ダ・カーポ

悪意の在り方


「やや、ビテン。奇遇でっすな」
「こんな奇遇があってたまるか」
 道化じみたシダラの反応にビテンは不機嫌に答えた。
 マリンは、
「あう……」
 と困惑するばかり。
 これには事情があるが割愛。
 ただの人見知りとも言えるが。
 ちなみに都市国家として繁栄している大陸魔術学院の外……学院街にブラリと来ているビテンとマリンだった。
 そして喫茶店で一服しているところにシダラが現れたという経緯だ。
 シダラの赤い瞳は、
「仲良くしましょ?」
 と語っていたが、
「ふざけるな」
 とビテンの黒い瞳が抗議する。
「あう……あう……」
 マリンの黒い瞳は相も変わらず。
「デート中だ」
 断じるようにビテンが言って、
「あう……」
 プシューとマリンが茹る。
「じゃあ二股デートとかどうっすか?」
「断る」
「いいよ……?」
 ビテンとマリンで対照的な言葉が出た。
 ビテンはパチクリとしてマリンを見る。
 黒い瞳に映る黒い瞳。
「正気か?」
 ビテンは心底本心で尋ねた。
「うん……いいと……思う……」
 赤らめた顔はそのままで萎縮しながら肯定。
「理由を聞かせてもらえるか?」
 ビテンの疑問に、
「それは当方も知りたいっすね」
 当事者として有利な言質を取ったにもかかわらず当惑するシダラも乗っかった。
 二人ともに断られると思っていたからだ。
「あう……」
 と呻いてアイスコーヒーをチューと飲む。
 そうやって言葉を組み立てて、
「ビテンは……」
「俺は?」
「排他的……」
「そうか?」
 心当たりはあったがサラリと無視する辺りビテンの面の皮は厚い。
「近づいてくる人を……警戒する……」
「そらまぁ悪目立ちしてるからな俺は」
 少なくとも男でありながら魔術を使える人間はこの世界にはビテンしかいない。
 それが如何な理由を以てかは当人にさえ知りようのないものだが、それ故にイレギュラー性は格段に高値だ。
「でも……近づいてくれる人の……全てが……敵じゃない……」
「俺はマリンと居られればそれでいいんだが?」
 不機嫌にチューとコーヒーを吸い飲む。
「駄目……」
「何で?」
「ビテンは……もっと世界を……広げるべき……」
「とは言われてもなぁ」
「少なくとも……シダラは……女性優位主義者……じゃない……」
「そうなのか?」
 ビテンは意識をマリンからシダラへと移す。
「まぁ」
 ポリポリと恥ずかしそうに頬を掻くシダラだった。
「魔女が兵器として有用だからとて女性全てが男に勝るという考えは嫌いなんすよ」
 はは、と笑う。
「魔術を使える魔女……それも有益な魔術を扱えるソレだけが優位であればいいと思ってるっす」
「つまり女性優位主義じゃなく魔女優位主義か?」
「っすね」
 さりげなく市場を俯瞰できるテラス席に座りコーヒーを注文するシダラだった。
「おい」
 言葉がチクチク。
「何さり気に席確保してんだ」
「大歓迎……です……」
「だ、そうっすよ?」
「マリン? 俺たちはデートしてるよな?」
「だから……二股デートも……ありじゃないかな……?」
「俺はマリンに惚れてるんだ」
「あう……」
 困惑と慕情と頑なさが混じりあった視線をビテンにやるマリン。
「実際マリンは可愛いっす」
「だろ?」
 どうだとばかりにご機嫌になるビテンだった。
「あう……」
 照れ照れ。
 既に十分赤面しているため追い打ち以上の効果は無かったが。
 マリニズム……マリン至上主義であるビテンにしてみれば論理的帰結とも言える。
 太陽が暖かいのも草木が萌えるのもマリンのおかげと半ば本気で信仰しているビテンだ。
「マリン可愛いよマリン」
「あう……」
「ビテン、側室で良いっすから当方にも愛を……」
 そこまでしかシダラは言えなかった。
 水の弾丸を受けてテラス席ごと吹っ飛ばされる。
「ウォータ!?」
 水属性の対人魔術だ。
 水の塊を生み出して高速で対象に衝突させ吹っ飛ばす……制圧ではなく威嚇に使われる比較的無害な魔術である。
 実際にシダラも吹っ飛ばされて打ち身こそできたものの骨折等の重傷にはなりえていない。
 後は濡れ鼠になったぐらいか。
 ビテンがウォータの飛んできた先に視線をやるが土色のローブを来た顔形不明の人影が走り去っていくのみだった。
 多くの人間が行き交う市場の針の隙間を縫うようにビテンはローブを着た犯人を捕らえたが、
「駄目っす」
 シダラに止められた。
 左手を前方に突き出したまま、疑惑を瞳に映すが、
「犯人はわかってるっすから」
 そんな一言でビテンのやる気は失せた。

    *

 ホテル。
 それも上等なところだ。
 貴族御用達ではないにしろ一般人が避ける程度には品格のあるホテルの一室。
 ビテンはずぶ濡れになったシダラの服をウィンドの呪文で乾かしていた。
 気化熱の要領だ。
 ホテルの浴場にはマリンとシダラが入っている。
 風邪をひくのも事なのでシダラを温める意味合いを持つが、なんでマリンまで入っているかはマリンにしかわからない。
「ビテンも……一緒に入る……?」
 とマリンが挑発して、
「入る!」
 と躊躇なく答えたビテンにマリンとシダラがドン引きした。
「なら言うなよ」
 と思わないでもないが困惑するマリンが愛らしいことを確認できたのでヒフティヒフティとも言える。
「いいお湯でしたっす」
 先に上がったシダラがそう報告してくる。
 来ている服はバスローブ。
「あう……」
 同じくバスローブのマリン。
 恥ずかしがっているわけでないことはビテンにもわかったが、
「では何故?」
 と問うと、
「シダラに……おっぱいで負けた……」
 身も蓋も無い意見を言った。
 ここがホテルではなく外だったらビテンは大空を仰いでいたことだろう。
「なんなら俺が揉んでやろうか?」
 わきわきと指をいやらしくくねらせるビテンに、
「最近は揉むと小さくなるらしいって聞くっすけどね」
「これ以上小さくなりようもないだろ」
 死神の鎌を容赦なく振り下ろす。
 実際ビテンの意見の通りマリンの胸はスットントンのペッタンコだ。
 それはマリンのコンプレックスだが特にビテンは気にしていない。
 が、マリンは気にしている。
 胸が大きくなる魔術が無いのを残念がるマリンであるのだから。
「とにかく着替えろ」
 ウィンドで乾かした服をシダラに投げつける。
 中略。
「で?」
 当然質問はそこに収束する。
 犯人がわかっていて対処しないシダラについてだ。
「犯人の名はジュウナっていう女の子っす」
「まぁ魔術を使ったんだから魔女ではあろうがな」
 例外が基本則を口にする。
「何か恨まれることでも?」
「フレアパールネックレス」
「またか」
 と云いたい気分だった。
 何かにつけクズノとの決闘で使った魔術……フレアパールネックレスが真綿で首を絞めるような感覚をもたらす。
 ビテンにはそれが不快だった。
 無論シダラのせいではないが。
「ジュウナもフレアパールネックレスが使えるっす。というか当方にフレアパールネックレスを教えてくれたのはジュウナなんすよ」
「はあ」
 特に感慨の湧きようがないビテンの嘆息だった。
「ビテンは最大幾つフレアパールネックレスを具現出来るっすか?」
「知らん」
「は?」
 奇妙な沈黙が部屋を一旦支配した。
「少なくとも俺はフレアパールネックレスを全力で具現したことが無い」
「概算で」
「だからわからんて」
 本音だ。
 少なくともビテンの意思は伝わったらしい。
「当方は一度に十つの火の球を具現出来るっす」
「はあ」
「そしてジュウナは三つ」
「ははあ」
 大体の事情は透けて見えた。
「つまり自身が教えた魔術をより高度に扱えるお前を疎ましく思っている……と」
「あう……。それで排斥されてる……ってわけ……?」
「然りっす」
 コックリ頷くシダラ。
 そして深紅の髪をタオルでガシガシと拭う。
「友情なんてそんなもんっすよ。自身の劣等感には勝てない代物っす」
「かと言ってこの学院で許可なく攻撃魔術を人に撃つことは禁則に当たるだろう? あとは政治的な問題だからお前が気にするほどでもないと思うが?」
「あっちが敵対してるからってこっちが敵対する道理はないっすよ?」
「お前……いや……あの……まさか……犯人の味方をする気か?」
「友達っすから」
 シダラは疲れた様に苦笑した。
 自身を苛めて迫害する人間に心を寄せる。
 どれほどの境地に至れば可能なのか。
 少なくとも、
「自身とマリン以外死ね」
 と思っているビテンには計りかねる心情だった。
「お前はそれでいいのかよ」
「ジュウナの心がソレで晴れるなら当方は受け入れるだけっす」
「殺される可能性は考えないのか?」
「ジュウナになら構わないっす。友達を失うくらいなら自身を失った方が遥かにマシっすから」
「友情万歳だな」
「あう……」
 ビテンもマリンも、
「処置無し」
 と結論付けた。
 そこで終わらないのがこの二人なのだが。
「じゃあシダラ」
「シダラ……」
「なんすか?」
「「友達になろう……」」
 異口同音にビテンとマリンは言った。
「それならお前は友達を失うことなく事を終わらせられる」
「あう……きっとビテンと……いい関係を築けるよ……?」
「それはお風呂で言ったアレっすか?」
「うん……ソレ……」
「何の話?」
 興味を持つビテンは、
「乙女の秘密……」
「乙女の秘密っす」
 二人の美少女にけんもほろろだった。

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