ダ・カーポ

教皇猊下の御成


「うむ。美味い」
 いつもの通りにいつもの如く。
 ビテンは学院の原っぱで昼食をとっていた。
 学院全体が浮ついていることに対しては特に思うところも無いらしい。
 もっともビテン以外はそうでもないが。
「あう……」
 とマリンが委縮する。
「今日ですわよね?」
 とクズノが首を傾げる。
「っすね」
 とシダラが肯定する。
「ビテン。僕の弁当も食べてくれるかい?」
 とカイトはマイペース。
 ちなみにユリスは此処にいない。
 生徒会長は学院における生徒の代表だ。
 である以上、今回の賓客を理事長ともども迎えなければならなかった。
「物珍しや」
 と賓客を一目見ようとする生徒まで出る始末。
 ヒロインたちは憂慮していたが、ビテンは今回の賓客に会う気は無かった。
「ビテンとマリンは北の神国の出身でしょう?」
「だな」
「あう……」
 クズノの言葉に肯定と萎縮。
「教皇猊下を出迎えなくていいんですの? 北の神国のトップでしょう?」
 北の神国はアイリツ大陸における宗教の総本山だ。
 必然教皇が国のトップと相成る。
 政教分離と云う概念はまだ存在していない。
「いいんだよ。ここは政治的空白地帯。教皇も一市民だ」
 ベーグルサンドをもむもむ。
「まぁそうですわね」
 納得に近似した感情で肯定するクズノ。
「いいんすかねぇ……」
 シダラは不納得気だ。
「ビテン。あーん」
 カイトはマイペース。
「あーん」
 ビテンはミートボールを食べさせてもらう。
「どう? 美味しい?」
「美味い」
「そっかぁ。えへへ」
 華やかにカイトの笑顔がほころんだ。
「カイト?」
 これはクズノ。
「あなたはビテンの友達でしょう?」
「うん」
 躊躇なく首肯。
「愛妻弁当を毎度用意するのはどうかと思いますの」
「友達だから」
 まったく会話が成り立ってなかった。
「そういうことは正妻のマリンに任せておきなさいな」
「でも僕は僕の手料理でビテンに喜んでほしい」
 カイトはそう言い、
「あう……」
 正妻と定義づけられたマリンが困ってしまった。
 こういう直球にマリンは弱い。
「あなたは友情と愛情がとっちらかりすぎですわ」
「そうかな?」
 カイトに自覚は無いらしい。
 当事者であるビテンは感じいることもなくマリンお手製のベーグルサンドを頬張っていた。
 と、そこに、
「ビテン!」
 と桜色の声が聞こえてきた。
 ビクリとビテンが硬直する。
 恐る恐ると云った様子で桜色の声のした方へと視線をやる。
 そこには美少女がいた。
 年頃はビテンやマリンと同等程度。
 桜色の髪に桜色の瞳。
 人懐っこく柔和に広げられた瞳と愛くるしい笑顔は美少女特有のモノ。
 そこに豪奢かつ絢爛なドレスを着ている。
 それだけでやんごとない人間であることは見て取れる。
 もっともここでは無為無意味だが。
 ビテンはその桜色の絢爛美少女の名を知っていた。
 デミウルゴス。
 北の神国の教皇である。
 そしてビテンとマリンにとっては因縁浅からぬ人物でもある。
 ビテンの反応はあまりに疾かった。
「我は神の一端に触れる者。世界を調律しここに示す」
 アナザーワールドの呪文を唱える。
 原っぱにいたビテンとマリンとクズノとシダラとカイト。
 それから教皇の御供をしていたユリスがアナザーワールドに取り込まれる。
「ふえ?」
 クズノがたじろぐ。
「飛天図書館……」
 シダラが指摘する。
「ほにゃ」
 カイトはマイペース。
「どういうつもりです?」
 ついでに取り込まれたユリスが説明しろとビテンに問う。
「俺は面倒事が嫌いなんだ」
「猊下はいたく君を気にしていたようだが?」
 教皇を生徒代表として出迎えたのだ。
 デミウルゴスに有ること無いこと吹き込まれたというビテンの予想は正しかった。
「惚れられているからな」
 ビテンの言葉も中々のモノだ。
「教皇に!?」
 マリンを除くヒロインたちが驚く。
「言ってなかったな。一応マリンと……あー……例外的に俺は枢機卿の家で育った。そして俺は枢機卿継承者だ。デミィ……デミウルゴスとは幼馴染なんだよ」
 色々とビテンはぶっちゃけた。

    *

 デミィ(デミウルゴス教皇の愛称だ)から逃げて飛天図書館に籠って数時間。
 ビテンとヒロインたちはだらだらと図書館内で過ごした。
 元よりビテンの精神的露出性癖の具現化だ。
 ビテンとマリンには今更であるためコーヒーを飲みながらだらだら。
 他のヒロインたちは図書館に所蔵されているエンシェントレコードの翻訳に勤しんでいた。
 そうやって数時間を過ごしエル研究会の活動を終えるとビテンはアナザーワールドを消失させる。
 日はまだ暮れていなかったが原っぱにはビテンとヒロインたち以外いなかった。
 カーとカラスが鳴く。
「じゃ、今日はこれで解散と云うことで」
 ビテンが、
「店仕舞い」
 と口にする。
「もうちょっとゼロについて翻訳を進めたかったのですけど……」
 一人色付きでないクズノが残念そうだ。
 気持ちはわからないでもないがビテンに付き合う義理はない。
 それから各々が帰路についた。
 と言っても学生寮に帰るだけだが。
「それにしてもビテンが枢機卿っすか……」
「あくまで暫定だがな」
 ビテン自身は納得していないらしい。
「道理で」
 と勘良くカイト。
「何がですの?」
 クズノが問う。
「ビテンとマリンがこうも膨大なエンシェントレコードを記憶していることについてだよ。枢機卿継承者候補で尚且つ教皇猊下と親しいのなら禁忌魔術を覚えていたって不思議ではないだろう」
「あ……」
 とマリン以外のヒロインたち。
「あう……」
 マリンは恐縮しきるのだった。
 そんなこんなで寮内で解散し、ビテンとマリンは自身の部屋へと戻る。
 ガチャリと寮部屋の扉を開けると、
「ビ〜テ〜ン〜!」
 桜色の美少女が突撃してきた。
 言うまでもない。
 デミィだ。
 ビテンは片手を水平に伸ばして抱き付こうとしてくるデミィの額を押しやって突貫を止めた。
「なんで私の愛を受け取ってくれないの?」
「マリニズムなもんで」
 これを本気で言うのである。
「だから側室で良いって……」
 デミィの言葉も大概だ。
「猊下はもうちょっと身の扱い方を学べ」
「私はビテンにお熱なの。誰彼構わずじゃないよ?」
「却下」
「ビ〜テ〜ン〜……」
 表面上悲しげにビテンの名を呼ぶデミィ。
 が、その仮面はビテンに看破されて久しい。
 あの手この手で迫ってくる狼の存在を誇張も劣化もなくビテンは理解していた。
「とりあえず腹減ったな。マリン。何か作って」
「その必要は無いよ?」
 これはデミィ。
「もう作ったから」
 既にビテンとマリンの愛の巣を浸食したらしい。
 そうでなければビテンたちの部屋にいたりはしないだろう。
 そんなわけで、
「いただきます」
 とビテンとマリンとデミィは食事を開始した。
 今日の夕食はステーキだった。
 デミィが使用人に頼んで用意させたものだ。
 ナイフで切ってフォークで刺す。
 それから頬張ると肉汁がジュワッと溢れ出す。
 美食の極致であった。
 一市民とはいえ教皇猊下。
 その伝手は多岐にわたる。
 北の神国、南の王国、東の皇国、西の帝国。
 それぞれから流入する最高級品を仕入れるに不備は無い。
 焼きにんにくがまたステーキに合う。
 総じて美味であった。
「カーディナルビテン?」
 デミィが問う。
「如何? 私の手料理は?」
「素材は美味いよ」
 デミィに対しても遠慮のない辺りビテンは一貫している。
「私を娶れば毎日がこんな生活ですわよ?」
「へぇ」
 感慨無さ気にビテン。
「なんなら猫耳で語尾に『にゃ』って付けて生活してもいいわよ?」
「誰得」
 ビテンの言葉は真理でもある。
「エッチな下着も着てあげる」
「好きにしてくれ」
「ビ〜テ〜ン〜」
 愛想の無いビテンにデミィは不満そうだ。
 元よりマリニストであるためビテンにとってデミィの言葉は空虚かつ虚空には違いないのだが。
「ビテン。なんだか色んな女の子に囲まれてたね?」
「まぁ大陸魔術学院は女学院だからな。学友を作れば必然女性だろう」
「それでもビテンには私を選んでほしいんです!」
「頑張れ」
「ハートがこもってないですよぅ」
「込めたつもりもないからなぁ」
 ガーリックステーキを消化しながらビテンはほやっと言った。
「あう……」
 同じくステーキを食しながらマリンは恐縮することしきりであった。

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