学業の合間の昼休み。 ビテンとマリンは学院の原っぱで昼食をとっていた。 マリンお手製のサンドイッチだ。 「あう……。どう……?」 「美味しいぞ。さすがマリン」 サンドイッチを頬張っていたビテンは手放しで称賛した。 「あう……」 照れ照れ。 そんなマリンの頭を撫でる。 「ありがとな」 「あう……」 照れ照れ。 赤面するマリンだった。 引っ込み思案で照れ屋さん。 であるからこそマリンの羞恥はビテンの清涼剤なのだが。 「よしよし」 ビテンは調子に乗って優しくマリンの頭を撫でつづけた。 そこに、 「仲良いっすね!」 第三者が声をかけてきた。 当然ビテンもマリンもその存在には気づいていたが。 話しかけられるのは相応としても、 「邪魔」 というのがマリニズムの本音だ。 もっとも男でありながら魔術を使うイレギュラーに対して話しかける人間というのは珍しくもないが。 力は示した。 クズノとの決闘で。 フレアパールネックレス。 神話を読み解く能力さえ持てば魔術を扱えるとはいえ、自身の天性のキャパを超える魔術は使えない。 それは才能や特性と呼ばれている。 そしてフレアパールネックレスという戦術級魔術を扱える一点においてビテンの持つキャパは生半ならぬ。 であるから利用や画策を以て近づいてくる魔女の卵もいる。 特に貴族の出の魔女に多い。 「自身と結婚しろ」 と。 マリン大好きなビテンにすれば煩わしい些事に過ぎないが。 閑話休題。 「いや〜、当方でさえ解読に手間取ったのによくもまぁ新入生が扱えるものっすね」 「何の話だ」 言葉ほどビテンに敵対性は無かった。 男の魔術師に取り入ろうとする意思を、近づいてきた女子から感じなかったためだ。 女子は学院制服の上から赤いマントを羽織っていた。 色付きのマントは技術を持つ魔女の証だ。 髪と瞳は紅色のように赤い。 鮮烈な朱。 血と炎を連想させる。 燃え上がるような鮮烈の赤の瞳孔はビテンへの興味を爛々と映していた。 その瞳に沿うだけの美貌さえ獲得している。 「フレアパールネックレス」 赤の美少女はそれだけを言った。 当然それは学年首席のクズノと相争った時のソレだろう。 「特別なことはしてないが?」 少なくともビテンにとっては特別視することでもない。 「いやいや」 赤の美少女は、 「何を言ってるんだ」 と否定した。 ニヤニヤと笑いながら。 「当方もそれなりに魔術を齧ってるっす」 「へえ」 「であるためわかることもあるっす」 「へえ」 「フレアパールネックレスは行使に圧迫されるキャパがハンパない」 「へえ」 ビテンは特に感銘を覚えた様子も無い。 「マリンの料理はどれも美味しいな」 「あう……」 赤の美少女を無視してマリンの手料理を絶賛するビテンだった。 萎縮するマリン。 その原因を悟って赤の美少女に責めるような視線をやる。 「どうしたっすか?」 「邪魔」 一刀両断。 赤の美少女に遠慮ない言葉をぶちまける。 「うちのマリンが怯えてる」 「やはは。それは失敬」 からからと赤の美少女は笑った。 「当方シダラと申しまして……ビテンに興味を持った次第であるっす」 「立ち去れ」 赤の美少女……シダラに無礼とも取れる言葉を吐くビテン。 色付きのマントはシダラが実力者であることを示しているが、それがビテンに気後れを生じさせるかと云えば否だ。 少なくとも現時点においては。 「嫌われたっすねえ」 シダラは肩をすくめた。 「しょうがない」 と顔に書いてある。 「では当方はこの辺で」 あっさりと引き下がった。 「マリン。怯えさせて申し訳ないっす」 一礼してシダラは去っていった。 「あう……」 と呻くマリン。 「赤のマント……」 「知ってるのか?」 「火の属性に優れた魔女……」 ポツリと赤の美少女……シダラの正体を紡ぐマリンだった。 * 「シダラが絡んできましたか」 時は放課後。 場所はビテンとマリンの部屋。 そこに一人の客がいた。 白髪白眼の美少女。 クズノである。 来ている服はロリータファッション。 街に出向いた時に買った服の一つだ。 似合っているかはこの際置いといて、 「また厄介な」 とマリンに振る舞われたコーヒーを飲みながら表情を歪めるクズノだった。 「知ってるのか?」 ビテンが問う。 「火の魔術に優れた魔女ですわ」 「やっぱり……」 マリンは狼狽えた。 「数少ないフレアパールネックレスを扱える魔術師の一人ですわね」 「俺も使えるぞ?」 「本来有り得ないですわ」 「事実は事実としてあるだろう?」 「ですけど……」 コーヒーを飲む。 「基本的に戦術級魔術は大量にキャパを使いますわ」 今更なことを言う。 「それはご存じで?」 「当然だな」 数多い魔女……および例外として魔術師であるビテンにとっては当然の結論だ。 「あう……」 とマリンが呻く。 話そのものにはついていけるが能力に問題があった。 それについては後述。 「で、ある以上」 剣呑な光を白い瞳孔に映す。 「フレアパールネックレスを使えるというだけでビテンは注目に値します」 「そうか?」 「ですわ」 断言するクズノ。 「仮にビテンが女性でも結果は変わらなかったでしょう」 「つまり徒労だと?」 「そこまで言うつもりはありませんが……」 クズノは怯んだのだった。 「わたくしとてエンシェントレコードに触れた魔女ですわ。ファイヤーボールの上位互換……フレアパールネックレスの行使における必要十分条件と云うか……その可能性の難しさは十分に知っているつもりです」 「特に大層なことをしているつもりはないがな」 それはビテンの本音だ。 少なくとも、 「そんな持ち上げるほどのものか」 というのが率直な意見である。 が、 「それほどのものだ」 とクズノは言う。 「フレアパールネックレスを行使できる存在は希少だ」 と。 ビテンにしてみれば茶番だが、実際にビテンを取り込もうとする魔女の卵たちがいる辺り、切って捨てるには重い概念だ。 「そも何処でフレアパールネックレスの章を覚えましたの?」 「黙秘権を行使する」 飄々とビテンは言った。 というか答えられない類の質問だったのだが。 「まぁいいですけど」 納得とは程遠いながら受け入れはするクズノだった。 「で」 とここで話がシダラに戻る。 「シダラって先達に目を付けられたなら覚悟が必要ですわね」 「先輩だったのか……」 ビテンはそれさえ知らなかった。 「赤のマントを与えられた戦術級魔女ですわ」 マントの色によって学院の魔術師の階位が示されるのはビテンも知ってはいたが、他者からそれを聞くと、 「は〜」 と呆ける余裕もできる。 「じゃあ自分特有のフレアパールネックレスを他者が使えるから目障りだと?」 そんな推理をするビテンに、 「あう……」 と悲しげに呻くマリン。 「マリンが悪いわけじゃないだろ?」 ビテンは隣に座っているマリンを抱きこんで頭を撫でる。 「あう……」 と羞恥に頬を染めるマリンだった。 「ラブコメは後にしなさいな」 クズノが閑話休題。 「ビテンには意識改革が必要ですわね」 「俺はこれで満足なんだが」 「ビテンは色付きのマントを申請できますわよ?」 「特に興味は無いぞ」 名誉欲や出世欲に興味のないビテンであった。 「あなたがそう言っても信賞必罰は社会の基本ですわ」 「面倒だな〜……」 ものぐさが手伝ってそう言う他ない。 「では何故学院に入学したのです?」 「マリンが心配だったから」 他に理由は無い。 マリニストにおいては当然の結論だ。 「…………」 理解できるクズノでもなかったが。 「ビテンはもう少し名誉や栄光を欲するべきですわ」 「面倒事は嫌いでな」 肩をすくめるビテンだった。 |