「色付きに成れって?」 「あう……」 「はい。お二方は能力面において比類ない存在です。マントを贈られても問題ないでしょう」 「ふぅん?」 「あう……」 「どうでしょう?」 「質問が一つ」 「如何様にも」 「マリンのキャパは非才を超えて残念とでも呼ぶべき領域にあるぞ?」 「あう……」 「しかしてキャパさえ整えればビテン……あなたと同等の威力を発揮する。そうでしょう?」 「…………」 ユリスが言っていること自体はもっともだった。 ビテンはふるまわれた紅茶を飲む。 場所は大陸魔術学院の生徒会室。 ビテンとマリンが生徒会長ユリスにお呼ばれしたのだ。 正確にはビテンは既に生徒会庶務(と云う名の窓際族)なのだが。 マリンは人見知りするので生徒会室では、 「あう……」 と萎縮する。 そんなマリンの太ももにかかったスカートの裾をギュッと握る手に、自身の手を重ねて安心させるビテンであった。 「ビテンのキャパをマリンに委ねれば最強のコンビが誕生するのでは?」 「否定はしない」 「であれば問題ないでしょう。何よりビテンだけを色付きにするのは都合が悪いですしね」 「?」 わからないビテンにユリスが補完する。 「色付きとなった魔女は単位不問処置がとられるのですよ。ビテンは単位から解放されてなおマリンの講義に付き合いますか?」 「なるほどね」 納得して紅茶を一口。 「しかし入学して数か月しか経っていないのに、いきなり特待生扱いって良いのか?」 「学院は実力主義ですよ」 「あう……」 畏れ入るマリンの力の入った手の甲をポンポンと優しげに叩く。 「ビテンのエンシェントレコードの記憶量および造詣は規格外です」 「そうか?」 これを本音で言うのである。 「そしてマリンも同一だと」 「色々と事情があってな」 カチンと受け皿にカップを置くとビテンは口をへの字に歪めた。 「学院としては有益な人材を何より欲しています。もっと云えば優秀な魔女を戦争で消費するなぞ愚の骨頂とも言えます」 「まぁそうだな」 「あう……」 「であるため処置として二人には色付きになってほしいのです」 「俺はマリンが肯定するなら肯定する。否定するなら否定する」 「あう……ふえ……」 マリンはおろおろした。 「大丈夫大丈夫」 優しくマリンの頭を撫でると漆黒の瞳がトロンととけた。 恋する乙女の夢見がちな表情そのものだ。 「あう……」 と恐縮した後、 「では……その様に……」 とユリスの提案を受け入れた。 「なら俺も」 ビテンも便乗。 ユリスは少し肩の力を抜いた。 「良い話に収まってホッとしました」 弱音と云うわけではないが少なからずユリスの言葉には安堵が含まれている。 「しかし具体的に何が変わるんだ?」 ビテンは色付きのマントに興味を持っていなかったためその辺の事情を知らない。 ちなみにマリンは知っている。 「二つは先に告げました」 「単位不問」 「はい。それから政治的空白地帯としての徴兵からの保護」 「ふむ」 紅茶を飲む。 「後は魔女によっては研究室を持つこともできますよ?」 「研究室ねぇ」 特に興味もないのか笑い話に留めるビテンだった。 「研究室を持てば莫大な研究費を支給されますが?」 「あんまり興味は湧かないな。マリンはどうなんだ?」 「あう……。ビテンと同じ……」 「だってさ」 軽やかに結論。 ユリスは嘆息した。 「場合によってはハーレムも作れますよ?」 「どういうこと?」 「世界で唯一魔術を使える男」 「照れるね」 「そして非凡の魔女でさえ到達できない高みにいる」 「恐縮だぜ」 「その上容姿も整っている」 「わははは」 「であるためビテンが研究室を持てば魔女の卵が殺到するはずですよ?」 「うーむ。それほど魅力は感じないな……」 「ですか」 元より名誉や出世に興味の無いビテンだ。 「だからどうした」 と結論付けるに不足は無い。 「そもそも既にハーレムなら出来てるしな。な? お姉様?」 意地悪そうに笑う。 またもやユリスが嘆息。 「業が深いな」 「あなたほどではありませんが」 底辺の抵抗をするユリスだったが相応に語気は弱めだった。 「まぁ女学院だから憧れのお姉様がいてもおかしくはないんだろうがな」 エル研究会を発足してから多少なりともユリスと過ごした部活中の時間での結論がソレであった。 圧倒的魔術を取り扱う戦術級魔女。 勲章こそ埃が被っているものの結果そのものは変えようが無い。 北の神国の国境を定義する因子の一つに相違ない。 「結局エル研究会がハーレムみたいなものだし」 ビテンが身も蓋も無く言った。 マリン、クズノ、シダラ、カイト、ユリス、そしてビテン。 皆々非凡な容姿と実力の持ち主だ。 しかもカイトとユリスに至っては学院のスターとも呼べる。 ユリスはその能力と神聖性によって学院の生徒から、 「お姉様」 と慕われている。 カイトは美しい女性だがボーイッシュな雰囲気を兼ね備えているため、 「プリンス」 という二つ名がついている。 百合と宝塚のスターがエル研究会に収まっているのだ。 当然反発と羨望があった。 大陸魔術学院は当たり前だがビテンを除いて女学院であるため女性優位主義が蔓延っている。 「女性こそが選ばれた存在。男なぞ汚らわしい」 などという急先鋒もいるほどだ。 今のところ敵意が害意に変換されてはいないが、 「男のくせに魔術を使えるなんて生意気な」 的な罵倒を受けたのは一度や二度ではない。 クズノとの決闘で実力を示したため真正面から喧嘩を売ってくる女生徒は幸運なことにいないが。 これが反発。 たいして羨望は、 「女性でもないのに魔術を扱う格好いい男子」 との意見に終始する。 既にビテンは厳密ではないが両手で数えきれないほどの告白を受けている。 ちなみに両手で指折り数えられる数字の限界値は千二十三であるため先述した様に厳密ではない。 ともあれ大陸魔術学院は女学院であるため男に免疫の無い女子で溢れかえり、なおかつビテンが美少年であるため一目惚れする生徒が右肩上がりと云った様子だ。 既に地位を得ている「お姉様」と「プリンス」に次ぐ人気を持ち、派閥として無視できないものになりつつあった。 そんな三人が色付きと学年首席とともにサークルを作ったのだ。 注目の比は存在しない。 イリーガル新聞研究会の面白おかしい解釈記事によって散布された噂は激震を伴って学院中に広がり、エル研究会は滝を登る鯉の如くその存在を轟かせた。 当然、 「お姉様やプリンスを独占するな!」 と、 「私も入会したい!」 の反発と羨望が向けられたが活動場所がビテンのアナザーワールドであるため押し入ることが出来ない。 なので今のところ問題らしい問題は起きていないが場合によってはビテンに対し過激な行動を出る女子の存在に考慮する必要をユリスは認めていた。 ビテンは杞憂と切って捨てているが。 「俺はマリンが隣にいれば他にいらない」 結局そこに行きつくのだ。 ビテンのレゾンデートルにして最愛最慕の存在。 その存在は、 「あう……」 と萎縮するのみだ。 「マリンは可愛いですものね」 言うユリスの声は固かった。 可愛らしく拗ねる。 気に掛けるビテンでもなかったが。 「ところで」 閑話休題。 「何色のマントを与えられるんだ?」 「属性に沿った色を与えられますから基本的にフレアパールネックレスを象徴するビテンは赤でゼロを象徴するマリンが黒と云ったところでしょうか」 「安直な……」 「否定はしませんが看板なんてそんなものでしょう」 「俺も黒が良い! マリンとお揃いが良い!」 「あう……」 「まぁ構いはしませんがね」 ユリスは、 「やれやれ」 と態度で示した。 そもそもにおいてビテンの第一義はマリンなのだ。 それにビテンもゼロは使える。 であるため黒のマントを贈られても問題は無い。 寧ろフレアパールネックレス以上に広告宣伝の意味合いは強くなると思われる。 無論そこまでビテンが考察しているかと云えば否だが。 「ではビテンとマリンには黒の称号を贈るということで」 「異議なし」 「あう……」 そう云うことに相成った。 「申請に当たって書類の作成はこちらに任せてもらうが一応能力鑑定を受けざるを得ないことを知っていてもらいたい」 「問題なし」 「あう……」 「うむ。良い答えだ」 軽やかな旋律の様に言の葉を紡ぐユリス。 特に名誉を必要としないビテンではあったが、 「単位不問」 は魅力的な案件だった。 寝て暮らしても勝手に卒業できるというのである。 当然ながら反発と羨望も一層強くなるだろうがそちらについての考慮は無い。 マリニストであるからというのもある。 学院で出来た縁も大切にしたいというのもある。 が、それ以外の関係は十把一絡げだ。 気にしないと云うより気づかないと云った方が適切だろう。 悪意に鈍感で無遠慮で図太い縄文杉が根を張ったビテンの精神であるから自身に向けられる善意も悪意も等価値に無価値であった。 |