とある日の学院の昼休み。 もはや定番と言える芝生での昼食時間において。 「ほら。ビテン。昼食だ」 「え? お前の手作り?」 「然りだ」 カイトの差し出したバスケットとカイトの顔を交互に見つめながらビテンは困惑していた。 それはマリンがそうであり、クズノがそうであり、シダラがそうであったのだが。 「あう……」 とマリン。 「ビテン?」 とクズノ。 「やはは」 とシダラ。 マリンがオロオロして、クズノとシダラがジト目でビテンを睨む。 その視線には、 「これ以上か」 という呆れと反駁が乗っていた。 仕方ないと言えるだろう。 ビテンにしてみれば、 「自分とマリン以外は死んでいいぞ」 が基本だが、友人関係に対してまで否定的に……なれないとは言わないがマリンが悲しむため甘んじている部分がある。 それを差し引いてもカイトの手作り弁当は意味がわからなかった。 「どういうつもりですの?」 と問うたのはクズノ。 真珠の瞳が不条理を語っていた。 「僕とビテンは友達だ。友達と云うのはお互いに仲良く助け合い楽しく交際する仲と聞く。ビテンは家事が苦手だそうじゃないか。ならばそれをフォローするのは友人である僕の務めだ」 一分一厘だけ反論の余地があったが、それよりも聞かねばならないことがある。 「なら俺もカイトに弁当を作る必要があるのか?」 「無理に作ってくれなくとも構わない。というか僕の弁当を食べて美味しいと言ってくれるならそれだけで十分対価と相成る」 「一方通行だな」 「もともと友情とは採算度外視で交友を深める関係と聞く。僕とビテンは友達だ。ならばお互いフォローできることをフォローすればいい。食事はこれから僕が作ってやろう。週末の部屋掃除も任せたまえ。それから洗濯と宿題と講義解説と……」 「ストップ」 ビテンはこめかみを押さえながら流れ出るようなカイトの言を阻止した。 「ねぇビテン?」 これはクズノ。 だがクズノが代表で言葉にしただけであってカイト以外の面々においては概ねの心中を共有できた。 「コイツ……友情と愛情がとっちらかってないか?」 と。 少なくともカイトそのものは天然だ。 そこは疑う余地が無い。 ただ、 「学園で出来た初めての友達」 という概念が相当嬉しかったのだろう。 「ビテンと友誼を深める」 を建前にビテンに奉仕する未来予想図をビテンとマリンとクズノとシダラが共有するのもまっこと当然と云える。 ちなみに今日は原っぱで食事をしている辺りマリンもビテンの昼食を用意している。 そしてマリンは決して押せ押せの正確ではないため、 「あう……」 と遠慮する羽目になる。 これがビテンには面白くない。 「あー……」 と唸って言葉を構築し、 「悪いがカイト」 「何だい?」 「次からは半人前の量にしてくれ」 「それでは君の腹がくちくならないではないか」 「基本的に俺はマリニズムの主義者だ」 「マリニズム?」 「マリン至上主義とでも言い換えようか。マリンのお手製弁当を食べたいがために生きている」 これを真顔で言うのである。 「あう……」 とマリンが照れるのも致し方ない。 「…………」 カイトは自身の差し出した弁当とマリンが手に持つ弁当を交互に見やり、 「僕の弁当は邪魔かい?」 主人に捨てられた忠犬のような悲哀を見せる。 サファイアの瞳が憂鬱に揺れる。 「気持ちは有難い。友情万歳だ。だが家事全般において俺はマリンに一任している。である以上お前はマリンに意見を貰ってその範疇でだけ友情を示してもらえればありがたい」 「ふむ……」 とカイトは唸った。 「とりあえず今日のところは弁当を貰うよ。ほら、マリンも寄越せ」 「あう……。二食分も……食べられるの……?」 「そこは男気って奴が影響してくるな。女子にはわからん価値観だろうが」 まぁ女学院故に女性優位主義者の跋扈するテリトリーであるため男気なぞと云う珍物はビテンが入学してくるまで存在していなかったろうが。 「では僕はどうすれば……」 「俺に食事を提供したいなら事前にマリンを訪ねろ。共同で作れば二人合わせて一人分……だろ?」 「掃除や洗濯は?」 「別にマリンがやってくれるしなぁ」 「ううむ」 友情なのか愛情なのか慕情なのか。 当人に区別できているかも怪しい所だがカイトはビテンの役に立ちたくてしょうがないらしかった。 「なんならわたくしもマリンを手伝ってもよくってよ?」 「あ、ズルいっす。当方も!」 「これ以上話をややこしくするなっ」 実際その通りなのである。 * そして食事を終えて茶を飲みながら一服していると、 「はいはいはーい」 と見知らぬ生徒がビテンたちに近づいてきた。 決して美少女とは言えないが顔の造りはそれなりに整っているため醜女にも該当しない。 あえて言うなら、 「美少女?」 という答えが適切だろう。 ビテンを含めビテンの周りが異常に際立っているだけであって本来の水準ならば十二分に美少女に該当する少女だ。 学院の制服に灰色のマント。 つまり魔女の卵の証明だ。 手にはペンとメモ。 メガネをかけているため知的に見えるが実際がどうかはビテンの知るところではない。 当たり前だが。 「ども! こんちは!」 快活な挨拶であった。 基本的に美少年のビテンと絶世の美少女たるマリン、クズノ、シダラ、カイトが一か所に集まっていれば、それだけで魔術に依らない結界が出来上がるが、此度の女生徒は易々と侵入してきた。 ペンとメモを構えて美少女軍団を一顧だにせず生徒はビテンに視線をやった。 「ビテン……ですね?」 「他の何に見える?」 少なくとも学院で学ランを着ている男子生徒がビテン以外にいるならば見てみたいほどである。 「や、申し遅れました。私、ハルビナと申します」 生徒……ハルビナは制服の袖に着けている腕章を見せる。 そこには、 「イリーガル新聞研究会」 と書かれていた。 「新聞部ではないのか?」 益にもならないビテンの質問だったがハルビナは得意そうに説明してくれた。 「我々イリーガル新聞研究会は新聞部では掲載できないネタ集めに奔走するサークルです。ほら、新聞部って魔術の研究成果とか偉大な魔女の言葉とかこの頃のご時世をネタにするじゃないですか。そう云ったものを排除して俗物的なネタを掲載するのがイリーガル新聞研究会と云うわけです」 「…………」 ビテンは空を仰いだ。 芝生で茶を飲んでいるのだから今日は当然晴れである。 「それでビテンに聞きたいことが」 「なんでもござれ」 「ぶっちゃけハーレムの誰が一等賞でしょうか?」 「ハーレム?」 ビテンの立場を鑑みて当然の結論にビテン自身は自覚がなかった。 「学年首席のクズノ。色付きのシダラとカイト。それからゼロを行使したマリン。一様に戦力を持ち、なお絶世の美少女である四人をハーレムにしている件についてです」 「良き友人関係でありたいと思ってるぞ」 「友人なのですか?」 「ああ、マリン以外はな」 「あう……」 困ってしまうマリン。 もとよりビテンが《そういうモノ》だということを知っているため反対も却下も出来ない身分である。 「本命はマリンですか?」 「だな」 「もう抱きました?」 「そこまでツッコむか普通?」 「イリーガル新聞研究会です故。こういうのがネタになるんです」 「抱いてない。婚前交渉はしない性質でな」 「童貞と?」 「ああ」 いっそさっぱり。 「他は愛人ですか?」 「友人だ」 一人、友と愛とをとっちらかっている人物もいるにはいるが。 「ふむふむ。実際はハーレムではなく仲良し軍団と……」 「そういうことだな」 ビテンに惚れているクズノとシダラの視線にビテンは気づいていたがハルビナに構うことでスルーしていた。 「今後ハーレムになる予定は?」 「知らん」 「ふむふむ」 メモ帳にペンを走らせる。 そもそもにしてビテンと仲の良い四人の美少女は誰もが誰も美しく知的で友和でありながら嫌味が無い稀有な存在だ。 嫉妬は即ち競争心の証。 慕情は即ち友誼の証。 であるからこそビテンのハーレム(マリンとクズノとシダラとカイト)は危ういタイトロープの上で曲芸が出来ているのだから。 「最後にもひとつ」 「この際何でも聞け」 「どこぞの部活やサークルに入る予定は?」 「無い」 「しかしてビテンが所属するサークルを見極めようとしている女子多数なんですが」 「知らんわ」 「あいあーい」 ハルビナはメモを閉じてペンを胸ポケットにしまうと、 「お茶の最中失礼しました」 と言って去っていった。 「そっかサークルという手がありましたわね」 クズノがポツリと言った。 「どういうことだ」 「こうやって芝生で『ビテンとそのハーレム』みたいな視線を喰らわない様に個室を用意してサークル活動に励めば面倒事も少しは減るんじゃないかと」 「ふむ」 考慮に値する提案だった。 ちなみに新規サークルの立ち上げには最低五人の同意者が必要となるがビテンとマリンとクズノとシダラとカイトでちょうど揃う。 たしかに最近目立ちすぎているきらいがあることを憂慮していたビテンでもあるため新規サークルの立ち上げはそう悪いことの様には思えなかったのだ。 そうと決まれば迅速に。 ものぐさのビテンを放っておいて新規サークルの設立書類を整えるハーレムであった。 |