部で八つしかない。
 アイリツ大陸四か国の主要都市に一つずつ。
 そして大陸魔術学院に四つ。
 つまり大陸魔術学院を起点として四か国の主要都市とをダイレクトに繋いでいるのである。
 学院生は書類を提出して認可を得ればそれだけで使えるが、そうでない者……つまり商人の類には莫大な関税がかけられる。
 アイリツ大陸は狭いとはいえ旅が安全とは限らない。
 であるため転送魔術の有用性は計り知れず、それが四か国と大陸魔術学院の資金源の一つとなっていた。
 そもそもにしてアイリツ大陸自体はさほど大きなソレでもない。
 島国と云うほど小さくは無いが、大陸としてはこの星でも下から数えた方が早い方なのだ。
 それは大陸と言いながら四か国しか存在しないという理由でもあった。
 だが狭いなら狭いなりに悪い面ばかりではない。
 何と言っても国家の目がそこら中に光っているため山賊の類は商売として成り立たない。
 一時的に山賊を結成する人間も昔はいたが、四か国の保有する軍隊が賊の現れた瞬間に派遣され鎮圧するため職業として成り立たないのだ。
 そんなわけで裏稼業はマフィアの領分であり国と連携を取って運営されてこその悪でなければ干上がる事情だった。
 ここで話が戻るが旅路に全く安全かと問われれば否である。
 詳しいことは割愛するがモンスターの存在もあるため守備護衛の役割を持つ騎士や魔女や傭兵の類も必須と言える。
 閑話休題。
 西の帝国の帝都は大陸魔術学院の学院街に勝るとも劣らぬ盛況を見せていた。
 あちこちで市場が展開されており活気に満ちている。
 ビテンとマリンがキョロキョロしている辺りまるで田舎の出の様ではあるが、異国に初めて入ったのだから無理もない。
 転送魔術は帝都から少し離れた場所に設置してある。
 その程度の安全弁はあって然るべきだ。
 何と言っても敵意を持った戦術級魔女が転送されて主要都市に攻撃を仕掛けるという可能性も無いではないのだ。
 今のところ条約があり、四か国が牽制しあっているため問題になっていないが、枕を高くして寝るためには必要な処置と言える。
 ビテンたちは転送魔法陣から帝都の市場を縦断してクズノが説明した貴族街へと向かう。
 市場からは少し離れた場所にあり喧騒が遠い。
 帝城が見えた。
「畏れ多くも皇帝陛下の御座ですわ」
 とはクズノの言。
 一際馬鹿でかい城を遠く見やりながら、クズノはビテンとマリンを貴族街の豪邸の一つへと案内する。
 兵士が二人、門番を務めていた。
 門番はビテンたちに気づくと、
「やや、お嬢様……!」
 とクズノに恐縮する。
「ただいま帰りましたわ。門を開けてくださるかしら?」
「ただいま!」
 手早く重厚な門が開けられた。
「では参りますわよビテン、マリン」
「はあ……」
「あう……」
 ビテンはぼんやりと、マリンは気後れして、それぞれ生返事。
 目に入ったのは豪華な庭園。
 手入れが行き届いている。
 見事なものだった。
 ビテンとマリンの家も豪華ではあるので余所のことは言えないが。
「とりあえず」
 とクズノ。
「ビテンとマリンにはここを行動の拠点としていただきますわ」
「世話になるな」
「ありがとう……」
「どういたしまして。部屋は余っているから気兼ねしないで使ってちょうだい」
 そしてクズノは二人を連れて言った
「そういえば時間的に食事のソレですわね。ちょうどよくお母様に挨拶できそうですわ」
 夕餉のことである。
 日は暮れていないが夕方には違いない。
 である以上客分であるビテンとマリンに夕餉を振る舞うのは招いた者として当然のことだ。
「食堂はこっちですわ。ついてらっしゃいな」
 そしてビテンたちは広い食堂に着いた。
 そこでは一人の女性が茶を飲んでいた。
 白髪白眼の大人の女性だ。
 顔の造りがクズノと重なって見えるがクズノには無いオーラを纏っていた。
「お母様」
 とクズノが件の女性を呼ぶと、女性はティーカップを置いて意識をクズノに向ける。
「あら。お帰りなさいなクズノ」
「ただいま帰りましたわ」
 破顔して答える。
 それから女性はビテンとマリンに意識をやった。
「そちらは?」
「学友のビテンとマリンですわ」
「ビテン……どこかで聞いたような……」
「世界で唯一魔術を扱える男性ですわ」
「ああ、あのセンセーショナルな噂……!」
 どうやら色々と耳を汚しているらしいことはビテンにも察しえた。
「どういう関係です?」
「わたくしのお婿さん候補ですわ!」
「せい!」
 ビテンがクズノの頭部にわりと全力で手刀を振り下ろした。
「あぅぅ……」
 痛みに悶えた後、
「何するんですの!」
「こっちのセリフだ」
 まこともってビテンの言が正しい。
「面白い話ですね」
 女性の顔には刃物のような煌めきが表現されていた。
 ビテンを品定めするように見やる。
「どうも。ビテンと申します。クズノ……お嬢さんとは仲良くさせてもらっています」
「ども……マリンです……」
「で」
 とこれはビテン。
「そちらのお名前は?」
 こういう無遠慮なところはビテンの業だ。
「ライト……と申します」
 女性……ライトはそう名乗った。
「とりあえず」
 とライトが言う。
「食前の茶を飲みましょう。なにかリクエストはあって?」
「ではコーヒーを」
「あう……。同じく……」
「わたくしはハーブティーを」
 そしてビテンたちは食卓に着く。
 ビテンがコーヒーを飲んでいると、
「娘と仲がよろしいんですの?」
 ライトが問うてきた。
「まぁ昨日の敵は今日の友といった感じでして」
 ピクリと一瞬クズノが停止した。
「一時は敵対したと?」
「ええ、まぁ」
「勝ったのは?」
「俺です」
 一切の遠慮なく事実を告げる。
 特に気後れすることもなく。
「クズノ?」
 ライトが問うた。
「男に負けたのですか? 学年首席が?」
「言っておきますがお母様。ビテンを侮れば足元をすくわれますわよ?」
「ほう?」
 挑戦的な瞳でライトはビテンを見た。
「何か特別なことをした覚えは無いんですけどね」
 目を閉じてそう言いビテンはコーヒーを味わう。
 本音だ。
 フレアパールネックレスなど危惧に値しない。
 その辺りは認識の摺合せが必要となる。
「どういう状況で?」
 とライト。
「面倒だからパス」
 ビテンは不遜にそう言った。
「あのですね……」
 ビテンとゴーレム戦で決闘したことを事細かにクズノが話す。
「なるほど」
 と紅茶を飲んで納得。
「フレアパールネックレスですか。入学して間もないのに良く身につけましたね」
 ライトはビテンを賞賛した。
「色々ありまして」
 特に誇るわけでもなくビテンはコーヒーを飲む。
「なんならわたくしと決闘してみませんこと? あなたの実力が知りたいです」
「めんどい」
 けんもほろろ。
 所謂一つの不精。
「男でありながら魔術を使う。ならばその実力を計りたい」
「めんどい」
「娘を降したのでしょう? これでも自慢の娘です。なおあなたはクズノのお婿さん候補だという。品定めは必要かと」
「めんどい」
「西の帝国の貴族として命令します。わたくしと決闘しなさい」
「む……」
 ここで漸くビテンは瞳を開いた。
 窺うようなライトの目。
 居心地が悪くなる視線だった。
「はぁ」
 と溜息をつき、
「殺してもいいのか?」
 至極あっさりと言うビテンも中々のモノだ。
「殺せるものならね」
 ライトも負けてはいない。
「マリンはどう思う?」
「あう……。危険なことは……してほしくないな……」
「とのことですが?」
「男の魔術を直に拝見できる機会はそう多くありません。その実力を示してもらいましょう」
「ビテンは……面倒事を……引き寄せるね……」
 そんなマリンの言が耳に痛かった。
 ビテンが嘆息する。
「まあ死にたいというのなら止めはしないがな」
 面倒そうに目を細める。
 こと命の損失を軽んじるビテンらしい言い草だ。
 自身とマリン以外はどうなっても叶わないという主義主張が下地となっている。
 どこまでもマリニストなのだ。
「無理ですわ!」
 クズノが否定した。
 ライトの瞳に不愉快がちらつく。
「クズノ? それはわたくしが男に劣ると?」
「ええ。ビテンの魔術の底は深淵よりもなお深いですわ」
「フレアパールネックレス程度ならわたくしも使えます」
「それでもです!」
 母娘が言い合う中で、ビテンはすまし顔でコーヒーを飲んでいた。
「別にどうなろうと構わない」
 それがビテンの意見だ。
 元より西の帝国の帝都魔術図書館にしか意識を割いていない。
 決闘程度何ほどもあろう。
 そんなこんなでビテンがコーヒーを飲み終えると使用人が夕餉をふるまってくれた。
 一応貴族の家と云うことで舌鼓を打つ程度には美味。
 そしてビテンとライトの決闘の噂は帝都中を駆け巡ったのだった。
「やれやれ」
 ビテンは他に言い様がなかった。

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